美しい世界(下)
縦書きの方が読みやすいです。
5
寺山千秋について。
同い年。
幼馴染。
家が近所。
いつ出会ったか、もう覚えていない。
子供の頃はいつも一緒に居た気がする。
中学の頃からか距離が出来て。
高校に入ってからはほとんど会っていない。
いや―――意識的に避けていた。
今の私では、彼に会いたくなかった。
今の私を、彼に知られたくなかった。
「ハナ、お前、何やってんだよ!」
それは、小学校六年生の時の思い出。
その頃から私は今と同じような性格だったわけで、クラスのみんなとも上手く出来なかった。かといって、苛められていたわけではない。どちらかといえば私は苛めていた側だと思う。そう自負(?)している。だから、全くかわいそうな子ではなかったはずだ。無視されれば、相手が何をしてこようが、徹底して無視し返したし、机に悪戯してきたら、その犯人を見つけ出して、その子の家に悪戯してやったものだ。当時の私は一人で戦争をしているようなものだった。そんな筋金入りの嫌われ者の私にも、一人だけずっと変わらずに友達でいてくれた、それが寺山千秋その人だったというわけ。
その時も何かの報復攻撃か、先制攻撃か忘れたけれど、私はある女の下駄箱にありとあらゆる汚物(生ゴミ、犬の糞、小動物の死骸、トイレの三角ボックスの中身、その相手を誹謗中傷した印刷物、藁人形、などなどとても映像化不可能なもの達)をありったけの悪意と一緒にギュウギュウに詰め込んでいたところだった。そこに何故か彼が現れて、そして私を哀れむような、そんな顔で言ったのだった。
「何やってんだって訊いてんだよ!何でそんな事してんだ?」
「・・・チアキ・・・なんであんたが・・・・?」
その時チアキの後ろに数人の女子の顔が見えた。
ああ・・・そういうこと・・・・。
まったく・・・ほんとに気持ち悪いわ・・・。
「三島さん、ひっどーい。」
一人の女子ががそういうと、他の女子たちもそれに続き、口々に私に非難を浴びせた。
「寺山君、この子、何もしてないのに三島さんにあんなことされたのよ。酷くない?ねえ?」
「私・・・三島さんに寺山君と仲良くするなって言われて・・・いやだって言ったら・・・あんな・・・。」
そう言うとその子は泣き出した。
「ハナ・・・本当なのか・・・・?」
チアキが私に訊ねる。
そんな、悲しそうな顔しないで・・・。
チアキの後ろの女子たちがニヤニヤ笑っている。
なんと、さっきまで泣いていた女も笑っている。
嘘泣きって・・・おい。
「なあ・・ハナ・・・嘘だよな・・・?」
「その子が―――」
私は睨みつける。
「その子がそう言うならそうなんじゃないの?」
私に向けられた悪意に負けないように、睨みつける。
「そんな眼で睨まれたらこわーい。」
「ちょっと黙ってろ!」
私を茶化してきた女子達を一喝してチアキは続ける。
「なあ・・・何でなんだよ・・・?そんな奴じゃないだろ・・・?」
「・・・私は・・・その・・・。」
確かに、その子がチアキと仲良くしてたのもムカついてたし。
最初はどっちから始めたかももう忘れちゃったけれど。
もう、戻れない。
「私は・・・・チアキが思ってるような子じゃないよ・・・・。」
私はもう駄目だ。
「そんな、いい子じゃないよ・・・。もう・・・駄目なんだよ・・・。」
「ハナは・・・いいやつだよ。僕はちゃんと知ってる・・・。」
「チアキは・・・チアキは何も分かってないよ・・・。」
私はそのまま、そこから逃げ出した。チアキはもちろん追いかけてきた。追いつかれた私は、家に帰るまで一言も口を利かなかった。チアキもそんな私に何も言わなかった。
その後、私たちがどうなったか良く覚えていない。チアキは変わらずに私に接していてくれたと思うし、私も相変わらず一人で戦争を繰り広げていたと思う。結局、何も変わらなかったように思う。
私はいつも汚れていて。
彼はいつも正しかった。
彼の大好きで、
大嫌いな所。
閑話休題。
相変わらず校門前にて。
「いや~いなかったらどうしようかと思っていたよ。」
何故か嬉しそうなチアキ。
「他に誰も居ないしさ~マジで不安だったぜ。」
「チアキ、何でここに来たの?」
「何でっていわれてもなー。まあ、僕って超能力者だから、それでこう、テレパシー的なあれでなんとなく?」
「えぇっ?チアキって超能力者だったのっ?」
にしても、なんとなくってなんだよ。
「はははっ冗談だよ。そんなわけ無いだろう?お前は相変わらず騙されやすいな。」
あははは、とチアキは明るく笑う。
「こんな時にそんな冗談言わないでよ!みんな居なくなっちゃうし、変な女にからかわれるし、もう最悪なんだから!」
変な女は私だけれど・・・。
みんな居ないのも私の都合だけれど・・・。
「悪りぃ悪りぃ。まさか、本当に出会えるなんて思っていなかったから、うれしくってさ。何ていうか・・・不思議な話なんだけれど・・・昨日の夢にお前が出てきてさ、久しぶりだな~なんて思っていたら、ここに来いってそれだけ言って消えちまったんだよ。で、朝起きたらみんな居なくなっているし、どうしようかと思ってとにかく来てみたらお前が居て、何だか嬉しいというか、懐かしいっていうか、まあ、驚いたぜ。ところで、お前はどうして?」
「私は・・・普通に登校して・・・。」
教室に行ったら自分がいて、
私のせいでみんな消えちゃって、
私の望んだものだけが具現化して、
なんて―――言えるわけ無いじゃん!
「・・・・まあ色々あって・・・ま、まあ私のことはいいじゃん。」
「ふぅ~ん。」
チアキはなんとなく腑に落ちない感じだった。
「ま、まあいいじゃない!久しぶりにこうやって会えたんだし。そ、そういえば、元気だった?」
誤魔化す。
「まあ、元気といえば元気だったけど・・・。お前の方は何か色々目立ってたみたいじゃん。元気そうで何よりだよ。」
「全然・・・。最悪よ・・・・。」
「最悪って・・・。だって、モデルとかやってたんだろ?すげーじゃん。」
「そんな事無いわよ・・・・最悪よ。」
その結果、私は今、こんなことになっているんだし。まあ、私がそう望んだらしいけれど。
「・・・そんなもんか・・・?」
「そう・・・そんなもんよ・・・。」
チアキはそれ以上何も言わなかった。
何も訊いてこなかった。
そうだ。
昔からそうだった。
チアキはそういった優しさも持っているんだった。
―――いや、冷たさか。
「さ、て、と、これからどうしよっか?」
チアキが少しわざとらしく背伸びをして言った。
「どうするっていってもねー・・・・。」
このままここに居てもしょうがないし。
かといって、どこかに目的地があるわけでもないし。
ただただ、彷徨うだけ―――。
「うーん・・・私的には何か、どっかに連れてって❤って感じなんだけど・・・・?」
などと柄にも無くカワイ子ぶる私。
それどころじゃないって。
「・・・そうだな。まあ、ここに居てもしょうがねぇもんな。よし!どっか連れてってやるから後ろに乗れよ。」
「えっ・・・?うそ・・・?」
ちょっと・・・冗談のつもりだったのに・・・。
「嘘も何も、お前がねだったんだろ?」
「でも・・・。」
「だって、どうせ多分夢かなんかなんだろ?夢から覚めてもまだ夢の中だなんて、劇中劇みたいで何だか混乱するけど、これも目が覚めるまでだろ?だったら、この変な世界を楽しんでやろうよ。人が誰も居ないって何でもやり放題だぜ?じゃあ、楽しまなきゃだろ。」
そうか、勘違いしてるんだ。
そりゃあ、そうよね。普通こんな事ってありえないもんね。夢だと思うはず。
「そうね・・・・そうね!そうだね!そうだよ!楽しもう!じゃあ、どっか連れてってよ!」
「よし!そうと決まれば、早く後ろに乗れよ。」
チアキは自転車の荷台をポンポンと叩きながら、笑顔で言う。まるで、あの頃のように。
「うん!」
私は、荷台に飛び乗った―――ら危ないので、まあ普通に乗った。男の子とこんな風に二人乗りするのなんて初めてだ。
「何だか楽しくなってきちゃった。ねえ?どこに連れてってくれんの?」
「それは、やっぱり秘密だろ。」
そう言うと、チアキは勢いをつけて自転車をこぎだした。
「しっかり掴まっとけよ!」
その時―――
私は、自分がどういった状況に置かれているのか考えるのをやめてしまっていた。
そのことから目を背け、
そのことから逃げて、
自分を騙し、
彼を騙していた。
「うん!」
私はチアキの少し大きくなった背中にしがみついた。
私を乗せた自転車は、どんどんスピードを上げて坂を下っていったのだった。
6
以下、雑談。
「ところで、自転車の後ろってあれね、お尻が痛くなりそうね。」
「お前はこいでないんだから文句を言うなよ。」
「だって、私こんなの初めてなんだもん。」
「なんだよ、その、艶かしい台詞は!」
「だってぇ・・・私・・・こ、こんなの初めて・・・なんだもん・・・。」
「おい!より、エロくなったぞ!」
「あ~あ・・・スカートに皺がよったらどうしてくれるのよ?こんなにお尻に衝撃を与え続けたら、横に割れちゃうわよ。」
「お前、オヤジみたいなこと言うな・・・。もしそうなったら僕が責任をもって揉み解してやるよ。うえっへっへ。」
「いや、あんたの方がオヤジだしっ!」
「いや、お前の方がオヤジだしっ!」
「あんたの方が!」
「お前の方が!」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・まあ、いいわ。で?あんたの方は最近どうなのよ?」
「うわっ!おっさん臭!」
「それは、もういいわよ!で?」
「僕はまあ・・・そこそこだよ。高校は結局スポーツ推薦で行ったからね。バスケ三昧だよ。」
「ああ・・そういえばそんなキャラ設定だったわね。すっかり忘れていたわ。」
「キャラ設定って・・・。」
「中学の時はすっかりグレちゃって・・・・でもバスケ部の恩師の前で改心して、確か泣きながら言ってたもんね。・・・・バスケがしたいです・・・って。」
「いや、そんな素敵な思い出はないけど。」
「きっと、テツオも喜んでいる事だわよ。」
「テツオって誰だよ!」
「あんたの不良仲間じゃない。もう忘れたって言うの?薄情な奴ね。」
「そんな仲間なんていないし!ていうか、一体いつまで三井ネタで引っ張る気なんだよ。もっと普通にバスケしてるよ。」
「へえー。そういえば、子供の頃からバスケしてたもんね。良かったじゃん。」
「良かったのかな・・・?なかなか試合に出してもらえないし、先輩もやな奴ばっかで、ミッチーじゃねえけど辞めたくもなるよ。」
「・・・・なんか、あんたの口からそんな弱音を聞くだなんて思わなかったわ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・なんか言いなさいよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・ねえ。」
「・・・・・・・・。」
「ちょっと、何か話してよ。」
「あっちょんぶりけっ!」
「??」
「確かに僕に弱気は似合わないよな!この話はやめよう!せっかく久しぶりに会ったんだしな!」
「あんたも色々あるんだね・・・・。にしてもあっちょんぶりけは無いでしょ!」
「いいじゃねえか。誤魔化したんだよ。」
「誤魔化すにしても、何か他の台詞は無かったの?」
「じゃあ・・・クピプッ!」
「何故がっちゃん?何故そのチョイス!?」
「だ~れが殺した―――。」
「クックロビン!・・・・って確かに誤魔化せてるけど!いや、誤魔化されてしまったけれど!」
「あの漫画、すげえよな。基本的に美男子と美少年しか出てこないんだよ。アンドロイドとかも出てくるし。誤解を怖れずに言うならパタリロはBL腐女子漫画の元祖だといえるだろう!日本のサブカルチャーの夜明けである!」
「誤魔化せても誤解はされるわね・・・・。それよりも、チョイス古くない?」
「ああ・・・それはほら、僕ってスポーツ推薦だから・・・な?」
「ああ・・・そうね・・・ってなるわけないでしょ!何、当然だろ?みたいなノリになってんの!全然、関係ないじゃん!」
「ほら・・・スポーツ推薦だから・・・な?」
「何で、今、二回言った?押し切れないよ!全然押し切れてないよ!」
「そんな冷たい事言うんじゃない、マライヒ。」
「ああっ!バンコラン!・・・って何やらせるんじゃい!」
「ハハハ、お前なんか、変わったな。あっ、もちろんいい意味で。」
「変わってないと思うけれど・・・。それにしても、結構、遠くまで行くのね。どこまで行くつもりなの?」
「まあ、もう少しだから、任せてて。」
「ふ~ん。じゃあ、何か面白い話してよ。」
「面白い話ねぇ・・・・。ハードル高いなぁ・・・。」
「ど・ん・な・は・な・し・か・なぁ~。」
「よし!こうなったら・・・俺と・・・・運命のデュエルだ!」
「デュエル?」
「まずは俺のターン!ドロー!」
「ターン?ドロー?」
「俺は手札から速攻魔法『昨日見たテレビ』を発動!この効果で俺はお話を一つすることが出来る。」
「効果がショボイ!」
「都内に住むSさんの話なんだけど、ある蒸し暑い夜に、寝苦しくて夜中にハッと眼が覚めたんだって。で、喉はカラカラだし、汗だくになってるから、おかしいなぁ・・・って思って、水を飲みに台所へ行ったんだ・・・・。すると、寝室の方から何か気配がする。やだなぁ~こわいなぁ~って思いながらゆーっくりゆーっくり部屋に戻っていって、部屋のドアを開けたらなんと部屋の中が物凄い暑いんだって。えっ?なんで?部屋の冷房は入っているはずなのに・・・・?不思議に思ったSさんは、怖くなって・・・リモコンを見たら・・・・」
「リモコンを見たら・・・・・?」
「なんと・・・そこには・・・・『暖房』って表示されてたんだって。あるよね?冬に暖房にしてて、そのまま夏に初めてつけた時に間違っちゃうの。って痛!何で叩くんだよ!」
「てっきり怪談だと思ったじゃない!何よ!そのつまらない話は!」
「これで、俺はターンエンドだ!さあ!次はお前のターンだ!」
「私のターンって何よ?」
「いや、だから僕は一つ面白い話をしたんだから、次はハナがしろよ。」
「嫌よ!なんで私がそんなことしなきゃなんない訳?大体、今の話ってそんなに面白くないわよ。雰囲気で笑かそうとしているだけじゃない。そんなの駄目よ。」
「なんだとぉ・・・・よーし、わかった。それならここからはずっと俺のターンだ!」
「だから、ターンって何よ?」
「罠カードオープン!『どうでもいい豆知識』発動!」
「・・・・何よ。トラップって?って、もう、突っ込むのもしんどいわ・・・。」
「トイレの便器とかを作っているメーカー、TOTOとINAXなんだけど、実は昔は同じ会社だったんだよ。でも、跡継ぎの問題で、兄弟が喧嘩別れして二つの会社になったって知ってる?その証拠にふたつの社名をひっくり返すと・・・・。」
「ひっくり返すと・・・・?あっ・・・『おとうと(OTOT)』と『あに(ANI)』だ!」
「そーうなんですっ!・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「ですっ・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・返事が無い、どうやらただの屍のようだ・・・・。」
「いや、勝手に殺すなよ。その、ドヤ顔に呆れているだけよ。まあ、少しだけ感心してしまったけれど・・・。」
「ハハハ、そうだろう。ただ、今の話は本当はどうやら嘘らしいけどなっ!」
「なんとっ!」
「そうだ。だから、トラップなのだっ!」
「騙された!」
「ハッハー騙されてやんの。ばーか、ばーか、ばー、痛っ!バカ!叩くな!あぶねーだろが!ってだから、痛いって!」
「何よ!ばっかじゃないの!さっきからつまらないっつーの!もっとインパクトがあって、面白い話は出来ないの?こんなんじゃ私は満足されないわよ。」
「そんなこと言われてもなぁ・・・う~ん・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・う~~~~ん・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「き、亀頭戦士、コ、コンドム!・・・・・とか言っちゃたり?」
「・・・・・・・・・・・・・・サイテイ。」
「いやっ!違うんだ!これは、その、気の迷いというか、何と言うか、ほんとはこんな事言いたくなかったというか、ああ、そんな極寒の瞳で僕を見ないでくれ!」
「・・・・・・・・・。」
「いや、だから、ほらっ何か違う話をしよう!そうだ、それがいい!うん、僕は今、お前の好きな食べ物に、急にとてつもなく興味がわいてきたぞ!さあ!教えてくれないか?お前は何が好きなんだい?」
「・・・・寿司。」
「ほほぉ寿司か!なかなか渋いな!ネタは何が好きなんだ?」
「・・・・トロ。」
「トロか!高いぞー!トロでも色々あるからな!どこがいいんだ?」
「・・・・中。」
「中トロとは、御目が高い!なかなかその歳でそこは選ばないよ。さすがと言わせてもらおう!・・・・・・て言うか出来るだけ言葉を少なくしようとしてないか・・・・?ああっ!振り返るとまだ、極寒の瞳でこっちを見てるし!そんな目で見られたら、松岡修造でさえ、凍えてしまうよ!」
「・・・・・・・・・。」
「・」
「・・・・・・・・・・・ぷっ!」
「?」
「・・・くくっ!・・ぷぷっ!・・・」
「??」
「あはは・・・・くっ・・・ははははっ」
「???」
「あはははははははははははっ」
「へっ?」
「あはははは、もう駄目!我慢できない!あはははははははっ!」
「あれ?笑った?」
「あはははは、だって、バカみたいなんだもん。」
「笑われてる?」
「あはははははははははははははははははははっ!」
「・・・・ふふ・・・ははは・・・あははははははははっ!」
「あはははははははははははははははははははっ!」
「あはははははははははははははははははははっ!」
「あははは・・・あー笑った笑った。こんなに笑ったのっていつぶりだろう?」
「あははは・・・確かに。最近ってこんなに笑わなかったかもな。」
「そうだよね。子供の頃って、何であんなに毎日笑えていたんだろう?一体何がそんなに面白かったのかな?」
「それは多分、毎日が今よりも面白かったんじゃなくて・・・・。」
「・・・・・?」
「僕らが笑っている記憶しか覚えていないだけなんだと思う。」
「・・・・そうなのかな?私は今よりも子供の時の方が色々楽しかったように思うけど・・・・。て言うか、今が最高に最悪なんだけど・・・。」
「そうかもしれないけれど・・・・きっと、子供の頃にもいっぱい嫌な事や、辛い事、自分の思い通りにならない事はあったんだと思う。・・・上手く言えないけれど、きっと、僕らはあの頃の自分達は楽しくて、輝いてて、無敵で、その思い出があるからこそ、今がつまらない、面白くない、そんな風に感じてしまうんだと自分に言い聞かせて、自分を納得させている。僕はそんな気がするよ。」
「・・・そうかも・・・・しれないわね・・・・。」
「・・・・そういえば、覚えてるかなー?子供の時に一緒に、遊園地に行ったよな?」
「ああ・・・覚えてるわよ。行ったけど、入れなかったやつだよね?」
「そうなんだよな。僕、バカだから遊園地に入るだけでお金がいるだなんて知らなくて。てっきりアトラクションごとに料金を払うんだと思ってたんだよな。で、お前が移動遊園地のメリーゴーラウンドに乗りたいって言うから、一緒に行ったけど、結局、二百円じゃ中に入ることさえ出来なかったんだよな。」
「今も昔もほんっとバカよね・・・。それで、それがどうしたのよ?」
「ふふふふ・・・それはこういう事だよ。」
「なに?どういうことよ?一体何が・・・・。」
―――雑談終了。
チアキが眺める視線の先に、チアキにつられて視線を移す。
そこには―――
遊園地があった。
町の中心から少し外れた緑地公園。
普段はジョギングや散歩をする人たちが行きかっている。
もちろん今は誰一人いない。
一つの人影も無いその公園に。
きらびやかな遊園地があった。
「やっぱり、あった。」
チアキが遊園地を眺めたままつぶやいた。
「えっ?どういうこと?」
「この世界はどうやら、何でも思い通りになるみたいだろ?だから多分、遊園地、あるんじゃねぇかなって思って。」
あれ?チアキ、勘違いしてる。この世界は私の思い通りになって、こんな誰もいない世界になったのに・・・。
「この遊園地が、あんたが私を連れてきたかったとこなの?」
「ああ、そうだよ。」
「でも、なんで?」
「だって、約束したじゃねぇか。」
「約束・・・?」
チアキは遊園地から私に視線を移し、照れたように微笑んだ。
「ほら、僕が遊園地に連れてってやるって言ったじゃねぇか。」
7
「困ったなあー。ちゃんと、お金を払わないと入れないんだよ。」
その係員は本当に困った顔で私たちにそう言ってきた。
「そんな~。」
「なんで~。」
私たちは口々に不満を言った。
「そうは言ってもね~。僕たち二人だけで来たの?お父さんやお母さんは?」
「こいつのかあちゃんたち、『遊園地はいけません!』っていうの。だから、ぼくがつれてきてあげたの!」
そう言われて係員はますます、困った顔になっていった。
「困ったなあ・・・。」
「ねえ、おじちゃん、こいつだけでもいれてよー。ふたりのおかねあわせてもだめ?」
「そんなのいやだよ。チアキもいっしょじゃなきゃ、やだ!」
私はぐずりまくっていた。
「もういいよ!わたし、もう、ゆうえんちなんかいい。もうかえる!」
「なんだよ!ハナがいきたいっていったんだろ!」
「わたしそんなのいってないもん!」
「ほらほら、喧嘩しないで。確かに一人だけなら入れるよ。でも一人だけだと、ちょっと寂しいかもね~。どうしよっか?」
本当に優しい係員さんだ。よくもまあ、こんな子供のわがままに根気良く付き合ってくれるものだ。この時も喧嘩寸前の私たちを仲裁しながらも、優しくなだめてくれている。
「なあ、ハナ、いってきなよ。せっかくここまできたのに・・・。」
チアキはまるで年下の妹に言って聞かせるように、言い含めるように私にそう勧めた。
「いや!チアキといっしょがいいの!」
私はかぶりを振りながら、泣きじゃくった。
「じゃあ、もうかってにしろよ!」
「うえーーん。チアキがおこったー」
「なんでなくんだよ。・・・ぼくまで・・なきたくなるだろ・・・うわーーーん」
「うえーーーーーん」
「うわーーーーーん」
大泣きの幼稚園児二人を前に、係員が一番泣きたかっただろう。
―――そうだった。
私は思い出した。
確かに私はチアキに『遊園地に連れてって』って頼んだし、チアキは私に『連れてってやる』って確かに約束した。はず。
それにしてもまだ、覚えていたなんて・・・。
何だか嬉しいような恥ずかしいような・・・。
まあ、何にしてもこいつも相当なお人好しだな。
「さ、て、と・・・どれから攻める?」
私たちが到着した遊園地は、移動遊園地にしてはかなり立派な規模だった。目移りするほどアトラクションもあるし、フードコートもなかなかの充実ぶりだ。ただ、普通の遊園地と違う点は、こんなにちゃんとしたいかにも楽しそうな遊園地なのに誰一人、客がいないことだった。誰も居ない(もちろん係員も)入場ゲートを二人でくぐり、チアキは私に訊いてきた。
「やっぱり昔の約束どおりにメリーゴーラウンドからにするか?」
「はあ?あんた馬鹿ぁ?この歳にもなってそんなのに乗るわけ無いじゃん。」
「そうか・・・・。」
チアキ、ごめん。私は素直ではないのだよ。
チアキは一瞬寂しそうな表情を見せたけれど、すぐにいつもの人の良さそうな顔つきで、
「じゃあ、やっぱ最初は絶叫系だな!」
と、決めるやいなや私の手をとって走り出した。
「ちょっ・・・いきなり走らないでよ!時間はいくらでもあるんだから!痛いって・・・あはは・・ちょっと待ってって。あはははは」
私たちは笑いあいながら無人の遊園地の中、駆け出した。
短いけれど結構スリルたっぷりなジェットコースター。
見上げるほど大きな・・・ってほどでもない観覧車。
人が居ないことによってより恐怖が増したお化け屋敷。
全てのゲームがやり放題のゲームコーナー。
全品食べ放題のフードコート。
公園に出現した遊園地は、一般的なそれと比べると決して大きい部類には入らないだろうけれど、二人だけで遊ぶには十分だった。それから私たちは次々に思いつくままアトラクションを何周も回り、ゲームコーナーでむきになって対戦したり、フードコートの全商品を少しずつ摘み食いたり、で、またアトラクションを何周も回って、対戦して、摘み食いして、日が暮れるまで遊んで、遊んで、遊びつくした。
それはまるで―――
今までの空白の何年間を埋め、昔の私たちに戻すような、そんな時間。
楽しくて、愉しくて、悦しくてしかたない。
ここでなら、この世界でなら、私はキレイでいられる。
何にも汚される事無く。何も汚す事も無く。
いつまでも純粋なままで―――。
いつまでも純白なままで―――。
いつまでも純潔なままで―――。
いつまでも―――。
いつまでも―――。
いつまでも―――。
いつまでも、チアキと二人で―――。
あっ、そうか。
思い出した。
こんな大事な事忘れてたなんて。
随分とどうかしていたのね。
私はチアキが好きだったんだ。
いつから好きだったのかはもう定かではないけれど。
私は確かに好きだったんだ。
好きだったから、汚れていく私を見せたくなくて離なれていき、好きだったから汚れた私にも変わらず接してくれるチアキのことが嫌いになったんだ。
そうだった。
でも、今は私の穢れは全部、剥がれ落ちて―――
この世界でなら、私は綺麗なままでいられる。
だとしたら・・・?
だとしたら・・・私はもう一度チアキを好きになれる。
昔と同じようにチアキを好きでいられる。
「次は、何に乗ろっか?」
「そうね・・・・やっぱりアレかな」
「ははっ!なんだよ。やっぱ、乗るんじゃん!それにしてもお前、ほんと好きなんだな、アレ」
私たちの視線の先には、この遊園地の中でも飛び切り立派なメリーゴーラウンドが輝いていた。
「私、好きなものは最後に取っておく主義なのよ。」
日もだいぶ暮れかけていたので、メリーゴーラウンドの豪華さがより強調され、キラキラと輝きながら回るそれはまるで夢のようだった。
「ほら、チアキも早く!」
私はチアキの手を引く。
「ぼ、僕はいいよ!」
光り輝く円形に駆け上がる。
「何でよ!一緒に乗ろうって約束したじゃない!」
私は小さな馬車に腰掛ける。
「言ったはずよ。チアキも一緒じゃなきゃ嫌だって」
小さく微笑む。
「お前・・・覚えてたのか・・・」
「さっきまで忘れてたんだけどね・・・。だから・・・だから一緒に・・・・一緒に乗ってよ」
それなら、とチアキは私の斜め前の白馬に跨り、王子様みたいだろ?とはしゃいだ。私は目を細め、笑いながら頷いてあげる。
そして、私たちはメリーゴーラウンドに乗ったまま沢山の事を話した。自分の事、家族の事、学校の事、楽しい事、辛い事。時にはふざけて、時にはまじめに、私たちは本当に沢山、沢山話した。その話にお互い驚き、また共感し、分かり合い、分かち合い。私たちは子供の頃のように笑いあった。そう、子供の頃私たちはこんな風にいつもおしゃべりをして、遊んでいたんだった。
その間、二人を乗せたメリーゴーラウンドはクルクルと何度も回り続けた。そして―――メリーゴーラウンドが一周回るたびに私の中のある想いが、どんどん大きくはっきりしたものになっていく。
それは―――
私は、寺山千秋が好きだ。
そんな、単純な想い。
でも、とても大切で、とても強い想い。
自分でもおかしいと思う。だって、さっき久しぶりに会ったばかりだし、いきなりそんな・・・なんて。だけど私はさっきからずっとこう思っているのだもの。
『ずっとこのまま一緒にいたい』
この気持ちを伝えたい。
これって、好きって事だよね?
こんな私でも他人を好きになれるんだ。
こんな私でも他人を好きになっていいんだ。
私は嬉しくて晴れやかで、少しだけ恥ずかしいこの気持ちを、早くチアキに伝えたかった。
「・・・あのさ・・・チアキ・・・」
私は勇気を出して、おずおずとチアキの背中に話しかけた。すると、その同じタイミングでチアキはひらりと白馬から飛び降りた。
「さてと・・・楽しかったな。でも、もう暗いしそろそろ帰るとするか?」
チアキは向こうを向いたまま一つ伸びをして言った。
「あっでも夢だから、帰るって言うか覚めるって言った方がいいのか」
チアキはそう言うと振り返り私に満面の笑みを見せた。
「えっ・・?何、言って・・・」
そうか・・・チアキはこの世界が夢だと思っていたんだった。
「夢から覚めてまだ覚えていたら、会いに行くよ。また遊ぼうな」
「夢じゃないって言ったら・・・?」
「へっ?」
チアキは笑顔のまま固まった。
「ハナ、お前何言ってんの?」
「だから、本当はこれは夢じゃなくて、この世界にはもう私とあんたしかいないのだとしたら・・・・?」
「何・・・?どういうことだよ・・・?」
私はチアキの顔を正面から見据えた。
メリーゴーラウンドはいつの間にか止まっている。
「な、何だよ、その顔は・・・」
「ねえ、チアキ・・・・この世界で私と・・・私とずっと・・・」
「ちょっ・・・何、言う気だよ・・・おまっ・・ちゃんと説明―――」
「ちゃんと聞いて!」
私はチアキに詰め寄る。
「この世界は・・・私の思い通りになるの。これは現実なの・・・。私が・・・私が望んだから・・・みんな居なくなって・・・」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て!何?これって夢じゃねえの?」
「そう・・・夢じゃない・・・この世界にはもう私たちしかいないの」
きっと、そう私が望んだから・・・。
「じゃ、じゃあ、お前がみんなを消したってのか?」
チアキは責めるように強く言った。
「・・・・そう」
「で、俺だけ残したって事?」
「・・・・そう」
「そんな・・・なんで・・・・?」
「それは・・・・」
私がそう望んだから。
「なんで・・・なんで俺だけ・・・?」
「それは・・・・」
私がチアキのことだけを求めたから。
私は責められて俯いていたのだけれど、意を決し顔を上げて、もう一度チアキの瞳を見つめる。
自然と眼が潤んでくる。
でも―――
今から私はとても誇らしい事を告げるんだ。
胸を張ろう。
「それは・・・・私が・・・チアキのことを―――」
「消したって事は、また出せるって事だよな?」
私の言葉を遮るようにチアキは続ける。
「何でそんなことになったかはさて置き、もし、その話が本当なら早く元に戻してくれよ、ハナ」
少しの間、思案するように黙っていたチアキは明るくそう言った。
そう言い放った。
「えっ・・・?今・・・何て・・・・?」
「いや、だから・・・みんなを消したのがお前なら、出す事も出来るかと・・・って何、怖い顔してるんだよ?」
「・・・何で・・・そんな・・」
「えっ?何て?聞こえない」
「何で・・・何でそんな事いうのよ!」
私の剣幕にチアキは驚いて少し後ずさる。
「何でって言われても・・・」
「私が望んでみんなを消したのよ!私は今のこのままがいいの!チアキと・・・あんたとずっと二人がいいのよ!」
「お前・・・何、言ってんだよ・・・」
「私はこのままがいいの!二人でずっとここで暮らすのよ!」
「そんなこと、出来るわけ無いだろ?」
「出来るわよ!だって私の思い通りになるんだもん!ご飯だって他の事だってなんだって思い通りなんだから!」
私は混乱して次々といろんな事を口走った。
「ちょっと待てよ!じゃあ、何か?お前はみんなが消えたままでいいって言ってんのか?」
チアキが少し口調を強くして私に詰問する。
「そうよ!私はあんたと二人だけでいいのよ!」
「お前、自分が何言ってるか分かってんのか?親や友達も消えたままでいいって事だぞ?」
「私には友達なんかいないし、親なんて元々いなくなればいいって思ってた。あんな世界、消えちゃってせいせいするわ!」
この私の言葉に空気が変わった。
チアキはまるで救いようの無いものを見るような目で私を見る。
「お前・・・何か変わったな・・・・」
「・・・・・えっ?」
―――何か違う。
「僕の知ってるお前はそんなこと言う奴じゃなかったぞ・・・」
―――何でそんな顔で私を見るの・・・?
「わ、私は変わってなんか無いわよ・・・。昔からこんなだったわ!」
―――違う。
「そうよ。私はもう、汚れきっているのよ!もう駄目なの!」
―――こんなこと言いたいわけじゃない。
「もう手遅れなのよ!もう・・・私の事なんか・・・ほっといてよ!」
「・・・・・・・・・」
チアキは泣きそうな、痛々しいような、悲しいのをこらえているような表情だった。
「・・・・ハナ・・・僕はそんなお前でもかまわない」
それでも力強く私を見つめる眼。
「お前が自分の事を汚れているって思うなら、それごと僕が包んでやる。お前はそのままでいいんだよ。だから・・・そんなに自分を嫌うんじゃない。」
チアキの言葉は私の心に染み入った。この言葉で報われた気がした。
「だからさ・・・・やっぱり帰ろうぜ。もとの世界に戻そう」
「・・・きっと、そう言うと思ったわ・・・」
やっぱりそうだ。チアキはそういう奴だ。
チアキの優しさが私を包み、冷たさが私を貫いた。
「・・・・・・嬉しい・・・ありがとう・・・・」
涙が溢れて頬を伝っていく。
「でも・・・もう駄目なの・・・ごめんね・・・」
「ハナ・・・?」
「チアキの事大好きだったよ。私、多分ずっと大好きだった。」
私は精一杯微笑んだ。
「だけど・・・・だから・・・バイバイ」
「ハナ!僕は―――」
―――そして
チアキは私の目の前から消えた。
まるで初めからそこにいなかったように―――。
「あ~あ・・・私一人になっちゃった・・・・」
これが私の望んだ事なのだろう。文字通り望むところだ。
「さあっ!これからは私の好きな世界を作ってくぞー!」
私は拳を振り上げ
「エイ、エイ、オー!」
と勝ち鬨の声を上げる。
私以外、誰も居なくなった遊園地に空しくその声が響く。メリーゴーラウンドの光に照らされていると、余計に寂しさが込みあがってくるみたい・・・。
「何よ!寂しくなんかないわよ!ふん!これから好き勝手出来ると思ったら、ワクワクするぐらいよ!」
私は誰に言うでもなくそう強がる。
「そうよ・・・全然寂しくなんか無いんだから・・・・寂しく・・・なんか・・・・」
こらえていた物が溢れるように、私の眼から熱い涙が溢れ出す。
「・・・・寂しく・・なんか・・・」
必死に強がっても、もう誰も聞いていない。
「・・ううっ・・・んぐっ・・・うわあぁあぁあぁぁぁあん」
私はその場に崩れるように大声で泣いた。
「うわあああぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁあん」
自分でも止められなかった。
それでも世界は冷酷なまでに沈黙して
ただ、私のみっともない泣き声だけが響きわたっているだけだった。
8
日もすっかり暮れて―――
世界は私一人だけになった。
誰もいない遊園地で私は一人佇んでいた。いつの間にか全てのアトラクションが停止して、静まり返っている。
静寂の中、私はというと―――実はまだ泣いているのだった。
何かが途絶えてしまった―――そんな絶望にも似た感覚の中顔を上げると、そこには無いはずの人影があった。
「あらあら、みっともなく泣きじゃくっちゃって、んま~。ほんっと、どうしようもないわね」
へたり込む私を上から見下ろしている人影は、やっぱりと言うか、何と言うか・・・・。
「ひぐっ・・・ううっ・・なんで・・・何であんたがいんのよ・・・」
涙を拭って見上げると、
「そんなの決まってんじゃん。あんたが私、つまり自分を呼び出したって事よ」
そこには尊大にふんぞり返る私がいた。
「それにしても、あんたもほんと救いようの無いほどのバカね。何でせっかくのパートナーを自分で消しちゃうわけ?そのまま新世界のアダムとイヴになっちゃえば良かったのに」
何でこの女、こんなに性格が悪いわけ!・・・って私か・・・。
「・・・・あんたには、わかんないわよ!」
「わかるわよ」
一瞬、真剣な顔で彼女は私を睨みつける。
「わかるわよ。だって私はあんたで、あんたは私なんだもん」
まるで頭の悪い子供に言って聞かせるように言われる。
「おおかた、せっかく思い通りになる世界で一緒に居れると思ってたのに、あいつがもとの世界に帰りたがるもんだから、拒絶されたと思っちゃったんだよね?それで、思い通りにならないなら消えちゃえってとこでしょ?」
「そんなんじゃないわよ!」
頭に血が上った私は、立ち上がりざまに彼女に殴りかかる。しかし、平手に構えたその手のひらをあっさり受け止められてしまう。
「甘えるなっての!」
彼女は私の腕を掴んだまま強い口調で続ける。
「自分がしたことの結果をちゃんと受け止めなよ!あんた、自分の都合で人を消したんだよ?わかってんの?消したの!どんな言い訳したってそれは、その事実は変わらないの!」
「違うわよ!違う!私は・・・・ほんとはあいつに・・・チアキに消えてなんか欲しくなかった・・・・。でも・・・あいつ・・・元に戻そうって言ってきて・・・・私はずっと一緒に居たかったのに・・・ここで、この世界でキレイなままでいたかったのに・・・・」
私は言いよどんでしまう。
「だから、わかるって言ってんでしょ?」
彼女は今度は微笑みながら優しくそう言った。掴んでいた腕を放しながら、彼女は続ける。
「わかってるに決まってんじゃん。私はあんたであんたは私なんだから。確かにチアキを消しちゃったのはあんた。これは曲げようの無い事実だわ。今さら何を言ったところで元には戻らない。でも、その一方であんたがほんとにチアキのことを思っていたってのもわかるわよ。ほんとの本気で思っていたからこそ、あんたはあいつを消しちゃったんだと思うわ」
本当の本気・・・・?
「・・・それって?」
いまいちピンと来ていない事を表情で伝えると、彼女は大仰にため息をついて
「だ、か、ら、あんたはバカだって言ってんの!あんた、もしかして自分が何でチアキを消しちゃったか、ほんとの理由がまだわかってないんじゃない?」
と、人を小ばかにしたような表情で言い放った。非常に腹立たしい表情だったけれど、今はそれに関わっている暇は無い。
「ほんとの理由・・・・ってそれはやっぱり拒絶されたのが嫌で・・・それで・・・じゃないの・・・?」
「うふふっ、そんな訳無いじゃん。大体、あんた拒絶されてないし」
「えっ?だってさっきあんたがそう言ったんじゃない?」
「あはは、あれは嘘よ。ああ言えばあんたがもっと落ち込むかと思ってさ。あははゴメンね~」
彼女はそう言ってゲラゲラ馬鹿笑いしだした。
この女・・・・マジ殺す!・・・って私だけど。
私ってこんなに性格悪かったっけ?
「嘘なのに本気にして殴りかかって来るんだもん・・・ぷくく・・あの時の顔といったら無いわね」
今、殺す。すぐ殺す。私だけど殺す。
「ちょっと、冗談じゃな~い。やめてよ、そんな殺気を込めた目で見つめるのは。ほんとの理由が知りたくは無いの?」
「・・・・そうね・・・あんたを殺すのはもう少し後にしておいたげる。それで?ほんとの理由ってのは?」
「それは・・・自分でも気付いてるはずよ。チアキが消えたときのこともう一回良く思い出してみて」
「チアキが消えたときって・・・・」
私はチアキに想いを伝えて。
でもそれは届かないと思って。
それで、バイバイって言った。
あれ・・・・?
何で届かないって思ったんだろう?
「・・・私・・・なんでチアキには気持ちが届かないって思ったんだろう・・・?だって・・・私、まだ何も聞いてないんじゃ?」
「やっと気付いたようね。」
やれやれといった感じに彼女は首を横に振る。
「そうよ。あんたはまだ何も聞いていない。だって、聞く前に消しちゃったんだもん。自分で勝手にチアキの答えを決め付けて、それを聞くのが―――」
「怖かった・・・。私、答えを聞くのが怖かったんだ・・・。もし、チアキにまで拒絶されたらって思うと―――」
「とてもまともに生きていけないわよね。だってあんた思い出しちゃったんだもん。ずっと、ずっと、子供の頃からチアキのことが―――」
「好きだったんだ。大好きだった。元の世界で唯一、私が心から好きなものだった。てことは、私、チアキを拒絶したんじゃなくて、チアキに拒絶されるのを拒絶しちゃったんだ。それで―――」
「チアキを消しちゃった、ってことよ。わかった?」
Q.E.Dと彼女は締めくくった。
「あんたはそんな勘違い、っていうか思い込みでチアキを消しちゃったってわけ」
そうか。
チアキが元の世界に戻したいって言うから、てっきり私のことも拒むと思っちゃったけれど、良く考えたらまだちゃんと何も聞いていなかったわ。私としたことがうっかりさん。てへっ!
・・・・ってあれ?
私、とんでもないことしてない・・・・?
「ど、ど、ど、どうしよー!私、勘違いっていうか、うっかり、人を消しちゃった!ど、ど、ど、どうしたらいいの!」
あー困ったわ、とおろおろうろたえていると
「まったく、あんたは何でそんなにみっともないのよ。私もあんたなんだから、もう少しかっこよく出来ないの?」
と、呆れた様子で彼女が言ってきた。
「だから私がまたこうして、わざわざ登場してあげたってわけよ。わかんない?」
「・・・?・・・どういう意味?」
「私がまた呼び出されたって事は、あんた、私に何か訊きたい事があるんじゃないの?」
「・・・・・?」
「もう!鈍いわね!チアキの答え、ちゃんと聞きたいんでしょ?」
「それは・・・聞きたい・・・けど・・・」
「もう一度、会いたいんでしょ?どうなのよ?」
「それは・・・そうだけど・・・そんなこと出来るの・・・?」
彼女はまるでヒーロー物の登場シーンみたいに、腰に手を当て堂々と胸を張り、
「出来るわよ!」
と自信満々に言った。
「ほんとに?もう一度チアキに会えるの?ねえ?それって一体どうやったらいいの?ねえ?」
私は、もう掴みかからんばかりの勢いで彼女に詰め寄った。
「そんなに焦んないでよ。ほんとカッコつかないんだから。それはね・・・とても簡単なことよ。あんたが今、思ってることを実行すればいいだけ」
「私が・・・今・・思ってること・・・・」
「そう・・・あるでしょ?あんたが今、しようとしてること」
「私が・・・・したいこと・・・・」
私は―――
「私・・・この世界を元に戻したい」
今なら、ちゃんと分かる。
私のしたい事。
「私は、やっぱり元の世界がいい。・・・確かに、何でも思い通りっていうのもいいけれど・・・ここじゃ、私、一人なんだもん。私が思い通りにしようとすると、一人になっちゃう世界なら、そんなの要らない。元に戻したい。私、元の世界に帰りたい!」
私のその言葉を聞くと彼女は満足気に頷き、
「ほんとにそれでいいの?」
と、訊いてきた。
「ほんとに元の世界に戻しちゃっていいの?あの世界には色々と嫌な事もあるし、思い通りにならない事ばかりよ?それでもいいの?」
私は、神妙な顔つきで首肯する。
「それでも・・・それでも私は戻りたい。もう一度、始める為に」
「まあ、そう言うと思ったわ」
彼女は片方の口の端を上げて笑った。
「だって、私はあんたなのよ?何でも分かるわよ」
イヒヒ、と彼女。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
いや、何も解決してないよ!
「ちょっと!まだ何も具体的な事を聞いてないのに、何、勝手に締めの台詞っぽいの話してるの?勝手に終わらせないでよ!」
「あははっ、そうね。それじゃあ教えてあげる」
ゴクッと私は息をのむ。一体、どんな事をすればいいのか全く見当もつかない。
「それは・・・・・」
「それは・・・・?」
「それは・・・・そう、望めばいいのよ」
「・・・・・・・へっ?」
「最初に言ったでしょ?この世界はあんたの思い通りになるって。てことは、元に戻したいっていうあんたの願いもそのまま叶うって事よ。ね?簡単でしょ?」
「・・・・・・それだけ?」
「そう、それだけ」
「はあ~、なーんだ、何か拍子抜けだわ。もっとすごいことしなきゃだめなのかと思ったわ」
がっくりと力が抜ける私に彼女は、ただしと、続けた。
「ただし、心の底からちゃんと思わないと元には戻れないわよ。少しでもこっちの世界に未練や執着があったなら、元の世界にはもどれないわ。いい?」
「・・・・わかったわ、やってみる」
私は目を閉じて念じる。
(元に戻れ、元に戻れ、元に戻れ、元に戻れ・・・・・)
「あっ!そうそう・・・」
彼女は突然声を上げる。
「もう一つ、あんたに伝える事があったのよ」
「・・・・もう!何よ?早くしてよ。こっちはもう集中しかけてたんだから」
私の抗議の声なんてまるで聞こえていないかのように彼女は話し出す。
「あんた、少し勘違いしてるみたいなんだけど、この世界、あんたが人を消してしまったってのとはちょっと違うのよ」
「何それ・・・?どういう意味・・・・?」
「最初にユニコーンから聞かなかった?あんたの根源の願いを具現化するって」
確かにそんなこといってたような・・・・。
「だから、この世界自体があんたの根源の願いが具現化したものだったのよ。あんたは、最初から誰も消してなんかいないわ。」
「ていうことは・・・私がみんなを消したんじゃなくて・・・・」
「分かりやすくいうなら、あんたが元の現実世界から消えたってとこね。そして、さしずめこの世界はあんただけのパラレルワールドってとこかしら」
「それを早く言ってよ!私、人を消した罪悪感で押しつぶされそうだったんだから!何で言ってくれなかったのよ!」
「えっ?だってそっちの方が面白いだろうと思って」
意外だとでも言いたそうな表情で彼女は言う。
私・・・・帰ったら性格を考え直そう・・・・。
「だから、願うなら『元に戻れ』よりも『元の世界に帰りたい』だろうね」
「・・・・そうね、やってみるわ」
私は瞳を閉じる。
そして、呪文のように心で呟く。
元の世界に帰りたい。
現実に戻りたい。
みんなのいる世界に―――
あいつのいる世界に―――
チアキのいる世界に―――
私は―――
戻りたい!
その時―――
体が軽くなった気がして目を開けてみる。
「・・・うわぁー・・・・」
私は思わず声が漏れる。
私の目の前に広がっていたのは一面の花畑。
遊園地の敷地いっぱいに花畑がどんどん広がっていく様子だった。
まるで、早送りの映像のように地面からとめどなく芽が出て、みるみる育ち、花が咲いていく。
赤や青、黄色や紫、沢山の色が広がって。
まるで夢のよう―――。
カラフルな絨毯はさらに広がって、遊園地の敷地も越えていく。
私はもっと良く見ようと軽く跳び上がった。すると、軽く跳んだだけなのに体が空へ上っていく。
「おおっ!また生えた!」
背中を確認してみると、白くて立派な翼が生えていた。
私は空へ上っていく。
空の上から見るともっと壮観だった。
色とりどり、種類もまちまちな花々が加速度的に世界に広がっていく。
この世界が大きな花束になったみたい。
「すごい綺麗・・・でも・・・やっぱり私はあの世界に帰りたい!」
そして
世界が光に包まれた。
キラキラと輝きながら崩れていく。
―――世界も
―――翼も
―――私も
目が覚めた。
あたりを見回してみる。
見覚えのある壁紙。
見覚えのある家具。
「あっ・・・私の部屋だ・・・」
とっさに時計を確認してみると、五時過ぎを指していた。
窓の外の雰囲気からどうやら朝のようだ。
私はベッドから跳ね起きて、ドアを開け、細く急な階段を駆け下りる。
玄関に裸足で飛び降り、扉を開ける。
外は初夏の朝の清々しさに満ち溢れていた。
どこかの家からは朝食の準備の音が聞こえてくる。
新聞配達だろうか、途切れ途切れにバイクの音も町に響いている。
小鳥のさえずりと朝日を浴びて私は裸足のまま外に出た。
「私・・・・帰ってきたんだ・・・」
朝の空気の中、私は胸にこみ上げてくる想いを噛み締めていた。
私は帰ってきたんだ。
もう一度、始める為に。
私の小さな決意は世界を変えるほどのものではない。
私自身も変わるか分からない。
それでも、
もし、まだ間に合うんだとしたら
私はもう一度、やり直したい。
この世界を受け入れたい。
この世界に受け入れて欲しい。
私は、生きていくんだ。
この世界で。
汚辱に塗れ
欺瞞に満ち
腐敗が蔓延し
歪な太陽が輝き
でも、あいつがいて
私がいる
この、美しい世界で―――。
私が家の前まで出て、遠く朝日の方に目をやると、まっすぐな道を誰かが駆けてくるのが見える。その影は私の姿に気がつくと、笑顔で手を振った。
「そうね・・・ちゃんと答えを聞かなくちゃね」
私はパジャマで裸足なのも気にせずに、その走ってくる影に向かって駆け出す。あの大好きな影に向かって。
少女奇譚 おわり
自分は本当はこんなじゃなかった。ここは自分の居場所じゃない。思春期の頃には必ずこういったことを考えるものです。親が気に入らない。友達が気に入らない。自分も気に入らない。そんな想いにがんじがらめで過ごす十代の頃は懐かしく、そして恥ずかしく、でもとても大事なような気がします。今回の主人公のハンナは、思い余って世界から飛び出しちゃったのですが、世の中には自分で自分を終わらせてしまう若い人が後を絶たずとても心を痛めております。そんな人の目にこの話が届く事があるかどうかは、私には分かりませんが、もし届いたのだとしたら、ハンナのようにもう一度やり直してみてもいいのではないかと考え直して欲しいものです。と、それは多くを望みすぎでしょうか?
それと今回、私としては二つの事に気をつけて書きました。一つは原点回帰。一つは問題作(もしくは意欲作)この相反する二つの事に常に気をつけながら書いたのですが、上手く表現できたでしょうか?私、個人としては途中の会話だけで進めた雑談のシーンなんかは書いていてずっと書いていたいと思うほど楽しかったです。読んでくださった皆様も少しでも楽しい、面白いと思っていただけたなら嬉しいです。
さてさて、今回で少女奇譚もおしまいです。始めた頃はこんなに続くとは思いもしなかったのですが、一重に皆様の応援でここまで書き上げる事が出来たのだと思います。書くきっかけを下さった10choさんには本当に感謝しています。この話を形に出来てよかったと思います。一応書くことはまだ続けるつもりなのでもしよければまた読んでやってください。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
二〇一〇年 九月 壱原 イチ




