「ばんがいへんその3」気が付けばクリスマスでした。
◇1
ひたすら寒い冬だ。それはもう氷の制服を着ているかのようだ。そしてメリークリスマスだ。正確にはイブなのだ。特に予定という予定もないのだけれど、二十四日には変わりないのだ。街全体に冷房が設置されたような肌を強張らせる冷風が支配していた。
冬休みに突入し、クリスマスにも突入した私はこたつでメリークリスマスだった。横になり、こたつの布団を肩までかけて猫のように丸くなっていた。窓に目をやると息を吹きかけたように窓は白く濁るように曇っていた。家から外は煙が漂っているかのようだ。十二月でこの寒さなら、正月を迎える頃には日本は氷河に変貌しているのではないかと思うくらいに冷え込んでいた。
こたつから顔だけ露にしていると、どこか蝸牛の姿が脳裏に浮んだ。私は何気なくこたつの上に置いてある携帯電話とカメラを取り、すぐさま体をこたつに埋めた。カメラのフォルダを起動させ、煙草が詰まったシガレットケースのように、今までに撮影した写真が縮小して集められていた。その中の最初の方にある写真を指で突き、画面に広がったその写真を見る。黒猫の写真だった。段ボールの中に毛布に包まりながら鳴いている捨て猫の写真だった。次の写真を見てみると、次は手の平に置物のように乗った黒猫だった。この猫は三ヶ月前くらいに捨てられていた猫だ。まだ体も手の平に乗る程度の大きさで、延々と鳴き声を発していた。今頃どうしているのだろうか。拾われた事を私は祈った。
携帯には新着メールが一件届いている事に気付いた。大体予想はついた。いや、私にメールを寄こす人間など鴨くらいしかいないのだ。そのメールを広げると、やはり鴨だった。特にこれといった用件もないのだろう。けれど、私はそんな些細の事でも嬉しかった。『今からそちらへ行きます』とそれだけ文字が並んでいた。
どうやら家に来るらしかった。しかも今から、と書いてあるのでこのメールの届いた時間に目をやれば、十分前だった。は?「は!」と私は声を上げてこたつから飛び出し、洗面台に駆けた。脳が沸騰するかのように混乱した。洗面台はまるで別の次元に飛んだかのように凍てついていた。壁や鏡に、薄い氷の膜が張り付いているかのようだった。しかし私も体が入れ替わったかのように、寒さというものを毛頭と感じなかった。今なら凍てついた湖にも飛び込める気がした。
私は洗面台でお湯を放出し、顔を洗おうとした。けれど指先が出ている水に触れると、それがまだお湯になっていない事に気付いた。仕方なく冷水のまま私は勢いに委ねて手で掬い、顔を洗った。新人のサラリーマンの初日のように身を覆う緩慢さが弾け飛んだ気がした。そしてその直後に凍てつく身震いが肌に走った。
タオルで拭い、私は頬を強く平手で叩いた。次に私はくしを取り、実験を失敗した博士のような荒れた髪を梳かした。なかなか元に戻らず、私の頭がクリスマスツリーのようだった。渦を描くようにくねり、あらゆる方向へ冒険していた。
◆2
愛の家に行こう、とあたしは無意識に家から外に出ていた。チェック柄のシャツを羽織り、ジーンズのパンツを履いて白いダウンジャケットを身に纏った。マフラーを掴んで、首に巻きながら愛にメールを送る。特にこれといった用事はないのだけれど、何故か会いたくなるのだ。それは恋愛なんてものが関係してくるものではなく、ただ退屈なのだ。
外は敷かれた絨毯のように薄っすらとした雪が地を白く染めていた。空も濁った薄汚い白を覆っており、空を引っかいたような横ながい雲が重なりあって広がっていた。雨が白い毛をまとったような雪が、深々と頭上に落ちてきた。あたしは傘を広げ、影に身を潜めて足を動かした。しゃり、しゃり、と雪のカーペットに足跡を残しながら十分弱かかる愛の家まで向かった。
愛は今頃何をしているのか、とあたしは想像をした。すると今か今かと準備をしていたように、カメラか何かを見ながらこたつに入っている愛の姿が脳裏に広がった。それはまるで目の前に愛がいるかのように、輪郭が明確となっており、こたつの模様や愛の荒れた髪などの繊細な所も、すべて明晰に描かれていた。思わずあたしは笑みを洩らした。
やや大袈裟に地の雪を前へ蹴り散らしながら歩いていた。キーボードのように一定の間隔を空けて建っている住宅はどれも布を被ったように屋根を白く染めており、まだ序章の冬が辺りを包んでいた。「今年はホワイトクリスマスだねえ」とあたしは小声で呟いた。
いつも威勢のよく吠える犬がいるのだけれど、襲来してきた冬には敵わないらしく、小屋の中に篭ってエレベーターの空間のようにしんと大人しくしていた。あたしは一瞬死んだのかと思い、腰を屈ませて小屋の中を覗いた。犬さんは「今日は勘弁してやる」といった不甲斐ない表情をし、弛るんでいた。完全に寒さに屈服し、雪と同様に真っ白に染まっていた。「立つんだージョー」とあたしは犬に聞える程度の声で言った。うるせえな、と犬が顔を伏せてあたしを視界から抹消させた。
坂道を降ると横断歩道があり、そこを行けば愛の家は著しく建っている。愛の家は他の住宅とは違い、広いのだ。豪邸とまではいかないが、なかなかのものだ。
玄関の前に立ち、人差し指でチャイムを突いた。
◇3
鋭く耳を裂くような強弱の激しい音が響いた。チャイムだ。私は歯を鋸で削るように歯ブラシを歯に滑らせていた。ところで突然のチャイムというのは恐怖心を煽られるものだ。私は歯ブラシを煙草のように咥えたまま、玄関へ向かった。「はいはーい」と言おうとしたが、歯磨き粉が声を通さない壁を作り、違う国のような発声が出てしまった。私はゴム製のスリッパに足を通してドアを押した。「いてっ」という声と同時に、ごんと何かに衝突した鈍い音が轟いた。
「毎回ぶつかるね鴨」と私は溜息を漏らしながら言った。「それとメリークリスマス」
「毎回勢いよく開ける愛が悪い」と額を両手で押えながら鴨が吼えた。吼えたのだ。「あ、メリークリスマス」
鴨を家に上げ、私はとりあえず口内を掃除した。「お待たせ鴨」と同時に隠し持っていたカメラで鴨の「うぇーす」と言っている顔を収めた。ところで私のカメラフォルダは鴨ばかりな気がする。何故だろう。好きだからだろう、とすぐに結論に運んだ。
私も鴨の隣に座布団を置いて座った。「予想通りすごい頭だな」と鴨が私の頭部を突くように触りながら言った。「クリスマスツリーじゃねーか」
「ふぉふぉふぉ。鴨君のような悪い子にはプレゼントやらんよ」と私は胸を張りながら言った。なのに出っ張りが強調せずに鉄板のようになっていた。すこしがっくりした。「おっぱい小さいな私」
「あたしもどら焼き程度しかねーよ」と鴨が自嘲気味に言った。
「私なんてお茶碗だよ」
「もう凹んでるじゃねーか!」と鴨は言いながら私の胸を掴んできた。手の平に収まる程しかなく、何度か揉まれた。「ビックリした」と私は言った。
「他にないのか」
「ないです」
鴨は私の胸から手を離して、自分の胸を包むように撫でたり揉んだりとしていた。わお、と私は瞼を限界まで開いた。すぐに私は手を膝の下に回して固定した。しかし鴨はそんな私を毛頭とも気にせず、ひたすら自分の胸を揉みしごいていた。「な、なにやってるの!鴨!」と私は鴨の手を掴み、頭上に持ち上げた。
「どしたの」と鴨は首を傾げた。「グリコみたいじゃないか」と手を上げたまま首を傾げて言った。
「おっぱい触り過ぎ禁止なのです。サンタさんがヌーブラ買ってくるよ」
「や、め、ろ」と鴨が手を払って再び私の胸を赴いた。「どうやらあたし…愛より小さいわ」
「へ?」と私は胸を揉まれながら言った。
「だって」と鴨は私の胸から手を離して、自分の胸を私に突き出してきた。えっえ、と私は困惑した。視界の先に鴨の胸があるのだ。「触ってみてよ」と鴨が澄ました顔で言う。それはもう意図的な思考すら私は勘ぐった。私を揶揄しているのだ。「え、でも」と私は聊かな拒否をしようとしたが、「いーから!」と半強制的に腕が引っ張られた。
鴨の胸元の感触が、シャツ越しに手の平に伝わってくる。確かに私のといい勝負をするだろう。しかし今はそんな事どうでもいいのだ。聊かな弾力、鴨の体、私は思わず目を瞑った。肌を覆っていた寒さがばりばりと爛れていった。蒸気でも発生しそうだった。
「な?」と鴨が私の手を離す。「う、うん」と私は手の平を何度か握った。手の平に残る感触は這うように煩わしい程に残り、悶えが脳を支配した。「いや、すこしオブラートに包めよ」と鴨が言った。
「ご、ごめん!」と私は謝り、感触の残る手を何度も握った。私は鴨から目を逸らし、「鴨のバカ」と小声で呟いた。
はい。番外編でした。 結局また意味不明な終わりでしたが、続などは考えておりません




