【第15話】ようやくの帰宅
朝霧は女が去ったあと、少しボーッとしていた。寝た感じがしないため、頭がフワフワとしているのだ。
だが、こんな廃墟にずっといるわけにもいかない。
「ファン。起きろ」
胸元でスースー寝ている少女──つまりファンを起こそうとする。しかし良い夢でも見てるのか、微笑みながら寝ているばかりだ。人の上で寝るな……まったく。
何回かファンの頬をツンツンとすると、ファンはあくびをしながら起き上がった。
「──はやて?」
ファンは、少しビックリしたような顔をして、朝霧の顔を覗き込む。それは、突如消えた飼い猫が一ヶ月ぶりに戻ってきたときの飼い主の反応を見ているかのようだった。
──まぁ、呪い殺されていたはずの人間が平然と起きていたら普通は驚くよな。
「心配かけたな、ごめん」
「ううん。大丈夫そうでなによりだよ」
怒りもせず、呆れもしないファンに朝霧は感謝する。そして足に力を入れ、立ち上がった。
「んじゃ、帰るか」
そう言い朝霧は、ソッとファンに手を差し出す。ファンは、思考が追いついていないのか、少しオドオドとしながら、差し出された朝霧の右手を掴む。
幼い少女の手は、とても小さく暖かかった。
──やるべきことは分かってますよね?
ふと、そんな女の言葉を思い出す。
──んなこと言われなくても分かってる。
──黒龍とやらをぶっ倒すしか生きる道がないんだろ?
──だったらそうするしかねぇだろ。
──ファンのためにも……自分のためにも。
そんなことを考えていた朝霧だったが、何かを忘れているような気がした。
…………あっ! 結月!
急いでスマホを取り出し、電話をかける。呼び出し音が何回か鳴り、結月がでた。
「結月か? 昨日は悪かった」
そう朝霧が言うと、結月は「別に良いけど怪我は?」と、怒るどころか心配までしてくれた。
そんな結月の優しさが、逆に胸に突き刺さる。昨日、絶交されるのではないかと思っていた自分を殴りたい。
後悔と感謝が混ざる感情を抑えながら口を開く。
「話したいことがある。俺の寮まで来てくれるか?」
朝霧の寮は、男子寮だが警備は甘い。どれほど甘いかと言うと、同級生が彼女とあんなことやこんなことをしながら、一夜を過ごしたこともあったと聞くほどだ。
だから大丈夫だろうと、朝霧は踏んでいた。
それに結月も男子寮に抵抗を持っていない……はず。まぁ、案の定「分かった」との返事が聞こえてくる。
携帯をポケットにしまいなおし、ファンの手を握りながら家へ帰ろうとする。
廃墟からでて振り返る。
──なんで俺ここに来れたんだろう
確かファンがこっちにいると本能が言っていた……そんな覚えがある。まぁ人間死ぬ気になると、なんでもできるもんだな、特に不審がることもせず、帰路へとつく。
十数分歩き寮に着くと、いきなり管理人が管理人室から飛び出してきた。
管理人は少し太った体型を際立てるようにパツパツの作業服を着ている。しかも、そんな体型に似合わずハムスターのような愛らしい顔をしているため、あだ名が『ハムやん』になっている。
初めてこの寮に来たときは、その体型と顔のギャップに吹き出しそうになったものだ。
「お風呂の修理しておきましたので……」
管理人はそう報告をしてくる。
さすがは、東京国の管理システム。部屋のどこかに異常があれば、すぐさま修理会社が来てくれる。
まぁ、本人が出掛けているときに来るとは、プライバシーもあったもんじゃないが……。
そんなことを考えていると、管理人は一人の少女に気がつく。
「そちらの子は?」
ギクリと、効果音がでそうなほど肩を大きく反応させる。
とにかく上手く誤魔化さないと……。
「し、親戚ですよ。少しの間ですが、よろしくお願いします」
そう言うと、管理人はなんの疑問も持たずに「そうかい。よろしくねお嬢ちゃん」と言い管理室へと消えていった。
……あぶねぇ。
安堵感と、少しの罪悪感を感じつつ部屋へと戻る。性犯罪の犯人の気持ちが少し──本当に少しだけ分かった気がした。
とにかく朝霧達は自分の部屋へと向かう。
部屋に入った瞬間に感じる。何日かぶりの自分の部屋は安心感を与えてくれる……。まぁ一日も外にはいなかったが、感覚的には、一週間くらい外出していた感じがした。
まぁそろそろ結月が来るから、そんな感情に浸っている暇はないのだが。




