【第3話】竜王の娘と同居生活始めました
「ちょっと待て。なに、俺と一緒に住むってこと?」
朝霧は、思考を戻すことはできたものの、追いついていくことはできなかった。
仕方がないので少し話を整理することにする。
この見た目が外国人みたいな少女は(自称)竜で……しかも王家の娘。見た目は完全にロリ。そして、俺は気づいたら契約を結んでいた、と。
うむ、考えてみた結果、同居など問題だらけだな。
完全に見た目がロリな少女と同居など社会的にも倫理的にも問題がある。それに本当は竜と嘘ついた家出少女なのかもしれないとも思えてきたぞ。
だけど、俺の身体の傷が治ってるのも事実なんだよな。
朝霧の悩みは深まる一方であった。ついでに、さきほど吹き飛んだはずの混乱が「お待たせ」と言わんばかりに帰還してきた。
少女は、そんな朝霧のことなど気にせず続ける。
「だって契約者だし、力も使えない訳じゃなさそうだし……」
「意味が分からん。そもそも同居する必要性なんかねーだろ」
朝霧は、なんだか疲れてきたので少女が竜ということに仮定しようと考えた。
とにかくこの状況では、どちらかが折れないと話が進まないし、少女の方が折れるとは思えない。だったら俺が折れようというわけである。
彼は竜だとしても契約したから同居の必要性があるとは思えなかった。自分では真っ当な意見だと思ったが、少女はまたバカにしたような目で見てくる。
「私これでも千年生きてるんだけど人間に換算すると、まだ一〇歳くらいなの。だから容姿だってこの通り。この容姿で働いて一人で暮らせと言うの?」
いやまぁそりゃ正論だけど……。
一〇歳の容姿では、この国で働くことは完全に無理だ。高校生じゃないと。いや、中学生で年齢詐称してる奴もいるにはいる。いるにはいるが……こんなロリが高校生と言ったところで誰も信じてはくれないだろう。
ん? 待てよ。何か引っかかる……。
と、そこで朝霧は脳の奥底で何かが引っかかった。
この少女は自分が千年生きてると言った。だが、彼が少女を見つけたとき、彼女はまだ卵だったはず。
変身能力かとも思ったが、それでは朝霧の身に起きた治癒が説明つかない。
逆に本当に竜だとしても──、
「いや、お前千年生きてるって……。さっき産まれたばっかだろ」
そう。少女の言い分を信じるにしても、現実に起こったことと矛盾しているのだ。少女はその指摘に黙り込み──、
「知らないよ! そんなこと……」
怒鳴ったかと思えば、直後、泣き出しそうな顔になりうつむく。さきほどまでの威勢が完全になくなったかのように顔はどんどん暗く、しょんぼりとしていく。
いや……朝霧も少し前から、少女の威勢が無くなっていくのを薄々にだが気づいていた。が、ここまで急激に弱々しくされると反応に困ってしまう。
なんだか開いてはいけない扉を開いてしまったかのようで、凄まじい罪悪感に襲われる。
少しの沈黙が訪れ、カラスの鳴き声が辺りに響き渡る。
「私にもよく分からないよ……! なんで卵に戻ったのか、なんでここに来たのか……。言葉は分かるし、自分が誰だかも分かる。なのに、思い出だけ消えてて……しかも気づいたら変な奴と契約してて……私のこと信じてくれないし……!」
──いや、竜とか言われて「はいそうですか」と信じる奴の方が少ないからな?
──俺のせいじゃないからな?
朝霧はそんな言い訳を心中で零しつつ、しかし少女の言葉を考える。
──で、卵に戻った? 天界?
──ダメだ訳分かんねぇ。
まぁ考えると言ってもこんな感じで、朝霧の頭の中ははてなマークに埋め尽くされるばかりだったのだが。
ただそれでも。少女の服が異常なまでにボロボロで、記憶がなくなっていて、演技とは思えぬ涙を流してることくらいは理解できた。
やはり詳しいことは分からなかったが、少女の身になにかがあったことくらいは想像できた。
だとすれば……少女は強がっていたのだ。押しつぶされそうな孤独感のなか、自分という存在を保つために。
だから、あそこまでの罵倒でも『毒素』を感じなかったのだろう。
朝霧ハヤテという男は、ここまで想像が膨らんでから、少女を見捨てれるほど人間ができていない。
「あぁぁ! 分かったよ、俺の家で良いなら来い! 大したもてなしはできねぇけど……それで良いなら!」
気がつけば口が動いていた。朝霧の今できることが、少女を救えるならそれで良いとすら思っていた。
それが少女をここまで追い詰めてしまった自分への罪滅ぼし。とまでは言い過ぎだが、似たようなことだろう。
それに、この少女と過去の自分が重なってしまったのもある。まぁどちらにしろ、単純なことだった。
朝霧の言葉に、少女は泣きそうな顔から一転し、笑顔になった。まるでサンタからプレゼントを貰った子供みたいなその無邪気な笑顔に朝霧は、不覚にもドキッとする。
罪滅ぼしとは一体なんだったのか……。
──まぁ父親の気持ちってこんな感じなんだろうな。
「ほんとに……?」
少女は涙を浮かばせながら訊く。
「本当だよ。だからほら、もう泣くなって」
朝霧は変な罪悪感から、少女の頭を右手で撫でる。
「うっぐ……うん。ありがとう。えーと……名前は……」
「あっ、俺は『朝霧 疾風』。ハヤテとか……まぁ呼び方はどうでもいいや」
「じゃあ……よろしくね、はやて」
ファンは、朝霧の右手を両手で包むと、顔を横に向けながらそう言う。
なんだかんだ言って、やっぱり純粋な子供だ。さっきの罵倒は何だったんだろう、と思うほどの変わりように少しばかし驚くが……。まぁもともと罵倒専門職ではないからそうだと言えばそうなのだが。
とにかく……この少女の孤独感が無くなったのであれば、それで良いか。あっ……そういやコイツの名前長すぎて覚えてねーや……。なんて呼べば……。
朝霧は、さきの論争や少女の涙目から完全に名前を忘れ去ってしまっていた。
まるで、そんな朝霧の思考を読んだように少女は口を開く。
「私のことはファンロンとかファンとかって呼んでくれれば……嬉しいかな……」
ファンってオタク社会では、熱狂的な方々とかを意味するのだが……。まぁ言いやすいし、大昔のオランダの絵を描く偉人にもファンと名の付く人間がいた気もするし……まぁどうでもいいか。
「じゃ、よろしく。ファン」
よろしく、で合っているのかよく分からなかったが、朝霧もファン同様にそう言う。
するとファンは涙目のまま、ニッコリと笑い「うん!」と返した。やっぱり涙より笑顔の方が可愛いわな。朝霧は静かにそう思った。