【第44話】“あの男”
朝霧が犯罪者の心理状態になっていると、突如少女の声が聞こえてくる。
「はやて? さっきからなんか変だよ?」
そんな声が真っ正面から聞こえてくるのに気がつき、スマホの画面から正面に向き直ると、そこには心配そうにこちらを伺うファンがいた。
「な、なんでもないよ。ほら、ナポレオンきたし……」
「ナポリタンじゃなかったっけ?」
「あっ……そうそう」
「やっぱりはやて変だよ」
ファンが、ジーとこちらを伺ってくる。それは嘘を見抜くFBIの捜査官のような目で……。
朝霧は、ナポリタンがテーブルに置かれるなり、いきおいよく食べる。ファンを誤魔化すには、それしか方法がなかった。いや、誤魔化し切れていないのが実情なのだが……。
と、そんなことを朝霧達がしてるなか、ファミレスからほど近い宇宙エレベーター建築現場では、土屋健吾は後ろから迫る追っ手を振り払っていた。
筋肉で引き締まったその体は、何かに怯えるかのようにひっきりなしに痙攣のようなものを引き起こす。
そのためか、男は走りながらしばしばバランスを崩しそうになっていた。
「なんなんだアイツっ!! 俺の能力が全て効かないなんて……!!」
建築現場の人一人通れる程の細い足場を走る。その足場は、筋肉で引き締まった大柄な土屋には狭すぎるものだった。
だが、ここで止まっていれば命を自ら落とすようなものだ。土屋は、無理矢理にその通路を早歩きで進む。少しばかり肉が挟まれ痛いが、構っていられない。
ふと、真下を見ると落ちたら即死するレベルの高さだということが伺える。
「みぃつけたぁ」
高さに一瞬気を取られたその時、そんな声が土屋に浴びせられる。少し声が高く、それでもって図太いその声に土屋は震え上がった。
間違いなくあの男だ……!!
そう土屋は直感し、恐る恐る後ろを振り返る。が、そこにあの男はいなかった。
「やれやれ。まさか一つ下だったとはねぇ」
あの男のものであろう声が、また響き渡る。
一つ下?
土屋はふと上を見ると、そこには赤髪の男が立っていた。瞳には悪意と狂気に溢れており、おおよそ常人の物とは思えない。
「はは……。惜しかったな。ここは逃げさせてもらうぞ」
だが、そんな狂気に歪んだ男を目の前に、落ちたら死ぬくらい高い場所に立ちながら、土屋は、逃げられることを確信しながらそう言う。
と、次の瞬間、工事現場の地面が隆起する。例えるなら風船に空気が入り膨張していくような感じだ。
隆起した大地は、土屋の立っている足場の数メートル先を貫くと、そこで静止した。
「おもしれぇ能力だ。大地操作だっけか?」
「君に答える必要もないだろう。では、また会おう。まぁ君が、武装警察に捕まらなければの話だ、が……!?」
そこまで土屋が言ったところで、土屋は驚きのあまり、言葉を失う。
赤髪の男の足場が消し飛び、一階下の土屋の階に赤髪の男が、飛び降りてきたのだ。
「な、なんだその能力は!? 無効化系の能力じゃないのか!?」
「素粒子破壊能力って知ってるか? 都市伝説でも囁かれてたやつだ。俺はそれを持っててな。俺の手に触れたものは、全て消し飛ぶんだよ」
男は右手を奇妙に動かしながら言う。
そんな狂気しか感じられない男を目の前に、土屋は思考よりも先に体が動き、隆起した大地に乗っかった。大地は、勢いよく沈降していき地面は、元々の形に戻る。
とにかく逃げなければ……。
そう土屋は考え、走り出そうとした……そのとき。突如、土屋の下半身が地面とともに消し飛ぶ。
「──っ!!」
少し遅れてから激痛が伝わってくる。今までに受けたこともないその痛みは、一瞬で土屋の意識を失わせた。
「ハッ。あの高さから逃げれば追ってこれないなんて思ったのか?」
赤髪の男──榊原は気絶し、絶命しかけている土屋に向かいそう言う。
工事現場は、数分前の平凡な風景から一変、クレーターと血溜まりがある異常な光景へと変貌した。
「俺の能力で自分自身が消し飛ばないよう肩から手先まで普通の物質とは違うんでな。あの高さから落ちても手から着地させりゃぁ問題ねぇんだよ。……ん?」
榊原は、そこまで言ったところで、土屋が反応をしないことに気がつく。と、同時に呆れともとれる表情を浮かばせた。
「おいおい。こんなんで死んじまうのかよ。五大能力者も大したことねぇな」
そう言い榊原は、土屋に近づく。そして土屋の下腹部を蹴り飛ばした。土屋が嗚咽をもらしながらうっすらと意識を取り戻す。
「おっ……しぶといねぇ」
「や……め…………」
榊原は、ニヤリと笑い土屋の血液に触れる。それは、他人の死で遊ぶ……そんな狂気しか感じられない笑い。
遠のく意識の中、土屋はこれ以上の交渉は無駄だと直感した。いくら抗っても逃げても、確実に殺される。そう思った。
「クックク……」
そして、それは現実へと変わる。
榊原が不気味な笑いをした瞬間、地面に溜まった土屋の血から体内に残った血まで全て一瞬で消し飛んだ。
まるで、血が一瞬で蒸発ようだった。都市伝説でいうならばキャトルミューティレーションと、言ったところだ。
「さてと。しっかり本体も消してやらないとな」
榊原は、土屋に触れると残った上半身を消し飛ばす。そして全ての作業を終わらせると、スマホを取り出した。
「あと残る五大能力は二人か……今日のうちに五人全員殺りてぇなぁ」
スマホには、五大能力者の名前と能力名が映っていた。映る五大能力者の名前のうち三つにバツがついていた。そして残る名前と能力名には『榊原 剛』(空間操作)『夕霞 結月』(発火能力)との文字があった……。
「女を殺るのは趣味じゃねぇし……最後に回すとするか」
そんなことを呟きながら榊原は、何事もなかったかのように街へと繰り出す。そう。何もなかったかのように……。




