第13テスト フレンドリスト
「きゃぁぁぁぁぁぁッ」
「ぅ――やっぱ、ダメェェぇッ」
フィーネとクルスが悲鳴を上げ逃げ惑う。
ウィリアムの眼前には、廃墟が広がっていた。思わず、呆然としてしまう――が、慌てて周囲を見回した。
「何も――いないか」
周囲には、同じように地下迷宮から出てきたプレイヤー数人を除き、動く物は何も無かった。ひとまず、シュタハイトクーニカイトにおける魔物の行進イベントは終了したようだった。その安心感から、ため息を吐きつつ独りごちた。
改めて周囲を見回す。盗賊の地下迷宮というクエストへの入口である壁を除き、周囲はがれきの山と化していた。プレイヤーやNPCの死体が転がっている――と言うことも無く、静かな物だった。高い建物が無くなり、街の中央に位置する城がはっきりと見ることが出来た。
「おっと。知らせてやらないと――」
周囲をゆったりと見回していたが、仲間に安全を伝えるべく、左腕のコンソールを操作し、メッセージを飛ばす。他のプレイヤーから、中に情報が伝わったのだろう。ウィリアムがメッセージを飛ばし、クルス・ラミラから返事が来る頃には、続々とプレイヤー達が外に出てきていた。
「うおッ」
「何も――ないです」
正宗とフィーネの驚く声が聞こえてきた。側にはクルスもいる。
「みんな、どうなったんでしょう?」
フィーネが周囲を見回しつつ、クルスの袖を掴んだまま問い掛ける。
「ああ、何人かは――亡くなったと思うが」
「多くの人は、街の大丈夫な側に逃げたと思うよ」
ウィリアムの答えを遮ってクルスが答える。そして、ウィリアムを睨み付け、何を言っているのかと目で訴えた。ウィリアムも、失言だったとばつが悪そうに視線を逸らす。
「これって、どうなるんだ?」
正宗が廃墟を指差しながら、年長者に問い掛ける。
「街を護り切れなかったプレイヤー達に対する罰みたいな物で、2日はこのままだよ」
「じゃぁ、3日目から復旧が始まるんですね」
「ああ、いや。3日目には完全復旧だね」
「え? 3日で復旧ですか」
「そそ。3日で復旧」
「まぁ、ゲームだしね」
「――なるほど」
ウィリアムとクルスの説明に、神妙に頷くフィーネが可笑しかったのか、ウィリアムとクルスが顔を見合わせ、くすりと笑う。
地下の迷宮に籠もりっぱなしで、主に心が疲労していたこともあり、その日は早々に宿屋に泊まることにした。他のプレイヤーも休息を優先したためか、宿屋は盛況なようだった。
明けて翌日――街の廃墟部分は白い布で覆われ、工事中の体を為していた。シュタハイトクーニカイトをはじめ、魔物の行進の通り道となった街は、どこも似たような姿をさらしている。このシュタハイトクーニカイトは、その1/3を破壊され、今、その1/3は白い世界と化している。
「ふぅ。結構、グレーアウトしてるな――」
ウィリアムは、がれきに座りながら左腕のコンソールを操作し、フレンドリストを確認していた。フレンドリストでグレーアウト――つまり、ログインしていない状態のプレイヤーが何人かいた。ログアウト出来ない現状、グレーアウトするということは、――死亡したと言うことを指していた。グレーアウトした人数は2割――と言うことは、3000人の参加者の2割――600人が死亡した可能性がある。もっとも、1割で300人も増減するため、ウィリアム個人のリストだけで判断をするのは乱暴すぎる。とは言え、プレイヤー間で集まって数値を出し合うには微妙な話題だった。
そうやって多数のプレイヤーリストから割合を出していけば、正しい数に近づいたことだろう。2割という数字も、あながち間違いでは無い。その数、527人。3000人で始まったクローズドβテストにて、一挙に1/6近くもの人数が減ったことになる。数字にすると、一括りになってしまうが、その個々人に名前があり、想いがあり、繋がりがあった。527人の繋がりは、複雑に絡み合い、周囲のプレイヤーへと伸びていたはずである。知り合いが1人も含まれていない――などというプレイヤーは皆無と言っていい規模であった。
「ウー神父、どうしたの?」
「ああ、クルさん。――いや、なんとなく周りを見てたんだ」
ウィリアムは、クルスにフレンドリストのこと、かなりの人数が亡くなったと思われること等を話そうとして――やめた。折角助かったのだし、あえてここでそういったことを話すこともあるまいと思ったからだった。クルスとしても、ウィリアムがただただ景色を見ていただけとは思わなかったが、深く追求はしなかった。
「ウー神父は、これからどうするの?」
「これから――か」
ぐーっと仰け反るように背筋を伸ばし、空を見上げる。昨日のイベントが嘘のように澄み切った青空だった。――嘘偽りの青空ではあったが、澄み切った空は気持ちが良かった。
「レベル上げかなぁ」
「戦うんだね」
「ある程度の強さがないと、いざって時に何も出来ないことを再認識したからね」
「そう――だね」
「ま、今までどおり、まったりレベル上げていこう」
クルスの暗くなりそうになった雰囲気を吹き飛ばすかのように、つとめて明るく振る舞う。今までどおり――無理をすること無く、自分達らしくやっていけばいいという想いが伝わることを願って――
「そう、だよね。うん。そうだ」
果たしてクルスには正しく伝わっただろうか。確かめる気は無かったが、伝わったように感じられる。
「ごめんね。ウー神父」
「ぅん?」
「ちょっと、落ち込んでた」
「そっか」
気にすることは無いと、軽く応える。ありがとうと声には出さないが、感謝の想いを乗せる。2人は、特に合図をするでも無く、拳を付き合わせ軽くこつんと弾いた。
「お兄さ~ん、お姉さ~ん」
遠くからフィーネと正宗の兄妹が、こちらへと駆けてくるのが目に入った。手を振り、2人に応えてやる。
「それで、兄ちゃん。どうするんだ?」
「ああ、――お父さんを探しつつ、レベル上げかな」
その言葉に、フィーネと正宗がほっと安心したような笑顔を浮かべる。ウィリアムとクルスもつられて微笑みを浮かべるが、ウィリアムは内心で悩んでいた。仮に、先の2割が犠牲になったという仮定が正しいとしたら――兄妹の父親が、その2割に含まれている可能性を否定できない。時間が経つほどに、会えなくなる可能性が増えるため、少しでも早く会わせてやりたかった。
「よし。それじゃぁ、ちょっくら出かけますか」
「おーッ」
「おーッ」
ウィリアムのかけ声に、兄妹が拳を突き上げ唱和する。
「それで、どこに行くの?」
「そうだな。――今回のイベントルートから外れてるビスタスタットとかどうだろう」
「砂漠の街ね。行ってないし、いいんじゃないの?」
「おお、砂漠か。行ってみたいッ」
「――日射病とか大丈夫でしょうか?」
フィーネがそんな心配を口にする。ウィリアムとクルスは、ちょっと驚いてから考える。
「まぁ、ゲームなんだし。――大丈夫なんじゃないか?」
「うん。私も、そう思う」
「そ、そうですよね」
フィーネが安心したのか、笑顔を浮かべる。なにせ、目的地も決まったので、早々に出発することにした。
ビスタスタット――シュタハイトクーニカイトの南西に位置する砂漠のオアシスである。近くには、トゥーンデビスタと呼ばれる塔が立っており、そこの攻略拠点として賑わっている。今回のイベント――魔物の行進の侵攻ルートから外れたため、人的にも物的にも被害は無く、平穏そのものといった様相を呈していた。もっとも、それは表面上のことであり、この街を拠点として活動しているプレイヤーにしても、他の街に出向いていた知り合いはいる訳で、――今回のイベントの被害は、彼らのフレンドリストにも如実に現れていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ」
「ぅ――やっぱ、ダメェェぇッ」
フィーネとクルスが悲鳴を上げ逃げ惑う。砂を隆起させ体勢を崩し、地下から飛び出すことで攻撃を加える――砂漠ミミズと呼ばれるワーム系のモンスターとの戦闘を行っていた。相撲取りの胴体ほどの太さはあろうかという大ミミズが、うねうねと粘液に覆われた身体を動かす。
「ハウンバイスッ!」
正宗が大剣を振り回し、砂漠ミミズの胴を斬りつける。飛び散る粘液、体液、砂にぼちゃりと落ちる肉片――そして、ぶよぶよとのたうち回りながらも素早く地面に潜ってゆく。その一撃は、確実に敵のHPを削っているのだが、こちらの女性陣の何かも削り取っていた。
ウィリアムの目の前の地面が隆起する。直後――砂漠ミミズが飛び出し、ウィリアムに襲いかかってきた。その頭部へと手甲を叩き込む。ぐにゅりとした手応えと、ぬちゃっという音が身体を伝って駆け上る。それから半歩遅れて、鳥肌が駆け上がった。
「なるほど――これは、きつい」
ウィリアムは、素早く離脱しつつ呟く。ウィリアムの一撃を受けた砂漠ミミズは、数秒の硬直時間が発生していた。その時間を見逃すこと無く、正宗が背後から大きく振りかざした一撃を叩き込む。その一撃を受け、「グギィィ」ともつかない音を発しつつ、砂漠ミミズが粘液を撒き散らしつつ両断された。その一瞬後に、光の粒となって消える。
「2人とも、大丈夫?」
「え、う、うん」
ウィリアムが、心配して声を掛けるが、2人は及び腰だ。
「お兄さん、――手で触って平気?」
フィーネが、こわごわといった様子でウィリアムに声を掛ける。そこで、砂漠ミミズを触った自分を避けているのだと気がついた。頑張って前線で戦ったのに、この仕打ち――ウィリアムは、深くため息を吐く。
「あ、や、違うんですよ」
「そ、そう。砂漠の敵は、見た目が気持ち悪くて」
「ああ、うん。大丈夫。解ってるつもりだから」
2人が慌ててフォローに回る。所詮はゲームなので、いつまでもウィリアムの手に粘液が付いていると言うことも無く、今はもう、普通の状態だった。身体は問題が無くとも、頭の方には、あの「ぐにゅり」とした感触が残る。あの感触がプログラムされた物なのか、見た目からの印象でしかないのかは、ウィリアムには判断が付かなかったが、気持ちが悪いことに変わりは無い。2人が、そんな反応になるのも理解出来るが故のため息だった。
DiB形式になって、臨場感が段違いにリアルになった。それは当然のことではあるが、「そう言ったモノ」が苦手な人には、プレイが厳しい環境になったとも言える。昆虫をベースにした敵などは、男女共に嫌われる傾向にあった。特に、全国津々浦々に生息している「あの昆虫」をベースにした敵などは、苦手な人は、走って逃げ出す姿をしている。
砂漠という環境は、その特殊性からか、砂漠ミミズであったりと、脊椎動物からかけ離れた姿をしている敵が多い。人という形から離れれば離れるほど、忌避感が増す。密かに砂漠に来たのは失敗だったかも知れないと思いつつ、街を目指した。
ビスタスタットは、砂漠のオアシスという設定上、他の街と違い、城壁が存在していない。イベントでの出入りを禁止するための柵が用意されてはいるのだが、腰までの高さしか無く、視界が開けている。もっとも、その柵を跨ぐことは出来ず、正規の出入り口からしか行き来は出来ない。オアシスらしさを表現するためか、街の外にもテントが広がり、NPCも配置されている。そんな賑やかな街だった――
「すごい――明るい街ですね」
フィーネが、そんな街を見た感想を述べる。ウィリアムも街を見回し、活気があるなと感じていた。魔物の行進のルートから外れていたというのもあるのだろうが、そもそもの街の雰囲気が開放的で明るいからだろう。NPCの衣装も、少しきわどい物が多い。
「お子様の教育によろしくない――よね」
ふと、クルスがそんなことを言う。確かに、少しきわどすぎる気もするが――
「クルさん、――視点が、すっかり保護者になってるよ」
「え?」
驚いた表情を浮かべたかと思うと、しばし自分の発言を考える。そして、自分が何と言ったか思い至ったのか、ぐったりとした表情を浮かべ――
「子供どころか、結婚すらまだなのに――」
「えっと――ご愁傷様?」
「やーめーてー」
一瞬の沈黙の後、2人して笑い声を上げた。魔物の行進を終えてから、どこか影があったのだが、そんな影を吹き飛ばす勢いで笑った。そんな2人を見て、フィーネと正宗がお互いに見合う。そして、不思議そうに2人を見上げるのであった。
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次回「第14テスト 対人戦」




