表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

天敵現る

織部舞華(二十二歳)はスーツにパンプスという場違いな出で立ちで山道を歩いていた。

「はぁ…はぁ…暑いな…」

 季節は四月初旬だが、この日は天気もよく、とても暖かい日だった。舞華は汗を拭きながら山道を歩く。

「確か…こっちだって」


数分前。

山の中で仕事をしている老人に探し人の居場所を尋ねた舞華。

「ああ、久司ちゃんか?この先にいると思うよ


「って言ってたのにお爺さんの嘘つき」

 その時、舞華は近くでエンジンの唸るような音がしている事に気付く。

「なんの音だろう?」

 音のする方へ向かいゆっくりと歩く舞華。そこに大きな声が聞こえる。

「おい!避けろ!」

「へっ?」

 突然、舞華に向かい大きな赤松が倒れてくる。

「ヒィ…」

 赤松は舞華の眼前三十センチほど前と通り過ぎて地面に倒れる。

「大丈夫か?」

 そこに唸るハスクバーナのチェーンソーを片手に近寄ってくる、舞華の目的の人物である甲 久司(十五歳)。額には手ぬぐいを巻きTシャツ、ジーンズ、地下足袋という恰好をしている。

「ひぃ…殺さないで」

 アイドリングするチェーンソーに怯える舞華。

「何言ってんだ?」

 久司はチェーンソーのエンジンを止める。

「というより、誰だあんた」

 怪訝な顔を舞華に向ける久司。

「君が…坂上君だよね?」

「ん?ああ。見ない顔だな」

「私、この春から笠瀬中学校に赴任してきた織部です」

「でっ、その先生が俺に何の用だ?」

「何って。私、君のクラスの担任になったの」

さらに眉を潜める久司。

「だからなんだ?」

「だからって…君が何故学校に来ないか話を聞きたくて。何か嫌な事でもあったの。先生相談乗るから」


今朝の始業式あとのホームルーム

「今日から君たちのクラスの担任になった織部舞華です。教師一年目ですが精一杯頑張りますので皆さんも今年一年よろしくお願いします」

 明るく快活に挨拶をする舞華。

クラスメート男子「先生は彼氏とか居るんですか?」

「そういうプライベートな質問には答えられません」

 などと中学らしいテンプレートな質問を軽くあしらいつつ教室を見回す舞華。

「あれ…一人いないんですね」

 窓際の一番後ろの席が空席である事に気付く舞華。

「この席は…甲 久司君?」

「甲君ならずっと学校に来ていないです」

「そうそう、俺は山と共に生きるとかなんとか言って」

 驚愕の顔をする舞華。

(不登校児…なんて事なの。初めて受け持ったクラスでいきなりそんな問題に直面するなんて…でも) 


(私がこの子の心を救ってみせる!)

 意気込みを新たに、久司と対峙する舞華。

「別に、学校いくのが面倒になっただけだよ。理由なんてねーよ」

「でも君はまだ学生なんだから学校には行かないと駄目だよ。悩みがあるなら相談に乗るから」

 使命感に燃える舞華。久司は鬱陶しそうに。

「悩みなんてねーよ。帰ってくれ今日はまだこの樹を切って運ぶのと、草刈んなきゃなんねー所もまだ残ってるし」

 立ち去ろうとする久司。

「待って…」

「ああ、雨降って地面ぬかるんでるから気をつけろよ

「きゃっ」

 ドロドロになったぬかるんだ地面に尻餅をつく舞華。

「別に俺ネタを振ったわけじゃなんだけどな」

「うー、新調したてのスーツが泥だらけ」

 涙目の舞華。

「てーかよ。ねーちゃん鈍くさいな。普通山登るのにヒールなんて履くか?長靴や地下足袋を履けとは言わないが、せめてスニーカーくらいは履いてこいよ」

 億劫そうに、倒れた舞華に手を差し伸べる久司。

「どした?」

 引き起こした後も手を放そうとしない舞華。、舞華が自分の顔をジッと凝視している事に気付く。

「ひょっとしてひー君?」

「ひー君ってなんだ?そんなこっ恥ずかしい呼び方すんなよ。どっかの誰かを思い出す」

「私よ。私!舞華よ。岸田舞華。昔は舞姉ちゃんってっ呼んでくれてたじゃない」

「あん…あっ」

『……』

 二人の間の時間が止まったかのような沈黙。

「岸田舞華?だれだそれ?聞いた事ないな」

「今の『あっ』て何?」

 ジトッとした目線を久司に向ける舞華。

「いや、醤油切らしている事を思い出したんだよ。醤油屋に電話して持ってきて貰わないと」

 久司はポッケから携帯を取り出して、

「ああ、おじさん。坂上です。ええ、いつもの醤油を五升と、トンカツソース一升お願いします…ええ。明日の五時頃ですね。分かりました」

「あれ、まだ居たの」

「そんな、壮大に誤魔化さなくてもいいんじゃないかな?」

 わざとらしすぎてあきれ顔の舞華。

「何の事でしょう。私は貴方の事など存じ上げません」

「口調が変わってるよ」

「久司なんて別に珍しい名前じゃ無いだろ」

「あくまで認めない気だね」

 舞華の口の端が不気味につり上がる。

「だから、認めるも何も違うと言ってるだろ」

「なら、確かめさせてもらうね」

 良い笑顔の後、舞華は久司のズボンに手をかける。

「ちょ…なにするんだ!」

 ズボンを脱がそうとする舞華と、脱がされまいとする久司。

「私の知ってるヒサ君は、昔犬に噛まれた後がお尻にあるはずよ。それを見れば貴方が言っている事の真偽が分かるわ」

「だー!悪かった!ごめんなさい!私は貴方の知り合いの坂上久司です」

 肩で息をする久司。脱がそうとする事は止めたが、それでもズボンから手を放さない。上目使いで、

「ホントに?一応確認だけでも」

「ごめんなさい。私が悪かったです。素直になれない俺の事を許してください舞姉ちゃん」

 半ば自棄になって叫ぶ久司。

「そうそう。素直が一番」

 満面の笑み。

「…とりあえず家来るか。それじゃあ帰れねぇだろ」

 泥だらけのスーツ姿の舞華。

「お願い…しようかな」


 シャワーを浴び、久司の服を借りて着替えた舞華。

「広いお家だね」

 久司の家に入る舞華。久司の家は和風の二階建ての邸宅。

「一人で住むにはな」

「一人?確かあの後、おじいさまに引き取られたんじゃあ?」

「祖父ちゃんも去年死んじまったよ」

「…そう」

「まぁ、だから山の手入れがあるから学校に行っている暇なんてないんだよ。別に進学する気も無いし。このまま椎茸や炭焼きで細々と暮らしていくよ」

「ダメだよそんなの。君はまだ若いの。自分で進む道の幅を狭めちゃだめ。どんなに無意味に思えても、十年、二十年経てばきっと学生生活はヒサ君の人生にとって意味のあるものになるはずだよ。今をもっと大切に生きなきゃ」

「ああ…まぁそうかな」

 適当に相づちをうつ久司。心の中では…

(この人、人の話全く聞かないからな…そのくせ言うこと聞かないとすぐ怒る。全く面倒な人と再会しちまったな)

「それじゃあ、明日からちゃんと学校来るのよ」

「うん。分かったよ」

 満足げな顔で帰ってゆく舞華。

「まあ、行く気はねーけど」

舞華の姿が見えなくなった所で、ボソリと呟く久司。


意気揚々と朝の教室に姿を現す舞華。

 笑顔で出席簿を開き。教室を見渡す。そこに久司の姿は無い。

「あれ?坂上君は?」

 クラスメート男子「来てないですけど。いつも通り」

「そう。わかった」

 笑顔のまま舞華は出欠を取り始める。


 山の斜面で、籠を片手に椎茸を取っている久司。

「ふぅ、今日も暑くなりそうだ」

 空を見上げ、清々しく呟く久司。

「ひっさくーん。ちょっといいかな」

 そこには満面の笑みを浮かべる舞華の姿があったる

「あれ、学校はどうしたの?」

「それはこっちの台詞なんだけどなー」

 笑みを崩さない舞華に表情を引きつらせる久司。

「あの…怒ってる」

「うんん。怒ってないよ。それとも私が怒るような心当たりでも」

 目を細める舞華。

「あっ、えっと」

(やばい…やばいぞ…。あの目は昔舞姉が大切にしていた本を汚した時と同じ反応だ)

 ダラダラと嫌な汗が流れていくのを感じる久司。

「私さ、忘れてたよ」

 一歩、歩み寄る舞華。

「なにがでしょうか?」

 背筋を伸ばし、敬語になる久司。

「君ってさ、いつもその場しのぎの嘘つくよね」

 また一歩歩み寄る。そして久司は後ずさる。

「えっと、それは…」

「ほんと口約束なんて当てにならないよね。そう思ってたら君の家の車庫でいい物を見つけたんだ」

 近づく舞華と後ずさる久司。お互いに等間隔を保ちながら移動していく。

 そんな中、舞華はバックからあるモノを取り出す。

「それは亡きトチ(愛犬)の遺品。『使い込んだ首輪』アンド『古びたリード』そんな物をどうしようというんでしょうか?」

「もう、分かってる癖に。これの使い方なんて一つしかないでしょう?」

「いえ、皆目検討がつきません。それはワンちゃん用であるわけですから」

「缶詰タイプのドックフードとかってさ、人でも普通に食べて問題ないらしいよ」

「いや、脈絡無くそんな事言われても」

「脈絡まで説明してほしいの。ホント甘えん坊だな。つまり学校への行き方を忘れちゃってるみたいな君に私が優しく手を引いて学校まで案内してあげようっていうのよ」

 ドンドンと血の気が引いていく久司。久司はその場に土下座をする。

「勘弁してください。そんな所ほかの人に見られたら、俺、ここで暮らしていけなくなっちまう」

「でもね~君は約束守らないから」

 舞華はリードを二つ折りにしてパチンと乾いた音を響かせる。

「守ります。マジで守ります。明日はどんな事があっても学校に行きますから」

「明日?」

 舞華は心底不思議そうな顔で首を傾ける。

「ああ、明日は絶対に―」

「明日なの?」

「いや、だって…何の準備もしてないし」

「一日もかけて何を準備するの」

 その間もパーン。パーンと断続的に乾いた音が響き渡る。

「…今から準備して、すぐに学校に行きます」

「よろしい。なら私も手伝ってあげる」

 笑顔から禍々しさが堕ちる。久司は生還の喜びを込め大きなため息を吐く。

「いや、アンタ先生だろ。学校に帰らないと不味いんじゃ…」

「大丈夫よ。そこら辺はちゃんと根回ししているから」

「…相変わらず変な所が計算高いな」

「何かいった」

「いいえ、何も」


 一時間後の学校。

「うーす」

 げんなりした様子で教室に入る久司。 クラスメート男子1「あれ、坂上じゃん」

クラスメート男子2「どうしたんだ?お前、隠遁者になるって俗世を捨てたんじゃなかったっけ」

 以外な人物にクラスメート達が奇異な目線を久司に向ける。

「うっせーよ。俺にもいろいろあんだよ」

 そこに舞華が入ってくる。久司を見てニッコリと微笑む舞華。

 それを見て、ゾックリと震える久司。

「さあ。座って。授業を始めるわよ」


 二人で帰り道を歩く久司と舞華。

「今日さ。ひー君を連れていった事で職員室で学年主任の谷村先生に褒められたの。とても新任の教師だと思えないって」

「とても教師と思えない方法をとったからな」

「なんか言った?」

「いえ…」

「だから明日はもう一人の不登校児の丙燐火さんの所へ行きましょう」

「行ってくるの間違えじゃあないのか」

「もう。いけずなんだから~。私一人でいったら警戒されちゃうじゃない。ここは同じ引きこもりのシンパシーによってその子の心をこじ開けるのよ」

「俺にそこ子の心壊せと言うのか?」

「もう、人の心がそんなに簡単に壊れるわけないじゃない。たとえそうだとしても、一度壊れるくらいのほが強くなれるわ」

「骨折じゃないんだから…」

「さぁ…この学校の引き篭もりを撲滅するわよ」

「過程が目的になってるし…」

 大きくため息を吐く久司。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ