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第2テスト パーティー

 ログアウト出来ないこと、死にたくないという嘆き、GMや運営への怨嗟の声――そんな黒い濁りが見えるかのようだった。武久には、そんな濁りに足を取られる気は微塵も持ち合わせては居なかった。


「誰か、パーティーの実験に付き合ってくれ」


 手を挙げつつ、パーティーのお誘いを投げかける。それは濁りの中では異質であった――が、皆無では無い。少数派と言うだけだ。


 武久は、喧噪――と言うよりは、悲鳴、怒号、嗚咽、そんな物が入り交じった大通りから、小路へと入り、左腕のパネルを操作する。完全な静寂――まで離れてしまうと何かあった時に困るが、大通りの喧噪は物事を考えるのには不向きだった。耳を澄ませ、情報から離れてしまわないように注意しつつ――


「おい、ログアウトがねーぞ!」


 大通りから、そんな怒号が聞こえてきた。その声に、妙な焦りを覚えつつ、メニューを端から端まで操作する。確かにログアウトが見当たらない。メニューの構成自体は、Solid版となんら変わらない。しかしながら、ログアウトとGMコールに相当する項目が存在しなかった。


 それは、まるで一頃流行ったネットの世界に閉じ込められるフィクションのようだった。大通りから、ログアウト、ログアウトと声が聞こえてくる。見やると、何人かのプレイヤーが、スキルを使用するかのようにログアウトを試していた。が、結果はある意味、予想通りだった。


「落ち着け、落ち着け――」


 武久は、そう呟く。考えはまとまらず、少しも冷静になれていないのだが、まずは落ち着くことが肝要――まず、パニックに陥っているプレイヤーと一緒に、自暴自棄になるのがまずい。喧噪から距離を置くべく、小路を奥へと進む。


 大きく、深呼吸をする。2度、3度――空気の新鮮さは解らないが、少しずつ落ち着いてきたのを感じる。息を大きく吐き出す度に、身体の中に溜まった濁りが一緒に出されていくような――そんな錯覚にも陥る。トドメとばかりに、大きくため息を1つ吐くと、大分落ち着くことが出来た。


「まずは、――死なないことだよな」


 まずどうするべきなのか、今後の行動指針を考える。死なないためにはどうするか。街中でこそこそと隠れていても襲撃イベントが発生したら危険だ。β段階で襲撃イベントが実装されているかは怪しいところだが、危険性を考慮しておくべきだろう。戦闘は避けられない事象と見た方が良い。では、戦闘をしても死なないようにするにはどうするか。攻撃を受けても死なないようなHPや防御力を手に入れるか、攻撃の全てを避けきるような素早さ、HPを回復し続ける回復力――この辺が妥当なところだろうか。


「いや、――死んだ場合の処置だな」


 武久は、周囲を見回し現在位置の把握に努める。見知った景色だ。Solid版と同じ構造であるならば、少し行ったところに課金アイテム屋があったはずだ。早速、そちらへと足を向けた。


 その課金アイテム屋は、路地裏にあることから、Solid版の時分より隠れた穴場として知る人ぞ知るという建物だった。――普通のプレイヤーは、大通りに位置する大型店舗に出向くのが常だからだ。武久が、店に入ると、さすがクローズドβに参加する猛者どもだ。思った以上に賑わっていた。賑わっているように見えるのだが、――活気が無く、ざわついているだけだった。


「どうした?」

「ん――あぁ、相場がソリッドと違うんだよ」

「え?」


 急いでメニューを確認する。1万円、2万円、5万円と言った数字が並ぶ。どうやら、このクローズドβでは、100倍~1000倍の金額に設定されているらしい。その金額に一瞬尻込みするが、本来の目的を思い出しメニューを辿る。


「あった」


 ズールバックパーの値段――15万円。ズールバックパーとは、俗に身代わり人形と呼ばれているアイテムで、死亡した際に消費、その死をキャンセルしてくれるアイテムだ。他人の死にも使用することが可能となっている。Solid版の時は、150円だった。


「1000倍かよ――」


 思わず、額をペシリと叩く。このゲームでの死が、リアルの死と直結しているかは解らない。解らないが、確かめる気は起きない。15万円で、命が1回助かるのなら――保険としては格安なのかも知れなかった。


 取り敢えず、購入しようとして手が止まる。残念な事に、資金が無限という訳では無い。カードの限度額をいくらに設定したのか、今月の利用残高はいくらだったのかが思い出せない。


「――確か、100万に設定したと思ったんだが」


 思わず、そんな呟きが漏れる。毎月の利用状況を考えれば、残り80万――悪くて70万は使えたはずだ。そして、考える。いくつ買うべきなのかと――


「1つ――いや、モンハウの可能性も考えれば2つか。しかし――30万かぁぁぁ」


 うだうだと悩んだ挙げ句、やはり念のためということで2つ購入することにした。他にも経験値アップとか、スキルスロットの増加なども売ってはいたが、購入は見合わせる。ひとまず、自分の命に保険が付いたことに安心し、ほっと息を吐き出しながら店を出る。


 道すがら、今後の方針の続きを考える。まずは、生き残ること。と、なると、戦闘職よりは回復職になるのが妥当に思われた。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、スキルを自由に取ることが出来る。スキル数に上限があるため、あれもこれもと言う訳にはいかないが、自由に取れて、自分なりの特色を出せるのが特徴だ。レベルが上がれば、そのスキルを合成し、自分なりのスキルを生み出すことも可能だ。――もっとも、しらみつぶしに調べ上げられ、定番というスキルが決まってしまっていたが。


 職業は、その職業ならではのスキルを取るのに必要だ。もっとも、欲しいスキルを取得する条件さえ満たしてしまえば、転職するのも自由だ。職業には、職業毎にステータス補正があり、無職というのは、一種の縛りプレイだ。――そういうプレイヤーもいるにはいるが、少数派だ。転職は自由ではあるが、転職する際に必須クエストがあるため、ぽんぽん変えられる物でも無い。一般的なプレイでは、かなりの高レベルになるまで、その職業でスキルを伸ばし、改めて転職を行うという形だった。


 武久は、Solid版でも回復職をやっていたこともあり、勝手知ったる何とやら――DiB版でも回復職を目指すことにした。メニューを操作し、第1のスキル「ルクティーン」を取得する。これは、要するにバックステップのスキルで、戦闘中、緊急離脱を可能とするスキルだ。DiB版のスキルを確かめるべく、路地裏で試すことにする。右手を挙げ――


「ルクティーン」


 と唱えた。視界がぎゅぅんと小さくなるような錯覚を残しつつ、大きく一歩、後ろへと飛び下がった。身体が勝手に動く気持ち悪さがDiB版の特徴なのだろう。ふと、気がつく。使用したMP――シュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、メンターリシュカイトと言うのだが、皆、MPと言っていた――の量が不明だった。

相手の名前どころか、自分のHP、MPですら表示が無い。DiB形式ゲームの場合、それらの情報を常に表示するようにすると、プレイヤーに与えるストレスが多いという判断から、視界内で唐突に情報が表示される形を避ける傾向にあった。


 左腕のパネルを操作し、設定を変更する。名前の表示に関しては、設定が存在しなかったが、自分のHP、MPに関しては設定があった。試しにONにしてみる。画面――と、言うのもおかしな話だが、視界上部に眼鏡のフレームのような形でHPとMPが表示される。そこに注目しようとすると、視界がぶれるかのような錯覚に陥る。これはちょっと疲れるかも知れないが――とは言え、死に直結する情報なので表示することにした。


「これは、――パーティーの場合、どうなるのか確認した方がいいな」


 広場に近づくにつれ、再び、喧噪が聞こえてくる。視界には会話ログは無く、わざわざ左腕のパネルを操作し、会話ログを選択しないと閲覧することが出来ない。これも、視界が与えるストレスを考慮してのことなんだろうと判断は付くが、会話ログが無くても特に困ることは無さそうだった。――必要に応じて見ることが可能な訳だし。


 ログアウト出来ないこと、死にたくないという嘆き、GMや運営への怨嗟の声――そんな黒い濁りが見えるかのようだった。武久には、そんな濁りに足を取られる気は微塵も持ち合わせては居なかった。


「誰か、パーティーの実験に付き合ってくれ」


 手を挙げつつ、パーティーのお誘いを投げかける。それは濁りの中では異質であった――が、皆無では無い。少数派と言うだけだ。


「おい、そこの。ウチのパーティーに入るか?」


 低くて渋い声が掛けられ、武久は、声のした方を見やる。駆け出し装備――テスト開始直後なのだからアタリマエだが――の蒼い髪の男と黒髪の女性、銀髪と言うよりは水色に近い少女が居た。


「よろしく頼む」


 握手を交わすと、ティロンという音と共にメッセージが表示される。


『サウタナトスからフィーロウに誘われました。参加しますか?』


「イエス」


 声に出して参加と応える。フィーロウ――このゲームで言うところのパーティーに加入すると、メンバーの頭上に名前とHPゲージが表示された。男の名前がサウタナトス、黒髪の女性がフリージア、銀髪の少女はシェーリ・クラスタと言うようだ。


「もう名前は見えているかと思うが、サウタナトスだ」

「ウィリアムだ。よろしく」


 改めて、サウタナトスと握手を交わす。


「フリージアです」

「私はシェーリ」

「ああ、よろしく」


 名前もHPゲージも控えめで、ストレスを与えないように工夫してあるのだろう。逆に言えば、咄嗟に把握しにくいと言うことであり、HPゲージはもう少し見やすくても良いのでは無いかと思われた。


「レベルが低いから、4人までだな」


 サウタナトスが、腕のパネルを操作しながらメンバーに告げる。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドは、レベルに応じてパーティー人数が増加するシステムとなっており、低レベルの場合、4名までとなっている。レベルが上がることにより、最大12名での行動が可能だった。


「ウィリアムさんは、その――経験者ですか?」


 フリージアが、武久――ウィリアムに話しかけてきた。


「ああ、Solid版?――もちろん経験者だよ」

「じゃぁ、安心ですね」

「そうだな。早速出かけるか」

「経験者と言っても、駆け出しの頃なんて覚えてないぞ」

「それは、私たちもです」


 皆の顔に苦笑が浮かぶ。一行は、南の大門からフィールドに出た。そこには草原が広がっており、結構な数のプレイヤーが出張ってきていた。


「さすがに多い」


 シェーリの呟きに、同意すると、サウタナトスが少し奥へと皆を導く。街から大きく離れることも無く、人の数もまばらになった辺りで索敵を開始――1匹のナーグーを発見する。ナーグーとは、羊と兎の合の子のような齧歯類(げっしるい)で初心者向け獲物の定番であった。


「いくぞ」


 サウタナトスがナーグーへの攻撃を開始する。それに続き、ナーグーを取り囲むようにして攻撃を加えていく。武久――ウィリアムも攻撃を加えるべく、最初に配られたポピーシュトラートという剣を構えた。


 ナーグーを見据えたまま剣を振りかざす。振り始めた途端、腕の意志を奪われたかのような錯覚に襲われる。思わず、ギョッとして腕を見るが、本人の意志に反して振り下ろされていく。ナーグーから視線を外しているにもかかわらず、攻撃はナーグーへと向かっていった。DiB版におけるターゲッティングは、行動を発動する直前まで見ていた物――という形になっている。ポインティングデバイスで指し示す訳にも行かないため、視線を用いてターゲッティングを処理していた。攻撃が命中したかは、音と手応えで判断するしかないようだ。与えたダメージの数値が視界に見えることは無かった。


 ナーグーが前傾姿勢を取り、後ろ足で地面を何回か蹴り上げる仕草をし始めた。ナーグーによる突進攻撃のサインだった。右手を挙げ、キーワードを口にする。


「ルクティーン!」


 その声を合図にするかのように引き絞られた弓が放たれるかのごとく、ナーグーが突進を開始する。ナーグーを置き去りにするかのように視界が遠のく――のだが、それに追いすがるようにナーグーが突進してくる。


「まずィ」


 バックステップ(ルクティーン)の軌道とナーグーの攻撃の軌道が一直線になっていた。無情にもステップの着地点が迫る。着地、――前傾姿勢になりつつ、前を見据えると、ナーグーが目の前まで迫っていた。両腕を胸の前でクロスさせ、こぶしを握りしめる。


 ドンッと衝撃が加わり、あっけなく吹き飛ばされる。一瞬胸が詰まるような感じの後、気がついた時には地面を転がっていた。腕と胸には痛みが残る。

HPゲージを確認すると、1/3程度減っていた。


 ナーグーは、ウィリアムをはじき飛ばし、そのまま直進する。その姿を目で追った。ナーグーの先に、剣を顔の前で横に構えたサウタナトスが居た。


「ハウンカーツン!」


 サウタナトスが、キーワードを口にする。手にした剣を大きく振りかぶり、上段から叩き下ろすスキルが発動する。そのスキルは、ナーグーへと叩き込まれるとドンッとナーグーが弾け飛ぶ。


 ナーグーがサウタナトスの攻撃により硬直している隙に、フリージアが一撃を入れ、ナーグーが倒れる。数瞬後、光の粒が弾け飛ぶとナーグーの身が瓦解していく。


「痛いんだな」


 鈍い痛みが続く腕をさすりながら、ナーグーの倒された所へと近づいていく。


「なんだ。DiB系は初めてか?」

「え、――ああ、RPGは初めてだ」

「本当は痛みは無いらしいんだがな。――経験から痛みを感じてしまうらしい」

「そうなのか」

「痛みを実装して死ぬほどのケガをしてみろ。誰もやらなくなるぞ」

「それもそうだな」


 思わず苦笑を浮かべる。


「数字が出ないのは、把握しづらくて困るな」

「慣れだな。DiB系だと、細かい数字を出さないのが多いな。心配ならログを見るといい」


 言われるがまま、パネルを操作しログを表示する。そこには、与えたダメージ、与えられたダメージ、取得経験値等の細かい数字が載っていた。


「じゃぁ、戦闘も初めてか」

「ああ、そうなる」


 そう答えるや否や、サウタナトスがニカッと笑顔を浮かべ続ける。


「戦闘、――気持ち悪いだろ?」

「え?」

「ほら。勝手に身体が動く感じ」

「ああ、あれは確かに奇妙な感じだな」

「ま、所詮ポチゲーの延長だからな」


 ポチゲーともクリックゲーとも揶揄されるシステムの事だ。ひたすら敵をポチポチと叩く――DiB系のRPGも、その呪縛から逃れることには成功していなかった。意欲的なメーカーは、折角のDiBだからと、リアルを追求し、それを売り文句にしていたりもするが、今のところは主流となり得てはいない。


「ま、慣れだ。慣れ」

「次のナーグー、釣ってきた」


 いつの間にか、シェーリが次の敵を連れてきていた。連戦に突入するパーティーメンバー。これなら、すぐにレベルも上がりそうだった。


Twitter @nekomihonpo


次回「第3テスト 転職トレイン」


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(2013/09/09更新)
●人物一覧
(2013/09/09更新)




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