第7テスト 宿屋
7日目も夕暮れを過ぎ、首都のシュタハイトクーニカイトに、夜のとばりが降りてきた。ここまで生き残ったのに、わざわざ戦闘を行って死ぬことも無い――と、考えたプレイヤーが多いのか、大通りの人出は今まで以上に多い。むしろ、増えている最中であった。そんな大通りを、情報収集しながら練り歩いていた。
ウィリアム一行4人は、首都のシュタハイトクーニカイトへと来ていた。さすがに首都ともなると、人通りも多い。そして、――どこか落ち着きが無かった。
「なにやら、ざわついてるね」
クルス・ラミラが、その事を指摘する。
「7日目だからじゃないか?」
「7日目?」
「つまり、今日で終わりってことですか!」
ウィリアムの答えを聞いて、フィーネが喜色を浮かべる。ゲーム時間での7日目に入っていた。ゲーム時間での――と言うのがクセモノである。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドのクローズドβテストでの1日が、実時間の1日とは異なるとの推測が出ている。実時間の7日では無いと言うことは、今日でクローズドβテストが終了するとは考えにくいのだが、もしかしたら――と、心のどこかで考えてしまう。そんなプレイヤー達の心理の揺れが、落ち着きの無さという形で顕現していた。
「――クルさん、どう思う?」
「フィーネちゃんには悪いけど、まだ7日は経ってないと思う」
「どういうことだよ!」
「どういうことですか?」
正宗とフィーネが、ほぼ同時に同じようなことを言う。7日目なのに7日じゃないと言われれば、当然の疑問だろう。
「恐らく、3倍の速さになってるんだと思う」
「3倍?」
「ゲーム内での3日が、外での1日ということ」
「そんな!――じゃぁ、まだ2日しか経ってないってことですか」
「2日!?」
「たぶん――だけどね。そんなに間違ってもいないと思うよ」
「そうだね」
「そんな――」
フィーネが一気に落胆してしまう。今日を終えてゲームが終わらないという現実にぶつかったときに落胆した方が良いのか、今、終わるという希望が潰え、落胆した方が良いのかは解らなかった。そもそも、実時間で7日が経過したからといって、終わるとも限らないのだが――
「フィーネ、大丈夫だ。元気だせ」
「アークにぃ」
「兄ちゃんも姉ちゃんもいるじゃないか。大丈夫だ」
「神父はともかく――私も姉ちゃん呼ばわりなんだな」
そんなクルスのつぶやき――というか、ぼやきが聞こえたりもしたが、ともあれ、フィーネに少し元気が戻る。
「そうだよね。私たちには、お兄さんとお姉さんがいるもんね」
すっかり、2人から兄、姉と慕われている会話に、年長者2人組は軽く照れてしまう。2人だけなら不安だろうが、4人なら乗り越えられる――そんな気がしていた。
「で、クルさん。――どうする?」
「そうだね。――今日は、街中をうろつくってことでいいんじゃないかな?」
「そのココロは?」
「今日は、人出が多いみたいだし――2人のお父さんの手掛かりでも探してみたらどうかと」
2人、――特にフィーネは、その言葉を聞いて喜色を浮かべる。
「でも、こんなに人が居たんじゃ見付かりっこねーよ」
正宗が、結果に落ち込まないための予防線を張る。本人が意識して張っている訳では無いのだろうが、どうしてもネガティブな意見が出てしまうようだ。兄のそんな言葉を聞いて、フィーネの喜色が見る間に失せていく。
「こらッ。お兄ちゃんがそんなこと言わない」
「いてッ」
そんな正宗に対し、クルスが頭にゲンコツをお見舞いする。
「痛いわけないでしょ」
「――そうだけどさ」
「ほら、フィーネちゃんに謝る」
「あくまでも手掛かり探した。本人が見付かればいいが、さすがに難しいだろ」
「ぅ、――フィーネ、ごめん」
年長者2人から責め立てられ、渋々ではあったが、フィーネを困らせたことも実感しているため、フィーネに向き直り謝る。そんな正宗の頭をウィリアムが少し乱暴に撫でつけた。
「うわッ」
「ま、ちょっと気分転換ってとこだな」
「解ったから、撫でるなって」
「はははは。ちょうどいい位置にあったからな」
「やめろって」
4人の顔に笑みが戻る。
7日目も夕暮れを過ぎ、首都のシュタハイトクーニカイトに、夜のとばりが降りてきた。ここまで生き残ったのに、わざわざ戦闘を行って死ぬことも無い――と、考えたプレイヤーが多いのか、大通りの人出は今まで以上に多い。むしろ、増えている最中であった。そんな大通りを、情報収集しながら練り歩いていた。
「お。青玉、かなり安いな」
とある露天でウィリアムが立ち止まる。ハイリブラウクーゲルという魔法触媒であり、強力な魔法を使用する際に必要になることがある。モンスターからのドロップアイテムではあるのだが、コモンレアに分類されるアイテムで、数が揃いにくい。課金アイテムでもあるので、急に必要になった場合、課金して購入する類のアイテムでもあった。Solid版の場合、100円だったのだが、DiB版では1万円という値を付けられており、どうしてもドロップに頼りがちになりそうなアイテムである。もっとも、強力な魔法に必要――と、言うことは、レベル1からスタートしているクローズドβテストでは、必要になるのは当分先であった。そのため、折角入手しても使い道も無く、買い手もほとんど居ない。相場崩れを起こしそうなアイテムではあるのだが、課金額が額なだけに高額アイテムとして軒先に並べられるアイテムであった。
「どうせ最後だしな。それに、使えるヤツも居ないだろ」
「ま、それはそうなんだけどな」
ウィリアムは相づちを打ったが、あくまでも後半に関して同意しただけであり、前半の部分は同意しかねていた。まだまだゲームが続くと言うことを考えれば、今、このアイテムを買っておくのはアリかも知れない――と判断を下す。
「じゃぁ、その青玉をくれ」
「お、いいのか?」
「最後なんだろ?――そっちこそ、金を貰ってどうするんだ?」
「ははッ、それもそうだな。お互い様か。まッ、いいさ。毎度あり」
「おう。まいど」
アイテムのトレードを終え、未だに立ち去らないウィリアムに、店主が怪訝そうな表情を向ける。
「ちょっと、聞きたいんだが」
「おう」
「子供を探している父親のプレイヤーに心当たりは無いか?」
「そうだな。――いや、そういうプレイヤーはちょっと心当たり無いな」
「そうか」
「お前の父親か?」
「いや、知り合いの父親だ。――もし、見かけたらメッセを飛ばして貰えないだろうか」
「ああ、――それは構わないが、どうせ、もうすぐ終わるんだし、いいんじゃないか?」
「まぁ、それはそうなんだが、――ちゃんと終わることが出来るか解らないしな。探してやりたいんだよ」
「解った。見かけたらメッセ飛ばすわ」
「すまんな」
「気にすんな。見付かるといいな」
「ありがとう」
ウィリアムはお礼を言って、露天を後にする。少し人通りが多すぎるだろうか。いくら、クローズドβテストの参加人数が少ないとは言え、各拠点1千人、3箇所で3千人――この中で、子供を探すプレイヤーを探すと言うのは、途方も無い話に思えた。
「ウー神父、青玉を買ったんだ?」
「クルさん。――安かったしね」
「必要になるとこまでレベル上げるんだ?」
「無理かな?」
「――経験値にボーナスが付いてるみたいだからいけるかな」
「やっぱ、かなりボーナス付いてるよね」
「そうみたいね」
話をしながらも、クルスは周囲を見回す。ただ、その目は人を探していると言うよりは、街の状況を見ているモノだった。
「クルさん、どうした?」
「神父、――そろそろ移動した方がいいかも知れない」
「と、言うと?」
「夜も更けてきた。それに伴って人出が増えてる」
「これ以上は、見つけられる可能性が低いか」
「それもある――けど、この人たちが、みんな、今日終わることを期待しているとしたら――」
「終わらないことで絶望して、――暴徒と化す?」
「まぁ、PKが無いから被害は無いだろうけど」
「気分は良くないし、感情は引きずられるね」
「――子供達に、あまり接して欲しくない環境だね」
「解った」
ウィリアムも周囲を見回す。確かに、人通りも増え、先刻よりも騒がしくなってきていた。すぐ近くで別の露天を見ていた兄妹に声を掛ける。
「2人とも、行くよ」
「は~い」
「行くって、どこに行くんだ?」
「宿屋に行こう」
クルスが、そう応える。一般家屋にも部屋があり、住人――NPCが居なければ、出入り自由である。宿屋は、一般家屋と違い、お金を払うことで部屋に出入りする。
「どうして宿屋なんです?」
「他の人が入って来ないからね」
「入って来られないんですか――」
お金を出すことのメリットは、他のプレイヤーが出入りできない点にある。イベント開催時は、また条件が異なるが、通常、お金を払ったプレイヤーが許可したプレイヤー以外の入室は制限される。外部から覗き見ることはもちろんのこと、会話が漏れることも無い。
「宿屋で人を探すのか?」
「いや、人が増えてきたからね」
「2人とも、疲れたんじゃない?――宿屋で少し休もう」
「まだ大丈夫だってば」
「そんな事言わずに、休もう」
「そうだね。疲れた身体で無理してもいい事は無いよ」
「そう――ですね」
2人とも、渋々ではあるが、年長者2人に押し切られ宿屋で休むことにする。とは言え、最寄りの宿屋は満室で、3件目の宿屋で、やっと空き部屋を見つけることが出来た。
「ふぅ」
ベッドに腰掛けると、兄妹のどちらともなくため息が漏れる。
「疲れたかい?」
「え、――いえ、その――お父さん、見付かるのかなって」
フィーネが消え入りそうな声で呟く。ウィリアムもクルスも、それに対してどう答えるべきかと声を詰まらせた。そして、2人でアイコンタクトを取るが、反応は鈍い。押し負けたのか、ウィリアムが口を開く。
「すぐに見付けるのは難しいと思う」
「ッ――」
その言葉に、悲しみを浮かべ、何かを言おうとする前に言葉を重ねる。
「でも、最後まで諦めちゃだめだ」
「みんな、――もう終わるって言ってるけど、兄ちゃんも姉ちゃんも終わらないって思ってるんだろ」
正宗の言葉に、2人が真剣な表情でうなずき返す。
「ああ、終わらない」
「私も終わらないと思ってる」
「じゃぁ、いつ終わるんだよ!」
「それは――」
ウィリアムもクルスも答えに窮する。そもそも、その質問に答えることが出来るプレイヤーは、このゲームの世界には居ない。
「アークにぃ、――お兄さんもお姉さんも、やめようよぉ。やだよぉ」
「そ、そうだな」
「ふ、2人とも疲れただろう。ベッドで横になって休むといい」
「フィーネ。休むぞ」
フィーネが泣き出したことに3人とも慌てて取り繕う。それでも泣き止まず、しずしずと涙を流す。ウィリアムとクルスはアイコンタクトでやり合い、今度はウィリアムが勝った(?)
「さ、フィーネ。こっちで横になろ?」
ぐずりながらもクルスに言われるがままに従い横になる。クルスは、背中をぽーんぽーんと軽く叩きながら、フィーネが寝付くまで寄り添ってやった。
30分は経っただろうか。フィーネが寝付いたことを確認すると、クルスは、ゆっくりとベッドを抜け出し、窓際のウィリアムの側に移動する。
「この借りはでかいよ?」
「お互い様――持ちつ持たれつってことじゃダメですかね?」
「子持ちでも無いのに、子持ちのような対処をさせるってのはヒドイと思うんだ」
「えっと――ごめんなさい」
「まぁ、いいよ。お互い様で」
「――助かります」
ウィリアムが軽く頭を下げ、この話は一段落する。うっすらと開けた窓から、外の喧噪が入ってくる。Solid版の宿屋には無かった機能だ。
「――日付が変わるね」
「ええ、そうですね」
2人で、窓の外を見やる。お祭り騒ぎの喧噪から、少し怒号が混じり始めていた。7日目が終わり、8日目に突入したが――テストが終了する様子は無い。運営からのアナウンスも無く、プレイヤーが順番にログアウトしている様子も見て取れない。怨嗟、嗚咽、怒号――ウィリアムは、そっと窓を閉じた。途端に、外の喧噪から隔離される。
「少し、――少しだけ、期待してたみたい」
「そうだね」
「――やっぱ、無理だったね」
クルスが、無理矢理、明るく振る舞う。ウィリアムも何か言わねばと思い、口を開くが――
「――ッ、――大丈夫。まずは生き残ろう」
結局、当たり障りの無い言葉しか出てこなかった。「うん」という返事の後、部屋には静寂が訪れる。クローズドβテスト、8日目――テストの終わりは見えなかった。
Twitter @nekomihonpo
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