第1テスト キャラクターメイキング
「ぽーん」という音が響き渡る。Solid時代からお馴染み、GMからのアナウンス音だ。それを知っているプレイヤーが来たと騒ぎ立てる。
『DiB版、シュトキーゲン・トゥーンヴァイド、クローズドβてすとに参加シテイタダキ、アリガトウ』
少しカタコトにも聞こえるぎこちないアナウンスが響き渡ると、一層盛り上がる。
『コレカラ、皆さんは、βてすとをイキノコッテイタダキマス。運営カラーノお願いデス』
お願いという言葉に、少し違和感があったのか、喧噪がさわっと収まっていく。
『皆さん――死ナナイデクダサイ』
4月27日の土曜日――水瀬武久は、前日からどこか心落ち着かず期待に胸を膨らませながら支度をし、朝から電車を乗り継ぎ、駅からの送迎バスに乗って――東京都郊外の山奥に来ていた。ひっそりと――と言うよりは、爽やかな朝のハズなのに、うっそうと茂った森が影を作り、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
送迎バスがとある企業の保養所――立派なホテルのように見えるが、保養所であるが故か、どこかしら手入れの行き届いていない薄汚れた感がある――そんな保養所の前に停まる。バスからは、武久をはじめとし、同じ目的を持った連中がぞろぞろと――どこかしらざわつきながらも降りていく。白杂製薬集団有限公司 東京保養所と書かれた脇に「シュトキーゲン・トゥーンヴァイドDiB クローズドβテスト 東京会場」と立て看板が立てかけられていた。――ここに集まっている人間は、DiB MMORPGのクローズドβテスト参加者であり、これから寝食を共にする仲間であった。
DiBとは、DiB is Dive in Brain.という言葉が示すように、脳への没入――俗に言う仮想現実のゲーム業界用語だ。英語の文法としては間違っているが、その語感――DiBとDiveの語感から定着してしまった。各種ゲームジャンルにおいて、急速に勢力を拡大している要素であり、ネットワークゲームにおいても、その技術を目玉としたゲームが何本か出始めてきていた。そんな、DiB MMORPGの黎明期――Solid MMORPGとして人気を博していた「シュトキーゲン・トゥーンヴァイド」が、DiB版となってクローズドβテストを開催するとのアナウンスがあった。新規開発のDiB MMORPGと違い、既にSolid MMORPGとして稼働しているゲームをDiB版に転用している。そのため、他の新規開発ゲームと異なり、世界の構築が済んでいるため、システム開発にリソースを割くことが出来る。当然、他のDiB MMORPGとは比べものにならないゲームになる――と期待されていた。
チェックインに際し、クローズドβテスト参加費の4万円を支払う。クローズドβテストが有料であることも珍しいが、その値段も驚きの価格だった。とは言え、1週間の宿泊食事費込みという値段なので、そう考えると法外な値段という訳でも無い。
DiBゲームは、その取り扱うデータ量が膨大で、ネットワークゲームには向かないと言われている。今回のクローズドβテストは、保養所内を高速LANで接続し、全国3カ所の保養所間を基幹ネットワークで結んでのテストだった。
武久は、チェックインを済ませると、割り当てられた部屋へと向かう。
ロビーは、テスト参加者で溢れかえっているし、知り合いと待ち合わせている訳でも無いので、のんびりとロビーでくつろぐ理由も無かったからだ。
部屋は、ビジネスホテルの一室といった趣きであった。決して広くは無く、必要最低限の設備は整っている。そんな一室――ベッドの脇にPCが鎮座しているのが、なんとも不思議な違和感を醸し出していた。それ以上に、違和感――むしろ異質とも言うべきアイテムが、ベッドの脇に取り付けられている。大きながま口を開いたかのような物体から、白いホースが伸び、壁の中へと消えている。取り敢えず、荷物を下に置くと、武久は、その物体を手に取ってみた。消毒済と印字されたビニールがかぶせられ、大きめの洗面器程度はあろうかというがま口は、思ったよりふにゃふにゃと柔らかかった。
「なんだこれ」
思わず、そんな言葉が漏れる。よく解らないモノを気にしていても仕方が無い。武久の興味は、PCの方へと移っていった。どんなスペックなのかと気になったのだが、L社のPCは馴染みが無く、スペックがいまいち解らない。背面は南京錠――しかも3つで施錠され、各種コネクター部もプロテクターでがっちりとガード、本体はワイヤー2本で固定というがっかりな代物だった。
「まぁ、仕方ない」
そう言いつつ、ベッドに腰掛け、電源を入れる。いたずら防止という事なのだろう。専用アプリが全画面を支配し、他に遊びようのないモノだった。まぁ、もっとも、βテストしに来ている訳で――他に浮気をする心づもりは無かったのだが。
画面には、クローズドβテストへの参加に感謝する旨が表示されている。次いで、各種指示が表示される。まずは用意されている部屋着に着替えろという。まるで病院の検査服――人間ドックで着せられるようなアレだ――が用意されていた。それに着替え、下着と脱げという。何でそんなことを――と思っていたら、説明が始まった。DiBゲーム、ネットワークゲームという特性上、すぐに行動できない場合がある。そのため、先ほどのがま口――アトラクティングラバトリーと言うらしい――を股に付ける――らしい。要するに股下から、がぶりと噛みつかれるように装着、いざという時の排泄を「がま口」にしろ――と言うことのようだ。
さすがにどん引きではある。あるのだが、この歳になって漏らしましたなんてのも恥ずかしい。盛大なため息を吐きながら、しぶしぶ装着する。思ったより、しっかりと――漏れないようになっているのでアタリマエと言えばアタリマエなのだが――フィット感に不快感は無い。どうやら、センサーがPCと連動しているらしく、画面の指示が次へと進む。RSケーブルを接続し、インエレに基本ソフトのインストールを行えとの指示だった。
インエレ――埋め込みコンピューターと呼ばれる体内演算装置(Internal electronic processing unit――IEPU)だ。インエレが世の中に認知され、社会人として持っていることがアタリマエとなって久しい。我が国では国民管理システムと紐付けされることにより、法律で義務化され――18年が過ぎていた。子供の成長を阻害するという研究結果も世の中にはあったりするが、現状では結論が出てはいない。我が国の法律では、18歳で埋め込むことが義務化されているが、6歳以下での埋め込みは禁止している。17歳までの法律上に存在する空白の期間は、禁止はされていないが、埋め込むことは望ましくないとされている。成長著しい子供の時に、デバイスを埋め込むことは、頻繁に埋め換えを必要とする事態となり、一部のお金持ちでないと、やってられない――と言うのも、望ましくないとされる一翼ではあった。一般の人間は、18歳の前に普及帯と呼ばれるスペックのモノを手術で埋め込む。体内オタク(Internal geek)と呼ばれるハイスペック愛好家連中は、お金を掛けて最新スペックのモノを、数年おきに手術で交換している。――さすがに、お金が掛かることから、極々一部のキワモノ達だけだが。一般より少しGeekよりの人間は、手術時の最新スペックのモノを埋め込み、長年愛用することとなる。お金持ちの一部には、自分のお下がりを子供――7歳を過ぎたような幼い子供に埋め込むという親も少なからず居た。
武久は、ベッドで横になると、RSケーブルを後頭部側面に接触させる。コネクター部と無線通信が開始され、認証後、電磁石により「パタン」と音を立て固定される。それにより、高速無線通信が開始され、インエレへとアクセス、セットアップが開始される。武久は、セットアップが終了し、ゲームが開始されるまでゆったりと休むことにした。
インエレは、通常、低電圧モードで動作しており、体内の生体電位を用いて動作している。必要最低限の演算と、体内外部記憶装置とのやり取りが主となる。体外との通信は、専用のRSケーブルを使用する。その昔に流行ったSFのように――首の後ろにコネクターがむき出しとなっていて、そこにケーブルを差し込む――と、言うようなことは無く、専用コネクターを後頭部側面に接近させると、第一段階として、近距離無線通信が行われる。この段階で、簡易認証が行われ、認証をパスすることで電磁石が有効となり、コネクターが肌に接触する。こうなると、複数の超近距離高速無線通信が可能となり、また、電磁誘導により、インエレに電力が供給される。それにより、低電圧モードから通常モードに移行し、フルスペックでの動作が可能となる。フルスペックモードとなったインエレは、脳内電位へとアクセスし、本格的な電位への読み書きが可能となる。
15分後、セットアップが完了し、PCがゲームの起動画面となる。早速、ゲームを開始し、各種基本情報を入力――いよいよ、DiB開始となり、ベッドに横になり目をつぶる。まぶたの内側で、一瞬、フラッシュが焚かれたかのような閃光を浴びながら、「シュトキーゲン・トゥーンヴァイド」の世界が周りに広がっていった。
武久は、石造りの部屋の中に居た。ランプの明かりで照らし出された部屋は、キャラクターメイキング用の部屋だ。種族、性別、身長、体型、カラーリングと言った基本的なことをいじっていく。シュトキーゲン・トゥーンヴァイドの世界には、メンシリヘント、ヴァイドメンシュント、メンシュンデアントという3種族がいる。有り体に言えば、人間、エルフ、ドワーフという位置づけの種族だ。本当は、もう数種族いるのだが、今回のクローズドβではこの3種族だけが用意されていた。
取り敢えず、無難な所で人間――メンシリヘントを選択する。性別は、――試しに女性を選択してみる。
「これって声どうなるんだ――って女性の声になるのか」
試しにしゃべってみたところ、きちんと女性の声になっていて驚く。自分の声のようで女性の声なので、なんとも気持ち悪い。それにどこかしら合成音声っぽい不自然さが残る。パッと聞いた程度では気がつかないだろうが、ネカマはバレるんじゃないかと思った。
「それにゲーム中は、DiBだと自分の姿が見えないしな。――男性でいいか」
せっかく可愛らしく作ったところで、自分で見ることが出来ないのでは面白くない。そんなことが理由の主では無いが、かなりのウェイトをしめつつ、男性を選択する。
見た目のエディットに入る。記憶から引っ張り出された自分の顔をベースとした顔がそこにはあった。自分の顔を少しいじってみる。ちょっと触っただけでも見た目が変わる。が、理想の形にするのは骨が折れそうだった。本当は、格好良くいじりたいという気もしたのだが、ほどよくデフォルメしてあったので、妥協してキャンセルを選択――元に戻す。試しに髪の毛を白髪にしてみたが――眉毛まで白くなって、違和感しか無かったので、黒髪を少し青くする程度に留めた。そのまま、身長、体型をいじりながら身体を動かしてみる。身長を高くしてみると視線が高くなる。当然、低くすれば低くなる。それはそれで面白いのだが、試しに部屋の中を走り回ってみると違和感が付きまとう。リアルの自分と大きくかけ離れたキャラをプレイするには、それなりの覚悟が必要そうだった。武久は、実身長に2cm上乗せした身長を選択する。
キャラクターメイキングもほぼ終了と言ったところで、スキルの発動に関する設定になった。DiB版のシュトキーゲン・トゥーンヴァイドでは、2種類の発動方法がある。
1つは、腰周り6カ所、上腕左右2カ所、前腕左右2カ所の計10カ所にスキル、アイテム等をセットし、手を添え、「シュティフロウト」と唱えることで発動する方式である。再度使用するには、最低2秒の待機時間を必要とする。
もう1つは、あらかじめ定めておいた空間に手を置き、スキル名を唱えることで発動する方式となる。例えば、手を突き出す位置に設定したとする。手を突き出し、スキル名を唱えることで発動する。手を突き出せない場合――例えば、壁にぶつかってしまう場合、スキル名を唱えたところで発動は出来ない。そうした欠点はあるが、「なりきり」という点で言えば、こちらの方が、より「らしく」遊ぶことが出来る。
武久は、右手を軽く挙げた状態で位置登録を行った。空間を目標に位置を決定する訳だが、スナップフィット機能があり、結構いい加減な位置でも発動が可能なようだ。
キャラクターメイキングも終了し、初期装備を貰い、街へと転送された。初期スタートは、何カ所かある街からランダムに選択され、スタートとなる。石造りの街並みを見回し、遠くに白亜の城を見いだす。
「お、首都からスタートか。運が良いな」
シュトキーゲン・トゥーンヴァイドの首都「シュタハイトクーニカイト」と思われた。初期装備のキャラクター達がうろつく首都を、外縁へ向かって歩く。城壁が見えてきたが、それに伴いキャラクターも多くなってきた。みんな、いよいよ始まるクローズドβに浮き浮きしているのか、どこか楽しげで賑やかだった。武久――ウィリアムは、近くのプレイヤーに話しかける。
「なぁ、外へ出られないのか?」
話しかけられた男性キャラが応える。
「ああ、どうやらβテスト開始と同時にオープンさせる気らしい」
「なるほど――」
城壁を見やると、巨大な門がしかと閉まっていた。開始時刻が待ち遠しいので、この場に留まり、周囲の会話に耳を傾けることにした。
そんなクローズドβ開始前の喧噪を打ち破るかのように、「ぽーん」という音が響き渡る。Solid時代からお馴染み、GMからのアナウンス音だ。それを知っているプレイヤーが来たと騒ぎ立てる。
『DiB版、シュトキーゲン・トゥーンヴァイド、クローズドβてすとに参加シテイタダキ、アリガトウ』
少しカタコトにも聞こえるぎこちないアナウンスが響き渡ると、一層盛り上がる。
『コレカラ、皆さんは、βてすとをイキノコッテイタダキマス。運営カラーノお願いデス』
お願いという言葉に、少し違和感があったのか、喧噪がさわっと収まっていく。
『皆さん――死ナナイデクダサイ』
一瞬、どういうことなのか理解が出来ず、静寂が場を支配する。その静寂の中、運営のアナウンスだけが響き渡った。
『死ヌト、脳内電位ヲ5分間ダケキロクシマスガ、5分ダケデス』
その説明を聞くにつれ、ざわめきが大きくなる。どういうことなのかと問う声、いいから静かにしろと注意する声、ふざけるなという怒号――こちらの様子は、一切把握していないのか、淡々と説明が続く。
『蘇生ハ、5分イナイニ、オコナッテクダサイ。皆さんのカラダニハ係ノモノガ、点滴ノヨーイヲシテ回リマス。皆さんハ、何ノ心配モイリマセン。安心シテ、ゲームヲ enjoy シテクダサイ』
周囲のざわめきは留まるところを知らないようだった。無駄と知りつつ、天に向かって質問とも罵声ともつかない声を上げる者達もいる。一呼吸置いた後、ファンファーレと共に声が鳴り響く。
『DiB version、シュトキーゲン・トゥーンヴァイド、クローズドβ、スタートデス』
Twitter @nekomihonpo
次回「第2テスト パーティー」
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