【第50話】油断大敵
「全力の真逆? おいおい、俺を倒すことを諦めたのかよ。これだからひ弱君は嫌いなんだよなァ。本気で来いって。もう少し楽しませろよ」
榊原は言いながら笑う。
油断してる今がチャンスだ……。
そう朝霧は思った。なにせ、今思いついた作戦は、はっきり言って博打だ。もし失敗すれば、どちらかが死ぬ。そうならないためにも油断してる今のうちに、不意打ちでも良いから胴体に当てて気絶させる。
「倒すことを諦めなんてしてねぇよ。だって、全力出す=皆殺しなんだろ?」
右手の人差し指に電気を溜め始める。バチバチと、電気が弾ける音が聞こえだした。それは、真冬のセーターを脱いだときにする静電気のような音。
朝霧は続けて言う。
「だから、倒すために、その公式に反対をかけてやったんだ」
言い終わったとほぼ同時。轟音とともにレーザーが射出される。榊原は、それを右手のみで受け止めた。
「ッ!! お前が噂の電子光線か。出会えて嬉しいぜ」
榊原がそう呟く。
朝霧は少しだけ冷や汗が流れた。力を抜いてるとは言え、無数のゾンビを一瞬で消し飛ばし、山を吹き飛ばしたビームを、あろうことか片手で受け止めたのだ。動じるなと言う方が無理な話だった。
榊原は、片手で軽々と受け止めつつ、言葉を紡いだ。
「けど……裏世界で有名になった野郎にしては、脇も爪も甘過ぎるな。たかだか電気なんかで、俺を倒せると思ったのかァ? 電子の塊なんざ、小指一本で消し飛ばせんだよアホが」
榊原がそう朝霧に吐き捨てる。が、そんなこと、朝霧にだって大体予想はついてた。
少し深呼吸をし、朝霧は言う。
「小指一本で電気を消し飛ばせる……面白い能力だよな。初めて見た」
「なんだ? 今更媚び売ろうってか?」
「ちげぇよ。どんなに珍しい能力でもな、EWU放出物質が作り出した空間の処理能力ってのは、限界があるんだぞ?」
EWU放出物質というものが作り出した空間は、特別な現象を引き起こすことができる。結月なら発火、黒崎なら氷結といった具合に。
そしてそのEWU放出物質は、持つ者によって起こる現象が変わる。もちろん強さも変わる。が、変わらないものが1つだけある。
それが処理能力だ。処理能力というのは、今回の場合で言うと『榊原の消せる素粒子の量の限界値』ということ。
「……? つまり、なにが言いたい?」
「だから俺のこれを受け止めた時点で、テメェに勝ち目なんてねぇんだよ」
右手の人差し指を榊原に向け電子レーザーを放つ。轟音と同時に射出されたレーザー。が、それはむなしくも、榊原の空いている左手が受けとめた。
「両手を使ってこれぐらいか……オイオイ、こんなもんくらいなら耐えれ──」
「誰が人差し指でしか発射できないっつった?」
榊原はハッと朝霧の両手を見た。そして気づく。電子レーザーの光で、うっすらとしか見えないその両手の指が、全て開いていることに。
──ま、まさか。十本の指からレーザーを放出するとでも!?
「そ、そんなハッタリが通じるとでも思ってんのか!? EWU放出物質の処理能力は全ての能力者が共通。ってことは、お前がいくら頑張っても相殺されるのがオチだろがァ!」
「あぁ、そうかもな」
そう朝霧は言うと、残りの八本の指からレーザーを射出する。轟音に轟音が重なり、とんでもない音が鳴り響いた。
嘘だろ。処理が追いついて……。
と、次の瞬間榊原の両手が、大きく後方へと弾かれた。そしてガラ空きになった胴体へ、一〇本の光線が榊原の体にぶち当たり、小さな爆発を起きる。榊原はその爆発で、数メートル吹き飛び、地に伏した。
朝霧は深呼吸をし、息苦しさを紛らわす。やはり能力を使うのにも、体力がいるのだろうか。
そんなことを考えながら、ピクリとも動かない榊原を尻目に、瞬間移動で結月の隣に移動した。
「はぁ……怪我とかないか?」
「うん、それはないけど……。ハヤテ、処理能力の授業聞いてたんだ」
「バカにしてんのか? それくらい聞いてたわ」
「ハヤテいつもバカだし……」
「バカにバカとかいうな、悲しなるだろ。……にしても、疲れたな。まだ息切れが……」
そこまで話したところで、ゴホッゴホッと咳き込む。
「大丈夫? 結構、余裕そうだったけど、そうでもなかったのね」
「まぁ余裕だったけどね。俺の電撃はファンの力でEWU放出物質を介さないから、榊原相手なら負けることはなかったとは思うからさ」
朝霧はおちゃらけてそう言うが、内心はそんなことを思っていない。
──そうは言っても、榊原が油断せずに電撃を避けていたら、俺の方が倒れてたよな。
──しかも俺が倒れた場合は、ここにいる全員が皆殺し。
──はぁぁ……怖かった。
「へぇ、ちゃんと考えてたんだ……ハヤテのくせに」
「変態さんでも考えてたんだ……」
「おいお前ら、助けてやったのにこの仕打ちはなんだ?」
やれやれと、朝霧はため息をつく。こんな会話をしてると、なにか正体の分からないおぞましさが襲ってきた。
別に榊原が云々というわけではない。あれほどの現実離れした激戦から、ここまで日常的な風景へと様変わりしたことだ。
ここまで変わるものなのかと、朝霧はつくづく思う。
と、同時に地面で横たわっている榊原を思い出し電話をかける。もちろん総合医療センターへだ。
「もしもし? 第三特別区黒崎地区の工場に負傷者が……。特徴? えーと……赤髪の男です。はい、はい。わかりました」
朝霧は、通話を切る。
「なんだって?」
結月がすかさず聞いてきた。
「危険人物かもしれないから武装警察と公安委員会を行かせるってさ。んで、俺達は安全な場所で待機しろって。多分、事情聴取とかするんじゃね?」
「なるほど」
「そんじゃあ地面に移動するぞ」
朝霧は、結月とファンの腕を掴むと、工場の中へと瞬間移動し、武装警察が榊原を連行するまで、そこで隠れていた。




