第5テスト 遠隔攻撃
「攻撃、する、べきじゃ」
「走れ、走れ」
正宗が迎撃しようとするのを、ウィリアムは逃げろと指示し遮る。3人は、林の中を東へと走っていた。その後ろを大型のモンスター、ツクノヴァグーマが追いかけてきていた。
「ガァァァァッ」
両肩から、ねじれたような四角錐を生やし、四つん這いになって大きな熊が突進してくる。
ウィリアムは、首都シュタハイトクーニカイトを経由し、北の村ドロフロンノードンへと向かっていた。少年少女――正宗とフィーネを援護してから、西の砦デーベスディレストンへと入り、補給を果たし一息を付いた後、今後どうするのかを聞いてみた。
「お父さんを探したい」
フィーネは、そう答えた。聞けば、父親と一緒にクローズドβテストに参加しているらしい。――まぁ、冷静に考えれば子供だけで参加するには、色々とハードルが高すぎる。親と一緒に参加していると考えるのが妥当なところだろう。とは言え、父親を探すと言っても手掛かりが少なすぎた。キャラクターネームも解らない。どこの街に出たのかも解らない。――まぁ、これはランダムで配置されるのだから仕方が無い。むしろ、この兄妹が合流できている奇跡を喜ぶべき所だ。そして、――ウィリアムは、敢えて口にしなかったが、既に死亡している可能性――これも捨てきれなかった。
既に、剣士への転職を果たしている正宗はいいとして、未だに転職を果たしていないフィーネを早急に転職させる必要があった。本人の希望は遠距離職――と、言うことで狩人への転職を目指すことにした――のだが、パーティーが集まらない。ゲーム開始、5日目――あくまでもゲーム内時間だが――ともなると、何がリスクなのかということが解り始めてくる。この時点で、転職を果たしていないプレイヤーは、戦闘をする気が無いか、地雷と考えられていた。
「狩人への転職を手伝ってくれないか」
ウィリアムが、1人の剣士に声を掛けるが、相手の反応はイマイチだった。
「見たところ、聖職者見習いみたいだけど、戦闘できるのが剣士1人とか勘弁してくれ。こっちのリスクが大きすぎる」
「いや、大丈夫だ。もう1人も剣士だ」
「よしてくれ。剣士2人を1人の回復職で面倒見るのか?」
「――そうなる」
「悪いな。他を当たってくれ」
概ね、似たような反応だった。戦闘の役に立たない無職がいるだけで、自分が死ぬ可能性が増えるのだ。そのリスクを背負い込んでくれるプレイヤーは少なかった。通常のゲームであれば、手伝ってくれるプレイヤーはいくらでもいただろうが、こんな状況になってしまったゲームでは、希有な存在である。――皆無とは言わないが、少なくとも、ウィリアム達の周囲では捕まえることが出来なかった。
フィーネが、ウィリアムの袖口を引っ張る。
「えっと、――私たちだけで大丈夫です。ウィリアムさん、ありがとうございました」
その言葉にびっくりしてしまう。
「おいおい。2人だけで行くって言うのか?」
「だって、誰も行ってくれないじゃないか」
「少なくとも、ここに1人いるぞ」
ウィリアムは、そう言いながら自分を指差し、安心させるべく笑顔を浮かべる。一瞬、びっくりした顔をしていた2人だが、じわじわと笑顔に変わっていき、泣き笑いといった顔になった。
「お兄さん、ありがとう」
「いいんだ。気にするな」
そんなやり取りを経て、3人でパーティーを組み、北の村ドロフロンノードンを目指していた。3人であるがゆえ、無茶な戦闘はせず、勝てる相手を確実、安全に落とす――そんな手堅いプレイを心がけていた。そのため、経験値の増え方は非常に緩やかで、レベルはほとんど上がることが無い。
狩人への転職条件は、村のはずれに居るNPCへとアイテムを届けることで条件を満たすことが出来る。採取系のクエストと言うヤツだ。
「この病を治すには、シュラングクラーバーが必要なんです」
「シュラングクラーバー?」
「ええ。ここの東にある林を抜けた草原に生えております。紫の小さな花を咲かせる植物で――ですが、私たちには、林の恐ろしいモンスターを倒すだけの力がありません。どうか、どうか子供を助けるために、シュラングクラーバーを採ってきていただけないでしょうか」
「おばさん、任せてください。私たちが、採ってきてあげます」
NPCとフィーネが会話を重ねる。シュラングクラーバーという植物の採取クエで、子供の病気を治すために必要と言うシチュエーションだ。フィーネは、NPCとの会話をしっかりと行っていたが、普通は必要の無い行為だ。最後の「採ってきてくれないか」との問いに対し、肯定の返事を返せば、クエの受領となる。
ぽーんという音と共に、「シュラングクラーバーの採取クエストを受領しました」とアナウンスが流れる。このアナウンスは、全体へのアナウンスでは無く、あくまでも個人に対してのアナウンスだ。パーティーとして受領ポイントに居たため、全員――と言っても3人だが――が、受領条件を満たしたようだ。
「よし。じゃぁ、東の林を抜けるぞ」
「はい。――じゃぁ、おばさん、待っててくださいね」
「フィーネ、そこまで丁寧にしなくても大丈夫だぞ」
フィーネの優しさに対して、正宗がゲームとしての正論を吐く。確かに、ゲームとしては、もっと直接的でも構わない。ゲームだというのに、きちんとNPCへの対応を取ると言うことが、このフィーネという娘の優しさを感じさせた。――ゲームと言うことを解っていないという可能性も――いや、言うまい。
「ハァハァハァ」
シュトキーゲン・トゥーンヴァイドには、スタミナという要素があり、全力――攻撃であったり、防御であったり――と言った行動を行っていると、継続できなくなるという要素がある。とは言え、別段、システムとしてスタミナが尽きると鼓動が速くなったり、息切れを起こすというような要素が実装されている訳では無い。今、ウィリアム達が息切れを起こしているのは、プレイヤーがストレスを感じ、それに対する反射という側面が強かった。
「攻撃、する、べきじゃ」
「走れ、走れ」
正宗が迎撃しようとするのを、ウィリアムは逃げろと指示し遮る。3人は、林の中を東へと走っていた。その後ろを大型のモンスター、ツクノヴァグーマが追いかけてきていた。
「ガァァァァッ」
両肩から、ねじれたような四角錐を生やし、四つん這いになって大きな熊が突進してくる。ウィリアム達が正面から戦って、勝てない相手ではなかったが、下手をすると負ける可能性もあり、出来れば避けたい相手であった。そのため、ウィリアムは逃走を選択し、相手の追跡範囲外へ出ることを狙う。
やがて、林の終わりが見え、明かりの差し込む量が増えてくる。そのまま駆け抜け、背丈の高い草原へと突っ込んでいく。ウィリアムの胸くらいまであろうかという草は、下手をするとフィーネと正宗の姿をすっぽりと覆い隠さんばかりであった。
「グァ」
エリアが変わったことにより、ツクノヴァグーマの追跡範囲の外に出た。それまで、突進していたツクノヴァグーマが、その歩を止め、その場でくるりと反転し、ゆっくりと林へ帰って行く。
「おーい。2人とも~、もう大丈夫だ」
ウィリアムが、すっかり姿の見えなくなってしまった2人へと声を掛けた。ガサガサと草を掻き分け、2人が顔を見せる。
「逃げたのか?」
「ああ。戻っていったよ」
「ほッ。よかったぁ」
「さ、シュラングクラーバーを探そう」
「はい」
運が良かったのか、その後、10分もせずに目的の植物を採取することに成功する。その間、特にモンスターに絡まれることも無かったので、本当に運が良かったのだろう。村へと戻る帰り道、再びツクノヴァグーマに発見されるが、距離が離れていたこともあり、無事に逃げおおせた。
村へと戻り、NPCへとシュラングクラーバーを届けた。NPCが、フィーネの手を取り感謝の言葉を述べる。
「ありがとう。ありがとうございます。あなた様のお陰でウチの子も助かります」
「うん。間に合ってよかったです」
フィーネは、感極まって、軽く涙声になっている。男性陣2人組は、NPCに何をそこまで思い入れているのかとしらけながらに見つめていた。一通り、お礼合戦を終え、軽く目を拭いながらフィーネが話しかける。
「それで――これからどうしたらいいんですか?」
「ああ、これでフラグが立ったので、家から出ればOKだ」
「ついに狩人か」
正宗が握り拳を作りつつ――背中に炎が出ているかのようにも見えた。
「家から出るだけでいいんですか?」
そう言いながら、NPCの家から出ようと戸に手を掛ける。
「ああ、あとは勝手にイベントが発生するから大丈夫だよ」
戸口をくぐり、外へと出る。そのまま、敷地から出て、村の中心へと向かおうかと一歩踏み出すと――
「もし。そこのお方」
脇から声が掛けられる。見ると白いひげを胸元まで伸ばし、いかにも長老でございというNPCが話しかけてきていた。
「え、私?」
「クラムグラ家の子供を救うために、尽力なさってくださったこと、村を代表してお礼を申し上げる」
「いえいえ、私がしたことなんて――」
「あなたのその優しさ、そして腕前。あなたに、その意志がおありなら、狩人の心得をお教えすることが出来ますが」
「え、これが転職のイベント?」
「どうなさいますかな?」
フィーネが自信なさげに、心配そうにウィリアムの方を振り返る。それに対し、無言で頷き返すと、くるっとフィーネがNPCへと振り返り、大きく頷いた。
「はい。狩人になります」
「いいでしょう。狩人の心得をお教えしましょう」
「はい。お願いしますッ」
「あッ」
フィーネが力強く応える――が、それはチュートリアルの入口だった。ウィリアムが止める間もなく、フィーネの身体が半透明となり、周囲から隔絶される。
「フィーネ!?」
「ああ、チュートリアル中は、こうなるのか」
「チュートリアル?」
「正宗は、剣士になった時、受けなかったのか?」
「受けてないぞ。――これ、大丈夫なんだな?」
「ああ。チュートリアル――狩人の説明を受けているだから問題ないよ」
「そっか。――まだかな?」
「まだまだ、だろうな」
――たっぷり15分は経過しただろうか――狩人のチュートリアルが終了し、フィーネの身体に色が戻る。フィーネが周囲を見回し、正宗とウィリアムと発見すると、安心したように破顔した。
「フィーネ、何とも無いんだな。無事だな」
正宗が、フィーネの身体を確認するようにバシバシと叩く。
「や。アークにぃ、痛いよ」
「こら。アークって呼ぶな」
「ご、ごめんなさい」
実際、バシバシ叩かれた程度ではHPが減る訳も無く、痛くも痒くも無いのだが、視界情報とソレに伴う経験が痛みを想起させていた。
「で、どう?――やっていけそう?」
「あ、はい。でも、スキルは何を取ったらいいのか」
「そうだね。範囲攻撃よりは一点集中攻撃を伸ばした方がいいかな」
「そうなんですか?」
「範囲攻撃、カッコイイじゃん」
「低レベルだと、そこいら中の敵を釣り上げるだけで倒せないからね」
「そ、それは――」
「範囲攻撃は、魔法使いに任せた方がいい。それより――矢作成を取るかだな」
「矢作成ですか」
狩人の主兵装は弓矢だ。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、攻撃する度に矢を消費する。矢は、店で購入してもいいし、他のプレイヤーから譲り受けてもいい。自分で作成するのも手だ。自分で作成する場合、スキルを消費するというデメリットはあるが、現地調達が可能になるというメリットがある。
「矢作成を伸ばせば、貫通矢が作れるようになるしね」
「強そうです」
「攻撃スキルと組み合わせると、かなり強いよ」
「じゃぁ、取ります」
「まずは、――弓矢になれてみようか」
「はい」
早速、3人は、狩りに出かけることにする。初心者御用達のナーグーを発見し、これを実験台にすることにした。
「攻撃方法は、チュートリアルで済んでるよね」
「はい」
「じゃぁ、あのナーグーで試してみようか」
「はい」
「正宗は、援護。たぶん、フィーネじゃ倒しきれないから、接近してきたら倒しちゃって」
「解った」
フィーネが、矢をつがえ、ナーグーを見やる。矢をつがえると言う動作が、攻撃の意志を示し、見つめた相手をターゲッティング、――矢を離すことでモーションの発動となる。フィーネがつがえた矢は、一直線にナーグーへと飛び、その胴体へと突き刺さる。
「当たった」
「ヤツがこっちにくるよ。ほら、次、次」
「あ、は、はい」
フィーネを攻撃対象として認識したナーグーが、こちらへと突撃してくる。そのナーグーに対して、2本目の矢を放つ――が、今度は外れ。3本目の矢をつがえ放つ――命中はしたが、ナーグーは止まらず、まっすぐフィーネへと駆け寄ってくる。
「させるかよ。ハウンカーツンッ!」
その進路を塞ぐように、正宗が立ちはだかり、剣士の攻撃スキルを発動した。上段から振り下ろす一撃は、ナーグーの頭へと命中し、相手を吹き飛ばす。その一撃がとどめとなり、ナーグーの身体は光の粒となって消えた。
「――倒せませんでした」
「まぁ、仕方ないさ。まずはレベルを上げないとね」
「は、はい」
「ほら。次、行くよ」
「はいッ」
安全に留意しつつ、経験値稼ぎに勤しむのであった。
Twitter @nekomihonpo
次回「第6テスト 攻撃魔法」