第12テスト 地下迷宮
クルス・ラミラは、集団の外縁部が騒がしいことに気付いた。戦闘の騒がしさではない。何か言い争いをしている騒がしさだ。ここからでは、よく聞こえない。
「ウー神父、何かあったらしい」
「え?」
ウィリアム達は、街への襲撃イベントをダンジョンに籠もることでやり過ごそうとしていた。今のところ、魔物の行進の敵がダンジョンに侵入してきた様子は無い。それは目論見通りではあるのだが、外――街の様子が解らないのが困りものだった。
「クルさん、まだ早いかな?」
「外に出るの? ――まだ、早いんじゃないかな?」
「そうか――」
クルス・ラミラが、腕のコンソールを操作し、時間の確認を行いながら応える。今のところ、敵が出現しても、集団による一斉攻撃によって被害は出ていない。出てはいないが、レベル不相応のダンジョンに潜っていることが気になっていた。レベル不相応が故、集団攻撃で経験値が分散していても、十分に恩恵がある。その恩恵が美味しいと言えば美味しいのだ――レベルも1つ上がった程度には美味しい――が、何かの拍子に破綻しかねない危うさがある。早いところ、抜け出したかった。
「敵だーッ」
「潰せッ。潰せッ」
長時間、同じ場所に留まっているためか、敵の出現も頻繁になっている。油断できない緊張と楽勝であるが故の弛緩――その中途半端な状態が、妙な気疲れを感じさせた。
通路の所々にかがり火が焚かれ、ゆらゆらと通路を照らしている。その明かりに照らし出されて、同じように人影が1つ、2つ――と揺れていた。
「カルヴァンス、さすがに戻った方がいいんじゃねーか?」
「なぁに。大丈夫だって。いざとなったら入口に戻れば集団で殲滅よ」
「そうだぞ、サースニール。心配しすぎだ」
不安そうなサースニールを、仲間達が励ます――と言うよりは、煽っていた。本人達に、煽っているという認識はなかったが、入口での一方的な殲滅力と、ここまで無事に進んでこられたことが慢心を産んでいた。
カルヴァンスのパーティーは、折角受領したクエストを無為に終わらせるつもりはなく、何らかの成果を上げるつもりで奥へ奥へと進んでいた。ここは、――地下迷宮の最深部――敵も強くなってはいるが、ドロップもそれなりの物が出る――そんな場所だった。
「通路の先に敵だ」
「よし。ノールティ、頼むぞ」
「ああ、任せろ。釣ってくる」
強くなった敵に対し、1匹ずつ釣る――おびき寄せ、集団で対処するという戦法でじわじわと探索していた。基本と言えば、基本的な戦略ではあるが、おびき寄せるのにもコツがある。これに失敗すると、奥にいる全ての敵が押し寄せ、逆に殲滅させられてしまう危険があった。その点で、ノールティの釣り上げテクニックは、完璧と言っても過言では無い。ここに来るまで、釣り上げの失敗は皆無だった。敵の知覚範囲をかすめるテクニックが絶妙と言える。
「暗くてよく見えないが、アレ――何だと思う?」
「人型――だよな?」
このダンジョンで、人型の敵はそれほど多くない。暗がりにうっすらと見える敵を思い出そうと悩んでいたところ――
「ヤバイッ! しくった!」
ノールティが駆け戻ってくる。その様相から、釣り上げに失敗したのだと解る――が、その必死さから、かなりのヤバさだと知れた。
「バンディクーダートだ。逃げろ!」
ノールティの言葉に、誰もが言葉を失う。盗賊王の手下――このダンジョンのエリアボス、古の盗賊王の取り巻きモンスターだった。こいつらのやっかいなところは、リンク――1体がプレイヤーを検知すると、周囲の同型も検知――することだ。結果、ノールティは、盗賊王の手下どころか、古の盗賊王をも引き連れて逃げ出したこととなる。
「羽根を使って、階段まで逃げるぞ」
「おう」
パーティーメンバー全員で小さな羽根を使用し、ランダムワープをしながら逃走を図る。この手のダンジョンでは、有視界が限られるため、ランダムと言いつつ出現位置がある程度予測可能だ。遠くに移動せずに目の前に移動という結果も増えることになるのだが、それでも走るよりは速い。階段まで移動し、フロア移動を行うことで敵を撒く作戦だった。
「羽根の残りはどうだ?」
「こっちは、3枚だな」
「俺は、7枚ある」
各自、それなりの枚数を消費しつつも、フロア移動を果たし、一息吐くことが出来た。やれやれと言った体で――
「うわッ」
階段に背を向け、座り込んでいたサースニールが叫び声を上げたことで、他のメンバーは驚き、彼を見やる。見やったのだが、彼の姿が見えなかった。いや、階段を転げ落ちそうになったのか、暗がりから足だけが見える状態だった。
「おいおい、何やって――」
「た、助け――」
カルヴァンスが、サースニールを引き起こそうと階段へ向かうと――敵に身体を捕まれ、階下へと引きずり下ろされていくサースニールの姿が目に映る。
「フロアが違うのに何で――ッ」
「おい、そんなことより、逃げるぞ」
「逃げる!? サースニールはどうするんだッ」
「――ッ、無理だろ」
「ぃゃ、しかし――」
カルヴァンスは、階下をちらりと見やったが、サースニールの姿が目に入ると慌てて目をそらした。そう話をしている合間にも、盗賊王の手下がこちらへと階段を上り始めている。
「どうしようもないだろッ」
そう言い捨てると、小さな羽根を使用しランダムワープにて通路の先へと進む。別フロアに移動すれば、敵の知覚範囲から外れ、逃げ切れるはずだった。少なくとも、Solid版では逃げ切れていた。DiB版になって仕様変更があったのだろう。ロクでも無い仕様変更だった。
ロクでも無い仕様がもう一つあった。ランダムワープを使って逃げているにも関わらず、追いつかれている。盗賊王の手下の移動速度が、速いのも原因の1つであったが、一旦、知覚範囲に入ったターゲットに対する知覚範囲が拡大されるのが原因であった。つまり、知覚範囲外に出るために、Solid版に比べ相当な距離を開けなければならない。
カルヴァンス達が、無事に逃げ切るためには小さな羽根が、相当数必要そうだった。
クルス・ラミラは、集団の外縁部が騒がしいことに気付いた。戦闘の騒がしさではない。何か言い争いをしている騒がしさだ。ここからでは、よく聞こえない。
「ウー神父、何かあったらしい」
「え?」
ウィリアムは、クルスの指差す方向を確認した。言い争いをしているように見受けられた。時間と共に、その言い争いをしている――と言うよりも、少人数が責められている――そんな一方的な空間が拡大しているように見える。
少しの間、何事かと見ていたのだが、――やがて、その場にいた魔法使いや狩人達が遠隔攻撃を始めた。ウィリアム達の場所からでは、よく見えないが、奥に敵がいるらしい。
「何が来たんだ?」
「トレインしてきたバカがいるらしい」
「トレイン?」
正宗の問い掛けに対し、近くにいたプレイヤーが応えてくれる。トレイン――あたかも電車ごっこのように敵を引き連れてくることをトレインと言う。経験値稼ぎの常套手段ではあるのだが、周囲への迷惑に繋がることが多いため、忌避される行為でもある。
「ああ、しかも古の盗賊王まで連れてきやがったらしい」
「古の盗賊王だと」
ウィリアムとクルスは、驚いた様子で顔を見合わせた。
集団の外縁部――カルヴァンス達が逃げ込んだ周囲では戦闘が始まっていた。
命からがらで逃げ込んだが、周囲からの扱いは冷たかった。周りのプレイヤーからすれば、当然とも言える。そもそも、カルヴァンス達が奥へ行ったりしなければ、エリアボスたる古の盗賊王がこんな入口までやってくることは無かったのだ。いくら人数が多いとは言え、緊急避難的に逃げ込んだプレイヤーばかりだ。レベルもまちまちで、死にたくないからと街に引き籠もっていたプレイヤーも多数いる。そんな構成でエリアボスとの戦闘に巻き込まれても、迷惑以外の何ものでも無い。
ある程度のレベルに達している連中は、ここまで被害を出さずに一方的な戦闘をしてきていたため、気が大きくなっていたのも事実だった――勝てるかも知れない――という欲目もあり、攻撃を開始していた。十重二十重と攻撃スキルが集中する。さすがに、それだけの攻撃が集中すれば、取り巻きの盗賊王の手下くらいは沈む。
楽勝――と言う空気が流れ始めた時だった。古の盗賊王が、低い声で――それでいて遠くまで響くような雄叫びを上げた。その声は、少し離れた所にいるウィリアム達の所まで届く。
「な、何の声!?」
フィーネが不安からか、クルスのマントを掴みつつ、年長組2人を見上げながら聞いた。
「クルさん、これ、Bパートかな?」
「取り巻きの倒しすぎ――だと思う」
「そっちか――」
「リーダーがいないから、無秩序に攻撃を加えたんだと思う」
2人の会話を聞いて、先ほどから話題のエリアボスがパワーアップしたのだと感じ取る。古の盗賊王は、取り巻きである盗賊王の手下が一定数倒されると、自身の窮地を感じ取り大幅にパワーアップする。そのため、普通は、盗賊王の手下の討伐数をコントロールし、この状態にならないようにする。複数のパーティーで討伐する場合は、あらかじめ話し合い、指揮者を選出しておくのが定石だった。現状、この指揮者がおらず、闇雲に攻撃を加えた結果、古の盗賊王の逆鱗に触れた状態に陥っていた。
「それで、どうすんだよッ」
正宗が、少し怒鳴り気味に2人へと問い掛ける。正宗やフィーネでは、このゲームでの経験が足りておらず、こういう時の判断に自信が無かった。もっとも、年長者に任せるのが楽という、無意識下での「逃げ」もあったのだが――
「急いで出口付近まで移動しよう」
「まだ百鬼夜行中だと――思うよ」
ウィリアムの提案に対し、左腕のコンソールを操作しながらクルスが時間を確認する。
「人が殺到する前に出口付近に移動した方がいい」
「それはそうだね」
すでに逃げだそうと何人ものプレイヤーが出口へと移動を開始していた。その流れにウィリアム達も乗る。プレイヤー同士、特に話し合うこともなく――静かに出口へと向かう。いよいよ出口――と言ったところでウィリアム達は、かがり火のオブジェクトに隠れるように――引っかかるようにして立ち止まった。10数人いたプレイヤー達も、早く出ようと逸っていた数人を除き立ち止まる。
「クルさん、身代わり人形ある?」
「ある――けど?」
「取り敢えず、一旦預けてみない?」
「どういうこと?」
「ちょっと外を見てくる。みんなはここにいて」
「ひ、1人なんて危ないですよ」
ウィリアムの言葉にフィーネが驚き、心配を口にする。それを聞いて、少し乱暴に頭を撫でると、フィーネは「ぅわ」と声を上げた。
「みんなで行って全滅したら取り返しが付かないからね」
「じゃぁ、頑丈な俺が行くッ」
今度は逆に正宗の言葉にウィリアムが驚いた。一瞬、虚を突かれたような顔をしたかと思うと、フィーネと同じようにして頭を撫でつける。
「1人で大丈夫だ。身代わり人形もあるしな」
「でもさッ」
「複数人を生き返らせるだけの数は無いんだ」
「――解ったよ」
ウィリアムは、正宗の方へ向けていた顔を上げ、クルスと向き合う。クルスが、アイテムトレードの要請を出し、ウィリアムがそれを受けた。身代わり人形のアイテムトレードを終える。
「じゃぁ、後で返す」
「――うん」
クルスとしては、色々と言いたいことがあった。あったハズであったが、――口から出てきたのは素っ気ない返事だけだった。
ウィリアムは、きびすを返すと出口へと向かった。その姿が出口の向こうへと消える。フィーネが、クルスの袖口をクイッと掴む。
「お兄さん、――大丈夫ですよね」
「――うん」
クルスは、そう言いながら2人の頭を抱き寄せ、出口をじっと見続けるのであった。
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次回「第13テスト フレンドリスト」




