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【第9話】子育ての大変さ

 なんだ……これは……。

 朝霧は、帰ってきてそうそう目の前の光景に絶句していた。

 禍々しいオーラーを放つ結月と一緒に帰り、精神的にヘトヘトになった朝霧は、この光景にトドメを刺されたと言っても過言ではない。

 風呂の浴槽はボコボコで水は完全に出なくなっており、なんというか……今にも爆発しそうな感じの風呂場がそこにあった。

 浴槽が爆発なんて……と、言うかもしれないが、本当に爆発しそうなのだ。例えるなら「アニメや漫画で電子機器を知らない子がパソコンを弄ったら爆発しちゃったよ☆」という感じの光景に近い、と朝霧は思う。


「おい。ファン……。お前、俺が学校行ってる間になにやった?」


 そう聞くと「ちょっとお掃除を……」とファンは答える。

 どうやったらこうなるんだか……。目の前の浴槽は、RPG風に言えばライフをかろうじて、一つだけ残している感じだ。お相撲さんが風呂に無理やり入っても、そんなことにはならないだろう。

 朝霧は諦めというか、呆れというか……とにかくため息をつく。

 ──と、同時にまぁ落ち込んでも怒っても仕方がないと考え銭湯に行こうと思いつく。

 銭湯は家の近く──でもないが遠くでもない位置にある。そのような地理的条件があるため朝霧は、風呂を沸かすのが面倒なときはよく銭湯に行っている。おかげで、玄関には銭湯用の袋が常備されていて、いつでもいけるようになっている。

 朝霧は、その玄関に常備してある銭湯用の袋を持ち──、


「しゃーねーから銭湯行くぞ」


 ──と、ファンに言う。

 と、「せんとうって?」と、ファンは聞いてくる。当たり前と言えば当たり前の反応だ。天界にはそのような施設がないのだろう。

 いや、ある方がおかしい。朝霧は、天界という場所を知っているわけではない。だが、イメージ的に幻想的な場所なのだろうという勝手な固定観念のようなものが頭にある。だから朝霧は、自分勝手ではあるが、銭湯などという庶民的かつ情緒溢れるものが、天界にあると思いたくなかった。


「デカい風呂だよ。ほら、行くぞー」


 かなり端折った説明で朝霧が答えるとファンは「なにそれ、面白そう!」と目を輝かせながら玄関に駆け寄ってきた。

 竜と言っても少女であることに変わりはない。おそらく夏の暑さで出た汗がベタつき嫌なのだろう。

 と、そこで朝霧は少し気になることがあった。


 ──着替えの準備とかしねーのかな?


 疑問に思うが、よくよく考えると準備も何もコイツには、ボロボロの服以外なかったということに気がつく。


 ……服買ってやるか。


 朝霧は、容姿的にも常識的にも可哀想なその服を眺めていると、自然とそう思った。恐らく親とかお兄ちゃんとかは、こういう感情が自然と湧くものなのだろう実感する。

 ファンは外にでると、一層楽しそうな表情になった。

 まるで子供だな。と、朝霧は少しだけ────ほんの少しだけ微笑んだ。気がつけば竜とか非科学的とか、そんなものは問題ではなくなっていた。

 それどころか、どこかで、この笑顔を守りたいとさえ思い始めていた。

 なぜ、そう思ったのかは、朝霧自身よく分からない。だが……恐らく理屈などないのだろう。いや、違う。理屈などいらないのだ。なぜなら、そう思ったことに変わりはないのだから。


 朝霧はファンに「行こうか」と言うと、満面の笑みでファンは「うん!」と応えてくれた。

 二人は、寮の敷地から出ると、街灯の灯る四車線の大通りを十分ほど歩き、裏道に逸れる。更に少し歩くと銭湯に着いた。ファンは女風呂へと駆け込んでいく。

 直感的に女子風呂はこっち! だと分かったのか。それとも男子風呂の方にハゲたオッサンが入っていったから気がついたのか。とにかくファンは、一瞬にして女子風呂の方へと走り込んでいった。


「んじゃ、あがったら待ってろよ。あと風呂入る前にシャワー浴びろよ」

「はーい」


 女風呂の入り口あたりから元気な声が聞こえてくる。


 まぁそれにしても久しぶりに銭湯に来たな。


 朝霧は、最近いろいろなことがあって銭湯に来ていなかった。いろいろなことと言うのは、学園祭──通称『夏咲祭(なつさきさい)』の準備である。

 夏咲祭というのは、夏休みと黒崎学園祭を掛け合わせて作られた言葉で、夏休みの夏を、黒崎の咲(崎)をとったものだ。

 最初は夏崎祭りというネーミングセンスを疑うものだったのだが、黒崎の何気ない一言で崎を咲に変え、このような形に収まった。

 とにかくその──具体的に言えば、クラスの出し物の──準備に追われていて、最近は銭湯に来ていなかったのである。

 朝霧は、久しぶりの──けれど最近来たような感覚のする脱衣場のロッカーを適当に選び、服を脱ぐ。


 ──さっさと入って上がるとすっか。


 浴場へ入ると、空いてるシャワーを見つけ、体を軽く流した。流し終えたら、今度は大きな風呂へ静かに入り込む。

 最近の常識知らずは、シャワーを浴びずに直接風呂に入ってくる。これは如何(いかが)なことかと思うが、今それを気にしていても仕方ない。というより、そういう細かいことを気にせず、ゆっくり湯船に浸かりたかったというのが本心なのだが。


 んー、にしても気持ちいい……。

 夏期講習でいろいろあった体がいやされる……。


 朝霧は夏期講習のことを思い出した。

 ホント、黒崎さんには感謝しきれない。それに結月もなんだかんだ言って手伝ってくれたわけだし。


 そこまで考えたところで、唐突に学園長の顔がパッと浮かび吐き気がこみ上げてきた。


 や、やばい……このまま熱い湯船に浸かっていたら本当に吐いちまう……。


 そう思い湯船からでる。

 髪と体をざっと洗い体を拭きながらロッカーへ向かう。男の風呂はカラスの行水というが、ここまで早いと清々しいものだ。

 ロッカーに出るとファンの声が聞こえてくる。なにか誰かと話しているような気もするが……。と、朝霧はそんなことを考えるが、女子ってもう少し風呂に時間かけるもんじゃねーのか? という新たに出てきた疑問によって、それはかき消された。

 と、同時にまだ十歳の容姿ということを思い出し疑問が納得へと変わる。


 体が小さいって、意外と利点あるんだな。


 朝霧は、素早く部屋着に着替えファンのいる方へと向かう。と、銭湯の出口にはファンが女子風呂の入り口の方を見ながら立っていた。


「待たせたな。んじゃ帰る……か?」


 驚くべきなのか、すべきでないのか。とにかくファンの目線の先──つまり俺の左隣には、意外な人物がいた。

 結月がいたのだ。あまりにも身長が似すぎている二人をこうして見比べてみると、お前本当に高校生かと吹き出しそうになる──のだが今は、それよりも驚きの気持ちの方が大きかった。

 え……これは……。

 なにせ真っ先になった反応がこれだ。意外すぎて動揺しているのだ。

 朝霧がそうしていると、結月が口を開く。


「私が銭湯にいたらおかしい?」


 別にそんなことはないが……。


 朝霧は、別に誰がどこにいようと文句は言わないし言われない。言わないのだが……お前金持ちやろ。

 朝霧の知っている限り、結月の家は、銭湯に来るほど庶民的な家ではなかった。と言うのも結月の家は、学寮に入ると結月が親に言った途端、彼女一人のために一軒家を建てたくらいには、お金持ちなのである。

 そんな人間がなんで銭湯なんて庶民的な……。

 そんな安易な疑問を浮かばせているとファンが心を読んだかのように答える。


「お風呂壊れちゃったんだって~。私達と同じだね~」


 なるほど。

 なら納得だ。が、壊れるほど何をしたんだ?

 自分の家も他人を言える状況ではないが、風呂場というのは、もともとかなり頑丈な設計になっている。にも関わらずぶっ壊すとは……破壊狂なのではと疑うレベルだ。


「なんか悪口言った?」


 完全に心を読まれたらしい。朝霧は首を横に振りながら「全然?」と応える。

 が、結月は未だに少し不機嫌そうな顔をして、こんなことを言う。


「……にしても、あんた女の子になんて服着させてんのよ。ボロボロじゃない」


 金がないんですよ。服を買うほどの金も……。

 というのも朝霧の現在の所持金は百円。銭湯は、学生無料制度のおかげで助かっているが、実は今晩の夕食も危うい。まぁ、また野菜炒めで良いならあるのだが。

 とにかく、そう結月に説明すると、「だったら私の古着あげるわ。大きいとは思うけどボロボロよりはマシでしょ?」と、いきなりの寄付宣言をしてくれる。


「マジすか! あざっす!」

「まぁ友達として当然でしょ?」


 ほう。窓に向けて投げるための人間が、お前にとっての友達とな?

 そんなツッコミを堪えながらも感謝した。もし今これを堪えずに口に出せば、ファンの衣服が遠のいてしまうのは目に見えているからだ。いくら朝霧がバカとはいえ、この話を無駄にするようなことはしなかった。

 あとは飯代をどうするか……。まぁ買わなくても毎日学校から野菜と卵の支給があるのでどうにかなるのだが……。そしたらいつまで野菜炒めオンリーで過ごせば良いのか分からなくなる。

 一つの困難がなくなるともう一つの困難が待ち受けてるわけで……。

 朝霧は、高校生という齢にして子育ての厳しさを実感することとなった。

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