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 第一話 さようなら日常

201×年5月、世界が終った。


通りには死人が歩き回り、生きている人を求め徘徊していた。


事の始まりは誰も知らない。


隕石の落下や研究所からウィルスが漏れたなど噂はあったが、その本質は誰も知らなかった。


警察への一報はただの喧嘩の知らせだった。


繁華街での喧嘩。その町では良くある光景だったのかもしれない。


ただ一つ違ったのは喧嘩ではなく、食事だった。


のど元を食いちぎられた若者は救急隊に噛みついた。隊員は動脈を噛み切られ激しい出血の後、苦しんで死んだ。


しかし、死んだ隊員は直ぐに起き上がり周りの隊員に噛みついた。噛みつかれた隊員も同じように苦しみ死んでいった。


そして、蘇った隊員達は辺りの警察官や野次馬に襲いかかった。


爆発的に広がる死の連鎖。


日本は数日で死者の数が生者の数を上回った。




Back-home of the Dead

      


 第一話 さようなら日常



13:34


港に漁を終えた漁船が帰ってきた。


普段の漁港なら周りにも同じような船が並び騒がしくも温かい歓迎を受けていた。


しかし、帰ってきた港には人の気配が無かった。


「あれ?誰もいないな。」


「ああ、変だな?何かあったのか?」


若者は船の先端に立ち港を見回した。


その後ろの操舵室の小窓から50過ぎの男が答えた。


「おやじさん、とりあえず接岸しましょう。」


「おう、船長と呼べ。」


船が接岸すると若者がロープを持ち岸に昇り固定台にロープを固定した。


「俺は事務所に行くってみる。組合の誰かはいるだろう。」


「了解、船長。」


「おう、魚を下ろす準備をしとけよ。」


船長はすぐ近くにある建物の事務所に向かって歩き出した。


若者は船の計器のチェックを行った後に船の床にある魚倉の蓋の前で立っていた。


漁港の奥からヨタヨタと上半身を揺らしながら誰かがこちらに歩いて来るのが見えた。


(あれは・・・酔っ払いか?)


若者は近づいてくる男を見ていた。


「林さーん。」


若者はその男、林に声をかけた。いつも通りの掛け声。普段ならこの後に林から漁の事を聞かれるのが常であった。


しかし、林は何所か焦点の合っていない目で若者の方を見ると少しだが歩く速度が上がった。


「林さん、どうしたんですか?」


若者が声をかけても林は低いうなり声を上げるだけだった。


林が岸から船の上に降りる為に1歩踏み出したが、そこには地面が無く林は船と岸の間の70センチ程の隙間に落ちてしまった。


「林さん?!」


若者が海の中を覗くが、林は溺れる仕草もせずに海の底に消えて行った。


「おう、大丈夫か?」


若者が岸を見上げると船長が立っていた。


「今、林さんが落ちた!」


「ああ、俺も見てた。今、事務所に行ったが、…なんつーか、人が人に食べられてた。」


「はぁ?何言ってんスか?ボケるにゃ早いでしょ?」


「ああ、俺もなんだかよくわからんが、とりあえず何かが起きてんだな。」


「そうかもしれないですけど、…あ、あれはマリちゃんだ。」


建物の窓から女性が歩いているのが見えた。若者はおーいと声をかけるとその女性が若者の方に振り向いた。


その顔の半分が無く、腕も片方しかなかった。


「・・・あれで生きてると思うか?」


「いや、無理っしょ。どう見てもアウトでしょ。」


マリちゃんと呼ばれた女性は片腕で窓を何度も叩いていた。


ガラスの割れる音がすると、女性は窓に寄りかかり落ちるように這い出てきた。


2人の男はホラー映画を見るようにどこか現実離れした感覚でその光景みていた。


「船長、どうします?」


「…ん、とりあえず逃げる。車まで走るぞ。」


「了解。」


2人は女性を無視して駐車場に向かった。


駐車場に行くには市場の中を通らなければ大回りでしか行く道が無かった。


2人は市場を抜ける道に自然と足が向いていた。


市場に中には数人の人が歩いていた。しかし、その姿はどれも重傷者を思わせる怪我で2人は生きているとは思えなかった。


「ひでぇな。何があったんだ?」


「さぁ?分りませんが、とりあえずは尋常じゃないって事ですね。」


2人は床で数人に食べられている男を見ながら声を潜めながら歩を進めた。


市場を抜け外に出ると、そこは今まで以上の人数が歩き回りっていた。


「なんじゃコリャ。」


船長が呟いた一言で数人が反応し、2人に近づいてきた。


「クソッ!近づく奴はぶん殴るぞ!」


船長の脅しにも構わずに近づいてきた。


「ちくしょうめ!」


船長の近くにいた男に押すように蹴りを入れると男は数人を巻き込んで倒れた。


その倒れた音でさらに数人が反応し、こちらに歩み寄ってきた。


「船長、行きましょう。こいつら何か変ですよ。」


若者が船長の腕を引いた。


「お、おう。お前の車でいいか?俺の車の鍵は船と一緒に着いてるからな。」


「ええ、船には戻りたくないですからね。こっちです。走りますよ。」


若者が走り出すと船長も続いて走り出した。


人のいないルートで若者の車に辿り着いた。若者は鍵に着いたリモコンでロックを外し運転席に乗り込んだ。


すぐに船長も助手席に乗り込んできた。


「とりあえずロックをお願いです。」


「お、おう。」


2人はロックを確認すると、やっと一息つけた。


「これからどうします?」


「ん?まずは家に行ってカミさん助けないとな。あとは、娘夫婦と孫が心配だな。」


「そうですか。船長は奥さんと仲がいいですからね。それじゃ、船長の家にいきましょう。」


若者の車の周りには少しずつだが人が集まってきていた。どの人も焦点の合っていない目、首や顔に大きな傷をもち、中には内臓が飛び出ている者もいた。


「なぁ、あいつらって生きてると思うか?」


「知りませんよ、車出しますよ。」


「おいおい、前に人がいるぞ。轢くのか?」


「轢いたら車が汚れるでしょ。クラクション鳴らしてどいてもらいます。」


プー――――!


若者がクラクションを鳴らすと付近にいた者が一斉に振り返り車をみた。


「おい、あいつら音に反応してないか?」


「え?そうですか?あ~も~邪魔だなー。あ!俺の車を叩くな!」


「おい、いいから出せ!」


「え、でも・・・」


「早く!出すんだ!」


船長の迫力に若者が負けた。


「わ、分りました。」


車はゆっくりと進んで行き、数人の男が車の前に立ちふさがった。


車は男たちを避けながらも進んで行った。


バックミラーには車を追うように多くの人が追従してきたが、車は彼らの歩よりも早く徐々に差が開いてきた。


しばらくして2人の乗った車は港の外に出ることができた。


そこで2人が見たものは。商店に突入した車、ガードレールに衝突し燃えている車が見えた。


幸い道路はスピードさえ出さなければ事故車を避けて通行できる状態だった。


「なぁ、どう思う?」


「は?何をですか?」


「だから、この状況だよ。夜からの漁から帰ったらこんな状況だろ?警察はどうした?ラジオは何いってるんだ?」


「え~っとレイディオですか。…あれ?受信できない。おかしいな。」


「おい、さっさといくぞ。カミさんが心配だ。」


「了解、船長。」


車は事故車両を避けつつゆっくりとだが船長の家に近づいた。


「あ~、交差点無理っぽいですね。」


目の前の交差点はたくさんの車で埋め尽くされていた。


「おう、仕方ない。周り道でいくぞ。」


「了解。船長。」


車はバックで来た道を戻り、細い道を抜け船長の家に辿り着いた。


もちろん、その間には人が人を食べる光景を何度も見ていた。


船長の家は2階建ての普通の民家。ガレージには奥さんの車が止まっていた。


そして、もう一台の地域外ナンバーの車が奥さんの車の隣に止まっていた。


「おう、だれかいねぇか?!」


船長が家に着き玄関を開けると大きな声で叫んだ。


そのまま船長が家に入っていった。その姿を若者は車の中から眺めていた。


30分ほど経ち、船長が戻らない事に不審に思った若者が家の中に入って行った。


失礼には当たるが玄関で靴を脱がずに、リビングのドアをゆっくりあけた。


そこには船長が倒れていて、その腹の辺りを2人の女性が内蔵を食べていた。


1人は若者が見たことある船長の奥さん。もう一人は写真でしか見たことないが、船長の娘だった。


若者は2人に気がつかれないようにゆっくりとドアを閉めた。


カチャリとドアノブを閉め若者が家を出ようとすると、リビングのドアをたたく音が聞こえた。


若者は怖くなり走って車に戻った。運転席に乗り船長の家の玄関を見ると先ほどの2人の女性がこちらに向かった歩いてきていた。


(ヤバい!ヤバい!)


若者はエンジンを掛けアクセルを踏んでその場を離れた。



彼がいる町はT市。県の最東にあり日本国内でも有名な漁港の町。


そこで『船長』の下で働いているのが


阿久津 厚  (あくつ あつし)


高校卒業後数年ほど働きもせずに家でゲーム三昧の日々だった。


母親はそんな彼を見ていつかは立ち直るだろうと楽観視していた。


父親は仕事の忙しく息子の事は母親任せだった。


そんな厚を見た父親の友人の船長は『根性を叩き直してやる!』と拉致に近い形で連れ去って行った。


厚も最初は嫌がったが、船に数回のると漁業の楽しさが分り、将来は自分の船を持ちたいと思うようになった。


それから4年経ち、厚が26歳になる少し前の出来事であった。





(船長…なんで、死んじゃったんですか…)


厚は誰もいない駅前のロータリーをぐるぐる回りながら考えていた。


(どうする?携帯は回線が込んでて繋がらないって言ってるし、ここでぐるぐる回っていてもしかたない。)


溜息をつく厚は駅前のマクド○ルドが目に入った。


(あ~あそこの店員さん可愛かったのに…。やっぱりダメなのかな?)


厚はカワイイ女の子の事を思い出した。


(だけど、ここにいても仕方ない。万が一、いや、億が一の確率でマックのカワイイ子が生きてて助けを求めていたら?」


気がつけば声に出していた厚はマク○ナルドの前の歩道に車を止めた。車を降り店内に入っていった。


普段なら「いらっしゃいませー」と笑顔で迎えてくれる彼女はいなかった。すでに変わり果てた彼女がカウンターの向こうで歩きまわっていた。


厚はその様子を見ると横に小さく首を振りながら店を出た。


車に戻り、一息ついた厚は車を家の方向に走らせた。


いつもならマクドナルドから10分も掛からない道を誰も轢かないように走ったため20分以上かけて家に着いた。


彼の家は線路沿いにある2階建のアパートで202号室に住んでいる。両隣は空いているが204号室には若い夫婦と2人の子供が住んでいた。


カンカンカンと軽い音をしながら2階に上り、部屋に入った。電気を付けて部屋を見回すが、部屋を出た時と何も変わらなかった。


コンビニ弁当のゴミや脱ぎ散らかした服。いつもの光景がそこにあった。


パソコンの電源を付け情報を集めようとしていた。


インターネット上には現代の奇病や、ウィルス性の~などの話があったが警察の動きや政府の行動が何もなかった。


(警察の動きが削除されたのか?機能していないのか?)


厚は分らなかったが、どちらにしろ実家に帰ろうと彼は考えていた。


仕事ばかりの父は職場にいるだろうが、母はきっと家にいるだろう。


彼の実家はK市。


T市からK市までは高速道路をつかえば2時間ほどで行ける距離である。


K市は県の西側にあり、そこに行くには山を超える必要があった。


厚は情報らしい情報が無い事に溜息をつくと布団に横になった。


(船長、林さん、マリちゃん、何で死んじゃったんだ…)


死んだ人たちの事を考えていたが、厚は直ぐに寝てしまった。




23:44


厚は空腹から目が覚めた。


携帯の時間を見るともう直ぐ日付が変わろうとしていた。


(冷蔵庫に何かあるかな?)


寝ぼけた頭で冷蔵庫にあった野菜を使い簡単に野菜炒めを作った。


食事を終えた厚はシャワーを浴びた。


シャワーを浴びている最中に浴室の窓を叩く音がした。


厚が窓を見ると茶色い髪と女性の影があった。


204号室に住む家族で20代前半の奥さんとは顔見知り程度ではあったが知っていた。


浴室の窓は換気の為に使うもので、人が入る事が出来る高さと大きさでは無かった。


窓が割れるとそこには、口元が赤く血まみれの204号室の奥さんが立っていた。


焦点が合わない虚ろな目、低く唸る声。


厚は裸を見られた事よりも、普段は明るく感じの良い女性の変わり果てた姿に昨日の出来事は夢では無かった事を思い知った。


厚はシャワーを止め静かに浴室から出た。


急いで着替えて旅行鞄に食糧を詰め込んだ。


買い物に行くのが面倒な時に缶詰を使った食事をしていた彼は、多くはないが部屋に置いてある缶詰を鞄に入れた。


鞄は重いがキャスターがあるので何とか移動はできるだろう。


その前に…


(部屋の前にいる彼女をどうにかしないと…)


暫く考えた厚だが、結局良い考えが浮かばなかった。


仕方なしに出たとこ勝負と意気込んだ厚は部屋のドアをゆっくりと開けた。


部屋のドアから顔を少し出し様子を見ると女性が204号室に入るのが見えた。


厚はゆっくりと鞄を担ぎ静かに1歩を踏みだした。


階段を降りようとした時に鞄が手すりに当たり小さいがコンと音がなった。


厚が振り向くと204号室から女性が出てくるのが見えた。


階段で襲われたら危ないと感じた厚は階段を昇り女性と向き合った。


鞄を床に置くと、女性が腕を前に出しながら厚に近づいてきた。


厚はその腕を掴みながら、これ以上近づかれないように力を込めた。


「ちょ、ちょっと、待って。あなたの気持は、大変うれしいですが、不倫は良くないです。旦那さんや、子供を、思い浮かべてください。こんな、こと、したらあなたの、家族が、悲しみますよ。」


見当違いな説得だが彼女の反応は無く、厚に噛みつこうと抵抗を続けていた。


「…ックソ!仕方ないか!ごめんなさい!」


厚は力を込めて彼女を2階の通路から柵の外に投げた。


ドスンと音がして柵から1階を覗くと、彼女は頭から血を流し動く気配が無かった。


厚は初めて人を殺したが、緊急事態と自己防衛と自分に言い聞かせながら鞄を持ち車に乗り込んだ。



1:42


エンジンを始動するとラジオから緊急通信が流れた。


『…こちらは臨時政府です。只今日本国内で非常事態宣言が発令されました。家にいる方は施錠をし、誰が来ても決してドアを開けないでください。また、移動中の方は最寄りの避難所に避難してください。繰り返します…』


(臨時政府?非常事態宣言?)


厚は車をゆっくりと走り出した。


自分以外に動く車が無かった。


車が繁華街を走っている時に前方から小さな明かりが近づくのが見えた。


窓を少し開けると男の声が聞こえた。


「お――い!待ってくて!俺も乗せてくれ!」


大きな声で叫ぶ彼の後ろには数人の奴らが追いかけていた。


彼の前方からも声に反応した奴から彼に向かって行った。


「あぁ!来るな!待て!ああ、ぐぁああぁぁぁあぁ…」


前からも後ろからも包囲された彼は抵抗空しく奴らの食事になり果てた。


(そんなに大声を出すから!)


心の中で叫んだ厚は奴らのいない方向に向かって車を走り出した。


道路には何人かの奴らがいた。


そのほとんどが食事中で車のエンジン音に反応し追いかけてくるが、やがて引き離されて行った。


暫くすると車のガソリンが少ない事に気が付いた。


繁華街を抜け24時間のスタンドに向かった厚が見た物は、勢いよく燃えるガソリンスタンドだった。


もう1つある24時間のスタンドは多くの車が雪崩れ込んでいて自分の車を給油できる状態ではなかった。


また、いくつかの車の中には奴らがいるのが車のライトに照らされその姿が確認できた。


暫くすると車が完全に止まった。仕方なく車内で缶詰をいくつか食べ、少しだけ軽くなった鞄を掴み近くのコンビニまで歩いて移動した。


その距離200メートルだったが、厚は生きた心地がしなかった。


道には奴らの食べ終わった元人間が横たわり無残な姿をさらしていた。


厚はコンビニが見えてくると、ホッと溜息をついた。


電気が付いた明るいコンビニの店内には2人の奴らがいた。


1人はコンビニの制服を着た女性。


もう一人はコンビニに商品を納品する配送車を運転する男性スタッフだった。


(ここはコンビニのトラックを借りよう。中に商品があるかもしれないし。)


厚はトラックを調べるとドアには鍵がかかっていなかった。


ゆっくりドアを開け、鍵が刺さったままの状態を願ったが、その願いは無駄に終わった。


コンビニの中にいる彼が持っているのが確定した厚はゆっくりと店内に入った。


ピンポーン


自動扉のチャイムが鳴ると2体の奴らは厚に向かって歩き出した。


厚はカウンターを飛び越え奴らから一定の距離を取った。


2体の元人間は飛び越えることを知らないのか手を出して厚を捕まえようとするだけだった。


厚が少し後ろに下がると何か柔らかいものを踏んだ。


ゆっくりと足元を見ると、人間の腕が落ちていた。


(もう、人間じゃないんだ!それなら!)


厚はレジを持ち上げ女性に向かって投げた。ケーブルが繋がっていたが、厚はそれを纏めて近くのハサミで切断して女性に投げつけた。


レジは女性の頭部に突き刺さり女性と一緒に地面に倒れた。


もう1体の男は女性の事を無視し、いつまでも厚に向かって手を伸ばしていた。


辺りを見回した厚が見つけた物は電子レンジだった。コードを抜き持ち上げて男に投げた。


頭部に当たったレンジはガシャンと大きな音を立てて床に落ちた。


男も倒れた衝撃でポケットから車の鍵が飛びだした。


(ラッキー!これで死体を触らないですむ)


そう、考えた厚がカウンターを飛び越えるとコンビニの奥の扉が開くのが見えた。


そこから3体の奴らがゆっくりと歩いてきた。


(ヤバい!3人も相手にしてられない!)


鍵を拾い、自動ドアを急いで出てトラックに乗り込んだ。


トラックのエンジンを始動しガソリンが半分ほどある事を確認すると車を走らせた。


厚はトラックを大きな公園の駐車場に止めた。


ここまでなら通常で15分の距離を数時間かけている事に気が付いた。


肉体的な疲労よりも精神的な疲労で暫く休憩しようと思った厚はトラックの鍵を確認すると座席を倒し仮眠した。




8:12


太陽の光を受けた厚はその眩しさで目が覚めた。


周囲に奴らの姿は見えなかった。道路を挟んだ反対側のマンションにも人の気配が無かった。


しかし、マンションのベランダを見ると数体の奴らが部屋とベランダを往復していた。


小腹が空いた厚はトラックの荷台に何か有るかも知れないと思いトラックを降りた。


周囲を警戒しながらトラック後部の扉をゆっくりと開いた。


徐々に明るくなるコンテナの中には空の籠や台車だけで何も入ってはいなかった。


厚は大きくため息をつき扉を閉めた。


運転席に戻るとトラックを走らせた。



9:55


厚の乗ったトラックが奴らを轢かないように避けながらゆっくりと国道の道を進んだ。


(あれ?奴らの数が急に減ったぞ。…もしかして生存者がいるのか?)


厚はスピードを落とし周囲を見ながら進むと中学校が見えた。


そして体育館の扉の前には100体以上の奴らが扉を破ろうとしていた。


(これはヤバい!何とかしないと!)


そう考えた厚だが、具体的な策が思いつかなかった。


(持ち物は何もない。あるのは車だけ。車で突っ込むとエンジン部分が奴らを轢いた衝撃で壊れる可能性もある…どうするか)


考え付いた作戦は、奴らに対してバックで当たる事にした。


校庭にトラックが入り数体の奴らが反応した。厚はサイドミラーで後方を確認しながらギアをバックに入れアクセルを踏み込んだ。


勢いよく後ろに進むトラックに先に反応した数体を轢き、そのまま奴らの群れの中に勢い良く進んだ。


ハンドルに嫌な感触を感じながら、ある程度進むとブレーキを踏みギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。


奴らの群れから出たトラックは数十メートル先まで進み、もう一度バックで奴らの群れに進んだ。


其れを何度も行うと体育館の扉の前の奴らは動くことを止めた。


厚は校舎周囲をトラックで一回りし奴らがいない事を確かめた。


もう一度、体育館の扉の前までくるとクラクションを鳴らした。


プー、プー――


生存者がいるなら何かしらのアクションがると考えた厚だった。


そして体育館の扉の中から音がした。


ドン、ドン、ドンドンドンドン…


体育館に避難した人は全滅したようだった。


「おじさん、助けて!」


不意に聞こえた声は体育館の2階の窓からだった。


そこには男子中学生がいた。その後ろには2人の女子中学生の姿も見えた。


厚は窓から顔を出し声をかけた。


「おい、大丈夫か?生存者はそれだけか?」


「はい、俺たちだけです。助けて下さい。」


「ああ、トラックを窓の下に着けるからこっちにとび乗れ。」


「は、はい。やってみます。」


厚が車を動かし窓際に車を止めた。直ぐにドスンドスンドスンと3つの衝撃音が聞こえた。


厚は窓から顔を出し3人に安全な場所に動かすから姿勢を低くしていろと伝えた。


トラックは静かに動き出し校庭のほぼ中央でとまった。


トラックの荷台から下りた3人はそれぞれ自己紹介をした。


髪の毛を少し茶色に染めた少しチャラそうな男子は「後藤雄一」


ショートヘアで茶色に染め少しタバコ臭い女子は「篠崎いずみ」


髪の毛が黒く少し背の低い女子は「加藤智子」


後藤と篠崎は付き合っているのかトラックから下りる時にお互いがフォローし合っていた。


しかし、加藤が下りるとき、2人は全く手伝おうとしなかった。


そして自己紹介の時の立ち位置からも2人と加藤は何か壁のようなものがあるように厚は感じた。


「中では何があったんだ?」


「噛まれた人が苦しんで死んだ後に動きだしたんです。保健の先生が死んだのを確認したって聞きました。」


「ふーん、それであんな所に避難したのか。」


「はい、あそこに行く扉は一か所ですし、誰にも見つからない様に2人で隠れて逃げましたからね。」


「2人?」


「俺といずみです。加藤は最初からあそこいました。それで阿久津さんはどこにいくんですか?」


「ああ、俺はK市にある実家に帰るところだ。」


「K市ってここから100キロ以上ありますよ!何所かに避難したほうがいいんじゃないんですか?」


「ん~、避難所ってドコにあるか知ってる?大抵は学校が避難所だよな。それなら此処に残るか?」


「い、嫌ですよ。大人なんですから子供を安全な場所に送る義務があるんじゃないですか?」


「どうなんだろうね。警察も動いてないし、政府も当てにならない。生き残りたければ自分で進む道を選択するんだ。」


「ちょっとオジサン!私達を助けてよ!」


後藤と話をしていた厚の横から篠崎が口を出してきた。


「オジサンね、まぁ、いいや。ここに居たくなければトラックに乗りな。好きなところで下してやるよ。」


「そう、ありがとうオジサン。」


そう言うと運転席に厚が乗り込み助手席側から加藤、後藤が乗り込んだ。


「ちょっと、私乗れないんだけど。」


「あぁ~、どうしようか?…そうだ!篠崎さんは後藤君の膝の上に乗るんだ。どうせ2人は付き合ってるんだろ?」


「ええー!加藤降りろよ!おまえ邪魔なんだよ。」


文句を言う篠崎に厚が加藤を庇うようにいった。


「本人の意思がなきゃ下ろさんよ。後藤君の膝の上がいやなら俺の膝になるけどいいかな?」


「・・・わかったわよ。我慢する。」


篠崎が後藤の膝の上に座った。後藤は手を篠崎の腹の前で組んで車内でイチャつき始めた。


「出発するぞ。降りたければ早めに言えよ。」


「「「はい」」」


3人の揃った返事を聞いた厚はアクセルを踏み校庭を出て国道に戻った。





彼らの先にあるのは希望か絶望か?


生き残る為の選択は?


厚は人の愚かさに絶望する・・・




地名、人物などはフィクションです。


林さんは黒ぶち眼鏡の人じゃないですし、マリちゃんはX1子持ちには見えない美人さんではありません。


船長は奥さんと孫の話で2時間以上も、部下を拘束する人ではありません。


マクドナルドの店員さんてカワイイ子が多いと思います。


主人公はもちろんフィクションです。


阿久津は顔がすごく濃く、警察からパスポートを提示された人ではありません。


どこにでもいそうな若い兄ちゃんです。


170程で普通体系。髪は短髪の黒です。が、基本はタオルを巻いています。


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