【第102話】皇 麗雅
既に時刻は午前一一時を過ぎる。夏休みに入り、毎日のようにゴロゴロしてる学生でも、そろそろ目覚める時間帯だ。
そしてそれは、朝霧とファンも例外ではない。二人とも寝起きのままの姿で昼食の準備をしていたところである。
いつものように野菜炒めを作り、あと少しで完成。……するところに、一本の電話が朝霧のスマホにかかってきた。スマホのディスプレイには、黒崎の電話番号が表示される。
なんの用だろうと考えながら、朝霧は野菜炒めをファンに任せて電話にでた。
「もしもし、黒崎さん? いきなり電話なんてどうしたの?」
「……おばあちゃんが交通事故にあって、今病院なんだけど。来れたりする? 一人じゃ心細くて……」
「え、俺? まあ別に構わないけど」
「ありがとう。総合病院の入り口で待ってる」
スマホの通話が切られた。
黒崎のおばあちゃん。つまりそれは昭和脳バb……もとい学園長のことだ。あの生命力の塊が、そうやすやすと死ぬわけがないとは思うが。
考えながら、朝霧は着替えを始めようと寝室へ向かう。同居しているとは言え、さすがに女の子の目の前で着替えるわけにはいかない。理性が身体を動かした。
寝室で薄手のパジャマから、普段着に着替えた。Tシャツにジーパンという姿は、普段の学生服から見ると、とてもラフな格好だ。
朝霧はリビングに戻り、料理をしているファンに話しかけた。
「ファン、少し出かけてくる。すぐに戻ると思うけど一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。どこ行くの?」
「ちょっと病院まで。黒崎さんのおばあちゃんが交通事故にあったらしいから」
「それは心配だね……。はやてのご飯は残しておくから安心して行ってきて大丈夫だよ」
「おう、ありがとな」
一人でお留守番なんて全然平気。この前みたいな失敗は絶対にしない! と言うかのように胸を張るファンに、若干の心配をしつつ「じゃあ行ってくる」と玄関へ向かった。
玄関の扉を開くと、雲の切れ間から差し込む太陽の光に思わず、うっ……となった。
朝霧は寮の階段を下り、大通りへと向かう。そして、学校に行くときとは真逆の方向に歩き出した。
目指すは第二四都市総合病院。恐らく東京国の中でも五本の指に入るであろう大病院だ。
朝霧も一度、能力開発のために行ったことがある。あの頃はまだ中学生で、確か結月と一緒に行ったと思う。
記憶が正しければ、結月は能力開発に対して少し嫌がっていた。恐らく自身の父親にされたことがあるからだったのだろう。
だが当時の俺は怖がらなくても大丈夫大丈夫みたいなことを言っていた気がする。知らなかったとは言え、ホントにバカだったな……。
それはともかく、第二四都市総合病院は最先端技術を取り入れた手術で有名なところだ。
例えばロボットによる正確無比な手術。IAが過去何兆通りの手術記録から自己進化するため、万が一の事態にも冷静に対応できる。
成功確率が一パーセント未満と言われていた大物俳優の手術を成功させたという話まであるくらいだ。
他にもナノマシンによる臓器修復。これは目に見えない大きさのロボットを体内に入れ、臓器や骨を修復させるという治療方法である。
まぁ子供が考えたような桁違いの費用が必要なため、やる人はごくわずかな富裕層らしい。
そして極めつけは、寿命五〇〇年。これはテロメア遺伝子の減少を薬で抑え、寿命を増やすというものだ。しかし、人口問題勃発の恐れがあるため議論の対象にもなっており、流通は難しいという。
もちろんこの総合病院では、そんな議論など知ったことかと言うように普通に使われているのだが。
これらの最先端技術が使えるのも全て、ここが天下の第三特別区だからだと朝霧は思う。
もしかしたら、この総合病院も実験場なのかもしれない。
と、そうこうしている間に総合病院の着いた。目の前には駐車場が出迎えるように広がっており、白線の代わりにところどころ植え込みがある。
そしてその奥に病院がある。真っ白な建物は白衣の清潔感と似たものがあり、とてもキレイに映った。
朝霧は表口のポーチの下に立っている黒崎のもとへと走る。
「ごめん、遅かった?」
「ううん大丈夫」
「そうか、なら良かった。それで学園長はどんな感じなんだ?」
「まだおばあちゃんを見てないからどうとは言えないけど……相当なスピードでぶつけられたらしいから」
黒崎曰く、学園長は車である生徒を家に送る途中だったらしい。そこに大型トラックが猛スピードで衝突。 後部座席に座っていた生徒は運良く軽傷で済んだらしいが、運転席にいた学園長は相当な怪我を負ったとか。
事故の経緯を全て聞き終えたところで、病院のアナウンスが入った。
『病室一〇一号室のお連れの方。現在、手術が終了致しました。病室までお願いします。もう一度、繰り返します──』
黒崎がピクリと反応する。そして朝霧に「終わったらしい……着いてきてくれる?」と聞いた。
朝霧はもちろんと首を縦に振った。
二人は病院の中へと入り、病室へと向かう。一〇一号室は入ってから近くの病室だったので、意外と早くついた。
黒崎が音を立てないよう静かに扉を開けた。
「……おぉ、氷花か。心配かけたのう」
「おばあちゃん! 良かった……」
「なになに、こんな怪我程度で死にゃせんよ。ん? なぜ貴様がここに?」
学園長は朝霧を見るなり、不機嫌そうな顔になる。ここまで嫌がられるというのも珍しい。
なんだかせっかく来てやったのになんだその態度は、といろいろムカつく部分はあるのだが、ここはニッコリ笑顔で対応する。
「いえ、率直に学園長が心配で」
「貴様なんかに心配されたかないわい」
ほう、ツンデレなのか? そうなのか?
いや仮にそうであってもムカつく。そうでなかったら更にムカつく。もういっそのこと死んでもらいたい。
イラ立ちが見る見るうちに上っていくのを感じた。青筋が立っているかもしれないと朝霧は本気で思った。
すると、唐突にドアからノック音が聞こえてきた。
部屋の全員が扉に視線を向ける。それから数秒後にドアが開かれた。
「……おっと、これは失礼。取り込み中であったか」
「おぉ、皇か! よう来てくれたのう!」
なにやら学園長がハイテンションになった。皇と名乗った女は見た目五〇代。しかし白髪などは全くみれず、キレイな黒髪をしている。
どことなく漂わせる品格の良さに、朝霧はつい避けてしまった。なぜかは知らないが、朝霧はどこかの長をやってそうな品格を持つ人間が苦手なのだ。恐らく、学園長が原因だと思われる。
朝霧は不自然がないように皇を避け、黒崎の隣に移動した。そして聞く。
「誰だ、あの人?」
「皇 麗雅さん。二〇の学園を持つ敏腕の教育者よ。ほら、壊滅状態だった栄星高校を立て直したのもこの人」
「あぁ、確か抗争で潰れかかった高校を立て直した凄腕教育者がいるとかって、ドキュメンタリー番組でやってたな。って、その人なのか!?」
「うん、少し前にうちに来たから間違いない」
黒崎の発言に朝霧は、黒崎さん家には結構凄い人が出入りしているんだなと驚愕する。
テレビの世界の住人が自分の家に出入りするなど想像できない。ましてやファンが来る前まで、ブラックホールと呼ばれていた部屋に住んでる朝霧は特にだ。
そんな話をしているうちに、学園長と皇はどんどん話の熱を上げていく。まるで旧友と半世紀ぶりに会ったかのように、トークの勢いが止まらない。
「とりあえず大丈夫そうだし、出てようか。なんだかごめんね」
「お、おう。別に黒崎さんが謝ることじゃないよ」
朝霧は再度学園長を見る。そして、少しでも心配した俺がバカだったと思いながら病室を出た。




