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第3テスト 転職トレイン

「なぁ。アレって取り巻きじゃね?」


 客の1人が、空を舞う鳥の群れを指差しながら言った。それに気がついた幾人かがそれを見やる。ウィリアムも空を見上げた。取り巻き――この森に配置されているエリアボスの周囲を舞う黒鳥――に見えた。


 3日目を迎えていた。もっとも、ゲーム内時間での3日なので、実時間で3日なのかが解らない。腹が減らないのは、恐らく点滴で血糖値が保たれているからだろう。もしくは、DiBにより空腹を感じないようにコントロールされている――という可能性も捨てきれないのだが――実際問題、腹は減らなかった。そのため、古典的な腹時計により時間の経過を類推する――というのは難しかった。その代わりと言ってはなんだが、睡眠欲から推測するに、ゲーム内時間は実時間よりかなり早く進行しているようだった。これに関しては、幾人かのプレイヤーと話し合って間違い無かろうという結論に達している。問題は、どの程度速いのかという事なのだが、そこに関しては結論が出ていない。2倍~5倍程度では無いかというのが大方の意見だった。


 進行の速いプレイヤーは、既に転職を果たしており、トップグループは順調に攻略を進めているようだ。反対に、町の外は危険だと、一切外に出ず、街に引き籠もっている連中も居る。じゃぁ、いつまで引き籠もっていればいいのかというと、このクローズドβテストが終了するか、助けられるまで――となる。


 その終了とは――現在、まことしやかに囁かれている中で有力な説は、2つ。1つは、実時間で7日が経過すること。これは、このクローズドβテストの期間がゴールデンウィークの7日間を利用してテストしているためである。テスト期間が終了すれば開放される――という比較的楽観的な意見だ。


 もう1つは、恐らくクローズドβで実装されているであろうストーリーを踏破するという物。こちらも推測が多分に入る事になるのだが、エピソード1――シュトキーゲン・トゥーンヴァイドではフォルガアインツと呼ぶ――をクリアすれば、その先が実装されていないため終了になるのではないか?――という物である。


 どちらも、プレイヤーサイドが勝手に言っていることであり、運営からは、開始時のメッセージ以降、何の音沙汰も無い。悲観して引き籠もっている連中の中には、これらの意見を否定し、ネガティブな毒を吐く者もいる。ポジティブ最右翼の攻略組も、その否定的な意見を真っ正面から否定するだけの材料を持ち合わせていないのも、また事実だった。


 助けはどうだろうか。開始当初さえ乗り切れば、助けは来ると信じているプレイヤーも多い。さすがに数日間も連絡が取れなければ、家族が警察に届け出る。そうすれば、警察により救出される――が、ネガティブな意見が無い訳では無い。強制的に外部から切断された際、死亡してしまうという意見だ。それを真っ向から否定するだけの材料は存在していなかった。


 こうして、ポジティブとネガティブの渦巻く中、武久――ウィリアムは、攻略組トップグループと言う訳でも無く、街中でくだを巻く連中という訳でも無く――中間層の少し攻略組寄りに位置していた。あれから何度か戦闘を行い、レベルも順調に上がり、アイテムの条件を満たし、あとは転職を行う神殿へと向かうだけ――という段階まで進んでいる。ウィリアムが望む職――パースタという回復系を扱う神職への転職には、首都シュタハイトクーニカイトから南に行ったショーレスボウアスにある神殿――テンプレディージーに出向く必要があった。道中、敵の巣とも言える森が横たわっており、Solid版では転職の壁――開始直後の運営の嫌がらせと言われていた。


「テンプレディージーに行く奴いるか~」


 シュタハイトクーニカイトの南門へと続く大通りで、そんな声を張り上げているプレイヤーがいた。ウィリアムは、その男に近づいていき声を掛ける。


「南の転職トレイン、まだ空きある?」

「おお、いらっしゃい。空き――は、ちょっとな。俺らもレベルが低いんだ」

「パーティーじゃなくて、個別にトレインするだけか」

「そうなる」

「じゃぁ、料金も格安だな」

「ちっ、これだから経験者って奴は」


 男が苦笑しながらも料金を提示してくる。転職トレインとは、モンスターだらけの道中を安全に抜けるために考え出されたシステムだ。システムという程の物では無いが――レベルの高いプレイヤーがレベルの低いプレイヤーをパーティーに加え、護衛しつつ集団で目的地に向かうという互助のシステムだ。高レベルのプレイヤーが12人のパーティーを組み、初心者をフォローしつつ、ゲームに慣れて貰うためのボランティア――形ばかりの礼金は貰うが、高レベルプレイヤーからすれば、はした金だった。現状、そこまでレベルの高いプレイヤーが居ないため、パーティーを組めない人間も含め、集団で行動し、数の暴力で乗り切ろうという作戦のようだった。少なくとも、Solid版では有効な戦略として認知されている。


「よし。みんな、聞いてくれ」


 一人の男が少し高いオブジェクトに乗り、声を張り上げる。皮鎧に身を包み、「駆け出し」とは少し違う装備をしていた。転職トレインの旅団長と言ったところだろう。


「オレは、今回のリーダーをやらせてもらうエクライズと言う者だ。本当は12人パーティーで連れて行ってやりたいが、オレもまだまだレベルが低い」


 集まった連中から笑い声が上がる。周囲にいる彼の仲間から、イヤミかーとヤジが飛ぶ。それが、また一層の笑いを呼んだ。


「みんなで互いにパーティーを組んでもらうかとも考えたんだが、下手にパーティーに入っていると、補助が入れにくい」


 各種補助は、パーティーのメンバーを優先する仕組みになっており、ステータス上昇系などはパーティーメンバーの使用した物が優先される。折角、高レベルの補助をもらったとしても、パーティメンバーの低レベルな補助で上書きされてしまう。逆に言えば、パーティーを組んでいなければ、使用された中で最高レベルの物が維持される仕組みとなっている。


「パーティーを組んでいないため、はぐれると大変だぞ。はぐれないようにな。――では、行くぞ!」


 パーティーを組んでいないため、付き添いの添乗員――転職トレインの主催側を添乗員と呼ぶことが多い――を含め、計19名と大所帯だ。そんな大所帯が南を目指し、一斉に移動していく。まだレベルが低いこともあり、種族、ステータスによる移動速度の違いは表だって問題になってはいない。これが、高レベルになってくると、種族、ステータスの違いにより、走る速度に差が生じてくる。そうなると、トレインの維持は難しくなるのだが、今回の転職トレインは低レベル中心のため、旅程は順調と言えた。


 ショーレスボウアスの周囲に広がる森に入ってから、何度かブージムと呼ばれる小鬼との戦闘があった。低レベルな者にとっては厳しい相手だが、引率のエクライズや仲間たちによって撃退することに成功していた。


「なぁ。アレって取り巻きじゃね?」


 客の1人が、空を舞う鳥の群れを指差しながら言った。それに気がついた幾人かがそれを見やる。ウィリアムも空を見上げた。取り巻き――この森に配置されているエリアボスの周囲を舞う黒鳥――に見えた。


「誰かがゲートを開放したままってことか」

「おい、冗談じゃ無いぞ」


 エリアボスは、基本的にマップの特定領域に閉じ込められている。誰かプレイヤーが侵入することで、封印が解かれ、行動に自由が与えられる。侵入したプレイヤーに討伐優先権が与えられ、――システム的な物では無く、単にプレイヤー間の暗黙の了解である――優先権のあるプレイヤーが討伐すればヨシ、出来なければボスが徘徊することになる。徘徊から一定時間経過後――大抵は2時間――ボスは再度、特定領域に閉じ込められる。


 転職トレインの一行が突き進んでいる領域は、そのボス領域から離れているのだが、取り巻きを見ることが出来ると言うことは、ボスが徘徊していることを指し示していた。しかも、見える位置に取り巻きが飛んでいるということは――


「ぐわッ」


 そんな叫び声と共に、後ろから人が飛ばされてきた。添乗員の戦士の1人だった。即死は免れたようだが、赤チ――クライレドメティチという赤いHP回復薬――を連続使用している。


「逃げろ。カピティールだッ」


 カピティールブージム――この森のエリアボスであり、ブージムの王である。ウィリアムは、後ろを振り返り、その姿を見た。Solid版では何度も見ていたが、DiB版で見るその姿は、何倍も巨大に見えた。赤黒い巨躯に、その身体に見合った巨大な戦斧――


 後ろから――元々は一行の先頭だった位置から――エクライズがカピティールブージムの元へと駆け寄りながら声を張り上げる。


「ここはオレらが食い止める。みんなバラバラに逃げろ!」


 ボスの登場と共に、その取り巻き――黒鳥だけでなく、小鬼のブージムがぞろぞろと姿を現していた。ボスの取り巻きということで、通常より強くなっているそいつらに、転職も果たしていないプレイヤー達が敵うとは思えなかった。


 一行の誰かが、悲鳴に近い声を上げながら逃げる。その声、行動を皮切りに、蜘蛛の子を散らすようにばらけていった。


「頃合いを見て、オレらも逃げるぞ」

「おうッ」


 エクライズがカピティールブージムへと向き直った直後、両腕を交差させグオオオと低いうなり声を上げ始める。それを見た仲間達が身構え――青ざめる。


「くそッ。これ、既にBパートじゃねーか」


 Bパート、――ボスクラスの持つ第2形態の事を指す。外形が変化するボスは滅多にいないが、攻撃が変化するボスは多い。カピティールブージムの場合、攻撃が変化し、一気に威力がアップする。


 カピティールブージムが、その巨大な戦斧を突き上げるようにして構える。その足下から紅い風が周囲へと撒き散らされる。風が渦巻くようにしながら腕を上り、戦斧の周りで渦巻いた。


「逃げ――」


 カピティールブージムが、その腕を地面へと振り下ろす。その前方、120度の地面を巻き上げながら紅い風が周囲のプレイヤーへと迫った。


 その攻撃力の前に、盾を構えていたエクライズは為すすべも無く吹き飛ばされる。吹き飛ばされた勢いそのままに、地面へと倒れ伏す。エクライズの目に、同じように吹き飛ばされた仲間の姿が目に入るが、その後、動く気配は見受けられなかった。次第にエクライズの視界が色を失っていく。動かなくなった仲間の後ろで、別の1人が何かを喋っているが、エクライズの耳には届かなかった。色を失った視界が、さらにコマ落ちをするかのような不自然さが増えていく。そんなコマ落ちする世界で仲間が吹き飛ばされていった。


「そうか、――オレは死んだのか」


 そう理解はしたが、納得はしていない。呟いてはみたものの、それが音声チャットとして外部に聞こえているのか判断は付かなかった。モノクロームのコマ落ちした世界――カピティールブージムと取り巻きの姿は見えなくなっていた。我々が全滅したのか、それとも、逃げた誰かを追っていったのか――もうこの場に動く者はいない。


 死んでからどれだけの時間が経ったのか知る術は無かった。このクローズドβテスト――開始時に運営が言っていた5分――この5分が経過すると、光の粒となって消えるという噂だけは聞いている。それが本当の死なのかは誰にも解らない。ただ、消えたプレイヤーが、その後、オンラインになることは無かった。たったの5分だ。短いようでいて、このモノクロームの世界では長いようにも思えた。


 死にたくない。なぜ、身代わり人形(ズールバックパー)を買っておかなかったのか。15万をケチるのでは無かった。


 必ず、返す。だから、だから――誰か、オレを蘇生してくれ。


 そんな想いだけがぐるぐると渦巻いていた。彼のシュトキーゲン・トゥーンヴァイドにおける最期の5分は――後悔と生への渇望で幕を閉じた。


Twitter @nekomihonpo


次回「第4テスト 転職」


変更箇所

次回予告の追加

ルビにならなかった所の修正


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◆用語
(2013/09/09更新)
●人物一覧
(2013/09/09更新)




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