第11テスト イベント
門の隙間に、巨大な指が掛かったかと思うと、派手な音を立てながら門がこじ開けられた。外から、蒼黒い肌の巨人が3匹、中へと入ってくる。その巨人の影に隠れ、同じように蒼黒い肌をしたモンスター達が多数入り込んできては周囲を見回した。近くにいたプレイヤーを見付け、殴りかかってくる。そのプレイヤーは、即死こそ免れたが、そのHPを大いに減らし、追撃には耐えられそうになかった。――シュタハイトクーニカイト北門での惨劇は、こうして幕を開けた。
プレイヤーが、城門の前に集まっていた。その城門は固く閉ざされ、開く気配は無い。城門の脇に立つ衛兵に詰め寄るも、所詮はNPCだ。型どおりの答えしか返さなかった。
「エクス、どうする?」
「くそッ。――そうだな」
エクスクリューゲルは、そんな城門の前に集まる群衆のただ中にいた。城の中に入るには、騎士がパーティー内にいる必要があるのだが、エクスクリューゲルのパーティーには居ない。むしろ、この世界に、存在していなかった。単純な話だ。レベルが足りていないのだ。唯一、レベル条件をクリアしたプレイヤーが居るとすれば、このイベントを解禁する切っ掛けとなったプレイヤーのみだった。
久しぶりに、運営から知らせがあったかと思えば、とあるプレイヤーがレベル30になったという――どうでもいい内容だった。むしろ、ロクでもないオマケ付きだったことが、今のこの状況を産んでいる。それは、魔物の行進と呼ばれる街襲撃イベントの開催だった。
エクスクリューゲルが、応える前に、背後――街の北の方が騒がしくなった。
ここからではよく見えないが――
「北門が破られたぞッ」
「ついに来たか」
「もう、ダメだーッ」
周囲の会話から事態を察する。唯一の安全地帯である城に入れないのであれば、この街の中に安全な所など無い。どうするのか――腹を決めなければならないリミットが近づいてきていた。
魔物の行進のイベントが開始された直後、街から出ることが禁じられる。イベントというプレイヤーが集まりやすい状況において、プレイヤーの行き来――つまり、データの移動が増えてしまうと、通信の輻輳――通信量が一気に増え、サーバーの処理が追いつかなくなること――が発生し、データの不一致、欠落、サーバーダウンが発生する可能性が増える。それを未然に防ぐため、データの移動――つまり、プレイヤーの行き来を禁止するようになっていた。――演出としては、敵の流入を防ぐという名目で門を閉ざすという形になっている。
シュタハイトクーニカイトから逃げようとしたプレイヤーが、街の各門に集結していた。北門の前にも、プレイヤーが集まり、なんで出られないのかとNPCに詰め寄ったりしている。さすがに衛士を攻撃するバカは居なかったが、相手が弱ければ八つ当たりに攻撃していただろう。
そんな固く閉ざされた北門前の広場に、外から「ドンッ」と叩かれたかのような音が響く。それまでの喧噪が嘘のように静まりかえる。各プレイヤーの視線が、北門へと注がれる中、立て続けに「ドンッ」「ゴンッ」と音が響き――ひときわ派手な音が周囲へと鳴り響いたその後、門に隙間が出来る。
「ヤバいッ!」
「逃げろーッ!」
「リーズラウ――だと」
門の隙間に、巨大な指が掛かったかと思うと、派手な音を立てながら門がこじ開けられた。外から、蒼黒い肌の巨人が3匹、中へと入ってくる。その巨人の影に隠れ、同じように蒼黒い肌をしたモンスター達が多数入り込んできては周囲を見回した。近くにいたプレイヤーを見付け、殴りかかってくる。そのプレイヤーは、即死こそ免れたが、そのHPを大いに減らし、追撃には耐えられそうになかった。――シュタハイトクーニカイト北門での惨劇は、こうして幕を開けた。
「カイン、外の様子はどう?」
「始まったみたいだ」
カインコーションとフレッツェは、比較的、北門の近くにある宿屋にいた。宿屋は、お金を払うことで部屋を借りることが出来、他人が入ってくることの出来ない特殊な空間だった。DiB版では、窓を開けることで、外界の様子を知ることが出来、カインコーションは、ここでイベントをやり過ごす腹だった。この宿屋には、そう考えたパーティーが何組も入っており、満室の状態となっている。
「カイン、フレーダシュラウツだわ」
「え? ああ、あんなのも出てきてるのか。こりゃ、宿屋に逃げて正解だったな」
フレッツェに指差された方を見やると、コウモリのような羽根を2対備えた、黒い悪魔のようなモンスターが飛んでいた。ボスの取り巻きモンスターの一種で、素早い動きと攻撃力がいやらしい敵だ。
そのフレーダシュラウツが、窓の外を飛んでいた。その様子を、宿の窓から眺めていたのだが、カインコーションは、ヤツと目が合った気がした。首をこちらに向け、目の部分が窪んで、奥で白い光りを放っている――その目と見つめ合った気が――フレーダシュラウツが口を開き、真っ赤な口腔が――血が今にもしたたり落ちそうな赤い赤い口が「にやり」と歪む。
得も言われぬ不気味さを感じ、身を一歩引いたところだった。フレーダシュラウツのゴムのような腕が、ムチのようにしなったかと思うと、「宿屋の外から」カインコーションの頭を掴んだ。
「え?」
伸びたゴムが縮むかのごとく、カインコーションの頭を掴んだまま、窓から外へと引っ張り出される。一瞬の出来事に、カインコーションもフレッツェも反応することが出来なかった。外の通りに引っ張り出されたカインコーションが、状況の整理も追いつかないまま、放り捨てられる。ただただフレーダシュラウツを見上げていると、ヤツの右腕がドリルのようにねじられていった。その右腕が、引き絞った弓から矢が放たれるかのごとく、一直線にカインコーション目指してねじり込まれていく。その衝撃に、身体を宙に浮かせるかのごとく、ノックバックした。HPが一気に減ってゆく。
「な、なんで。なんで宿の中――」
そこで声が途切れる。フレッツェが、宿屋の窓を閉めたからだ。部屋の中に静寂が訪れる。――カインコーションは、外の通りで物言わぬオブジェクトと化していた。フレーダシュラウツの追撃に耐えられなかったのだ。窓を閉め、外界との繋がりを絶ったフレッツェには知る由も無かった事であった――
「カタカタ」
フレッツェは、静寂が訪れた部屋の中で、笑い声とも「カタカタ」とも取れる音を聞いた。フレッツェ以外、居ないはずの部屋の中で、何故音がするのか解らなかったが、顔を上げる。
「ヒッ」
目の前で、後頭部が異様に長いしゃれこうべが「カタカタ」なのか「クスクス」なのか解らない音を発していた。長い両腕の先には、カマキリのように黒く鈍い光を放つ大きなカマが備わっていた。
宿屋の中は、安全ではなかったのか。なぜ敵がここにいるのか。問い掛けたい事象はいくらでもあったが、声にはならなかった。仮に、――声になったとしても、応えてくれる人は居なかったのだが。
イベント開催時、宿屋は完全な閉鎖空間ではなくなる。ある一定の条件を満たしたとき、「お祭り騒ぎ」に巻き込まれるのだ。今回の場合で言えば、「窓を開けている」、「敵に発見される」の2点が条件であった。カインコーションとフレッツェが、窓を開けていなければ――
部屋の中からは、物音がしなくなっていた。正確に言えば、モンスターの放つ、「クスクス」とも「カタカタ」とも取れる音は続いていた。その音の発生源は、動かなくなったオブジェクトに一切の興味を持たず、「廊下への扉」を開け、フレッツェの視界から消える。別の部屋から、悲鳴と戦闘音が発せられることになるのだが、モノクロームの世界の住人となってしまったフレッツェには関係の無い話であった。
城門の前にプレイヤー達が集まっていた。北門から侵入してきたモンスター連中は、殺戮と破壊――文字通り、プレイヤーキャラの殺戮と、街並みのオブジェクト破壊を繰り返しつつ、街の中心へと侵攻していた。既に、その侵攻軍と広場に集まったプレイヤー達との間で戦端の幕は切って落とされている。今のところ、プレイヤー達の方が、数も多くレベルも高いため、圧倒している。そのためか、この祭りの状況に酔いしれ始めていた。
「エークスッ! 右からリーズだッ!」
「了ッ解!」
エクスクリューゲルは、仲間達と共に、城門前の広場で戦闘を繰り広げていた。縦横無尽に活躍するその姿は、他のプレイヤーからしても頼もしく映る。どちらかと言えば、攻略組に位置する彼らのパーティーは、この広場右翼での戦闘における要の1つであった。
そんな要である彼らにとっても巨人は強敵であったが、多勢に無勢――周囲を取り囲まれ、効果的な反撃を行えないままに集中砲火を受け――沈む。周囲から歓声が上がる。この調子でいけば、このイベントを乗り切れる。――そんな思いが周囲のプレイヤー達に芽生え始めていた。
油断――とまでは言えなかったが、弛緩した雰囲気の中、複数のプレイヤーがはじき飛ばされる。すぐさま、聖職者見習いから回復魔法が飛ぶ。はじき飛ばした中心にコウモリような羽根を2対、大きく拡げ、腕をムチのようにしならせ、周囲のプレイヤーをはじき飛ばしている敵――フレーダシュラウツが立っていた。そのフレーダシュラウツが、衆人環視の中、2対の羽根を大きく羽ばたかせ、軽く浮き上がる。
「マズいッ! 避けろ!」
誰の叫び声だったかは解らないが、その声を聞いた幾人かが、身をかがめ地面に伏せる。その身体の上を、フレーダシュラウツの腕が風切り音を伴って通り過ぎた。その腕を避けきれず、身体に受けた幾人かが吹き飛ばされる。また、その腕から発生したカマイタチが更に幾人かを吹き飛ばした。
フレーダシュラウツが、浮き上がったまま滑るようにして――呻き声を上げるプレイヤー達の上を通り過ぎ、エクスクリューゲルの眼前に迫る。エクスクリューゲルは、剣を眼前に構え、防御の態勢を整えるが、上半身をねじるようにして繰り出される腕に打ち付けられ、そのまま後ろへ、他のプレイヤーを押しやりながら大きく飛ばされた。
大きく減らしたHPを回復薬の連続使用で癒しながら立ち上がる。フレーダシュラウツは、エクスクリューゲルに追い打ちを掛けることなく、周囲のプレイヤーへと攻撃を加えていた。その様を見て、自分の安全が確保出来た事による安心感からか、周囲をなんとはなしに見回した。
「なん――だ!?」
周囲にいるプレイヤー達が動いていない。白く――冷気の霧をゆったりと纏わせつつ、凍り付いていた。エクスクリューゲルが状況に困惑している内に、氷が一斉に割れ、プレイヤー達が吹き飛ぶ。吹き飛ばされ、倒れ伏している円の中心に、1人の男が立っていた。当然ながら、プレイヤーであるはずがなく――筋骨隆々の大男、黒いタキシードがぱっつんぱっつんになっている身体に青白い肌が不自然に見える。紅黒いマントをなびかせながら、ゆっくりと歩を進めてくる。
「――吸血鬼の王ッ!」
よりにもよって、今回のお祭りの大トリがクーニヴァンツァーとは――最悪だった。レベル30にも到達していないようなエクスクリューゲルが敵うわけもない。当然のことながら、ここいらにいるプレイヤー程度でどうにかなる相手でもない。そのクーニヴァンツァーが、両腕をゆっくりと上げる。
「マズいッ。範囲攻撃かッ」
エクスクリューゲルは、慌てて後ろへと振り向くと小さな羽根を使用した。このクラーネフィーダというアイテム、前方160度の視界範囲内にランダムでワープを行うというアイテムであり、移動用、緊急退避用のアイテムとして重宝されている。
エクスクリューゲルは、ランダムワープにより一旦、距離を開けることに成功する。その後ろでは、再度、クーニヴァンツァーによってプレイヤー達の氷柱が作成されていた。一定時間、連続でダメージが入る。氷結するまでに回復の間に合わなかったプレイヤーから脱落していった。エクスクリューゲルは、軽く振り返り背後の惨状を目の当たりにする。自分がそこから逃れることが出来たことに安堵すると共に、そんな安堵をしてしまった自分がイヤだった。
前を向き、再度、小さな羽根を使用しようとしたが、自身の身体が下から突き上げられ、連続したダメージが入ってゆく。3回突き上げられた後、地面に転がるようにして落下した。うつぶせの状態から起き上がろうと地面に腕を付く――目の前に紅い足が目に入る。ゆっくりと視線を上げていくと、真紅の衣装が身体にぴったりとフィットし、その扇情的なラインがくっきりと浮かび上がった女性がいた。
「――ッ、紅爵夫人ッ!」
その細腕を、身体に絡ませるようにして掲げていく。上がって行くに従って、下腕の太さがみるみる太くなっていった。エクスクリューゲルは、この場から逃げ出すために小さな羽根を使用するが、思ったよりに遠くにワープできなかった。ランダムが故の運の悪さだった。
紅爵夫人が、5倍近くに太くなった腕を勢いよく地面へと振り下ろす。その太くなった部分が、地面に吸い込まれるようにして消えていったかと思うと、彼女の周りに紅のトゲが無数に突き出した。トゲと言うには生易しく、それは槍と言っても差し支えがなかった。
そして、エクスクリューゲルがワープした先は、残念ながら、この攻撃の範囲内であった。エクスクリューゲルの身体が下から突き上げられる。それが、最後のトドメとなった。彼のHPがゼロとなり、視界の色が失われていく。
『ズールバックパーを使用しますか?』
システム音声が、問い掛けてくる。15万円もする身代わり人形を所持していたため、「この場」での復活が可能だ。だが、こんな敵のまっただ中で復活しても、すぐに死ぬのが目に見えている。時間ぎりぎりまで耐えるしかなかった。――なかったのだが、モノクロームのコマ落ちした世界では、正しい時間感覚を保てなかった。エクスクリューゲルは、残時間を心配するあまり、早々に復活を果たしてしまう。
ただでさえ、周囲から生存しているプレイヤーの減った中に復活したところで、――結果は知れていた。
Twitter @nekomihonpo
次回「第12テスト 地下迷宮」




