第9テスト 貢献値
広場に入ると、中央に巨木――その幹に大きな顔を備えた狂った大樹がそびえ立っていた。相手の検知エリアに入ったのだろう。その目が、朱く光る。ゴゴゴゴと地響きをさせつつ、その太い根を振るわせたかと思うと、地面からゆっくりと引き抜き、巨大な幹を持ち上げにかかった。太い枝をしならせ地面を叩くと、土塊を巻き上げつつ、土煙が上がる。
クローズドβテストが開始した直後、サウタナトスと言うプレイヤーキャラとパーティーを組んで戦闘を行ったことがあった。そのサウタナトスと久しぶりに邂逅したところ、狩りに付き合って欲しいと言われる。
「付き合うのはいいが――」
ウィリアムは、サウタナトスの格好――装備を観察する。黒い色をベースに赤いラインの入った鎧――ワールレドリッツと呼ばれるドロップアイテムだったハズだ。剣は鞘に収まっており、詳細は見て取れないが、柄に蒼い宝石がはまっており、――こちらもそれなりのドロップに見受けられる。まったりプレイをしていては、入手するのは困難な類に思われた。
「サウタナトスほど強くないぞ?」
「ん、ああ、大丈夫だ。狂った大樹の討伐だ」
「ダゥブルッカーバゥムか。それなら、なんとかなるとは思うが――」
狂った大樹――その名が示すように大きな木である。東の隠れ里――カクーレザオースティンと言う町のすぐ北にある森のエリアボスではあるが、最弱のエリアボス争いに、必ず名を連ねる程度のボスであった。
「フリージアとシェーリだっけ? 彼女らはどうしたんだよ」
「ああ、あいつらは今、紅の館に行ってる」
「紅の館――っていうと、女性キャラ限定クエか?」
「そうそう。次の進行に必要なアイテムがあってな」
「あそこが一番出やすいもんなぁ」
「そうなんだよ。でだ、俺は俺で、進められそうな所を進めておこうと思ってな」
「なるほど」
女性キャラ限定のクエスト――紅爵夫人のお茶会と称されるクエストで、お茶会に誘われるのだが、その参加条件が女性キャラのみという物だ。ストーリーの進行に必須なクエストと言うわけでは無いのだが、進行に必要となるアイテムをドロップする雑魚が出やすいため、半必須のようなクエストとなっている。そのアイテムドロップを期待して館に籠もることになりがちで、男性キャラプレイヤーからの評判は悪い。
「で、どうなんだ? 一緒に行ってくれるか?」
「ちょっと待ってくれるか」
「ああ、構わん」
ウィリアムは、3人へと振り返り、協力を求めた。正宗、クルスは快諾――フィーネはダゥブルッカーバゥムに不安を訴えたが、ウィリアム、クルスが問題無いとフォローすることで、承諾してくれる。正宗は、サウタナトスの見慣れない――しかも格好良く、強そうな装備に目をキラキラさせて眺めていた。なんにせよ、パーティーのメンバーが承諾してくれたので、サウタナトスにOKの返事をする。
「ってことで、OKだ」
「そうか、すまんな」
「気にすんな。そうだな、――なんかあったら助けてくれ」
「ああ、もちろんだ」
サウタナトスが先導し、ウィリアム達はそれについて行った。出口では無く、街の西に位置する神殿へと入っていく。
「転移の門を使うのか? 金持ちだな」
「移動料は出すから安心しろ」
「出せと言われても困る所だったよ」
各地にある神殿は、転移の門と呼ばれる設備を使い、行き来することが出来る。ただ、その転送料が高い。赤玉や青玉と言ったアイテムが必要となる。ドロップアイテムではあるのだが、コモンレアに分類されるアイテムで簡単に「ただ」では手に入らない。課金アイテムでもあるので、購入すればいいのだが、課金アイテムの値付けが上昇しているクローズドβテストでは、それもまた困難ではあった。
「取り敢えず、こっちのパーティーに入ってくれ」
サウタナトスからそう言われ、ウィリアムのパーティーを一旦解散、サウタナトス側に異動する。
「転移の門を使われるのかな。――どこへの門を希望されるのか?」
「カクーレザオースティンへ頼む」
「それでは、ハイリロゥクーゲルが2つ、必要となるが、よろしいか?」
「ああ、ここにある」
NPCの問いかけに対し、サウタナトスが淀みなく応えていく。
「お兄さん、これは?」
「ああ、トーアリアと言って、別の街へ移動出来るんだ」
「便利じゃん。なんで普段使わないんだ?」
「使うのにアイテムが必要だからね。そのアイテムを取ってくる強さか、買ってくるお金が必要なんだ」
「じゃぁ、オレらは?」
「ちょっと、使えないかな」
「兄ちゃん、格好悪いな」
「――回復職に何を求めてるんだい」
ウィリアムが、正宗の言に苦笑している後ろで――神殿のNPCが、サウタナトスからハイリロゥクーゲルを受け取り、扉のくぼみへとはめ込んだ。一瞬、赤い光を発したかと思うと、玉が砕け、粉となって舞う。
「気をつけてゆかれよ」
「はいよ」
閉じていた扉が、じわじわと開き、その隙間から紅い光が漏れ出す。扉の中には、膜の様な物があり、ゆらゆらと揺れていた。揺れるたびに凸部分が光を受け、淡く虹色に輝く。
「――きれい」
フィーネが、思わず呟く。
「行くぞ」
サウタナトスが、声を掛け、膜へと腕を伸ばす。腕を突き刺した部分から波紋が広がり、その波に合わせて、虹色の輝きも周囲へと広がっていく。そして、膜の向こうへと消えていった。それに続くようにしてウィリアム、正宗が入っては消えてゆく。
「フィーネ、行くよ」
「は、はい」
クルスに手を差し伸べられ、フィーネは慌ててその手を取った。そして、膜へと入っていく――
フィーネが恐る恐る目を開けると、そこはやはり神殿の中だった。似てはいるが、異なる風景が広がっている。――カクーレザオースティンの神殿だった。
隠れ里という言葉の雰囲気が悪いのか、東洋風――と言うよりも、和風に仕立ててしまうクリエイターが多い。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドも、そんなクリエイターの産物から大きく外れること無く、カクーレザオースティンのデザインをしてしまっていた。和風と洋風の融合――ありがちな世界観にありがちな風景――とは言え、世界展開を視野に入れた場合、外国人受けはそれなりに良いので、どうしても組み込まれがちな要素だった。
そんなカクーレザオースティンの町を抜け、北の森へと入る。その森は、主に植物をベースとしたモンスターが徘徊しており、火系が弱点のモンスターが多い。そのため、魔法使いの活躍の場となっていた。
森の中心にある広場――そこに、この森のエリアボス、狂った大樹がいる。一行は、その広場手前にある小さな広場――周囲を見渡すことが出来、敵の襲来を察知しやすい――そんな場所で休憩を取っていた。
「そろそろ、行くぜ?」
パーティーのリーダーであるサウタナトスが、ウィリアム達に確認を取る。サウタナトスの問いに、首肯し各々立ち上がった。一番MPを消費していたクルスも、回復が終了し、準備万端である。
「よっしゃーッ」
前衛であるサウタナトスと正宗が、広場へ向かって駆け出した。それをウィリアム、フィーネ、クルスの順に追いかける。
広場に入ると、中央に巨木――その幹に大きな顔を備えた狂った大樹がそびえ立っていた。相手の検知エリアに入ったのだろう。その目が、朱く光る。ゴゴゴゴと地響きをさせつつ、その太い根を振るわせたかと思うと、地面からゆっくりと引き抜き、巨大な幹を持ち上げにかかった。太い枝をしならせ地面を叩くと、土塊を巻き上げつつ、土煙が上がる。
サウタナトスが、走りながらも抜剣し、顔の前に剣を構えた。それに続くように、正宗も、背中から自身の身長ほどもある大剣を引き抜く。
「ワールプライズンッ!」
「ハウンバイスッ!」
サウタナトスに続き、正宗もスキル名を唱え、スキルを発動させる。サウタナトスの剣が複数に別れたように見えたかと思うと、腕を何度も突き出し、残像を残しつつ、狂った大樹の幹へと突き刺さった。一瞬の後、幹の破片を撒き散らしつつ、抉る。
正宗は、その大剣を大きく振り回し、遠心力の付いたところで、幹へと叩きつける。その叩きつけられた大剣を中心として、周囲が大きくへこんだ。
そして2人とも、攻撃を加えた勢いそのままに、狂った大樹の両脇を抜け、敵の斜め後ろに移動する。狂った大樹が、逃げた2人を追うように、枝を大きく振り上げたが、その枝に向かって、クルスとフィーネが攻撃を放つ。
「アスピファイッ!」
「スィーンフルッターッ!」
クルスの突き出された腕から、7本の火の槍が生まれ出でては、敵の枝へと吸い込まれていった。吸い込まれる度に、ボスッと音を立て、枝が一瞬にして燃え落ちていく。フィーネの弓からは5本の矢が、黒い影を残しつつ、枝を貫いていった。
ウィリアムは、狂った大樹の正面に出て幹を殴る。スキルを使って殴ったわけでは無いので、大したダメージは出ない。が、そんなことは承知の上で、殴り続けた。
狂った大樹は、枝を振り上げ、周囲に散開するサウタナトス、正宗、ウィリアムへと打ち下ろす。ウィリアムに迫る一本を、拳ではたき落とすと、すぐに別の枝が迫った。
「スィーンフルッターッ!」
フィーネが、すかさずスキルを発動し、枝を射貫く。
「さんきゅー」
「いえ、――次が来ます」
「アスピファイッ」
その枝に対して、クルスの火の槍が飛んだ。枝が炭になり崩れ落ちていく。
狂った大樹の攻撃を迎撃しつつ、受けてしまった分は、ウィリアムが癒し、MPが回復次第、スキルを叩き込む。基本的には、これの繰り返しだった。狂った大樹に足――というか、根で動く事は出来るのだが、その動きは鈍い。周囲を取り囲み、敵の攻撃を分散させつつ枝を減らしていく――と言うのが、狂った大樹の攻略法だった。
狂った大樹の枝も残りが少なくなり、そろそろ終わりにさしかかった頃、正宗の後ろの方から魔法の援護が出始める。ちらりと視線をくれてやると、茶色いマントに身を包んだ魔法使いがいた。
その魔法使いが、腕を突き出しスキル名を叫ぶ。
「ファイバルッ!」
突き出された腕から、火の玉が次々と飛び出し、狂った大樹へと叩き込まれていった。8発の火の玉が叩き込まれると、「グギャァァァ」という叫び声を残し、狂った大樹が炎上する。そして、そのまま炭になったかと思うと、一瞬の後、光を撒き散らしながら姿を消した。後には、少々の炭とドロップアイテムが残る。そして、次々に鳴り響くレベルアップのファンファーレ。
「やったー」
「やりぃ」
「ふぅ。やっとか」
エリアボスを討伐できたことに、安堵を漏らす一行。サウタナトスがドロップアイテムを拾おうと屈んだところに、後ろから先ほどの魔法使いが駆け寄ってくる。
「お、俺が。倒したんだぁぁぁ」
サウタナトスが拾おうとしていたところを、かっさらうようにして走り抜ける。が、その魔法使いには拾うことが出来なかった。
「お、俺の、アイテムを拾うなぁぁぁッ」
魔法使いが叫ぶが、それを無視してサウタナトスがアイテムを拾う。クルス・ラミラもその場に移動し、無言でアイテムを拾っていく。
「やめろぉぅ。返せぇぇぇッ」
魔法使いが喚き散らすが、無視して黙々と拾いつくす。アイテムを拾いつくし、ひとつ「のび」をすると、サウタナトスが声を掛ける。
「さて、帰るか」
「そだね」
クルスが応え移動を始める。フィーネは、おろおろと見回しているが、サウタナトスもクルスもウィリアムも魔法使いを相手にしない。
「お、俺のアイテムだぞゥ」
「だったら拾えるハズだ。――拾えないってことは、お前に権利が無いって事だ」
いい加減に、頭にきていたサウタナトスが、睨みをきかせ魔法使いへ言い放った。それでも魔法使いは、もごもごと俺が倒したんだとか言っていたが、完全に無視して立ち去る。
シュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、アイテムはその場にドロップする方式を取っていた。各自のアイテム欄に自動的に転送される方式や、各自独立のドロップという方式は採用していない。そのため、拾いたい人が拾うことが出来る。もっとも、討伐に貢献値という物が設定されており、攻撃であったり、パーティーの補助を行うことで上昇する値がある。この値が高い人から優先権が与えられ、アイテム拾得と時間が経過することで減少していくシステムとなっている。
つまり、この魔法使いが、アイテムを拾うことが出来ないと言うことは、この貢献値が他の人より低いからである。拾えない人が文句というのは筋違いという物であり、無視されても当然であった。
カクーレザオースティンへと戻ってきて一息吐くことが出来た。ドロップアイテムの分配を行う。サウタナトスは目的のアイテム以外は要らないといい、ウィリアム達で分けてくれと押しつけてきた。
「最後に変なのに絡まれたが、――なんせ助かったよ」
「こっちとしてもレベルの底上げになったしな。いいさ」
ウィリアムとサウタナトスが握手を交わす。
「それで、どうする? シュタハイトに戻るんなら赤玉を渡すが」
「そうだな。貰えると助かる」
サウタナトスから赤玉を受け取り、再度、別れの挨拶をする。しぶとく生き残って、また、一緒にどこかに行こうと約束し、別れた。
「お兄さん、街に帰るの?」
「ああ、そうだな。一旦、帰ろう」
「よし。さっさと帰ろうぜ」
神殿へと移動し、転移の門を使用する。解っていたことではあるが、シュタハイトクーニカイトへの移動は一瞬だった。
それほど、長時間、街から離れていたわけでは無いのだが、どことなく懐かしさを感じさせた。それだけ、エリアボスとの戦闘に集中していたと言うことの証左なのだろう。シュタハイトクーニカイトの通りを歩く――と、その時、「ぽーん」という音が響いた。クローズドβテスト、開始時に聞いた運営からのアナウンス音だった。
Twitter @nekomihonpo
次回「第10テスト クエストの相乗り」