第18テスト 廻廊の解放
街の喧騒を打ち消すように、「ぽーん」という音が鳴り響いた。
一瞬にして、プレイヤーの声は聞こえなくなり、NPCの立てる物音だけが周囲を支配する。
『シュトキーゲン・トゥーンヴァイド運営よりお知らせいたします。先ほど、シェーリ・クラスタさんがレベル50に到達されました』
最南端の街、火山の城塞、ツィーデヴァークの更に南に陽炎の神殿――テンプレフィーズンと言うダンジョンがある。
ウィリアム達一行は、そのテンプレフィーズンに来ていた。
ここは、火山にある神殿で、主に火属性の敵が徘徊するダンジョンである。
火属性を得意とするクルス・ラミラとは、相性が良くないダンジョンではあるのだが、火属性にボーナスのつく装備を落としやすいため、わざわざ出向いている次第である。
「炎の槍ッ」
クルスの手から炎の槍が飛んでいき、炎を纏った狼へと叩き込まれていく。
が、表面の炎を吹き飛ばす程度で、大したダメージは出ない。
大ダメージを叩き出しやすい火属性を中心に伸ばしてきたツケを払わされていた。
「ホゥイフルッター!」
先だって、風属性にボーナスのあるコモンレアをゲットしたフィーネから、風を纏った矢が放たれた。
敵へと命中すると同時に、纏っていた風が解き放たれ、追加のダメージボーナスが発生する。
「ハウンブライズンッ」
このダンジョンで、大いに活躍しているのが正宗だった。
入手したレアアイテムの剣は、水属性のレアアイテム――火属性がメインのこのダンジョンでは、1ランクどころか2ランク落としたスキルでも、十二分にダメージボーナスが乗る。
それは、MP消費の削減に繋がり、殲滅数のアップへと繋がった。
正宗の水属性ボーナスがとどめとなり、火の粉を撒き散らして敵が消滅する。
ドロップアイテムは、残念ながらゴミに等しい物ではあったが、殲滅速度は申し分ない。
「やっぱりダメージ出ないねぇ」
クルスが手を握ったり開いたりしながら、ドロップアイテムへと向かっていく。
「まぁ、ここじゃ仕方ないよ」
「俺に任せとけって」
ウィリアムの慰めと正宗の頼もしい言葉に、なんとはなしに苦笑してしまう。
「そ、それに、いつもはお姉さんに助けられてばかりです」
「そうそう。気にしなさんな」
「うん。ありがと」
身体の前に両手でこぶしを作ってフォローに回るフィーネ――クルスは、その頭を撫でながら、お礼を言った。
溶岩の河が周囲を赤く照らし出す。その上に掛かった橋を渡り終え、壁に囲まれた通路に入った時だった。
ブォンッという音と共に、フィーネの眼前にローブを纏った男が現れる。
「え?」
驚くフィーネを余所に、男は手にした杖を前に構える。
フィーネの後ろにいたクルスが、慌ててフィーネの身体を引っ張った。
フィーネは、男がにやりと笑みを浮かべたような気がした。
直後、フィーネの足下から巨大な炎の柱が、天井へと向かって吹き上げた。
「きゃぁぁぁッ」
「くぅッ」
その炎に、フィーネとクルスが飲み込まれた。
異変に気がついた正宗、ウィリアムが取って返す。
「フィーネぇぇッ。くっそぉぉぉッ」
正宗が、男に向かって剣を振り下ろす。
が、当たるという刹那――敵の姿がかき消えた。
正宗の剣が空を切る。
「なにィ」
ウィリアムは、正宗が攻撃を失敗している脇を抜け、2人に回復魔法を掛ける。
即死と言うことも無かったため、無事に回復し、ウィリアムは安堵の息を吐いた。
「お兄さん、ありがとうございます」
「大丈夫?」
「は、はい。びっくりしましたけど、大丈夫です」
周囲を警戒しつつ、正宗も駆け寄ってくる。
「兄ちゃん、敵がいない」
「あれは、ラーヴァンヘクサ――だと思う」
「ラーヴァンヘクサ?」
「ああ、ここで出る魔法使いだ」
話をしている最中、今度はクルスの背後に現れる。
「クルさん、後ろッ」
「――ッ」
クルスは、ウィリアムの声に、弾かれるようにして横に飛ぶ。
直後、クルスのいた地点に炎の柱が噴き上がった。
クルスは、飛んだ勢いそのままに1回転し、体勢を整える。
「ぅらぁぁッ!」
正宗が、炎の柱を避けるように回り込みつつ、ラーヴァンヘクサを叩き切る。
が、再び、直前になって姿が消え、正宗の攻撃は空を切った。
「くそォ」
「素早い攻撃じゃ無いとダメだ」
ウィリアムはそう言いつつ、フィーネの方へと向き直り――
「フィーネ、ヤツへの攻撃を頼む」
「はいッ」
「正宗は、フィーネの攻撃が当たったら、すぐさま攻撃だ」
「解った」
「まずは、――あの角に陣取るぞ」
ウィリアムは、通路の一角を指差す。
角を背にすることで、敵が背後に回るのを防ぎつつ、索敵範囲を絞る。
フィーネを一番奥に配置し、3人が取り囲むようにして敵の襲来を待った。
程なくして、ブォンッという音と共にラーヴァンヘクサが現れる。
「フィーネ!」
「はいッ」
矢をつがえて待ち構えていたフィーネが、その矢を解き放った。
風を纏った矢は、ラーヴァンヘクサへと吸い込まれていく。
「ギャッ」という声と共に、ノックバックする。
「エレートコリゾーンッ!」
剣を突き出すように構え、正宗の身体が加速する。
その剣がラーヴァンヘクサを貫いた――と、同時にゴウッと炎が上がり、身体が炎の中に消える。
「や、やったのか?」
正宗が、いまいち自信なさげに問う。
「いや、まだだ」
「逃げられたのか?」
ウィリアムの返事を聞きながら、正宗が油断すること無く周囲を見回しながら角へと戻る。
「ダメージは、確実に与えてるよ」
クルスが、周囲に気を配ったまま応える。
ラーヴァンヘクサは、火属性の中でも、1、2を争う耐火属性の持ち主だった。
火属性を得意とするクルスにとって、相性は最悪と言える。
フィーネと正宗に頼らざるを得ないという状況に歯がみした。
再度、音を立てながらラーヴァンヘクサが現れる。
「えいッ」というかけ声と共に、フィーネが矢を放った。
しかし、その矢がラーヴァンヘクサに届く前に姿を消す。
と、同時に軸をずらして姿を現す。
「しまったッ」
ラーヴァンヘクサが杖を振るい、ウィリアム達の足下から炎の柱が噴き上がった。
一番奥にいたフィーネは逃げることが出来ない。
それどころか、周囲にいた3人も回避に失敗――炎の直撃を受けてしまう。
「きゃぁぁぁッ」
唯一の救いと言えば、ラーヴァンヘクサが追撃を行ってくるタイプの敵では無いと言うことだろう。
それに、他の敵と共闘していなかったことも幸いと言える。
正宗は、即座に赤チ連――グロウレドメティチという赤いHP回復薬の連続使用――を開始していた。
「祝福による回復ッ」
ウィリアムは、フィーネ、クルス――と回復魔法を使用し、HPの回復に努める。
聖地への帰還にスキルポイントを割り振ってしまったために、範囲回復魔法を取得することが出来ていない。
仕方の無いことではあるが、回復魔法の回数がかさむ分、MPの消費が負担となる。
正宗が、反撃をしようとした時には、既に転移した後で姿が見えなかった。
その突出した正宗の脇に、ラーヴァンヘクサが現れる。
「フィーネ!」
「はいッ」
フィーネは返事とほぼ同時に矢を放った。
ラーヴァンヘクサに命中する。そのまま3本、立て続けに放った。
呆気に取られていた正宗だが、剣を構え直し、スキルを唱える。
「ハウンシュトルームッ!」
そのスキルは、威力よりも速さを優先した物で、素早く横に振り抜く。
その横薙ぎは、前方60度に衝撃波を生じ、ラーヴァンヘクサを切り裂いた。
「ギャッ」という声を残しつつも、炎の中に姿を消す。
「やったかッ?」
「いや、まだだ」
「まだなのかよ」
正宗に落胆の色が浮かぶが、ダメージは確実に蓄積している。
増して、正宗の水属性の武器は、1撃1撃が致命傷たり得る攻撃だ。
何度目か――ブォンッという音と共にラーヴァンヘクサが姿を現す。
ウィリアムの眼前――接触するかしないかという極々近接――フィーネが攻撃を加えるには、ウィリアムが視界を遮り邪魔だった。
正宗が攻撃を加えるには、距離と初速に問題がある。
ウィリアムは、瞬時に拳を握り、ラーヴァンヘクサの顔へと手甲を叩き込んだ。
攻撃力の上がるようなステータス配分は一切行っていない。
が、それでも僅かなダメージを叩き出すことに成功した。
ノックバックが発生し、ラーヴァンヘクサに隙が生じる。
「アドゥラギィディン!」
「ハウンシュトルームッ!」
フィーネと正宗から、速度重視のスキルが飛ぶ。
正面からフィーネの風を纏った矢が、背後から水属性かつ背後からのボーナスが加わった正宗の一撃が、――ほぼ同時にラーヴァンヘクサを挟み込んだ。
一瞬、時が止まったかのような――そんな錯覚を感じさせた後、今までに無い大きさの炎が立ちのぼった。
近くにいたウィリアムが身体半分巻き込まれるが、その見た目に反しダメージは一切無い。
巻き込まれたことに他の仲間が肝を冷やすが、ノックバックも発生しないことで気が抜ける。
数瞬後、炎は立ち消え、手にしていた杖だけが残った。
クルスが、その杖を拾い上げる。
「クルさん、どう?」
「残念だけど、レアどころかコモンレアですらないね」
「ま、そうそう出ないか」
「それでも、鍛えれば十分強くなりそうだよ?」
「苦労した甲斐があったって訳だ」
「で、どうするんだ? まだやるのか?」
正宗に問われ、ウィリアムは周囲を見回しつつ応えた。
「いや、一旦戻ろう。さっきのでMPを使いすぎた」
「そうだね。ラーヴァンヘクサが他と一緒に来られると厳しそうだし」
「はい」
「解った」
帰りの道中でも何匹かの敵を倒すが、残念ながらコモンレアの類は一切出なかった。
そういう点では、正宗の持つ剣は奇跡の一振りと言える。
欲をかきすぎてもロクな事は無い。ここで引くというのも1つの判断だった。
特に大きなトラブルも無く、火山の城塞――ツィーデヴァークまで戻ってくることができた。
特に何の役にも立たないドロップアイテムの数々を売却し、一息吐く。
街の喧騒を打ち消すように、「ぽーん」という音が鳴り響いた。
一瞬にして、プレイヤーの声は聞こえなくなり、NPCの立てる物音だけが周囲を支配する。
『シュトキーゲン・トゥーンヴァイド運営よりお知らせいたします。先ほど、シェーリ・クラスタさんがレベル50に到達されました』
シェーリ・クラスタ――ウィリアムの知る名前だった。
サウタナトスのパーティーにいる魔道使いだ。
『これより、シュロスフォングラッタイトへと続く廻廊を解放いたします。これまでより、難易度の高くなったダンジョンで、皆さまをお待ちしております。この機会に、シュロスフォングラッタイトの攻略をお楽しみください。また、廻廊の解放記念と致しまして、蝕の生贄イベントを開催致します。皆さま、ふるってご参加ください。それでは引き続き、シュトキーゲン・トゥーンヴァイドをお楽しみくださいませ』
シュロスフォングラッタイトと、そこへと続く廻廊――すなわち、フォルガアインツ(エピソード1)におけるラストダンジョンの解放を意味していた。
攻略組の最終目標が、今、解禁されたと言える。
「ウー神父、蝕の生贄はマズいかも」
「――そうだね。確か猶予があったはずだから、それまでにどうするか考えよう」
「そうだね」
「ど、どういうことだよ」
ウィリアムとクルスが2人で納得したような会話をしていたが、正宗、フィーネには訳が解らなかった。
この蝕の生贄というイベントは、前回の魔物の行進を更に凶悪にした物である。
魔物の行進に加え、月蝕という設定により、敵の強さが1.5倍~3倍に跳ね上がる。
――倍率の違いは属性の違いという事になっている。
前回のように、ダンジョンに潜ってやり過ごすという方法も可能だろうが、入口付近の敵ですら強敵になっている可能性が高い。
基本的に、皆殺しにあい、「くそー」と仲良く叫び合うお祭りイベントだ。
魔物の行進は、撃退も可能なイベントとして設定されているが、蝕の生贄は――運営側が本気で殺しにきているイベントだった。
「そ、そんな――」
「どうするんだ」
フィーネと正宗の不安ももっともだった。ウィリアムとクルスも考えあぐねている。
妙手が思いつかない状態だった。
『しゃらーん』
それは、メッセージが届いた時の効果音だった。
ウィリアムに1通のメッセージが届く。
『手を貸して欲しい』
差出人は、――サウタナトスだった。
Twitter @nekomihonpo
次回「第19テスト 集団戦」
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