ある洋食屋の風景 メニューNo4 ロールキャベツ
今回は洋食屋のシェフの目線でお話しは進んで行きます。
タウン誌の編集者である女性が再登場です。
コートの襟を立てて背中を丸めながら歩く人々の姿が目立ってきた。夏には眩しいほど茂っていた緑の葉たちがその色を変えて舞い降りてゆく。
「冬季限定メニュー第一弾!ロールキャベツはじめました!」今日から提供するために昨日の定休日に今年初めて仕込んだロールキャベツのポップを貼る。季節が移り変わる速さ、時の流れの速さに、歳を重ねた自分を改めて感じ小さな溜め息をつく。溜め息をつくこと自体が歳をとった証拠なのかと思ったりする……
「おっ、ロールキャベツがはじまったね!おたくのロールキャベツを食べるといよいよ冬が来たって感じるんだよね」そんなやり取りが毎年常連さんとの間で交わされる。
当店のロールキャベツは自家製のスモークベーコンやニンジン、玉ねぎ、マッシュルームなどの入ったトマトベースのスープで煮込むタイプで、初めての人は自分のイメージするロールキャベツとは違い、少し戸惑うようだ。しかし、実際に口にすると「これは家では味わえないレストランの味だね」と皆さんが気に入ってくれる。
「カランコロン♪」ドアを開けて入ってきたのは、以前に私がオニオングラタンスープについてコラムを書いたことのあるタウン誌の編集者だ。私より年齢がふた周りほど若い彼女はコラムの依頼や広告の営業が縁で、ちょくちょく食事に訪れるようになった仕事熱心の元気娘だ。
「お久しぶりでーす!シェフのオニオングラタンスープが恋しくなって来てみたんですけど、あのロールキャベツのポップ、メッチャ美味しそうですね!パンとサラダを付けて一人前作っていただけますか?オニオングラタンスープはまた今度にします」仕事の資料が一杯詰まったバッグをかかえながら彼女はカウンターの席についた。
「そういえば、君は去年の今頃はまだ出入りしていなかったから、うちのロールキャベツはお初だな。まあ、味わってみてくれよ」
ちょっと深めのスープ皿の中央に俵型のロールキャベツとミネストローネ状のスープを盛り付ける。スープにはバターとほんの少量の牛乳が隠し味に加えてある。実は当店のロールキャベツはこれが味の決め手なのだ。
スープもパンに付けて残さずに平らげた彼女だが、何故か急に元気が無くなった。
「どうした、あまり好みの味じゃ無かったのか?」
「いえ、とっても美味しかったです。今まで食べたロールキャベツの中ではナンバーワンですけど......」
「じゃあ、何で急に元気がなくなったんだよ。君は元気が取り得のはずなのに」
「実は、私には遠距離恋愛の彼が居るんです。その彼が大のロールキャベツ好きなんです。遠距離のうえ、お互いに仕事が忙しくってもう半年以上も会っていないんです。こんなに美味しいロールキャベツを頂いたら何だか急に彼を思い出したんです。彼にも食べさせたいなあ......」ついには彼女、彼に会いたいと子供のようにシクシク泣き始めてしまった。他のお客さんがびっくりしてこちらを見ているが私と妻はどうすることも出来ず、ただ黙って彼女を見ているしかなかった。いつもがんばって元気良く仕事に飛び回っているのは、彼に会えない寂しさを紛らわせていることも少しはあるのだろうか。
「あっ、すみません、ちょっと電話に出てきます……」携帯のバイブが鳴り、彼女は涙を拭いながら外に出て行ったが、少しすると晴れやかな顔で戻ってきた。
「彼が明日、急な出張でこっちに来るそうなんです。こんなチャンス滅多に無いから今日の最終電車で私の部屋に来てくれる事になったんです!」
さっきの泣きべそはどこへ行ったのだろうか、彼に会える嬉しさが体中からにじみ出ている様だ。その後はこちらから聞きもしないのに彼との馴れ初めや、彼の性格、仕事、趣味、どんなところが好きだとか、ああでもない、こうでもないと一人で喋りまくっている。
「あっ、いけない。もうこんな時間だ!早く帰って部屋の掃除をしなくちゃ」勘定を済ますと、そそくさと帰ろうとする彼女。まったくもって調子のいいやつだ。
「さっきまで泣いていたカラスがもう笑っていやがる!まあ、君はそのぐらい元気でなくっちゃ、こっちも調子狂っちまうけどね。ほら、これ、持って行きな。電子レンジで温めて彼氏に食わせてやるといい」私はテイクアウト用のパックに詰めたロールキャベツを彼女に手渡した。何度も頭を下げながら店を出て行った彼女、まったく騒々しい一夜だった。
私達夫婦はまだ見ぬ彼だが、彼女と二人で私の作ったロールキャベツを仲良く食べる姿を想像したら、その微笑ましさに思わず頬が緩む。そうだ、私と妻の今晩の夜食もロールキャベツにするか。
ーfinー
最後まで読んで頂き有り難うございます。これからも、普段使いの言葉で誰にでもわかりやすいハートウォーミングなお話しを綴りたいと思ってます。