【第100話】一旦落着?
「……一体、なんなんだよ」
消えていった二人組に呆気にとられながら朝霧は呟く。対して神宮寺は冷静だった。
「とりあえず俺達も退くよ。今はファンロンの保護が優先だろ?」
片手に持った日本刀を鞘に納めながら言うその姿は、まさに仕事人の風格だ。
「お、おう。そうだな」
なにがなんだか分からないまま朝霧は、神宮寺と一緒に港の入り口に止まっているはずの軽自動車へと走る。
「痛ぇ……。オーイ、葵ちゃん聞こえるか? こちら猪狩。情報は抜き取ったよ~」
『ご苦労だ』
「なんか事務的だなぁ。怪我をしてまで任務を遂行した俺への褒め言葉とかないの? 例えば夜の……」
『頑張った頑張った、よしよーし。じゃあ私は、お前を寺に入れる手続きをしてくる』
「ちょっ……待って!!」
そんな猪狩の呼び止めを無視するように、無線機からブチッという音が聞こえてくる。
猪狩は少し肩をがっくしさせながら、無線機にかけていた術式を解除し、そこでふと思った。
──そういや、あんだけの騒ぎを起こしたのに武装警察は全く動いてないらしいな。
そう猪狩が不審に思うのもおかしなことではない。猪狩や葵が今の今まで行っていた作戦とは、政府機関を襲うというものだった。
しかし、それだけのことをやっても武装警察は全く動かなかったと言う。いや動いてるのかもしれないが、必要最低限のみしか動いてないのは確からしい。
政府直属の公安委員会は速攻で動いた。それも参謀長が予測していた人員数を遙かに上回るほどの大所帯だったと陽動部隊長から無線で聞いた。
しかし武装警察はその逆で、ほとんど現場に来なかったらしい。強いて言えば、逃走ルート上に検問を敷いてたくらいだが、空中浮遊などの術を使える陽動部隊には全くの無意味だ。
能力犯罪者の検挙は、名目上公安委員会の仕事ではあるが、武装警察にも面子というものがある。中高生の多い公安委員会に犯人検挙を持っていかれたくはないはずだ。
ここまで検挙に消極的になっていたということは、白の騎士団と警察の間にパイプがあるってことか? ……まぁ考えたところで意味なんてねぇけど。
思考を断ち切ると、猪狩は負傷した右腕を押さえながら、人気のない裏通りを早歩きで進む。
第二十二都市に堂々とそびえ立つ建物。警視庁と名の付いたその建物内では、とても険悪な空気が漂っていた。
そして先程まで事件捜査の指揮を執っていた朝霧修也も、ピリピリする空気を肌で感じていた。と、部屋のドアがドンドンと乱暴に鳴る。
修也が「どうぞ」と言うよりも前にドアは開かれた。
「朝霧!! 貴様、通常警察による検問の設置のみとはどういうことだ!? なぜ武装警察で現場を包囲しなかった!?」
「おやおや、誰かと思えば不動長官ではないですか。せっかく来たのですし、お茶でも煎れますね」
修也がお茶を煎れるために席を立とうとするが、不動が立ちふさがり邪魔をする。そしてテーブルを拳で強く叩き、
「そんなものでごまかすな! 貴様、私の指示に背き犯人を逃がすとは……その責任、とる覚悟はあるんだろうな!?」
ほぼ恫喝にも受け取れる怒鳴り声を発した。机の上に置かれたコップの中のお茶が、ポチャポチャと音を立てる。
そんな借金取りのような光景に、しかし修也は怯えるどころかクスリと笑った。
「その指示はあなたのモノではないはずだ。それに責任もなにも、既に殺される覚悟もできてます。国家公安委員会に告発しても良いですよ。ただしそのときは、そちらの依頼も破棄するとの主旨をお伝えください」
「?? 貴様、なにを言ってるんだ?」
「まぁ、別に貴方が言わなくても結構です。こちらから文書の方を送りますので。では、告発でもなんでもどうぞ後勝手に」
そこまで言うと、修也は不動を部屋に残し出て行く。不動はなにがなんなのか分からず、立ちすくんでいた。
──やれやれ、権力の強化のためとは言え疾風と加奈子を道具のように使うのは抵抗があるが……致し方がない。今ここで白の騎士団が捕まってしまうのは困る。
それにしても二人は今頃なにをやってるだろうか……。疾風と加奈子、竜王の娘三人で仲良く夕飯でも食べてるだろうか。
まぁなんにしても、天界の件を終わらせない限り会えんな。
朝霧 修也は厚い雲の切れ間から覗く赤い赤い夕焼けを見ながら、そんなことを思う。そしてすぐに思考を切り替え、ある場所へと歩き出した。
「へっくしょん!」
高速道路を走る軽自動車の後部座席で、朝霧がくしゃみをする。
「どうした、風邪でもひいたか?」
「そんなヤワじゃないですよ。というか、俺バカなんで風邪はひきません」
運転しながら聞いてくる上京にそう応える。だが実際、車の中の冷房が効きすぎて寒い。朝霧は膝の上で眠る人物をギュッと抱いてみる。
温かい……。てか柔らかいし、いい匂いが……。
そんなことを考えながら、更にギュッと抱くとキラキラ輝く金髪が鼻をワサワサして、不意にくしゃみをした。
「本当に大丈夫か?」
「え、えぇ! 大丈夫です!」
なぜだかイケないことをしてみるたいな罪悪感が朝霧のこみ上げ、余計な大声を出してしまう。それと同時に敵意に満ちた視線に気づく。
朝霧は敵意が放たれている方向──つまり左隣の席を見てみる。
と、そこには禍々しい目でこちらを睨むフェイロンがいた。
「 」
小声でブツブツとしか聞こえないけど、とてつもなく敵視されてるのは分かる! なにかイケないことでもしただろうか……。
結局、朝霧は車から降りるまで……つまり約一時間にわたりフェイロンから睨まれ続けた。




