第20テスト ホワイトアウト
――ウィリアムの視界は白一色になった。
目の前の床に鍵穴がある。
今、その鍵穴から青い光が漏れ、立ちのぼっていた。
「早くッス」
「兄ちゃんッ」
騎士のリリーファーラムと正宗が、迫り来る敵を押さえてくれていた。
ウィリアムは、道中で入手した鍵――剣と言っても差し支えがないサイズの鍵を鍵穴へと差し込む。
が、何かが抵抗し、すんなりとは差し込めない。
力を込め――体重を掛けるようにして押し込む。
さらにもう一押し――ガチンッという音と共に鍵を差し込むことに成功した。
油断をすると押し出されそうになるため手を離すことが出来ない。
じわじわと青い光が薄くなっていくのだが、時たま明滅し、明るくなったときに押し返す力が強くなった。
その抵抗を抑え込むべく、鍵の上に覆い被さるようにして耐えていた。
ウィリアムが、鍵と格闘し、手が離せない状況――と言うことは、このパーティーにおける回復役が居なくなるということ。
状況はかんばしくないが、戦闘職を欠くわけにもいかず、いかんともし難い状況だった。
他のメンバーは、迫り来る敵を打ち倒すのに精一杯だった。
城の前の橋を渡り終えたとき、26人いた一行は、22人まで人数を減じていた。
敵の攻撃により橋から突き落とされ死亡扱いになってしまったのだ。
すぐさま、身代わり人形にて復活したとしても、街へと戻った後のことになる。
落下した4人のウチ、1人は身代わり人形を持っていなかったらしく、パーティーチャットに復帰することは無かった。
街へと戻ってしまったプレイヤーが合流するのは不可能に近く、一行は先に進むことにした。
氷の城と呼ばれるシュロスフォングラッタイトの中は、フォルガアインツ(エピソード1)におけるラストダンジョンということもあり、一筋縄ではいかない敵ばかりだった。
もっとも、こちらも高レベルプレイヤーの集団なので、特に被害も無く――むしろ、敵が強いため、得られる経験値も多く、レベルが2,3あがるほどだった。
そんな攻略も大詰め――最後の大扉を開けるために4箇所の同時攻略が必要な場面となった。
完全同時である必要は無いが――どこかで攻略が完了すると鍵穴から光が漏れ出すようになる。
その光が消える前に攻略を完了する必要があった。
ある程度の人数を揃えて来ないと攻略が出来ないことから、存在は知っていても攻略をしたことは無いプレイヤーも多い仕掛けの1つである。
ガゴンッと大きな音が響き、床から少し突出していた鍵穴が床と均一になる。
鍵穴を中心にして、周囲に伸びていた幾何学模様の中を青い光が走る。
「よしッ」
「終わったッスね」
「おっけー、戻るよ~」
「おうッ」
「はいッ」
「蹴散らせ!」
それまで、敵を極力倒さず、溜めるだけ溜めていた。
敵を倒して、下手に鍵穴側で出現されても困るだけなので、鍵穴の処置が終わるまでは倒さずにおくのが攻略の定石となっていた。
「火の海ッ」
「ディールプライズンッ」
「エレートシュトルーム!」
「ハッカフルッター」
「リノツァハイスピアー」
「百火繚乱!」
ウィリアム以外のメンバーが、各々の広範囲スキルを発動し、溜めに溜めた敵を粉砕していく。
それこそ、壁のように集まっていた敵のただ中に穴を穿つ。
ちょっとやそっとじゃ埋まらない大穴だった。
「よし、他のパーティーに合流するぞ」
殲滅――までは至っていないが、まずは合流することを優先させた。
フロアを大扉へと向かって移動する。
道中、他のパーティーと合流し、トレイン気味になっていた敵を殲滅――大扉前に続々とパーティーが集まっていった。
「全員、揃ったな」
サウタナトスが声を掛ける。
それに対し、「応ッ」と熱気をはらんだ返事が返った。
血気盛んな1人が、大扉を押し開ける。
階上へと延びる階段――いよいよボスのフロアであり、そこへと続く最後の安全地帯だった。
知らず知らずの内にゴクリと喉が鳴る。
階段を上りきると、視界を遮る物が無くなる。
浅いすり鉢状になったフロア――その底面に階段の出口があった。
所々にギリシャ神殿ばりの柱が立っているが、それ以外、視界を遮る物は何も無い。
周囲を警戒していれば敵を発見出来るというメリットはあるが、遮蔽物を利用しての防御、誘導が困難というデメリットがあった。
「フレーダシュラウツが4」
「早速お出ましか」
誰かの警告に、サウタナトスが呟く。
メンバーの多数が、その声――敵に意識を奪われた。
「やばいッ!」
別の方向からそんな叫びが上がる。
「っざけんなッ!」
更に別の方向からも――集団の中央付近で、周囲の様子を見ることの出来ないウィリアム達には、何が起こっているのか判断が付かなかった。
――直後、下から突き上げられ、仲間達と共に宙を舞う。
更にもう一突き――色を失いスローモーションとなっていく視界――
『ズールバックパーを使用しますか?』
そんな無機質なシステム音声が響く。
――それはつまり死んだということ。
あまりの呆気なさに、何が起こったのか理解は追いつかないが、多くのプレイヤーがやられたようだった。
的が減った状態では、耐えて残ったプレイヤーが危ない。
躊躇せず身代わり人形を使用し、早々に復活を果たす。
ウィリアムが蘇生を果たし、周囲でも同様に続々と紅い光が煌めき、死亡したプレイヤーが起き上がってゆく。
そして、何があったのかを理解した。
「吸血鬼の王に紅爵夫人だと」
「なんで、こいつらが――」
この2匹のボスが、ほぼ同時に範囲攻撃を放ち、交差するポイントでお手玉にされたのが死亡の原因だった。
1匹なら、まだ耐えられたのだろうが、2匹が揃うとなると、体力、防御力に特化していなければ、耐えることは難しい。
結果として、開幕早々の惨事となった。
「紅爵夫人は任せろ」
人数が多すぎてウィリアムは把握出来ていなかったが、ターラントという高レベルプレイヤーとそのパーティーが、紅爵夫人に攻撃を加え、誘導していく。
ボスクラスが2匹ということで、戦線が破綻しかけたが、当初の計画通りに事を進めることに皆の意識が一致する。
すなわち、――メインパーティーがボス――吸血鬼の王を撃破し、他のパーティーは適宜、露払いを行うと言う物だった。
紅爵夫人も雑魚扱いしなければならない。
雑魚と言うには無理があるが、こいつも露払いの対象だった。
ウィリアム達は、戦力としてはメインでは無い。
簡単に言えば、露払い要員だ。
メインパーティーの吸血鬼の王に対する攻撃を邪魔する雑魚を足止めすれば良い。
そのため、メインパーティーの側で、出番が来るのを待っている状態だった。
――とは言え、ただ待つのでは無駄なので吸血鬼の王に攻撃を加える手は休めないが。
「炎の矢」
「炎の壁ッ!」
シェーリ・クラスタとクルス・ラミラから炎の魔法が飛ぶ。
その壁を盾に、一旦、サウタナトスや他の前衛が一旦距離を取る。
「神域の回復ー」
フリージアが青玉を1つ消費し、その欠片の粒を撒き散らしつつ範囲回復魔法を使用する。
ウィリアムは、前線から少し離れた位置に立ち、回復し切れていない前衛を回復する。
吸血鬼の王が、その両腕を打ち鳴らし、拳を地面に打ち付けた。
吸血鬼の王を中心とした衝撃波が走る。
が、その衝撃波には、それほどの攻撃力は無い。
床石に亀裂が走り、隙間から黒い影が立ちのぼった。
「避けろッ」
誰の叫び声だったかは定かでは無い。
その声を引き金にしたわけでは無いのだが、直後に地面が陥没した。
「うあぁぁぁッ」
避けそこねたプレイヤーが、そのまま階下へと消えていく。
近くにいた仲間が、手を伸ばすが――空を切った。
『おい、アインツ、アインツ。助けてくれ』
プレイヤーが落下した直後――アインツ・クラードのパーティーチャットにリクラースの悲痛な音声が飛び込んできた。
アインツ・クラードとしても、助けたいのは山々だが、助ける手段が無い。
身代わり人形があれば、死亡しても5分間は耐えられる。
そこに期待するしか無かったのだが、――先ほどの範囲攻撃で、アインツ・クラードもリクラースも消費した後だった。
『大丈夫だ。すぐに助ける』
自分で応えておいて、どうやってだと心の中で否定する。
『通路の向こうに敵だ。――無理だ。こんなところ――1人で戦える訳が無い』
なおもリクラースからの悲痛な叫びは続く。
『頼む。――頼む。助けてくれ』
『解ってる。解ってるから――』
解っているからどうだというのか。
「おい、どうするんだ」
「――どうするって言われてもッ」
彼の仲間が、パーティチャットを介せず話しかけてくる。
「――いっそ、キックするしか」
「キックだと!?」
パーティーから除名することをキック――蹴り出すと言う。
「オレらに、このチャットを聞き続けろっていうのかッ」
「そ、それは――」
『シュラウツダートだ。無理だ。助けてくれ』
なおもパーティーチャットにはリクラースからの悲痛な懇願が響く。
「くそぉッ」
『うあぁぁッ。ダメだ。回復が追いつ――』
そこで音声が途切れる。
アインツ・クラードは、手を震わせ、涙を流しながら――左腕のパネルを操作し、メンバーのキックを選択していた。
「ディールシュトローム!」
正宗が、大剣を振り回し周囲に集まってきた取り巻きをなぎ払う。
戦線は膠着状態から、形勢不利へと傾いていた。
わき出る取り巻きを処理しきれず、戦線の拡大、分散、そして各個撃破されている状態に陥っている。
ウィリアムをはじめとした、各パーティーの回復役は、回復魔法と蘇生魔法、そしてMPの回復に専念せざるを得ず、回復が追いつかない状態になりつつあった。
前衛のプレイヤーは、回復魔法を待たずに回復薬による回復を行っているが、MPと違い、残弾が限られている。
死んでしまっては元も子もないので、惜しみなく使ってはいるが、そろそろ惜しみたくなってきていた。
「きゃぁぁッ」
「フリージアッ! くそう」
「――フリージア!」
吸血鬼の王の一突きが、サウタナトスの仲間であるフリージアを貫いた。
ノックバックし、倒れ伏したまま起き上がる気配が無い。
「ディールシュトラーゲンッ!」
「炎の矢」
サウタナトスとシェーリ・クラスタが仇とばかりに攻撃を叩き込む。
尽きること無く叩き込まれていく炎の矢で、吸血鬼の王の姿が霞む。
――その霞の中、ガァァッと一咆えしたかと思うと、吸血鬼の王が上体を反らした。
そして、その胸がガバッと開く。
肋骨が周囲へと伸びるようにして勢いよく振り下ろされ、体液は弾丸のごとくぶちまけられた。
ムクリと吸血鬼の王が、上体を起こす。
そして、肋骨に斬られ体液に撃ち抜かれたシェーリ・クラスタへと、左腕を伸ばした。
「うぁッ」
そのまま、頭を掴まれ、宙づりにされたところを、その肋骨が左右に動き、シェーリ・クラスタを斬りつけた。
悲鳴を残し動かなくなったシェーリ・クラスタの身体を、まるで――興味が無くなったおもちゃかの様に打ち棄てる。
「うおぉぉぉぉぉッ」
サウタナトスが吠え、上段から剣を振り下ろす。
サウタナトスの剣が、吸血鬼の王を両断するその刹那――吸血鬼の王の身体から冷気が周囲へと走った。
それは一種の衝撃波のようなエフェクトと伴って、周囲にいたプレイヤーを凍り付かせる。
斬りかかっていたサウタナトスも例外では無かった。
一瞬にして動きを止められたサウタナトスの頭を掴み、胸元まで引き寄せると、がっちりと抱きすくめる。
グワッと大きく開いていた肋骨が、元に戻るようにして――胸元にいるサウタナトスを切り刻んだ。
2度、3度と切り刻み――ペッと吐き捨てるかのように足下に転がした。
サウタナトスが起き上がる気配は無い。
「おい、冗談じゃ無いぞ」
ウィリアムの口から、知らず知らずの内に、悪態ともぼやきとも取れる言葉が漏れた。
攻略の中心たる人物の欠如――他のパーティーどころか、自分達の身の危険をも意味している。
フリージアを蘇生するべく、回り込むようにして吸血鬼の王へと向かっていた足が止まる。
サウタナトスを先に蘇生するべきか――そうなると、更に吸血鬼の王へと近づかなければならなかった。
カチャシャカと肋骨を打ち鳴らし、吸血鬼の王が次の獲物へと手を伸ばす。
その時、――ウィリアムのレベルアップファンファーレが鳴り響いた。
パーティーメンバーの1人、リ=ハイアールがフレーダシュラウツを倒し、その分配経験値でレベルアップしたのだった。
「ッ!?」
ウィリアムは、急ぎ後退しつつ左腕のパネルを操作し、スキルツリーを確認する。
取得可能なスキルを確認、そして取得――
「青玉を寄越せーッ!」
周囲へと叫んだ。
唐突な叫びに、周囲の人間は驚き、こいつは何を言っているのかと思考を彷徨わせる。
『ティールーンさんからトレードが申し込まれました』
物々交換の確認音声が流れる。
速攻で拒否し、叫ぶ。
「いいから落とせ。こっちで拾う!」
怪訝な顔をしつつ、幾人かのプレイヤーが青玉を地面に落とす。
ウィリアムは、それを拾い集めつつ、数をカウントし、手持ちと合わせ10個を超えたところで右手を軽く挙げスキルと唱えた。
「神の息吹!」
そのスキル名を聞いたプレイヤーの顔に喜色が浮かぶ。
神の息吹とは、聖職者が取得するスキルの1つで、10個のハイリブラウクーゲルを必要とする範囲蘇生スキルだった。
待機時間の最中に、サウタナトス達の側へと移動する必要がある。
「クルさん、30秒頼む」
「――頼まれた」
サウタナトス達へと近づいていくウィリアムの前に、クルスが身を割り込ませる。
「思いっきりいくよ」
「頼んだ」
「爆炎の矢ッ!」
ほんの数秒――待機時間の後、クルスの周囲に炎の固まりが浮かぶ。
そして、その固まりから炎がねじり上げられ、吸血鬼の王へと飛ぶ。
着弾した側から小さな爆発を生じ、吸血鬼の王の身体に爆発による花が咲いた。
その攻撃でも吸血鬼の王を沈めるには至らない。
着弾するたびに上体を少しだけノックバックさせるが、歩みは止まらない。
ガァッという声と共に、吸血鬼の王が貫手をクルスへと伸ばす。
「危ないッ」
「リノツァシルト!」
正宗とリリーファーラムがクルスを護るようにして割り込んだ。
リリーファーラムは、防御スキルを発動する。
手に持つ盾が大人4人は隠れることが出来そうなサイズに拡大していき、彼女はその盾を床石へと突き刺した。
吸血鬼の王の貫手は、その盾に阻まれる。
バギンッと派手な音がし、盾がひび割れ、リリーファーラムが吹き飛ばされた。
死ぬまでは至っていないが、大きくHPを減らす。
「きゃぁッ」
脇から密かに迫るフレーダシュラウツの攻撃を、フィーネが身を挺してかばった。
「フィーネッ。――くそぉ」
正宗が、手の回らない自分に歯がみする。
「きたッ」
思わず、ウィリアムの口から歓喜が漏れる。
10個のハイリブラウクーゲルが、ウィリアムの周囲に浮かび、次々と砕け、青い光を撒き散らす。
その青い光は、ウィリアムを中心とした足下に大きな魔法陣を浮かび上がらせた。
『ウィリアムさんが、蘇生しようとしています。生き返りますか?』
サウタナトスは、その問いにノータイムでイエスと答える。
色を失っていた視界が、即座に色を取り戻した。
「ウィリアム、あんた、最高だ!」
ガバッと勢いよく起き上がる。
蘇生直後のふらつきを気力で抑え込む。
サウタナトスと同じように、復活したプレイヤーが12人――蘇生というヘイト――敵からの注目値を溜めやすい行動を12人分も行ったことになる。
敵のターゲットは、当然のことながらウィリアムに移動した。
「リノツァプライズン!」
「爆炎の矢ッ!」
「アドゥラギィディン!」
「火朝月夕ッ」
復活したサウタナトスを始めとし、クルスや仲間達の攻撃が吸血鬼の王に襲いかかる。
ただ、そんな攻撃程度では、ウィリアムに溜まったヘイトを散らすことは出来なかった。
吸血鬼の王が、ウィリアムに対し貫手を放つ。
両腕を組んで防御に徹したが、耐えられるはずも無く吹き飛ばされた。
「ウー神父!」
クルスが敵から視線を切り、ウィリアムの身体を追いかける。
吸血鬼の王の腕が、そのまま吹き飛ばされるウィリアムを追いかけグワシと掴んだ。
その場でブランと吊される。
そのウィリアムの身体を、吸血鬼の王の左腕が貫いた。
ウィリアムの視界が、ゆっくりと色を失っていく。
「ディールシュトルームッ!」
スローモーションとなったウィリアムの視界で、サウタナトスの剣が吸血鬼の王を貫いているのが見えた。
直後に、――世界が白く光った気がした。
その白さは、視界を埋め尽くし、クルスやフィーネ、正宗の姿をも塗り潰す。
――ウィリアムの視界は白一色になった。
Twitter @nekomihonpo
次回「テスト終了」




