第8テスト ノンプレイヤーキャラクターキル
後ろの方で叫び声が聞こえ、周囲の人々が声のした方を見やる。ウィリアム達も振り返って、通りの向こうを見た。1人の男が、プレイヤーを掻き分けるようにして走ってくる。
8日目の朝を迎えていた。7日目でクローズドβテストが終わる――と、祭りのような騒ぎになっていたが、結局、ゲームは終わること無く続いている。その期待を裏切られた一部のプレイヤー達が、自暴自棄になって暴れたようだが、所詮ゲーム内での暴動だ。大した被害も無く、街並みはいつも通りの姿を見せている。――もっとも、露店を出しているプレイヤーの数は減っていたが。
「さすがに露店も減ってるねぇ」
ウィリアムが、そんな露店の1つで店主のプレイヤーに話しかける。
「んぁ、あぁ、まぁな」
「お宅は、ちゃんと店出してくれて助かるよ」
「昨日の騒ぎで、NPKをしたバカどもがいてな」
「え?」
「それで街から逃げ出したのも結構いるぞ」
「それ、――死ぬんじゃないか?」
「街を出て、衛士に見付からない程度の近場でほとぼりが冷めるのを待つって言ってたな」
「そうか――」
NPK――シュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、ノンプレイヤーキャラクターキル――つまり、街中にいるNPCを殺すことが可能となっている。殺すことで、一時的に、そのNPCに関連する処理が行われなくなる。売買であったり、イベントであったりと、他のプレイヤーにも迷惑を掛けることになる場合もある。
全くペナルティーが無い訳では無い。衛士と呼ばれるNPCが、敵対行動に移る。この衛士や騎士といったNPCは、シュトキーゲン・トゥーンヴァイドで、最強の敵キャラと呼ばれており、Solid版では、時たま挑んでは返り討ちに遭うというプレイヤー主催のイベントが催されたりもしていた。
衛士は、街中から該当のプレイヤーを追い出しはするが、街の外まで追いかけはしない。NPKを行ったプレイヤーは、ほとぼりが冷めるまで街に入れなくなる。――入ってもすぐに衛士が駆けつけ、戦闘が開始されるからだ。
ただ、この死ぬことが許されない状況でのほとぼり――3日間が過ぎるのを待つというのは、危険な行為だ。いくら街の側は、アクティブモンスターが少ないとは言え、皆無では無い。昼間は、転職前の低レベルでも問題は無いが、夜間になると危険だ。攻撃力がアップしたアクティブモンスターが、多少なりとも徘徊を始める。死んでも問題が無ければ、リスク以上に経験値というメリットがあるため、積極的に戦闘を行っても問題は無い。低レベルだろうとガンガン行った方がよい。が、今は、低レベルのウチは、夜間戦闘を避けるべきだった。
「ウー神父、どうしたの?」
クルス・ラミラが、話しかけてくる。
「ああ、昨日の騒ぎでNPKをしたのがいるらしい」
「NPKとは――また、馬鹿な事をした物だね」
「自暴自棄だったんだろう」
「やれやれだね」
「まったくだね」
2人して手を広げ、やれやれといったジェスチャーを取った。特に意図した訳では無いのだが、2人同時だったため、思わず笑いが漏れてしまう。そこで一息ついたため、話題を転ずる。
「クルさんの方はどうだったの?」
「ああ、露店かい?」
「何か掘り出し物でもあった?」
「いや――イマイチだね」
「イマイチですか」
クルスが後ろの露店街を振り返りつつ、ため息交じりで続けた。
「生産職が居ないのか、素材が集まらないのか――両方だとは思うのだけれども、品揃えは悪いね」
「ふむ。まぁ、こんな情勢じゃ、好きこのんで生産職なんか取らないか」
「物好きなプレイヤーが居るには居るんだけどね~。絶対数が少なすぎるみたい」
「なるほど」
生産職――工芸士と呼ばれる職業である。最初は、簡単な武器や防具、身の回りの物を生産することが出来る。レベルが上がり、上位職ともなれば、鍛冶士や錬金術士に転職することが出来るようになり、レアドロップに匹敵しうるアイテムを生み出す引っ張りだこの存在となる。
残念ながら低レベルなうちは、店売りアイテムに対抗するのが精々であるため、茨の道である。――なにせ、店売りアイテムを買った方が早いし、安いのだ。戦闘技能も他の職に比べ見劣りする物が多く、パーティーのお荷物になりがちである。普通は、特定のパーティーが囲い、そのパーティーで養殖し、――成長の手伝いをすることの程度がヒドイ物を養殖という――された側は、そのパーティーに優先的にアイテムを卸すという互助のような関係が成り立つ場合がほとんどである。独力で上位まで成長させるとなると、それこそマゾの所業と言われた。そんなマゾ職とも言われる生産職であるが、通常であれば、プレイヤーのマゾ職需要という物があるので、それなりに、その道を究める者がいるのだが、この状況では、そういう者は希少だった。
「お兄さ~ん、お姉さん」
同じく露店を見ていたフィーネが、小走りに駆け寄ってくる。フィーネの頭には見慣れない白いリボンが、猫耳よろしく揺れていた。
「どうですか?」
そう問いかけながら、その場でくるりと一回転する。ふわりと舞う髪の毛につられるかのように、ぴょこぴょことリボンが揺れる。
「いいね。似合ってるよ」
「うんうん。可愛い可愛い」
「えへへ」
ウィリアムとクルスに褒められ、照れながらも嬉しそうに微笑んだ。もう一方の正宗が、――見当たらなかった。
「フィーネ、正宗は?」
「えっと、――あ、いました。あそこです」
フィーネが指差すその先の露店で、正宗は唸っていた。一振りの剣。正宗の身長ほどはあろうかという剣を前にして悩んでいた。ゆっくりと近づいてきたウィリアムが、脇からひょっこりと覗く。
「へぇ。グロウシュトラータか」
「ぁ、兄ちゃん」
グロウシュトラータ――大剣に分類される武器である。剣士は、その名の通り、剣を扱う職業ではあるが、剣と言っても様々である。レイピアや大剣、ゆくゆくは斧や槍も剣士や、その派生職業で扱うようになる。とは言え、全ての武器を扱っていてはスキルがいくらあっても足りなくなる。普通は、1種か2種程度、自分の得意な武器を決め、そこだけに特化した成長を図ることになる。
「買うのか?」
「悩んでるんだ」
「そうだな。――攻撃力はあるが、回避や防御が弱くなるな」
「やっぱ、ダメか?」
「いや、そんなことは無い。相手をそれだけ速く倒すことが出来れば、トータルで受けるダメージは減る。もっとも、相手の攻撃に耐えられるだけの体力が必要だけどな」
「う~ん。カッコイイと思ったんだけどなぁ」
「自分がやりたいようにやればいい。少しくらいのダメージなら、回復してやれるしな」
ウィリアムは、そう言いながら、正宗の頭を乱暴に撫でつけた。キラキラと希望に満ちた目でウィリアムを見上げてくる。
「やりたいようにやればいい。金は貸さないがな」
「う、――大丈夫。足りる!」
正宗は、露店へと勢いよく振り返り、店主であるプレイヤーへと話しかけた。
「おっちゃん、その剣おくれ!」
「誰が、おっちゃんかッ!――まぁ、それはともかく、まいどッ」
露店に飾られていた大剣が消え、正宗のアイテムボックスへと収まる。正宗は嬉々としてメニューを操作し、持っていた小型盾と剣を外し、購入した大剣を装備する。
「おおッ」
背中に、その存在感を示しつつ大剣が現れる。正宗の身長より少し長い――そんな大剣を振り回せるのも、これがゲームであるがゆえだ。
「くそアッ!」
後ろの方で叫び声が聞こえ、周囲の人々が声のした方を見やる。ウィリアム達も振り返って、通りの向こうを見た。1人の男が、プレイヤーを掻き分けるようにして走ってくる。
「ナンでだーッ。何で、ゲームなんだッ!」
喚き散らしながら、――それを見たプレイヤーが、そっと道を譲り、男の周囲に空間が出来る。
「お前ら、ナンとも思わないのかーッ!」
男は、腰に下げていた剣を抜き、喚きながら振り回す。男がこちらへと近づいてくる。フィーネは、脅えウィリアムとクルスの後ろへと隠れた。そっとクルスが背中へとかばう。正宗は、背中の大剣を引き抜き、一歩前へ――出ようとしたところを、ウィリアムに掴まれ踏みとどまる。
「兄ちゃん、なんで――」
正宗が、ウィリアムの方へと振り向いた直後――男の振り回した剣が正宗の大剣と交差する。そして、ぶつかり合う音も、手応えも、何も無く――スッと通り抜ける。
「え?」
「プレイヤー同士の戦闘が行えない状態だと、すり抜けるんだ」
ウィリアムが説明を続ける間も、人に避けられながら男は進んでいく。もう、何を言っているのか解らないような状態だった。
そんな道のただ中を、避けずに通過しようとしている人がいた。
「どけぇッ!」
男は、叫びながら剣を振り回す。その通行しようとしていた人が、男の方を見た。そして、特に表情も変えず、首が飛ぶ。ウィリアムは、咄嗟に正宗の目を隠し、クルスは、その背にフィーネを隠した。
「しまッ――た」
切られた男は、死体も残さず、光の粒となって消えた。ただでさえ、寄りついていなかったプレイヤー達が、さらに一歩、距離を開ける。
「ち、違ッ」
「おい、そんな事より早く逃げろ」
「そうだ、そうだ。逃げた方がいい」
「ぃゃ、違うんだ」
周囲のプレイヤーから逃げろとアドバイスが飛ぶも、男はあたふたと周囲へ言い訳をしている。そうこうしている内に、通りの奥から白銀の甲冑を纏った一団が近づいてきていた。それを見た男は、「ひぃぃ」と情けない声を上げながら、反対方向へと駆け出す。その反対からも甲冑の一団が迫っていた。パニックに陥った男が、慌てて周囲を見回す。
「おい。こっちだッ」
細い路地から声が飛ぶ。オブジェクトを蹴っ飛ばしながら、その路地へと逃げ込み姿が見えなくなった。甲冑の集団もその後を追って路地へと入ってゆく。プレイヤー達は、固唾をのんで見守っていたが、路地の奥へと姿を消すと空気が緩み、喧噪が戻った。
「兄ちゃん、アレって――」
「ああ、衛士だね。城の騎士と区別が付きにくいけど、カブトのフサが茶色だったからね」
「お兄さん、――あの人、どうなっちゃうの?」
「街の外へ逃げるしか無いだろうねぇ」
「街の外――」
「衛士と戦って勝てるレベルじゃ無いからね」
「負けると、――死んじゃうの?」
「ああ。ソリッド版では死亡扱いだったね」
「そう――なんだ」
Solid版であれば、デスペナ――死亡によるペナルティーを支払って罪を償うことが出来た。経験値の1割と所持金の半分、アイテムのランダムドロップという決して安くは無いが、現状のデスペナに比べれば、なんと温厚な処置であることか。そんなデスペナとは比べものにならない現状、醜態を晒してでも逃げなければならなかった。
「ウー神父、お客さんだよ」
「お客?」
クルス・ラミラが、客が来たなどと不思議なことを言うので、頭にクエスチョンマークを浮かべながら振り返る。そこには、黒い下地に赤いラインが特徴的な鎧を纏った男がいた。
「ああ、あんたか。確か、――ウィリアムだったよな」
「えっと、――サウタナトスさんですよね。ご無沙汰してます」
「いいよ。そんな他人行儀じゃ無くて」
そこにいたのは、DiB版のこのゲームで、初めてパーティを組んだサウタナトスだった。あの時、一緒にいた2人――フリージアとシェーリ・クラスタの姿は見えない。てっきり一緒に行動しているものとばっかり思っていただけに意外だった。
「でだ。悪いんだが、ちょっと狩りに付き合ってくれないか?」
意外なサウタナトスから、意外な申し出だった。
Twitter @nekomihonpo
次回「第9テスト 貢献値」
変更箇所
フィーネと正宗が→フィーネが