【第10話】天界からのお迎え
朝霧達は、暗がりの夜道を歩き、結月の家へと向かっていた。
理由は、結月の古着を貰うためだ。にしても夜だというのに暑い、というのはどうにかならないのだろうか。朝霧は、歩くたびに汗がでて風呂に入った感じがしなかった。
銭湯から数分歩いたところに、結月の家はあった。一人暮らしに必要なのか、と疑問を抱くほど大きな二階建てのそれは、何千万円するのだろうと率直に思う。
「それじゃあ持ってくるから待ってて」
そう結月は、言い残すと家の中へ入っていく。
……暇だな。
まぁ物を貰う立場なので、文句は言えないのだが。それにしても暇であった。
朝霧は、ファンとしりとりでもしようかと視線を落とす。と、そこで気がつく。ファンの様子がおかしかった。何か落ち着かないような様子だ。
そういえば、ここまで歩いて来たときもずっと静かにしていたのも気になる。
そんなファンの怪しげな行動に朝霧は、疑問を抱く。
「どうした? トイレにでも行きたいのか?」
朝霧は、当たっていそうなことを聞いてみる。だが、ファンは「違う」と答えた。
では、なぜ落ち着かないのだろう。その疑問はファンから教えてくれた。
「竜がこの街にいる」
少し思考が止まった。暑い夜のはずなのに汗がいきなり冷や汗に変わる。自分でも分からないが、冷や汗が止まらない。
何秒か経ってから、やっと思考が戻る。
ファン以外の竜がこの街に? なぜ?
そんな素朴な疑問を浮かばせるが、ファンと出会った時のことを思い出し、そんな疑問は一気に消え去っていく。
──服のボロボロさ。
つまりそれは、過去のファンに何かがあったことを意味する。
──そして記憶がないという点。
つまりそれは、過去のファンの出来事がとてつもなく凄まじかったことを意味する。
もし、ファンを狙う連中がいたとしたら?
もし、そいつらがファンを取り逃がしたとしたら?
もし、そいつらがファンの居場所がここ、東京だと分かったら?
そんな疑問の答えは、簡単だった。
──またファンを捕まえに東京に来るに決まっている。とにかく一刻も早く逃げなくては……。
「ファン逃げるぞ!」
気がつけば、朝霧はファンの手を握りしめ走り出していた。結月には、謝ればいい。
とにかく今は、目の前の少女を救わなくては……。そんな気持ちでいっぱいだった。それと同時に昔の俺と同じ道をこの少女に歩ませるわけにはいかないとも思う。
必死に走っていると、ファンが朝霧に話しかける。
「あっちの方に逃げて! それ以外の場所は竜の気配でいっぱい!」
竜は竜同士で、力を感知することができるのだろうか?
朝霧はまた疑問を抱くが、それと同時に驚きもしていた。
なぜなら、竜が集団で……それもかなりの数でファンを狙っているからだ。まさか、街のいたるところに人海戦術を展開するほど竜がいるなどと思うはずもなかった。
だからこそ不意を突かれた。
朝霧はとにかく、ファンの指差す方向に走る。それしか朝霧にできることがなかったからである。数分間走り続けると、河川敷に出る。
「ここが、唯一竜の気配がしないんだけど……おかしくない?」
ファンが朝霧に問いかける。
確かに、街の至る所に竜を出現させたのに、河川敷だけノーマークなんていうのは、おかしな話だと思う。
もしかしてこれって罠──!?
朝霧がそう思ったのも束の間、背筋に凍るような“なにか”を感じた。
──っ!?
朝霧は、とっさにファンから正面に視線を移す。
と、今まで何もいなかった場所に女が現れた。それを見て、朝霧は寒気の正体が、この女だと直感する。
女は日本刀とおぼしき刀を二本腰に携え、こちらをうかがっている。その様子は、時代劇にでてくる女忍者を連想させた。
すると、女は口を開く。
「あなたが契約者……でよろしいですか?」
女は問う。
感情のない声だったが、人間味がないわけではない。だからといって友好的なしゃべり方でもない。ただ作業としての……業務的な話し方のような感じがした。
「あぁ……そうだよ。お前こそ何者だ? 人間なんて言わせねーぞ」
朝霧は少し躊躇いながらも答える。と、同時に朝霧が質問すると女は「お察しの通り私は竜です」と返してきた。
そして女は少し間を空け──、
「──まぁ、そこの少女を回収しに来た者でもありますがね」
と、続ける。
回収?
それはつまりファンを拉致るってことなのでは……。
朝霧が、そう考えるのも無理はない。なにせ目の前の女は、罠を仕掛け朝霧達を河川敷に誘導したのだ。
何かがおかしい……。
朝霧は、ファンをチラリと見る。と、朝霧の少し後ろで身体を震わせていた。完全に怯えきっていることが伺える。
くっ……どうすれば……。
朝霧は下にうつむきながら思考を巡らせた。が、やることは決まっている。
そして、また正面に向き直る。
──この子を連れて、逃げ切ってやる。
この考えしか頭になかった。なぜか、と問いかけられればそれに答えられるものはない。
けれど、ここで逃げなければいけない。ここで少女を助けなければいけない。理由は分からないが、そんな気持ちは間違いなく、朝霧の胸にあるのだ。




