【第40話】嬉しかったよ
ゾンビ事件終結後、朝霧達はぐっすりと朝まで眠っていた。朝日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえたかと思うと、桜の声が聞こえてくる。
「朝ご飯できましたよ~」
「ふぁぁああ……。あっ、わざわざすみません」
そう返し、布団から出た。襖を開け居間へと向かう。昨日のことがあったからか黒崎と結月は、一層眠そうな顔をしている。
居間につくなり、味噌汁のいい匂いがしてきた。
「昨日のって夢だったんかな?」
「私も起きて直後はそう思ったわよ。まぁ……テレビを見てみれば夢じゃなかったってことがすぐ分かるけど」
結月にそう言われ、視線をブラウン管テレビへと向ける。と、そこには焦げて、なぎ倒されている林が映っていた。その映像の上に『釜本山で大爆発!!』とのテロップがデカデカとあるのが伺える。
テレビに映し出されている山の様子は、まるで大魔神でも降りてきたかのようなものだった。
「怖いわよね~。すぐそこの山で爆発なんて……。EWU放出なんちゃらっていうのが検出されなかったから能力者の仕業じゃないらしいけど」
桜がそう言う。
いや、それ俺がやりました。などと言えるはずもなく、静かに席につき朝食を食べ始めた。すると、左から豆が飛んでくる。隣を見るとファンが納豆と悪戦苦闘を繰り広げていた。
「はやて~。この食べ物私に糸吐いてくる……」
「いや、お前が自分に糸をくっつけてるだけだから……」
味噌汁を一度机に置き、ファンのお椀と納豆を寄せる。そして納豆と醤油を適当に混ぜご飯に乗せた。
「ほら、これで食べれるだろ?」
「うん。ありがと! はやて」
にっこりとファンが微笑む。うん、可愛い。などと考えながら朝食を済ます。
食べ終わってから五分くらい経ったとき「疾風君。食べ終わったならこっちに来てくれる?」という桜の声が聞こえてきた。朝霧は声のする方に向かう。呼ばれた場所は風呂場だった。
風呂まで世話になるのは気が引けると思い、最初は断ったが「若いのが遠慮なんかしないんだよ。ほら、女の子達が食べ終わる前までにささっと入っておいで」と、促され結局朝霧は、風呂へと入った。
体を洗いささっと浴槽に浸かる。
「にしても疲れたな……」
そんなことをぽつりと呟く。身体的な疲れは全く無かったが、精神的な疲れがどっと朝霧にのしかかる。
ぼーと、呆けていると「ハヤテ?」という声が外から聞こえてきた。いきなりの呼びかけに驚き思わず湯船に沈む。
「な、なんだ? 結月か?」
朝霧は、とにかく冷静を装いながらそう訊くと「うん」という返事が聞こえてくる。
「あのさ……昨日はありがとね」
「ん? あー、別に大したことは──」
「──嬉しかったよ。本当にありがと。タオルここに置いておくからゆっくり入ってね」
結月は、そう言うなり風呂場の隣にある洗面所から消えていった。ピチョンと、シャワーからこぼれた水が鳴り響く。
──……ん?
──結月に襲いかかるゾンビを倒しはしたけど。
──俺、『されて嬉しいこと』なんかしたっけ?
朝霧は「うーん」と唸るが、なんのことだか分からず、とりあえず湯船から上がると、風呂場から出る。湯船に浸かれたからか疲れが少し消えていた。
着替えを素早く済ませ女子と替わる。
「早かったねぇ。カラスの行水ってやつかしら」
「まぁ男は髪の手入れとか必要ないですから」
「なるほどね。あ……お手入れで思い出したわ。庭のお手入れしてくるから席を外すわね」
桜が立ち上がり、廊下に向かって歩いていく。朝霧は庭と聞いた瞬間、昨日の出来事を思い出した。考えるよりも先に体が動き桜を追う。
「あっ……! だったら俺が──」
「お客さんなんだから、ゆっくりしててええよ?」
「ほ、ほら! 日射も強いですし俺が代わりに……、庭の手入れとか好きなんですよ俺!」
「うーん……。じゃあ野菜に水まきをお願いできるかい?」
「お任せを!」
朝霧は、桜が居間に行ったことを確認した後、玄関の扉を恐る恐る開けた。そーと外を確認するがゾンビの死体はおろか、残骸すらも残っていない。
家の前には平凡しか広がっていないかった。その平凡さが妙な寒気へと変換される。
「あのビームで全部蒸発したんか?」
そんな寒気を紛らわすかのように朝霧は呟く。が、家の陰で日陰になっている場所を見た瞬間、その寒気は一層大きくなった。
そこには、ゾンビの腕であろうものが転がっていた。お化け屋敷でいきなり脅かされたような感覚に襲われ、思わず電撃を放つ。
ゾンビの腕は電撃に当たり吹っ飛び──、その瞬間朝霧は、消えたゾンビの理由を知った。
ゾンビの腕が陽向に出た瞬間、溶けていき蒸発したのだ。それはまるで、 高温の場所にアイスを置いたかのように……ドロドロと溶ける。
「な、なにがなんなんだよ……」




