第6テスト 攻撃魔法
戦闘を行っているプレイヤーは、すぐに発見出来た。背中の隠れるマントを振り回し、それにつられるように編み込まれたブラウンの髪が左右へ大きく回転する。迫り来るスクルピーアの大ばさみに対して、手にした杖を叩き込む。実に見事な体さばきであった。しかしながら、スクルピーアの大ばさみは2対――杖でさばくには無理がある。さばききれずにダメージが積み重なっていた。
武久――ウィリアムは、正宗、フィーネと行動を共にしていた。ウィリアムとしては、取り立てて別れる理由も無く、――正宗、フィーネ兄妹からしてみれば、未だに蘇生の恩義を返すことも出来てないのに別れるというのが躊躇われるためついて行っている。それに、自分たちを引っ張ってくれそうな年上と言うこともあり、兄のように慕っていた。兄のように慕われて、悪い気もせず、フィーネのレベルアップの手伝いをしていたというのが実態である。
ウィリアムは、北の村、ドロフロンノードン周辺でのレベルアップを終え、そろそろ首都のシュタハイトクーニカイトへ行こうかと算段していた。と、言うのも――北の村では、イベントのフラグが立ちにくい。そのため、経験値稼ぎを積極的に行おうにも、いまひとつ効率が悪かった。首都ともなると、イベントのフラグが多数ちりばめられているため、クエストも豊富で、人も集まりやすい。よって、アイテムも情報も、首都に自然と集まることになる。正宗、フィーネ、――2人の父親を探すにしても、今後の方針を考えるにしても、一旦、シュタハイトクーニカイトへと出向くのが良いように思われた。
レベル上げに勤しむトップグループはともかく、大勢の一般プレイヤーは、命の危険が無さそうな狩り場――街周辺のぬるい狩り場でゆっくりとレベル上げを行っていた。当然、街から遠くなればなるほど、敵は強くなり、アクティブな敵――こちらを見かけただけで攻撃を仕掛けてくる敵――が増えてくる。つまり、街から街への移動という行為は、命の危険に直結していた。そうなると、街との間を移動するプレイヤーは減ってくる。そのため、ウィリアム達一行は、少数派となっていた。
首都、シュタハイトクーニカイトへと荒野を進む。中間地点まで、あと少し――という道程で、ウィリアム達の元に戦闘音が微かに届いた。荒野――岩がごろごろと転がり、周囲には植物の緑は無く、スクルピーアというサソリの化け物が徘徊する――プレイヤーには「うま味」の少ない地域である。この近辺は、クエストに関連するアイテムドロップも無く、イベントのフラグも無い。シュタハイトクーニカイトへの道すがらという以外に、プレイヤーにも運営にも見捨てられた荒野であった。
そんな荒野で戦闘音――ウィリアムは、周囲を見回した。場合によっては、――例えば、近場で戦闘が行われ、プレイヤーが死んだ場合、敵がそのままこちらを襲ってくる可能性がある。そんな場合を想定し、急いで離脱をする必要もあるからだ。とは言え、助けられるのならば助けたい。死んでしまったら、どうなるのか解らない現状、見捨てると言うことは、良心の呵責にさいなまれそうだからだ。そんな理由から、周囲を見回していた。
戦闘を行っているプレイヤーは、すぐに発見出来た。背中の隠れるマントを振り回し、それにつられるように編み込まれたブラウンの髪が左右へ大きく回転する。迫り来るスクルピーアの大ばさみに対して、手にした杖を叩き込む。実に見事な体さばきであった。しかしながら、スクルピーアの大ばさみは2対――杖でさばくには無理がある。さばききれずにダメージが積み重なっていた。
ウィリアムは、射程ギリギリの位置から回復魔法を使用した。淡い光が彼女の身体にまとわりつき、攻撃により減じたHPを回復する。女性は、回復魔法を掛けられたことに気がつき、周囲を見回したが、術者を発見することは出来なかった。それに、しっかり周囲を見回す余裕も無い――スクルピーアの大ばさみが振り下ろされ、防御が間に合わず喰らってしまう。腕を交差させ、防御態勢を取っている所へ、再度、ウィリアムからエアフールが飛ぶ。
「お兄さん、どうしますか。ここからなら私でも援護出来ますけど?」
「いや、もうしばらく様子見をしよう」
フィーネの提案に対し、待ったを掛ける。その応えに正宗が噛みついた。
「なんでだよ。今すぐ助けた方がいいに決まってんじゃん!」
「いや、彼女は逃げるつもりかも知れないし、それならそれで、逃げる間だけ回復すればいい」
「逃げるのか?」
「解らないけどね。――割り込むと経験値減るし」
レベル差がありすぎる場合や、今回のようにパーティーを組んでいない相手の場合、取得出来る経験値は大きく目減りする。そのことに目くじらを立てるプレイヤーも少なからずいるのも、また事実だった。もっとも、命を大事にしなければならない状態においても、目くじらを立ててくるかと言えば別に思われた。それでも、余計な軋轢は生まないに越した事は無い。そんな判断から、回復のみの援護に徹していた。
「でも、危なそうだと判断したら、接近して援護するよ」
「解った」
その女性は、逃げる素振りを見せなかった。かと言って、ウィリアムが適宜、回復魔法を掛けるため、ピンチになっているようにも見受けられなかった。ただ、エアフールが掛かる毎に、周囲を軽く見回し、術者を発見しようとしている様は見て取れた。
女性――クルス・ラミラは、少し迷惑に思っていた。先ほどから、回復薬を使おうかという2歩手前くらいで回復魔法が飛んできている。ありがたいのだが、ありがたくない。このままでは、その術者にヘイトが溜まり、クルスが逃げ出したら、その術者に迷惑が掛かってしまう。無責任に逃げ出すことも出来ず、術者も発見出来ず、焦れていた。その精神的な不安定さが、戦闘を雑にしていた。
「くッ」
スクルピーアの攻撃をいなしそこね喰らってしまう。減ってしまったHPを補うかのように身体が光に包まれる。またも回復魔法を掛けられてしまった。何度目か、術者を探す。視界の隅――エアフールの射程ギリギリだろうか――という遠くに3人組のパーティーを発見した。
戦闘中の女性――杖をメインの武器にしていることから魔法使いだと思われるのだが、MPが切れているのか、先ほどから「どつきあい」の攻防しか見ていない。つい先ごろも、スクルピーアの一撃を喰らったので、エアフールを唱えたばかりだ。そろそろ介入するべきか、――まずは接近し、会話をする必要がありそうだ――と考えているその時だった。スクルピーアの尻尾の一撃に杖のカウンターを重ねると、お互いがノックバックし距離が開く。そのことを利用し、一歩下がると、顔の前に手のひらを被せるかのように移動させ、スキル名を呟いた。
「火の槍ッ!」
火の玉の上位魔法、火の槍が3本――スクルピーアの身体を交差するようにして貫いた。その一撃をもってして、スクルピーアの身体が燃え上がり、光の粒となって消える。その威力を目の当たりにすれば、援護など余計なお世話以外の何ものでも無かった。
「すげーッ」
「うん。すごい――です」
戦闘を終えた女性――クルスがウィリアム達の方へと近づいてくる。お礼を言うにしては雰囲気が微妙に見えた。文句を言われる事は無いとは思うが――何用だろうかと訝しむ。
「あなたが――」
「私、フィーネっていいます。お姉さん、すごいですね」
クルスが口を開きかけたところ、フィーネが被せるようにして名乗る。攻撃魔法によって一瞬にして敵を沈めた威力に感動しているのか、興奮気味だった。
「ん、ああ。私は、クルス・ラミラだ」
クルスがあっけに取られ、自己紹介に自己紹介で返すと、フィーネが手を差し出し、思わず手にとって握手をしてしまう。
「クルス・ラミラ!?」
クルスの名前を聞いたウィリアムが、驚きの声を上げた。その様子を訝しむように見やる3人の視線を物ともせず、ウィリアムが身を乗り出す。
「クルさん、俺だ。ウィリアムだ」
「うぃりあむ?」
「ああ、えっと――ウー神父だ」
その一言に合点がいったと手を叩き、顔に喜色が浮かぶ。
「ウー神父か。神父もβに参加してたんだな」
「それはこっちの台詞。クルさんも参加してたんだね」
すっかり意気投合して見える2人に、置いてきぼりの2人は驚いてしまう。とは言え、気になるので口を挟むことにした。
「お兄さん、――お知り合い?」
「ああ、そうだよ」
フィーネが、ウィリアムの袖口を引っ張るようにして問いかける。その台詞に、今度はクルスが訝しむ。
「おにいさん――えっと、妹さん?」
「ぃ、いや。違う。彼女――フィーネのお兄さんはこっち」
「――正宗だ」
急に話を振られた正宗は、少し憮然とした様子で応えてしまう。そんな態度を取るつもりは全くなかったのだが、思わず憮然としてしまった。
「どういうこと?」
「ああ、それは――」
ウィリアムが、この兄妹と知り合ったいきさつを大雑把に説明する。所々、正宗とフィーネのフォローが入りつつ、一通り聞いた後、クルスが口を開く。
「相変わらずの偽善者っぷりですね」
その言葉に、フィーネが素早く反応した。
「ぎ、偽善者なんかじゃありません」
「フィ、フィーネ」
「お兄さんが、――ウィリアムさんがお兄ちゃんを助けてくれたんです。偽善なんかじゃありませんッ」
フィーネが一生懸命にウィリアムをフォローする。その声は、少し涙声になっていた。そんなフィーネに対し、クルスは、頭へ手を伸ばし、ゆっくりと撫でつける。少し、ビクッとした後、撫でられるがままになっていた。
「ごめんね。――別に悪く言うつもりは無かったのよ」
「そうだぞ。えっと――挨拶みたいなモンだな」
「あいさつ?」
フィーネが見上げると、2人は優しい笑顔を浮かべていた。
「ウー神父、――ウィリアムは、ソリッド版でもそこいらで人助けしてたからね」
「やっぱ、楽しんでこそのゲームだしな」
「だからって、15万円は無いでしょ」
「無いか?」
「無いよ。偽善にしても無いね」
クルスが、フィーネと正宗の2人を順に見つめ、フィーネへと視線が戻る。クルスの手は、フィーネの頭を撫で続けていた。
「それで餌付けして逆らえないようにしての、――兄妹プレイ」
「プレイとか言うな」
「ウー神父による、まさかの光源氏計画」
「失敬な」
言葉だけを聞いていると、喧嘩になってもおかしくないのだが、ウィリアムもクルスも笑顔だった。さすがに、フィーネと正宗にも、彼らが友人同士であると言うことが理解出来た。
「ウー神父は、相変わらず回復職なのね」
「攻撃魔法使ってる姿とか想像出来ます?」
「――無理」
「ははは。そういうクルさんは、――殴り魔法使い?」
「さすがに殴りは無いわ~」
「じゃぁ、やっぱ極インティ?」
「もちろん。特化じゃないと」
極インティとは、レベルアップし、伸ばせるステータスボーナスをインティリゲント――知力に全て注ぎ込むことを言う。大抵のゲームに言えることだが、バランスの良いキャラクターより、一芸に秀でたキャラクターの方が強い。剣士なら攻撃力――すなわち筋力や瞬発力と言ったステータスであり、魔法使いなら、知力や精神力である。当然ながら、他がおろそかになると言うことは、弱点を抱えることにもなるのだが――
「こんな状態でも、特化を目指すとかさすがですね」
「そっちこそ、どうなのよ?」
「もちろん、回復特化を目指しますよ?」
2人して笑い合う。
「それにしても、なんでまた殴ってたんで?」
「いや、MPが尽きちゃってね。杖で攻撃を防ぎつつ、逃げる隙をうかがってたんだけど、回復魔法が飛んでくるじゃない?」
「目の前で死なれても気分悪いし」
「逃げて、そっちに流れて死なれても気分悪いし。さっさとどっか行ってくれないかな~と思ってるのに、一向に逃げる気配無いし、回復飛んでくるし、――で、MP回復したのでトドメを刺した――ってとこ」
「なるほど。――余計なお世話でしたか」
「ううん。助かったし、いいよ」
話し込んでいたら、少し離れた所の地面がゆっくりと隆起する。その下からスクルピーアが姿を見せた。どうやら、移動もせずに話し込んでいたために、復活したようだ。
「あらら。リポップしちゃったね~」
「ふむ。――取り敢えず、クルさん。パーティーに入りませんか?」
「いいよ。サクッと倒して移動しちゃおうか」
『クルス・ラミラがフィーロウに参加しました』
そのシステムメッセージが出た直後、クルスが火の槍の呪文を唱える。こうして、4人での戦闘が始まった。
Twitter @nekomihonpo
次回「第7テスト 宿屋」