「ろく」 夏休みという時間閉鎖
今回は会話コメディのようなのです。
◆1
夏休みに入り、もうすぐ七月が終了してしまう事に軽く絶望していたら、特に夏休みらしい事もしてない事に気付き、益々絶望する。時間が容赦無く減って行く残酷さに身を浸からせていると、愛から「ねーねーそこの姉ちゃんー。遊ぼうよ、悪い様にはしないからさ」と淡白で殺風景な文章が届いた。
あたしは白ヤギでも何でもないから、すぐに返信をした。ものすごくテンション上がっていたんだと思う。
◆2
「おまたせー!」
「ううん、待ってないよ」
時計の針は午後一時を回り、夏らしく照りつける日差しに肌をジリジリ焼きながら駅前を歩いていると、愛の姿が確認出来た。
あたしは手を振りながら愛の方へ向かう。愛もあたしに気付いたらしくカメラを向けて来た。ニッと笑い振っていた手を止め、ピースサインを取る。カチャ。
「駅前に潜むスナイパー鴨」
「なに31だよ、ソレ。まず隠れてないし」
カメラのフォルダを覗きながら愛は「どこ行く?」とあたしに述べる。「う~ん、そだねー」とあらゆる場所を脳で探っていると、カチャ。また愛がレンズにあたしを収める。
「なにさなのさ」
「考える鴨」
「朝川ロダンになっちゃったよ」
「・・・・ぷっ」
ツボにでも入ったのか、愛が口元を右手で押さえて疼く。その仕草が愛くるしくて、あたしもつい微笑んでしまう。なんでだろうね、一緒に居て安堵する感覚が生じる。
「鴨って面白いよね」と愛が笑いを堪えながら上目遣いで呟く。だから対して背変わらないのに。「ありがと。愛は可愛いよ」とあたしは素直な感想を述べた。すると愛は「・・・えっ?そ、そんなこと、ないょ・・・」と頬を桃色に染めながら左手を左右に振る。
「そういうところが可愛いよ。おじさんロリコンだから興奮しちゃうよ・・・ふへへ」
「私ロリキャラ支線?」
顔を右に傾けて質問する愛を見つめていると、あたしも何だか高揚した。古くから一緒にいる友達だからだろうか、一緒にいて一番楽しい。と、言うより安心する何かを感じる。
部活の事などで溜まる悔しさも、苛立ちも愛といると忘れられた気がした。心地よく温かい何かがあたしを包んで、安堵させてくれる。
「ね、鴨」
「ん?なに?」
愛があたしの袖を弱く掴んで「ボーリングしたい」と空いてる方の手でボーリング場を指差す。子供か、と内心呟いて「んじゃあそうしよう。ボールを使うモノは得意だぜっ!」と冗談交じりに言ってみると「ボーリングは玉だよ」と容赦なく厳しい返事が返って来た。むぅ。
◆3
駅前の近くに建ってあるボーリング場へ入り、スニーカーを借りる。指名された場所に行き、二人で湾曲した座席に座った。
愛は「ボーリングなんて久しぶり」と嬉しそうに呟き、ボーリングの玉を取りに足を向けた。あたしはというと、視線より上に付けられたパネルに映るグラフを見つめていた。『あい』『かも』と縦に並んだ文字を見ていると何故か不思議な感覚が咲いた。
「どうしたの?グラフなんて見て」
愛が玉を二個抱えて戻って来た。「おもいよぉ」と愚痴を漏らしながら置き場に落とした。「もうちょっと丁寧に置いたらどうですっか?」あたしが学校の先生の口調を真似て注意すると、愛は「・・・ぷっ」と再びツボを襲われたらしく、笑いながら「すいません中谷先生」と言って来た。可愛いなぁ。
「んじゃあ次あたしが取って来る。ついでにジュース買って来るけど何がいい?」
「焼酎」
「わかった」
「え」
あえてスルー。こんな平和で、平凡で、どうでもいい会話があたしを優しく包んで、心地いいと感じていた。
あたしはそれだけで良かった。なのに、愛を何処か変な目で見てしまうもう一人の自分がいる事に気付いて欲しい。 「なな」に続く
はい、夏休み内完結作品ですが、とうとう六話目です。どうしましょ。