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【第116話】レディの嗜み

 結局、服がびしょ濡れになってしまった朝霧は、スーパーへ買い物に行けず、トボトボと帰宅した。


「ただいま……」

「遅いよはや兄……って、うわっ!? なんでずぶ濡れなの!?」

「いや、スマホが川に落ちちゃって、それを拾いに……」

「もう、風邪引いちゃうよ? ほらお風呂入っちゃって」


 加奈子は呆れた様子で、しかし朝霧のことを心配する。そして浴室更衣室に繋がるドアを開いた。本当に中学生とは思えない、しっかりした子だな。朝霧はそんなことを考えながら、開かれたドアをくぐった。


 ──明日は……月曜日か。

 ──水曜日まで講習はないし、洗濯しちゃって大丈夫だよな。


 朝霧はそんなことを考えながら、扉を閉め、学生服を脱いでいく。ワイシャツも脱ぎ、それは洗濯機に放り込む。さて、学生服だが……。


「はや兄、学生服は私が乾かしとくから、そこら辺に置いといて」


 扉の向こうからそんな加奈子の声が聞こえてきた。朝霧はまず「へ?」となり、そして数瞬後にようやく言葉の意味を理解した。


「い、いや別に風呂上がったらやるから良いぞ?」

「服が傷むからだめ」

「いやすぐ上がるし……」

「だ~め。風邪引くから、ちゃんとお風呂に浸かること。分かった? ほら、さっさと入った入った」


 加奈子に急かされ、朝霧は学生服を脱ぎ捨てたまま浴室へと入った。シャワーのハンドルを捻る。数秒間流した後、温かくなったのを確認してから、シャワーを浴びる。


 ガチャ。


 シャワーの流れる音を聞いて加奈子が入ってきたらしい。


「ありがとな加奈子」

「どういたしまして。ゆっくり入ってね」


 加奈子はそう言うと、浴室更衣室から出て行った。


◇◇◇


「かなこ~。それ、はやての洋服?」

「うん、今から乾かすの」

「私も手伝うよ!」

「じゃあ……学ランをお願いしても良い?」


 そう質問する加奈子に、ファンは元気よく「分かった!」と返事をする。


「じゃあまず、タオルを用意します」


 加奈子は言いながら、浴室更衣室から持ってきた四枚のタオルをのうち一枚をファンに手渡す。


「そしたら、タオルで服の表面の水を拭き取る」

「分かった!」


 ファンは受け取ったタオルを使い、言われたとおりやり始める。「えいさ、こらさ」とぎこちない動きで水を拭いている姿は、まさに健気と言ったところ。


 加奈子も黙って見てるだけでは仕方ないので、ズボンの片側を二枚のタオルで挟み込む。そしてさらにズボンの裾からタオルを入れ込み、その上に乗っかった。


 何度か繰り返し、今度は逆側でも同じことをする。またそれを終えたら、今度はウエストでも同じことをする。


「……大体、これで水は拭き取れたかな」

「かなこ~、私の方もこれで大丈夫?」


 ファンはどのくらいやれば良いのか分からないといった感じで、少し不安そうにそう訊いてきた。加奈子が学ランに手を伸ばす。


「うん、大丈夫そう。あとはハンガーにかけて乾かせば終わりだよ。明日は晴れみたいだから、外で干そっか」

「じゃあベランダ開けてくる!」


 ささーっとファンが動く。ベランダのガラス扉が開いた。暑い……というよりは暖かい風が部屋に入り込む。


「じゃあハンガーが物干し竿にかかってるから、学ランの方をかけてくれる?」


 加奈子が学ランをファンに手渡しながら言う。ファンは「了解だよ」と答え、命令通りに動く。その光景はまるで母と娘……なのだが、こんな幼い母がいるか。だがもし加奈子が大学生くらいならば、母娘で通用するだろう。


 そしてまた、そのように思わせるほどには、加奈子とファンは打ち解けていた。


 と、学ランをハンガーにかけ終えたファンが、加奈子の元へと戻ってくる。


「ズボンもハンガーにかけるの?」

「ズボンはパンツハンガーっていうのにかけるよ」

「ぱんつはんがー?」

「えっとね、あそこにあるハンガーに洗濯バサミが二つ付いてるやつね」


 加奈子が指で示す。ファンは、その指の先に視線を送り、そして「あぁ、あれか」と反応する。


「あの洗濯バサミにズボンを挟めば良いの?」

「うん、そうだよ。けどウエストを下にして干す。あとは一つの裾に二つの洗濯バサミを使う」

「えっとズボンを逆さまにして……」

「ズボンに折り目が入ってるでしょ? その折り目沿いの端を洗濯バサミで挟む感じ」

「なるほど、分かった!」


 ファンは「洗濯バサミ二つ、洗濯バサミ二つ」とぶつぶつと言いながら、ぎこちなく洗濯バサミでズボンを挟む。


「片方の裾は?」

「隣にあるズボンハンガーで、同じことをしてくれれば良いよ~」

「分かった」


 数秒後、学生服がすべて干し終わった。ファンが部屋の中に戻ってくる。加奈子はファンに「お疲れさま」と言うと、ガラス扉を閉めた。


「かなこ、洗濯物に詳しいね」

「ふふ~ん。レディの嗜み程度には家事を学んだからね、お母さんから」

「…………」


 部屋が静まる。扇風機の音が、ただただ響く。


「ど、どうかした?」

「……あっ、ううん。なんでもない。ただ今、なにかを思い出した気がして」

「……?」


 ガチャリ。


 扉の開く音がした。ファンと加奈子の視線が、音のした方へ向く。と、そこには部屋着に着替え終わった朝霧の姿があった。


「部屋着まで用意してあるとは恐れ入ったよ……本当にありがとうな」

「えへへ、どういたしまして。でも学ランの後始末はファンちゃんも手伝ってくれたんだよ」

「ファンもやってくれたのか……二人ともありがとうな」

「ううん、どういたしまし──「グゥゥ……」」


 ファンの言葉が遮られる。一瞬、沈黙が漂い、そしてその後、ファンが顔を赤らめた。


「悪い。ご飯今から猛スピードで作るから待っててくれ」

「あ、わっ。ご、ごめん! なんか急かしちゃって……」


 慌ててキッチンへと駆け込む朝霧に、ファンはそう謝る。


「そんなことないから大丈夫だぞ。というか、これだけやってもらってるのに、野菜炒めくらいしか出せないこっちが謝らないといけない立場だと思う」


 朝霧は冷蔵庫から、庶民の味方『モヤシ』を取り出し、そう言う。


 ──明日こそはスーパーに行って、材料調達して、ご馳走作らないとな。

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