【第101話】スパイ
深夜の一二時。
それは、朝霧やファンが斑鳩との戦闘の疲れですやすやと眠ってる頃。また一方的に加奈子の保護を任せられた結月が、二人でトランプをしてる頃。
そんな一般人が平和に暮らしてる頃、第一一都市の聖シェナーン教会では、黒色の修道着を着た老女がスマホで通話をしていた。
老女が立っているのは教会の講堂。そこは窓から降り注ぐ月の光しか光源がなく、しかも今日は一日中曇りのためとても薄暗い。
そのためか、それとも別の“なにか”がそうさせているのか。百八十センチほどの身長があり、白髪を生やしているにも拘わらず、老女の姿は全く見えない。
そんな老女は、講堂内に全く響かない声で言う。
「……つまり、国進党が上下院で与党続投が確定、そういうことじゃな?」
『はい、それで間違いありません。東京国の方のメディアも明日あたりには発表するかと』
「そうか。かっかっかっ、ようやったようやった」
『ただ……』
「ん? どうかしたのか?」
老女は少し怪訝そうに聞き返す。しかし電話の向こう側の男はばつが悪そうに口ごもった。
数十秒が経ち、ようやく観念したように口を開く。
『世論誘導に予算以上の資金を使ってしまい……その……』
「なんじゃ、そんなことか。別に構わんよ。そんなことより……工作の方は上手くいっておるんじゃろうな?」
『そちらは全く問題ありません。いつでも起爆できるようセットしてあります』
「よしよし。あっ、北にも連絡を入れておけ。いつでも開始できるようにしておけとな」
『了解!』
通話を終えると同時に、老女の姿が段々と見え始める。数秒が経つ頃には目を凝らさなくても普通に見えるようになった。
すると、老女は講堂の出口付近を鋭い目つきで見始める。講堂の出口は一つしかなく、しかも窓から一番遠い場所に位置する。そのため誰がどう見ても、真っ暗闇ということに変わりはない。
しかし、老女には見えないものが見えたのかニヤリと笑った。
「……ネズミがおるようじゃな。この時間帯は講堂に入るなと言っていたはずだが」
老女はそう暗闇に聞く。少しの間が空いた後、暗闇に二つの顔がうっすら浮かんだ。
「ネズミなんかじゃないですよ。少し前に入団したステファ──」
「ステファン・マーソンか。名前など言わなくとも、自分の組織の人間は忘れんよ。そんでそっちがユリシーズ・ワイラーじゃな」
「そうです」
「二人とも、休暇から帰ってきて早々に悪いんじゃが……死んでもらおうか」
老女が右手をパッと開く。その開き方からは、色白の細い指が飛んでいくのではないかと錯覚するほど力が込められているのが分かる。
それと同時に、講堂内が青白い光に包まれた。まるでライブ会場のような光は、全て魔法陣から放たれている。
ステファンとユリシーズという名前で呼ばれていた二人の男は、その“異様な魔法陣”に妙な笑みをこぼした。
魔法陣のどこが異様なのか? それは魔法陣の特性を知っていれば分かる。
そもそも魔法陣──つまり紋章術とは、小さな魔法陣を何十・何百と生成し、標的を包囲するためのもの。つまり相手の逃げ場を無くすための術式が魔法陣なのである。
だが、この老女はそんな概念など全てぶち壊すかのように、たった一つの魔法陣のみを使用している。それも、学校の体育館と同等の大きさを持つ天井を覆い隠すほどの大きさで。
まさに規格外だ。
「待ってください。なぜ私達に魔方陣を向けるのでしょう」
ステファンが額に汗を浮かべながらそう尋ねる。すると老女は独特な笑い声をあげた。
「かっかっかっ。ワシも貴様らと同族。分かるんじゃよ。味方か敵か、なんてことくらい」
老女の眼光がどんどんと強くなる。しかし怖じることなくユリシーズが口を開いた。
「同族? なんの話を?」
「スパイじゃよ」
「スパイ?」
「あぁ」
老女はニヤけた笑みを浮かべ、そううなずいた。老女は続ける。
「ワシも昔は同業者だった。だからか、その手の者の癖が分かるんじゃ。」
「……つまり貴方は私たちがスパイだと、そう言いたいのですか?」
ステファンはそう尋ねる。その表情は少しだけ引きつっていた。
「そうじゃ。もっと言えば、入信するときから知っていた」
「失礼ながら、それは貴方の勘違いに過ぎません」
そうステファンは返答する。──直後、老女は大声で笑い出した。それを見たユリシーズは無表情のまま「なにがおかしい?」と問う。
「別に、なにもおかしくはない。ただワシも、こんな若造に低く見積もられたものじゃと思っただけじゃ。まったく、笑わんとやってられんよ。じゃなければ、見下された苛立ちで、思わず貴様らのことを殺してしまう」
老女の声が終わると同時に、魔方陣の光が強まりだした。先ほどまで無表情だったユリシーズも、いよいよだと思い、脂汗をかく。
一方、ステファンは、この状況をなんとかしようと口を開けた。
「そもそも本当に入信前から知っていたなら、なぜそのとき排除しなかったんです? おかしいじゃないですか」
「聖一二使徒」
二人は無言になった。同時に、老女から放たれたその固有名詞に、心中で青ざめる。そしてどこまでバレているのかを思案した。
そんな二人の前で老女は続ける。
「つい数時間前、海外の宗教勢力を抑えていた斑鳩 澄也が捕縛された。聖一二使徒によってな。まぁそれについて驚きはしない。もとより、彼は聖一二使徒……いや海外の宗教勢力全般に、その命を狙われていた身だからな。問題はそこじゃない」
老女は一息つくと、それからまた言葉を紡いだ。
「斑鳩は我が教会と協力関係にあり、また本家にこそ属していないものの、我が主『黒龍様』の身内にあたる。よって、彼を捕縛した聖一二使徒は正式に“敵”と見なした。だから君たち二人はここで殺す。特に、斑鳩澄也を捕縛した張本人である君たち二人はね」
不適な笑みを浮かべる老女の前で、二人の男は平然を装いながらも汗を流す。まさかここまで知られていたのか、と。
「……まさかそんなに丹念に調べ上げているとは」
「かっかっか。スパイにスパイが通用すると思うな」
「どうりで組織内でもコードネームしか明かさないはずだ」
「お前さんらと違って完璧主義なんじゃよ。……さて最後の会話はこれで終わらすとしよう」
老女の右手が再度大きく開く。それに反応し、魔法陣がどんどん大きく明るくなっていく。たちまち、光のなかに老女の姿が消えた。
──銃声。
銃声。
銃声。
また銃声。
その強烈な光の中で、ユリシーズが銃を連続して放つ。姿こそ見えないものの、これだけ撃てば一発は当たっただろう。もうこうなっては仕方がない。せめて相討ちにしてやる。
そうユリシーズは思っていた。
しかし、次の瞬間、老女の高笑いが聞こえてきた。それから光の中から老女の声が響く。
「当たらんよ。そんなもの」
ユリシーズは鼻を少しだけ上げつつ、リロードする。しかし、リロードした銃弾を放つことは、もうなかった。
二人の男の身体が床に沈んだ。
まるで見えない力にプレスされてるかのように、ドンと音を立てて倒れ込む。
「ッ……!!!」
男にかかるあまりの重圧に、床がメシメシ音を立てる。だが重圧の増加は止まらない。
ビシッと大きな音が走った瞬間、床にヒビが入る。そしてついに床が抜け、二人の男の姿が落ちて消えた。
老女は手をゆっくり閉め、魔法陣を消す。また暗くなった講堂内を、つまづくことなく歩き、空いた穴を覗き込む。
音はしない。いや、ここまでプレスされて生きてるような生物はいないであろう。
「……ふむ。まぁアレで生きてるとは思えんが……念には念をじゃのう。ここは地下の牢獄にでもぶち込んどくか」
そう独り言をつぶやきながら、老女はクレーターのようになっている床の穴に、飛び込んだ。




