nobody knows(下)
縦書きの方が読みやすいです。
5
ピッ・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・ピッ・・・・
ピピッ・・・ピピッ・・・ピピッ・・・ピピッ・・・
ピピピッ・・ピピピッ・・ピピピッ・・ピピピッ・・
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ
私は手を伸ばし、手探りで目覚まし時計を止める。
「・・・って、あれ?私、死んだんじゃ・・・?」
なんだか、記憶がひどく曖昧で、はっきりしない・・・。
あれは・・・夢だったんだろうか・・・?
寝ぼけたような頭を叩き起こすために、私は洗面所で歯磨きと洗顔を済まし、制服に着替えるために自分の部屋に帰ってきた。制服を取り出すために、私は押入れ(私の部屋は純和風なのだ。年頃の娘としては悲しい限りだ。ベッドに憧れる・・・)を開けて愕然とした。そこにはまるで、それを着たままダンプカーに轢かれたみたいにボロボロの、見るも無残なボロ布、いや、ゴミ、いや、変わり果てた私の制服がそこに掛かっていたのだった。乾いて黒ずんだ血と泥でドロドロ・・・。
「あ~あ・・・。」
夢・・・じゃ無いよね・・・。
こんな事(どんな事だよ)もあろうかと、私はスペアの制服を何着ももっている。ので、困る事はないのでけれど・・・やはり、昨日の事は現実だったんだ。とは言っても、昼間の私はただの女子高生だ。やるべき事、行くべき場所が、ある。それは―――学校だ。
学校についた私は、ある噂を耳にした。
「ねえ、聞いた?河川敷の事・・・。」
「聞いた、聞いた。何か穴だらけにされてたんでしょ?」
私の席の近くで、二人の女子が話しているのが聞こえる。
「怖いよねー。何が目的かも分からないし。」
「夜中に誰かがやったんでしょ?陰険よねー。」
「何はともあれ、早く犯人捕まればいいのに・・・。」
「意外に犯人近くに居たりして・・・。」
「やだー怖いこと言わないでよ。まさかそんなわけ無いよ。」
「わっかんないよー。ねえ、武者小路さんはどう思う?」
いきなり話を振られた私は、
「ぅえっ?わ、私?えぇーと?・・・そうだね・・・何ていうか・・・。大変遺憾に思っております・・・。」
と、思いっきり狼狽してしまった。
「アハハ、何それー。変な武者小路さん。」
「アハ・・・アハハ・・・アハハハ。」
笑って誤魔化すしかないよね・・・。
私はまだ見ていないのだけれど、今朝のニュースでもこの『謎の穴あき事件』について放送されていたらしい。もしかして、私とんでもないことになってない?
「案外、ムシャムシャがやったんじゃないの~?」
「誰がっ!・・・・。」
振り返るとそこには、一人の美少女が立っていた。この、私をまるで食いしん坊みたいな名前で呼ぶのは、『三島ハンナ』というクラスメイトだ。彼女も同じ十三組、芸能コースなので、やっぱりというか結構、綺麗な顔立ちをしている。しかし、彼女はその生来の意地の悪さから、みんなに少し距離を置かれる存在なのだ。私はいじめが嫌いだから、気をつけて普通に接するのだけれど、そんな私を、彼女はどちらかといえば、嫌っているようにも見える。私にとっては、なかなかにやりにくい相手なのだった。
「何で・・私が、そ、そんなことやるんだよ・・・。ちゃんちゃらおかしいよ・・・。うん・・・。」
我ながら、本当に嘘が下手だと思う。
「フフ・・・。冗談よ。あんたみたいに暴力的な人ならもしかしてって思っただけ。だからそんな、慌てなくてもいいんじゃない?」
「ハハハ・・・そ、そうだよ・・・なー。」
「そうよねー。ムシャムシャは正義の味方だもんねー。悪い事なんか生まれてから一度もしたことないよねー。だって、私みたいなかわいそうな子にも、自分から話しかけてきてくれるんだもん。頼んでも無いのにねー。ほんと、いい人だよねー。死んで欲しいぐらいに。」
三島ハンナは私を睨みながら言った。
「・・・ほんと、死んでほしいわ。」
そう言うと彼女はくるりと反転して、二つ括りにした自慢の巻き毛を揺らしながら自分の席へと帰っていった。私は一言も言葉を発せずに、ただ彼女の後姿を見送るしかない。
「武者小路さん、大丈夫?」
そんな私の姿を見て、さっき噂をしていた子が心配して声を掛けてきてくれた。
「・・・ああ、大丈夫だよ。いつも『ああ』だから・・・。」
そうなのだ、大体毎日彼女はこういった具合に私に突っかかってくるのだ。
「なんなんだろうね、三島さん・・・。きっと、武者小路さんが、みんなの人気者だからひがんでるんだよ。」
「そんなことは無いと思うけど・・・。」
彼女を盗み見ると、頬杖をついて向こうを向いている。表情はこちらからは分からないけれど、きっといつものように取っ付きにくそうな顔をしているのだと思う。彼女にもきっと私には分からない悩みというか、考えみたいなものがあっての、こういった行動だと思う。いつかは、私にもそれを打ち明けて欲しいものだが・・・。まあ、当分は無理だろうな・・・。
そんな日常―――。
私は、いつもの生活に戻ったつもりでいた。
クラスメイトも何一つ変わらない。
三島さんも相変わらず冷たい。
授業はやっぱり退屈だし、そんな退屈な授業を、私は居眠りをして過ごしている。
何も変わらない。
―――と思ってたんだけれど、そんなことは全然なかった。やっぱり私はもう、戻れない世界へ足を踏み入れてしまっていたのだった。
居眠りをしていた私のスカートが震えた。というか、スカートのポケットに入れた携帯電話が震えたのだ。この携帯電話の持ち方をよくナカコに「男みたい」と笑われる。何も無く電話が震えるような怪奇現象ではなく、普通にメールを着信したのだった。いつもならこんな事はしないのだけれど、妙に気になったから教師に見つからないようにメールを盗み見た。送り主不明のメール―――その文面は私を日常の世界から遠くへ誘うものだった。それは、こんな文面だった。
「 チャオ☆
霧雨との喧嘩、おつでしたぁ
んで 今日は ぁたしと遊びませんか~?
まぢで楽しみにしてるよ❤
じゃあね~☆
待ち合わせ場所は添付してるよ。ちぇっくだじぇ!」
何と言うか、脳みその溶けそうな文だった。霧雨とのことを知ってるってことは、きっと敵さんなんだろうけど、それにしてもメールって・・・。どんな鬼だよ・・・。まあ、とにかく『相棒』に相談だな。
「ほおー。連チャンかー。ちょっとキツいんと違うか?」
家に帰った私は安綱を呼び出し(で合ってるのかな?)メールを見せた。
「昨日も多分どっかから見とったんやろな。全く、あの後すぐ襲われとったら分からんかったぞ。」
「そういえば私、昨日どうやって帰ったか、覚えてないんだけど・・・。一体あの後どうなったの?あっ!そうだ!あと、傷はどうしたの?綺麗に消えちゃったんだけど?」
「一気に訊くな!そら、お前、俺が連れて帰ったったんやんか。それ以外あらへんやろ。それと傷のことやけど、俺を抜いて戦っとう時に負ったもんはすぐ治りよるで。せやから、お前は何も心配せんとボロボロになるまで戦ったったらええねん。」
「ボロボロになるまでって・・・人を何だと思ってんだよ・・・。」
「そんなことは、気にすんな。そんなこと気にしとるヒーローなんかおらへんやろ?」
「まあ・・・・そうだけど・・・・。」
「そんなことよりも、次の敵や。」
「そうだな・・・。」
なんとなく釈然としないけれど、最終的には安綱にいいように言いくるめられたかたちで、私は無理やり自分を納得させた。確かに、色々と謎は残っているけれど(どうやって私を連れ帰ったか、何で傷は消えるか、とか)それよりも、まずは敵を倒さないと。
そういったわけで。
私は、二日連続で夜中に家を抜け出し、夜の街を駆けているのだった。
「ところで今日はどこに呼び出されてん?」
安綱を片手に、私は走っている。
「メールに地図が添付されてて、一応そこに向かってるんだけど・・・。」
最新機器を使いこなす鬼って何だかなー。メールの文章も私よりもギャルっぽいし・・・。
「便利な世の中やなー。」
「そうなんだけど・・・。でも、本当にここであってるのか・・・?」
昨日、霧雨に呼び出されたのは、河川敷の野球場だったから、広さといい、人目につかない所といい、なるほど戦うにはいい場所だと思った。それに比べて、今日私が呼び出された場所は、何て言うかとてもふさわしくないというか、その・・・場所でさえないというか・・・。
「・・・・着いたぞ。」
「はあぁ?・・・着いたって・・・お前、ここって・・・。」
「いや・・・ここで合ってるはずなんだけど・・・・。」
私は、交差点に差し掛かった。
片側四車線が東西南北に伸びる、東雲町で一番大きな交差点。
その交差点で私は足を止めた。
「・・・・こんなところで・・・。」
そう、『ここ』こそが今日の決闘の場所。敵さんが指定してきた場所だったのだ。呼び出し方も変だったけれど、呼び出した場所も変だった。
空には昨日とうって変わって、大きな穴が開いたように満月が出ていた。血に染まったような真っ赤な月だった・・・。
6
風が、止んだ。
さっきからの生ぬるい風が、ピタッと止んだ。
それだけなら、普通の事なのだけれど、それだけではなかった。
見上げると、信号は全部『赤』だった。しかも、そのまま変わらない。
オールレッド。
「・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・・・。
―――静かだ。
この交差点だけ時間が止まったみたい。
「・・・・・・・安綱・・・。」
「・・ああ・・・分かっとる・・・。」
姿は見えないが近くに―――いる。
まとわりつく様な視線を振り払うように、私は安綱を抜きざま一振りして、正眼の構えに構える。気配もある、視線も感じる、すぐそばにいる気もする、それでも、まだ捕らえられていないのは、私の力不足なのだろうか?安綱に引き上げられた力なら、どんな闇も見通すことが出来るし、どんな音もこの耳は逃す事はない。空気の動きででさえ、存在を認識することができる。
―――目を閉じて
―――心を静める
結界を張るイメージ
全てを研ぎ澄ます感覚
しかし、
どこにでもいるし、どこにもいない。
駄目だ。捉えきれない。
「いーたん。」
それは、突然だった。
突然、耳元でそんな風に馴れ馴れしく呼ばれる。
人は、名前を呼ばれると―――そう、振り返る。
私は気を張っていたつもりだったのだけれど、迂闊にも、不覚にも、無警戒に、振り返った。
振り返ってしまった。
振りかえってしまった私の目に飛び込んできたのは、月夜に煌く銀色の刃だった。それは、比喩ではなく実際に私の目に飛び込んで、否、突き刺さって来た。
「うわっ!」
後ろに飛んで反射的にかわしたけれど、前髪を少し持っていかれた。安綱を抜いていなければ、明らかに前髪ではなく両目を持っていかれていただろう。
「ハハッ!避けた、避けた。そなた、なかなかやるのう。」
後ろに飛んだ私は、追撃に備えて身構える。
「お前、誰だ!」
刀を構えた私の目に飛び込んできたのは(今度は比喩で)この世のものとは思えないほど美しい天女が、羽衣を揺らし笑っている姿だった。いや、ただの天女ではなかった。まあ、ただの天女なんて見た事も聞いた事も無いが、とにかくそれは異常だった。その、突然現れた謎の天女が手に持っているのは、とても大きな鋏だった。刃渡りはゆうに五十センチを超え、その両方が反り返っている。あれなら、首の一つでも、下手したら胴体だって一刀のもとに切断できるだろう。さっき私の目を襲ったのは、きっとあの鋏なのだろう。だとしたら―――怖すぎる!あんなの突きたてられたら目どころか、命さえ持っていかれてしまう・・・。前髪だけで済んだのは奇跡だといえる。
「フフフ・・妾は・・・。」
天女は、赤い月明かりを浴びて妖艶に笑う。
「妾は風凪じゃ。いーたん、妾と遊んでたもれ。」
そう言って、鋏を動かしシャキンと音を鳴らす。
「遊ぶって・・・。」
遊ぶ奴が相手の眼を狙うか・・・?
「本当は眼を潰してから、妾がそなたで遊ぼうと思っておったのじゃが、まあ二人で遊ぶのも良かろ。」
イタブルつもりだったのか・・・。
「その、殺意百パーセントのお前と一体何をして遊ぶんだ?」
「う~ん・・・そうじゃのー・・・。」
風凪はそう言って、考えるそぶりをする。
「な、に、が、い、い、か、の~・・・。」
身悶えるように体をよじって・・・どうやら考えているようだ。ここまで刀を構えたまま、様子を見ていたのだけれど、こいつ―――ヤバい。昨日の霧雨は、話も通じたし戦っていて何か通じるものがあった気がするが、こいつには全くそれを感じる事が出来ない。ぬめっとしたような感触の、気持ちの悪い恐怖に苛まれている。
「・・・・そうじゃ!」
何かを思いついて、顔を上げる風凪。私は何が来るかと身構える。その瞬間風凪が―――消えた!
「鬼ごっこはどうじゃ?」
その声は、私の顔の横五センチのところから聞こえた。
「!」
驚いて声も出ない。すぐに距離を取るのだけれど、すぐ横にいたはずの風凪の姿は、もうすでにそこには無かった。
(どこだ?どこにいった?)
探すけれど見当たらない。
「イヅミ!目を閉じて意識を集中しろ!」
安綱に言われるまま、言うとおりにする。
「今のお前やったら、目に頼る方が余計にわからんようになる。目を閉じて意識を外に開放してみぃ。」
目を閉じると、目を開けているときよりも周りの状況がはっきりと分かる。目を開けていると見えなかった後方、上方、そして、目にもとまらないほど早く動く『もの』も。
「・・・・・・そこか!」
私は自分の足元を斬り払う。目を開けて確認してみると、そこには鋏を構えた風凪が、私の剣をその鋏の二枚の刃の間で受け止めていた。
「あら?見つかってしもたわい。じゃあ次はそなたが鬼じゃの。」
風凪はそう言うと、にた、と笑ってまた消えた。
「鬼さーんこーちら、手のなーるほーうへ。」
姿は見えず、移動音と声だけが聞こえる。
「・・・なあ?安綱?」
「何や?」
「今の私って、確かいつもよりも能力が上がってるんだよな?」
「そうや。お前次第でもっと上げられるで。」
周りを警戒しながら私は続ける。
「じゃあさ、例えば一部分だけ重点的にパワーアップとか出来るかな?」
「うーん、どうやろ?やってみな分からんけど、やってみる価値はあるかもな。」
「そうか。それじゃ・・・。」
私は脚に気持ちを集中させて一歩踏み出す。踏み出した足の勢いでアスファルトがひび割れる。このスピードは・・・!
瞬歩。
縮地法。
そんな脚捌き、脚運びみたいな技術ではなく、もっと力任せなただのスピードアップ。しかしその効果は絶大だった。スピードアップした私には、高速で移動しながら、気が狂ったように笑う風凪を捉えることが出来る。
「アハハハハハハッ!そなたはほんっとに面白いな!ほれ、そなたが鬼じゃぞ!妾を捕まえてみぃ。」
「鬼に、鬼呼ばわりとはなかなか面白い。今度はこっちから行くぞ!」
私は地面を蹴って駆け出す。物凄いスピードで逃げる風凪を、物凄いスピードで追いかける私。もしこの場に目撃者が居ても、きっと私たちの姿は速すぎて見えないことだろう。おおっ!ヒーローっぽいぞ!
・・・それにしても、
さっきから、ずっと追いかけっこをしているのだけれど、風凪は交差点から出ようとはしない。
―――怪しい。
もしかしたら、こいつ、このフィールドから出ないんじゃないか?
もしくは、こいつ、この交差点から出られないんじゃないか?
超高速で追いかけながら、私はそんな仮定を立てていた。今の私と風凪のスピードはほぼ互角。だから、追いつけないし、引き離されもしない。しかし、もし、そうなら―――もしこの場所に私には見えない結界のようなものがあって、風凪はそこから出られないのだとしたら・・・それなら、手はある。
剣術に限らず、あらゆる格闘技で相手をコーナーに追い詰める事は、勝負を有利にすすめるための有効な手段、戦略になる。そのために相手をコーナーに追い詰めるあらゆる方法がある。その一つ、足さばき、所謂フットワーク。私は、風凪にばれない様に少しずつ角に追い詰める。周りからじわじわと攻めていくように追い詰める。
そして―――
ついに―――
私は風凪を交差点の角、信号機の下まで追い詰めた。追い詰められた風凪は、今までの高速移動を不意に止め、私のほうを振り返り、例の大鋏を構える。
「つっかまっえたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は、そう叫んで安綱を振り上げ、風凪めがけ振り下ろした。その剣はもちろん鋏で受け止められたが、これで風凪の動きは封じる事が出来た。止まってしまえば、私の神速の剣で一刀の元にたたっきってやる。しかし、追い詰められたはずの風凪が見せたのは―――不適な笑みだった。
にたーと気味悪く笑って風凪は言った。
「・・・どちらが。」
私がその言葉の反応に困っていると、風凪は続けた。
「フフッ・・・どちらが捕まったのじゃろうなぁ・・・?」
そう言うと、風凪は動いた。目の前で起きた事のあまりの事に私はただただ目で追う事しか出来なかった。
私の剣を受けて、鍔迫り合いのような形になっていた大鋏。それを、両手で持っていた風凪なのだが、ガキンと音を立てて分解する。すると一本の大鋏があっという間に二本の反り返った刀―――所謂、青龍刀に早変わりした。
マズいっ―――
そう思ったときにはすでに、私の剣を受け止めている方とは逆の手に持った刀で斬りつけられていた。その斬撃を後ろに跳んで、文字通り紙一重でかわす。が、脇腹を少し斬られてしまった。
「くっ!しまった!」
幸い傷は深くないので肉体的ダメージはほとんど無かったけれど、精神的なダメージは結構受けてしまった。
せっかく追い詰めたと思ったのに・・・。
私がずっと、鋏だと思っていたものは、どうやら二本の青龍刀を鋏に見立てて組んでいただけのものだったらしい。
一体何のために?
それは、簡単な事。
それは、さっきのように追い詰めたと思った相手が斬りつけてきたところを、鋏で受けると思わせといて、不意打ちを仕掛けるために、だ。簡単に言えば、騙まし討ちのため。つくづくこの相手、一筋縄ではいかないようだ。
「あらっ?今ので妾の勝ちじゃと思うておったのに。そなたもなかなかにやるのう。まあ、そうでなくてはの。」
風凪はそう言うと、まっすぐ上に飛び上がって、信号機の上に乗った。
「さて、そろそろ妾も本気にならねばの。」
すると、風凪の体がキラキラと輝きだして、光の粒子に包まれだした。光の粒子はすっぽりと風凪の体を隠してしまう。
そして――
風が吹いたように粒子がキラキラと散って、風凪の姿が現れた。
「やっぱり、本気を出すには変身しないとな。」
しかし――
その姿は・・・。
そこに現れた風凪の姿は、なんというか、なかなかいろんな意味で凄かった。
まず、さっきまでは私と同じか少し上ぐらいの外見年齢だったのだけれど、今はどう見ても小学生ぐらいにしか見えない。
所謂、幼女。
そして、もっと目を引くのは、風凪の頭の上にある新しい装備(?)だ。風凪の頭の上には二つの山なりの物体、ネコ科の獣の聴覚器を模したモノをあしらった、カチューシャ状のヘッドギアが乗っていた。
・・・いや・・・無理やり緊迫した感じにするのにもいい加減、限界があるだろう。もっと分かりやすく、簡潔に、それを説明するにはもっともふさわしい言葉がある。それは――
『猫耳。』
光の粒子が散った後に現れたのは、『猫耳をつけた天女の格好の幼女』という、いかにも倒錯しそうな敵の姿だった。
「ねこみみモード❤」
風凪は猫の前足のように両手を曲げてポーズを取る。
「こっ・・・これは・・・・?」
ショックで私は膝をつく。
「うにゃにゃ~。」
「・・・これは・・・萌え・・・?萌えているのは・・・わたし?」
私は、生まれて初めて萌えた。こんな感情は初め「おいっ!」
「・・・何だ?安綱。私の独白に割り込むな。」
「いやいや・・・何やさっきのは?そのリアクションおかしいやろ!ていうか、あいつの格好を何で受け入れてんねん!しかも、その後の台詞、あれお前、かの有名なファーストチルドレンの言葉をパロっとるやろ!分かりにくいし、そんな台詞、この状況にいるか?いらんやろ!いらんやんな?いらんって言ってくれ!」
「フフッ・・・分かっている。少しふざけただけだ。」
「お前・・・すこしふざけただけって・・・。」
安綱は呆れたような声を出す。
「そんな場合やないやろ!何考えとんねん!」
「ハハハッ悪い悪い。しかし、本当に真剣にやらなきゃな・・・。」
見た目は弱くなった感じだけれど、こいつにはさっきしてやられている分、慎重になる。ポーズを取ったまま、風凪は無邪気に、邪悪そうに笑う。
―――嗤う。
「本気になった妾は―――。」
風凪の姿が、信号機の上から消えた。
「―――速いぞ。」
今度は私の真後ろで声がした。
振り返るけれど、もちろんそこに姿は無い。
「フフフ・・・遅い、遅い・・・。」
今度は、右から。
「そんなことでは、止まっている様じゃ。」
今度は、左から。
「ほれ、つかまえてみぃ。」
今度は、目の前、数センチに風凪の顔が現れ―――
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
刀を振ったら、消えた。
桁違いのスピードだ。
目で追うことさえ―――出来ない。
これでは、いくらフィールドが限定されていても、さっきのように角に追い詰める事は―――出来ない。
気配はあるけれど、まったく捉える事が―――出来ない。
出来ない事をこうやって、挙げることは―――出来る。
でも、それは全く意味が無い。何一つ、問題の解決になってない。
何か。
何でもいいから、何か。
この状況を変える、何か。
スピードに対抗する、何か。
敵を倒すことが出来る、何か。
とにかく、何かを考え、思いつき、実行しなくては。
このままでは負けてしまう。
負けるわけにはいかない。
負けるわけには―――いかない。
絶対に。
このまま、速さ勝負になっても埒があかないし、風凪はまだまだ速くなっていくだろうし・・・。
さて、どうしたものだろう・・・?
「そなたから来ぬなら、こちらから行くぞ。」
高速で移動している風凪から、そんな風に言われる。確かに、あまり考える時間も与えてもらえないようだし。
早く何か策を練ら『―――スパッ』
「・・・えっ?」
見るとスカートの裾が切れていた。いや、斬られていた。
「・・・やばいな。」
本当にふざけている場合じゃなくなってきた。何の対策も、考え付かない。気持ちだけが焦る。『―――スパッ』
「痛っ!」
今度は、二の腕が斬られて血が滴り落ちる。
「ほれ、ぐずぐずしておると、大事なそなたの柔肌が傷だらけになってしまうぞ。」
風凪は猫が捕まえた獲物を弄ぶように、じわじわと攻めてくる。私は刀を構えなおして、息を整える。そうしているうちにも、傷はどんどん増えていく。きっと『止めをさそうと思ったら、すぐにでもさせる』というメッセージなのだろう。もう一度、風凪の姿を捉えるために、私は目を閉じ意識を外に集中させる。動きさえ止めてしまえば・・・。
―――――――――。
―――――――――。
――――――そこかっ!
正眼の構えから、最小の動きで迎え撃つ。
果たして―――
私の剣筋はしっかりと風凪を捕らえていた。
私の渾身の太刀を風凪は受け止め、その動きを止めた。私の作戦、策略、計画は見事成功した。だが、私は止める事に必死になりすぎていてこの後のことを、全く考えていなかった。
風凪の刀一本は封じる事が出来たけれど、もう一本の存在を全く考えてなかった。・・・いや、正直に言うと忘れていた。
右の剣を封じられた風凪は、もちろん左の剣で斬りかかってくる。おかしな事だけれど、斬りかかってくる風凪はスローモーションみたいに見えた。
これが―――負けるって事か。
これが―――死ぬという事か。
ゆっくりと、風凪の剣の刃が近づいてくる。
『やられる・・・』
私は、思わず目を閉じて、とっさに左手を剣を受け止めるみたいに突き出す。すると―――
―――ガキン
金属同士がぶつかり合う音がした。
「そなた・・・それは、一体どこに隠しておったのじゃ・・・?」
目を開けると、私はまだ斬られてなく、風凪の驚いた顔、それと
―――一本の刀
風凪の剣を受け止める一本の刀が見えた。その刀は私の左手が握っていた。
「えっ?・・・何これ・・・・?」
この展開に一番驚いたのは何を隠そうこの私だ!
驚いた風凪は後ろに跳んで、私と距離を取った。
「な、なんじゃ、そなた!どんな術をつかったのじゃ?そんなの・・・そんなの・・・そんなの・・・卑怯じゃ!」
風凪はそんな負け惜しみを残して、また姿を消した。
「ていうか、お前が言うな!」
それより―――何?この刀?
その刀は、少し経つとまたキラキラと光の粒になって消えてしまった。
「おい!安綱!どういうことだよ!」
「わかっとる。わかっとるから、そんなでかい声でしゃべるな。それは、お前の特殊能力が発動したんやろ。」
「・・・・特殊能力?」
「そうや。俺を使った奴は、何か能力を手に入れるねん。お前の場合は、それが思い通りに刀を出せるって力なんやろな。」
なんて便利な・・・。でも、私はここでやっと、この局面を打開する妙案を思いついた。あとは実行あるのみ。
相変わらず、風凪の姿は速すぎて全く見えない。せめて、止まってくれたら・・・。まあ、風凪は勝つまで、つまり私を倒すまで止まるつもりは無いだろうけれど。止まらないなら、止めるまで。
私は、ひざを曲げて思いっきりかがむ。そして、力を集中させて思いっきり飛び上がる。アスファルトにクレーターが出来て、私の体は物凄い勢いで上昇する。
グングン昇っていく。
まるで、ロケットのように。
弾むスーパーボールのように。
少しずつ勢いが落ちてきて私の体が空中に浮かぶような形になったとき、あの交差点ははるか下。私の位置からだとその全貌が丸見えだった。それでも、風凪の姿は見えないけれど。
しかし、この高さならきっと十分だろう。
そこで私はありったけの力と、気持ちを込めて心の中でこう唱えた。
『出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ!』
私が『出ろ』と唱えるたびに一本の刀が空中に現れる。そしてそれは
万有引力の法則にしたがって―――落ちていく。
私の目の前にある、数千の刀達が―――落ちていく。
風凪が高速で動き回っている交差点に―――落ちていく。
「ぎぃやああああああああああああっ!」
風凪のものと思われる悲鳴が響いた。
私は刀の森と化した交差点に降り立った。
その中心で風凪は、何本もの刀にその体を貫かれ、地面に串刺しになっていた。数千の刀達はみんな次々と光の粒になって消えていく。後には虫の息の風凪だけが残った。
「・・・なかなか・・・考えたな・・・そなたの勝ち・・・じゃ。」
近づくと風凪はそう言ってきた。
「・・・成功するかは、微妙だったけどな。」
私は、刀を振り上げる。
「・・・そなたは、やっぱり妾を斬るのか?」
悲しいような、寂しいような顔で風凪は私に尋ねる。
「・・・こんな姿の妾でも・・・そなたは斬るのか?」
「・・・・・・・・。」
「・・・嫌じゃ・・・嫌じゃ、まだ消えとうない。斬らないでたもう。」
「・・・・・・・・。」
「なあ・・・・斬らないでたもう。・・・・お願いじゃ・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・これからは・・・いい子にするから・・・。」
「・・・・・・・・。」
「妾はまだ消えとうない・・・・消えとうない・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・消えとうな」私は、刀を振り下ろし風凪の首を切り落とした。「・・・・い・・・・」
7
「ねえ、おにいちゃん。」
「お兄ちゃんじゃなくてお兄様だろ。」
「あっ・・・ごめん、おにいちゃん。」
「だから・・・・ってもういいや。で、何だよ?」
「この、わるものたちは、なんでわるいことするの?」
「そりゃ、悪者だからだろ?」
「えーおかしいよー。わるいことするからわるものでしょ?」
「だから、悪者だから悪い事するんだろ?」
「ちがうよ。わるいことするからわるものなんだよ。わるものだからわるいことするんじゃないよ。」
「・・・俺にはよくわからないけど?」
「だって、このわるもの、まだわるいことしてないのにわるものっていわれてるよ。わるいことするまえならわるものじゃないじゃん。」
「悪者は悪者なんだよ!」
「えー、やっぱりおかしいよー。」
「お前、うるさい。そんなだからいつまでも悪者役しかやらせてもらえないんだよ。」
「そんなことないもん!わたし、まちがってないもん!」
「うるさい!」
ポカッ
「うわ~~~ん!おにいちゃんがたたいたー!」
・・・・嫌な夢を見た。
そんな気分だった・・・。
風凪との正に文字通りの死闘を終えた私には、何か釈然としないもやもやとした苛立ちだけが残った。次の日になって、脇腹や二の腕の傷は綺麗に消えたのだけれど、この気持ちだけは全く消えなかった。
私は正義で、あいつは悪―――のはずだ。
なのに・・・。
何だろうか?この気持ちは。
私は、あまり頭脳労働が得意な方ではない。だから、こんなことは後回しにしたいところなのだけれど・・・。今朝からどうしても、その事が頭から離れない。
「いーたん、大丈夫?」
帰り道で、ナカコに言われる。
「何だか、顔色が悪いよ。」
「ん?・・・ああ。」
「何かあったの?」
「ん?・・・ああ。」
「ちゃんと食べてる?」
「ん?・・・ああ。」
「寝てないんじゃない?」
「ん?・・・ああ。」
「あたしねー欲しいギターがあるんだー。」
「ん?・・・ああ。」
「だからーお金ちょうだい。三十万。」
「ん?・・・ああ。」
「やったー!・・・・って、いーたん聞いてないでしょ?」
「ん?・・・ああ。」
「もう!いーたん!」
ナカコに頬っぺたを引っ張られる。
「痛たたたたたたたた・・・。何するんだ、ナカコ。」
「何するんだ、じゃないよ、もう。大丈夫なの?」
「ああ・・・大丈夫だ。」
「何かあったの?元気無さそうだけど・・・?」
「何ていうか・・・最近、寝不足なんだよ・・・。」
「ふ~ん。何か、怪しい・・・。」
ナカコは、私の顔を覗き込んでくる。いつもの特徴的なジト目で。
「いーたん・・・何か隠してるでしょ・・・?」
図星。
「なっ、なっ、何が、かなっ?かなっ?」
・・・思わず目を逸らしてしまった。相変わらず、嘘が下手な私なのである。
「まあ、あたしはいーたんの味方だから何をやってても全力で応援するけど、怪我だけはしないでね。」
照れ隠しなのか、こっちを見ずに無表情でそんなことをナカコは言う。それが、逆に心に響く。
「ナカコ・・・・。」
「ね?お願いだから、絶対に自分を傷つけないで。いーたんは、もっと自分を大事にして。心配する、こっちの身にもなってよねっ。」
「ナカコ・・・。」
可愛すぎる!
・・・いや、私にはそんな趣味は無い。断じて無い。
「わかったよ。ナカコのためにも、私は必ず勝つよ。」
「もう!いーたんは全然分かってない!」
そう言って頬を膨らませるナカコ。ナカコ・・・その姿は殺人的に可愛いぞ!もう、どうにかなってしまいそうだ・・・。
「ナカコ!結婚しよう!」
私はナカコにガバッと抱きつく。
「ちょっと・・・いーたん、抱きつかないでよ!暑いよ!あっ!もう、どこ触ってんのよ!ちょっと!変なトコ触らないでよ!いーたんのド変態っ!」
ナカコの右ストレートが私の腹にヒットした。
「ぐはっ!・・・・やるな、ナカコ。それでこそ私の嫁にふさわしい。」
フフフ・・・と私。
「うっるさーーーーーい!」
もう一発ナカコが右ストレートを繰り出してきた。しかし、今度は私に受け止められて、届きはしなかった。
「フフフ・・・。冗談だよ。」
「・・・もう、冗談きついよ。」
ナカコはそういうと、伸ばしていた拳を下ろした。
「ありがとな、ナカコ。おかげで元気が出たよ。」
「ホント?なら、いいけど・・・。」
「ああ、本当だ。私は・・・私は迷わず信じた道を進むよ。」
「何だか、ヒーローみたいだね。」
そう言って茶化すようにニヤニヤ笑うナカコに、私は自信満々の笑顔でこう応える。
「知らなかったのか?私はヒーローなんだぞ。」
学校では、二日連続で起きた穴あき事件の話題で持ちきりだった。まさしく、アナーキーな犯人の色んな憶測が飛び交う。私には関係ないところで、私と関係している話題をみんなが話しているというのは、思ったよりもこたえた。そんなこともあってか、私は少し疲れていたのでまっすぐ家に帰る事にした。まあ、連夜の戦いの疲れもあったのだと思う。ナカコとナカコの家の前で別れ、そこからすぐの自分の家に帰る。家の門をくぐり、玄関を見た私はそこにおかしなものを見つけた。・・・おかしなものというか・・・ありえないもの・・・かな?
純和風な私の家の玄関の前に、全く似つかわしくない薔薇の花束がそっと置いてあったのだった。
しかも、真っ赤な薔薇。
両手でやっと抱えられる程。
そんな、立派な(?)薔薇の花束なんて愛の告白ぐらいにしか需要が無いと思うが、私には違う用途を思いつくことが出来る。いや、それしかありえない。
このありえない光景を説明出来るのは―――それしかありえない。
花束を手にとって見ると、中に一通のメッセージカードが挟まっていた。
『・・・・やっぱりな・・・。』
私はメッセージカードを手に取り、封を開けて中身を読んでみる―――がそれを断念した。
「これは・・・フランス語・・・?多分だけど・・・。」
そこには、異国情緒たっぷりにフランス語(と思われる)で美しく何かがしたためられていた。自慢ではないが英語さえ、ろくすっぽ分からない私だ。日本語にすら苦手意識がある。そんな私がこのグローバルな文章を読解出来るわけが無い。ある、訳ない。ありえない。手紙にはもう一通、地図と待ち合わせ時間(多分)が書いてあるものも入っていた。・・・・しょうがない。困った時の国宝頼み。私は自分の部屋まで、花束を持って入り、安綱を呼び出す。
「―――で、これなんだけど・・・。」
「おっ!これは・・・・。」
「読めるのか?すごいな!さすが国宝だ!」
「これは・・・・・全く読めへん!」
「何だよ!期待させといて!」
「分からんもんは、分からんのや!」
「・・・国宝なのに?」
「国宝をなんやと思ってんねん!国宝はそんなに万能やないで!」
「えー・・・つまらん!読めろよー!。」
「無茶言うな!とりあえず、地図があるんやから、そこに行ってみたらええんちゃうか?」
こんな、掛け合いがあって私は今晩も家を忍び出し、戦いへ向かうのだった。
深夜二時。
私が居るのは―――学校。
私は、わが母校、東雲女子高等学校にいた。
もっと正確にいうと、学校に併設されたある建物の前に居た。
わが東雲女子高等学校は、古くから才能ある少女を集め育成してきた。したがって、私がいる特別コースなるものがあるのだ。なかでも特に芸能関係に力を入れており、昔から数多くの芸術家、音楽家、俳優を輩出しているのが、わが校の誇りなのだ。その偉大なる先輩たちの有り難い寄付によって、私の学校にはその敷地の中に、かなり本格的なホールが建てられている。荘厳で豪奢な造りはパリのオペラ座もソコノケな、かなり立派な、いや、大大大立派なホールをわが校は持っているのだ。
私はその入り口の前に立っている。
刀を携えて立っている。
何故かって・・・?
それは―――今日の決戦の地はココだからである。
「・・・来てはみたものの、夜中だしやっぱり閉まっているよな・・・。」
ガラス張りの大きな扉の入り口から中を伺ってみても、真っ暗で何も見えないし、何の気配も感じない。もしかしたら、あの薔薇の花束ってただの悪戯だったんじゃないのか?何てことが、頭をよぎるがそれでも一応、入り口のドアに手をかけて引いてみた。
するとドアは、意外なほどあっさりと、拍子抜けするほど呆気なく
―――開くわけない。
ガッチリ、施錠されていた。
ビクともしなかった。
「・・・やっぱり悪戯か・・・。」
そう思って帰ろうとした―――その時。
振り返ろうとした私の視界の端に、人影が見えた
―――気がした。
気になって、二度見する。すると今度は、奥の扉から手招きする手が見えた
―――気がした。
「・・・安綱。」
「・・・ああ、おるな・・・。」
やっぱり敵からのお誘いか・・・。
「でも、どうやって入ろう・・・?」
「お前、そんなん決まっとるやん。」
「えっ?」
「正義の味方は、いつでも正々堂々、正面突破や。はよせな、敵も逃げてまうかもしれんしな。」
「やっぱり・・・そうなるよな・・・。」
私は、安綱を抜いて目の前のガラス戸を斬りつけた。ガラス戸は恐ろしく派手な音を立てて割れた。・・・やってる事は、その辺の不良と変わらないな。何て考えながら、私はそのホールへと足を踏み入れた。中は真っ赤な絨毯が敷かれているみたいだけれど、暗くて良く見えない。安綱を掲げて、目を凝らすとやっと見えてきた。
便利だな・・・これ・・・。
入ってすぐの場所に大きな木の扉がある。その表面は沢山のレリーフで飾られていて、もち手は金色だ。その扉の上に金のプレートがあり、そこには『メインホール』と書いてあった。まあ、多分ここだよね・・・。私はその重厚な扉を押して、中を覗いて見る。
「・・・・ごめんくださーい・・・。」
なんとも間抜けな声で挨拶をしてしまった。天井に大きなステンドグラスと天窓(開閉可能)があるために月明かりが結構差し込んでいて、中は意外なほど明るかった。私はゆっくりと、慎重に中に進入していく。客席を抜けてステージに近づくと、月明かりに照らされたステージはとてもロマンチックに見え、何をしにここに来たのか一瞬忘れてしまった。
「こんばんは。お嬢さん(マドモアゼル)。」
その敵は、闇から溶け出すように現れた。その姿は、タキシードに身を包み、歳は二十代半ばに見える。気障な言葉が表すように、キザったらしい微笑を浮かべて男は続けた。
「これは、申し遅れました。私は、夜月。お美しいお嬢さん、よろしければ、どうか私と踊っていただけませんか?」
そう言うと夜月は一層、妖しげに微笑んだ。
「・・・・はあっ?」
「うふふ・・・急に私のようなものからダンスの誘いを受けてもお困りかな?何も、そんな怪訝な顔をしなくてもいいではありませんか?酷いお人だなぁ・・・。」
思いっきり怪しむ私に向かって、夜月は両手を広げてみせる。
「何もとって食おうって話ではありませんよ。その証拠に私は、何も持っていません。ほら?」
そんなことを言いながら、夜月はゆっくりと、ゆったりと、非常に優雅な足取りで私に近づいてきた。
「・・・ちっ・・・ちっ近づくなっ!」
本能が危機を知らせている。
こいつは―――ヤバい。
敵のはずなんだけど、手の内が全く読めない。
敵なのかも分からない。武器も持ってないし・・・。
というか、鬼なのにタキシードって・・・。
タキシード仮面さま・・・?
まあ、最初は敵か味方か分からなかったという点は同じか・・・。
その正体がマコちゃんだったから、最終的には何だかんだで結ばれるんだけど。って、じゃあ、私はこいつと・・・・?
「どうしましたか?そんな顔を赤くして。」
「いや・・・何でもない・・・って近づくなって言ってるだろ!」
私がタキシード仮面さまについての妄想を巡らしている間に、いつの間にか私と夜月の距離は二メートルも無いほどに詰められていた。
「疑り深いですね。・・・・分かりました。ここで一度足を止めましょう。」
改めて近くで見てみると、この夜月という鬼、思わず目を奪われてしまうほど美しいというか、妖しいというか、そういう魅力に満ちた姿をしていた。心をしっかり持たなければ、すぐにでも心まで奪われそうだ。
見るものを魅了する力。
魑魅魍魎の力。
美しい微笑みに、腰が砕けそうだ。
「しっかりしろ!イヅミ!気をしっかり持たな、取り込まれるぞ!」
安綱の怒号にハッと気付く。どうやら、刀を手から落としそうになっていたようだった。
「助かったよ、安綱。」
私は、安綱を一振りしてから、正眼の構えに構えなおす。
「やっぱり駄目でしたか・・・。さすがは退魔の剣といった所ですか。私の魅力も貴女に届く前に、その剣に払われてしまって届かないようですね。まったくもって残念です。」
夜月はやれやれといった風に肩を竦める。
「ダンスを始める前に少しお話を、と思っていたのですが・・・。それでしたら、踊りながらお話をしましょうか。そして、お互い愛を深め合いましょう。」
・・・・吐きそうだ。
比喩ではなく反吐が出る。
「気持ち悪いやつめ。さあ、来いっ!」
「うふふ・・・なかなかにお転婆ですね。それでこそ調教しがいがあるってものです。」
そう言うと、夜月は指を鳴らした。すると、ステージ脇に置いてあったピアノが独りでに演奏を始めた。
「・・・この曲は・・・『別れの曲』・・・?」
私はもうこれぐらいでは驚かないのだ。美しい戦慄が、ホール中に響き渡っている。
「そう、フレデリック・ショパン作曲、練習曲第三番ホ長調。一般には別れの曲として有名。ショパンはこの旋律を思いついたとき、これ以上美しい旋律を、二度と思いつけないと言ったらしい。・・・素晴らしい。この美しい調べに乗せて、お互い愛し合いながら、殺しあうなんて・・・。それもこんな美しいお嬢さんと・・・。ああ!私はなんて罪深く、また、神に愛されているのだ!」
両手をかざし、天を仰いだまま動かない夜月・・・。
こいつは、頭がおかしいのか?それとも―――
「・・・・変態。」
私がつぶやくように言った一言に、夜月は敏感に反応した。
体はそのままで、頭だけ鋭くグルッと回転させ、こちらに向けて、
「他人にそんなことを言うなんて、少しお仕置きが必要ですね。」
と言った。その頭の角度はどう考えても人間が真似出来るようなものではなく、見ていてとても気持ち悪い、敵じゃなければ目を逸らしたくなるような姿だった。
あまりのおぞましさに私が身構えた、その時、夜月は唐突に私の前からスッと消えた。まるで、また闇に溶けるように。
「いけない、お嬢さんだ。」
声が聞こえた時には私の腕はすでに、とても強い力で掴まれていて、動かす事が出来なかった。
「くそっ!・・・離せっ!・・・」
体をよじって逃れようとしても全く抜け出せなかった。
「うふふ・・近くで見ると本当にお美しい・・・。」
そう言って夜月は顔を近づけてきた。
「おま・・何をする気だっ?」
夜月は何も言わずに、顔を近づけ、長い舌を伸ばし私の首筋を―――舐めてきた。
「ひぃっ!や、やめろっ!」
全身に鳥肌が立つ。
冷たくて、柔らかい感触が、首筋を這う。
「ひぃやっ・・やめ・・・やめ・・ろ・・・。」
冷たくて、ぬめぬめしたものが這う感触に、私は身悶える。
「そんなに喜んで、本当に悪いお嬢さんだ。」
夜月は、その綺麗な顔立ちに似つかわしくない、下卑たニヤニヤとした顔つきで私をねめまわす。
「くそっ・・・は、な、せっ!」
私は言葉の勢いに合わせて、足を振り上げ、夜月の脳天めがけてハイキックを繰り出した。が、やはり、なんなく交わされてしまった。それでもそのおかげで、奴が距離を取り、私は解放されたので良しとしよう。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。」
肩で大きく息をする。今の攻撃で精神的に大打撃を受けてしまった。何だか酷く色んなものを消耗してしまったようだ。
「貴女に、一つ忠告があります。」
そんな私をまったく省みず、夜月は唐突に話し出した。
「私の個人的な意見と言うか、趣味なのですが、女性の方が、スカートの下にスパッツを穿く事を私は非常に残念に思いますよ。そのせいで、世の男たちを皆、騙している事になりかねない。そんなものは即刻、脱ぎ捨てるべきだと、私は貴女に進言します。もちろん了承していただけますね、お嬢さん。」
・・・・・こいつ、何を言ってるんだ?
馬鹿なのか?
「お前、馬鹿なのか?そんなこと了承できるわけ無いだろう?大体、私がこの服を戦闘着に選んでいるのは、単純に動きやすいからだ!別にパンツを見せるためにはいている訳ではない!」
「嘘付け。お前、小宇宙がどうとか、聖衣がどうとか言っとったやんけ。嘘ついたらあかんで、自分。」
私は、安綱のミネを叩く。安綱は、あいたっ、と言って黙った。
「貴女は、何も分かっていない。女性の下着、特にショーツと言うものには、筆舌しがたい魅力と言うものが詰まっているのです。この世界はそれを中心に回っていると言っても、過言ではないでしょう。それを、その醜いスパッツで隠すというのは、例えるなら天の岩戸にお隠れになってしまわれた、天照大神のようなものです。このままだと世界は暗闇に包まれてしまう事でしょう。」
何を、大げさな。神様とパンツを同列だなんて・・・。
何だか話しているとこっちまでおかしくなりそうだ。
「お前の下着への想いはどうでもいいから、早く始めよう。そんな、邪な考えごと、私が叩っ斬ってやる!覚悟しろ!」
私は安綱を八双に構えなおす。
「そうですか・・・。スパッツを脱いでいただけないのなら、無理やりにでも脱いでいただくまで。」
夜月は深々とお辞儀をして、顔を上げた。その顔は月明かりを浴びて、より一層、妖艶さを増していた。
「それでは―――ダンスを始めましょうか。」
8
天哭一心流。
神速の剣技。
幕末の頃、維新志士側の歴史に隠された一人の人斬りが、剣を極め、磨き、高め、研ぎ澄まして作り出した流派。
所謂、殺人剣。
その剣は、より確実に標的を仕留めるために、速さにのみ特化したという特徴がある。
相手の先の先をとるために、間を詰め、剣を振りかぶり、振り下ろすまでの時間は普通の剣術の三倍の早さだ。
さらに、その一撃は必ず相手を仕留めるために、常に一撃必殺。急所以外は狙わない。
それが私の剣。
私の剣は今まで負けたことがない。
それが―――
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
雄たけびをあげて夜月に斬りかかる。
「何度やっても同じ事ですよ。」
そう言うと夜月はいとも簡単に、私の剣をかわす。というか、正確に言うなら、かわさずに私の剣をすり抜ける。まるで、幻覚を斬っているような感覚で全く手ごたえが無い。さっきから何度も繰り返している事だ。
「くそっ!なんでだよ!何で斬れないんだ。」
肩で息をしながら、そう毒づいた私に、やれやれと言った風に夜月が話し出した。
「さっきから言っているように、貴女の剣は私には届かないのですよ。私は、有って有る者。どこにでも居るし、どこにも居ない。居ないものは斬る事は出来ないという事です。」
さて、と微笑む夜月。
「そろそろ私のほうからも、行かせていただきましょうか。」
居ないっていうなら、私を斬る事も出来ないんじゃないか?武器も持っていないし。そう思ったのだけれど、体は勝手に反応してとっさに防御の構えを取った。結果としてはそれが良かった。下手に考えを巡らしていたら、反応が遅れていたかもしれない。
先の台詞を吐くと同時に、夜月はまた、消えた。と、同時に私のすぐ前に現れて、斬りつけてきた。
どうやって移動した?
何で斬りつけた?
一瞬で色々と考えが巡ったが、何一つ答えを導き出せない。それよりも、迎撃が先だ。幸い、私の剣でも受ける事が出来た。剣で夜月の攻撃を受けながら見てみると、どうやら腕を振って攻撃してきているようだ。何も持っていないのに?確かに何も持っていなかった。それは、攻撃を繰り出している今も変わらない。じゃあ一体何で斬りつけてきているのか?それは、こういうことだった。
夜月は腕の肘から先を長い両刃の剣に変えて、さながら西洋のブレードにして私に斬りかかっているのだった。
私の流派は先の先を取る、先手必勝の剣術。したがって、私は防御があまり得意ではない。夜月のさっきからの激しい連続攻撃を全て受ける事が出来なくて、私は徐々に傷ついていった。決して致命傷ではないけれど、体の至る所から血を流しているというのは、体力的にも精神的にも辛い。私はたまらなくなって、斬りかかる時と同じようなスピードで、十分な間合いを取る。
「ああっ!素晴らしい!私の貴女への想いが、貴女の体に傷となって残っていくというのは!さあもっと愛し合いながら、殺しあいましょう。お互い、なかなか死なない身なのですから。」
夜月は倒錯しきった、恍惚の表情でそう叫んだ。
その間に肩で息をしながら、私は体力を回復させる。
しかしさっきの台詞、一箇所引っかかるところがある。
「ちょっと待て。お互いなかなか死なない身っていうのは、どういう意味だ?確かに私は、一晩寝れば大体の傷は治るみたいだけれど、その言い方だとまるで私とお前が、何だか同類みたいじゃないか?」
私の言葉を聞いて、少し意外そうというか、キョトンとして夜月は訊いてきた。
「知らなかったのですか?」
「何をだ?」
「私と、いや、私達と貴女は同じですよ。」
「・・・・どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、そのままの意味です。私たちが鬼なら貴女も鬼なのですよ。ご存知無かったですか?」
「お前・・・嘘を言うな!」
「嘘じゃないですよ。だって、私たちとの殺し合いも、とても楽しく心踊るものだったでしょう?ただの人間ならそんな風には感じないでしょうね。疑うなら、その憎き童子切安綱にでも訊いてみてはいかがですか?」
それは・・・確かに私はこの状況が嬉しくて楽しく感じ始めているけれど・・・。私が鬼だなんて・・・。
「安綱!嘘なんだろ?あいつがまた私をたぶらかそうと、口から出まかせを言っているだけだよな?」
私の問いに安綱は沈黙でもって答えた。
「・・・・・・・・そんな・・・嘘だよな・・・そんなの・・・そんなの私は信じないぞ!」
「そんなに言うなら。」
夜月がまた消える。
「自分の目で確かめたらどうです?」
私の目の前に現れた夜月は、ブレードを私の目の前に差し出し、鏡のようにして私の顔を映してみせた。そこには―――
そこには、闇夜に輝く二つの金色の眼が映し出されていた。
とても人間のものとは思えないほど、不気味に美しく輝いている。
もちろんその眼の持ち主は―――私だ。
「そんな・・・これが・・・私・・・?」
「うふふ・・・綺麗な目をしてらっしゃる。くり貫いてしまいたいほど・・・。」
夜月の台詞に、悪寒が走る。
「!!」
思わず斬りかかったけれど、やっぱり私の剣は届かなかった。夜月はまた私の前から消える。
「私のことも、もっと愛してもらいたいですね。」
声がしたのは―――真後ろ。ついに後ろを取られてしまった。ずっとそれだけは警戒していたのだけれど、さっきのショックで隙が出来てしまったのだ。
「しまっ・・・!」
後は声にならなかった。
何故なら、私の腰の辺りに激痛をもって、何かが入り込んでくる感覚があって、声が出なくなってしまったのだ。首を回して確認すると、まず眼に入ったのは夜月の嬉しそうな顔、そして次に見えたのは私の腰の辺りにズブズブと入っていく夜月の指だった。激痛と気持ち悪さに気を失いそうになる。
「くっ・・・くはっ・・・ぐっ・・・・。」
「うふふ・・・いい声ですね。もっと聞かせてください。」
そう言って、夜月はより深く指を差し込む。
「ぐあああっ!」
「いいですね!いいですね!いいですね!」
より一層、喜びの声を上げる夜月。
「我々、人外のものでしかこの愛し方は出来ないのですよ。普通の人間なら、すでに痛みと流血とによるショックで絶命していることでしょう。彼らは呆気ないほどに脆いですからね。」
クククク・・・と夜月。
「それに比べ、私と貴女なら永遠に愛し合える。苦痛は快感に、苦悩は悦楽に、汚辱は愉悦に変わっていくのですよ。私と居れば・・・ね。」
背骨を弄られながら、そんなプロポーズを告げられる。
―――恐い。
―――怖い。
夜月が―――ではない。
この状況が―――でもない。
何が恐いか?何が怖いか?
それは―――私。
このときの私は、腰の痛みにもすっかり慣れてしまって、夜月の言葉にあろうことか普通に答えようとしていた。
確かに快感にはまだ程遠かったけれど、夜月の言うとおり私たちなら永遠の時間を、共に過ごし、殺し合い、愛し合えると、あろうことか思ってしまった。
その事実、そのときの私自身が、私は心の底から恐ろしかった。
だから、その時、私は始めての感情を覚えた。
それは―――
―――逃げたい。
今すぐここから逃げたい。
今すぐ全てから逃げたい。
逃げたい。
逃げたい。
逃げたい。
逃げたイ。
逃ゲタイ。
ニゲタイ。
ニゲタイ。
「ぅうわぁああああああああああああああああああ!」
私は無様にも一直線に、夜月から逃げ出した。
「うふふ・・・可愛いですね。鬼ごっこですか?」
待て~と暢気な声を上げて歩いて追いかけてくる夜月。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ・・・来るなぁあああああああああああああああああああああああああっ!」
私は両手で次々に刀を出しては、夜月に投げつけた。何本も何本も。しかし、そのどれもが夜月を傷つける事は無かった。
「うふふ・・・無駄、ですよ。もう止めにしませんか?そもそも、貴女は何故、私に敵対するのです?」
刀をすり抜けながら、夜月が言う。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。それは・・・それは・・・お前が敵で・・・私が正義・・・だから・・・。」
「でも、貴女も私と同じ『鬼』ですよ。」
「それは・・・・。」
「それと、もう一つ共通点。実は私も昔は貴女と同じように人間だった、って言ったらどうします?」
「・・・えっ?」
まさか・・・そんな・・・。
「もちろん、霧雨も風凪も、ですよ。みんなその刀、童子切安綱に取り込まれて鬼にされてしまったのだとしたら・・・?」
夜月は意地の悪そうな顔で、私の反応を伺うようにする。
「・・・・安綱が・・・?」
もしそれが本当だとしたら・・・私はどうなるんだ?
「安綱!どうなんだ!黙ってないでなんか言ってくれよ!」
頼む・・・嘘だと言ってくれ・・・。
「イヅミ・・・・悪い・・・。」
「は?・・・悪いって・・・・?」
「・・・・・あいつの言う通りや・・・・。」
「そんな・・・・。」
「・・・・・あいつらは、お前と同じように昔、俺を願いの力で具現化してそのまま鬼に成り下がってもた奴らや・・・。戦いを求める心っていうのは、どっちにしても修羅の心や。例えそれが正義のため、大いなるものの為やとしてもや。お前にも言わなあかんと思とったんやけど・・・。悪い、勘弁してくれ。」
私は、一体何の為に戦っていたのだろう?
私は、一体どうして戦っていたのだろう?
「私たちはみんな、その刀が憎い。その刀をまた具現化した貴女が憎く、また同属に対する親近感も同時に感じる。私たちはだから貴女に敵対したのですよ。また、私たちのような鬼を増やすわけにはいかない。それを止める為、あなたの前に立ちふさがったのですよ。」
私の敵はいつも悪。だから、私はいつも正義。
―――のはずだった。
これでは、どちらも悪ではなく。どちらも正義でもない。
そこに居るのは二匹の鬼。
ただ、それだけ。
「気付いて無いかも知れませんが、貴女はもうかなり私と同じ、鬼になってしまっている。その証拠にさっき指を腰に差し込んだ時、貴女は死ななかった。普通ならとっくに死ぬところで、貴女はあろうことか冷静に私の言葉に応えようとしていた。」
確かに、それが私は怖かったのだ。逃げ出したいほどに。
「こうなってしまっては、貴女はもう戻れない。だから、私と一緒に来ませんか?いや、一緒に来るしかないと思います。鬼は現実には居てはいけないのです。」
「私は・・・・。」
心が揺らぐ・・・。
「・・・・行かない。」
「・・・・そうですか・・・・それなら。」
夜月は両腕を剣に変え
「私が貴女を愛を込めて殺しましょう。」
そう言うと、この戦いで始めて消えずに斬りかかってきた。
「望むところだ!」
心が揺らぐ・・・が、私はやはり行かない。
私は、最後まで私を突き通す。
私は、私の信じた道を行く。
「私は、鬼では・・・・無い!」
安綱を振り上げ、夜月の右の一撃を受け止める。左に備えて、私は片手を離し刀を具現化する。私の読みどおり、左に一撃が来て、私はそれも受け止める。
「私は、腕だけを剣に出来るわけではありませんよ。」
両手の攻撃を受け止められた夜月は、口をかぱっと大きく開け、赤く長い舌を出した。その舌はみるみるナイフのような刃物になって、私の首筋に伸びてくる。
「くっ!・・・・。」
私はそれを上半身の動きでかわし、その勢いで夜月の腹を蹴る。深くは入らなかったけれど、それで牽制になったようで夜月は距離を取る。
「いいですね。いいですね。いいですね。このまま愛し合い、殺し合い続けましょうよ・・・ね?」
「残念だけれど、私は嫌だね。永遠に殺しあうなんて。それこそ修羅じゃないか。次で、お前を仕留める。」
「そうですか・・・まあ、何度やっても同じでしょうが。私としては貴女と愛し合えるなら何でもいいんですがね。」
夜月はそう言ってゆるりと近づいてくる。
そうは言ったものの何か策があるわけではない。ただ、このままでもいつまでも同じことの繰り返しになる事もわかっている。この状況を打破するには―――
「もっと強く。もっと強く。もっと強く。もっと強く・・・・・。」
目を閉じて小声で呟く。
全ての悪を打ち払うような強さ。
一度だけでいいから。
圧倒的な強さ。
完璧な強さ。
私の心の弱さも消し去ってしまうほどの強さ。
それを求めて、目を開けると目の前に一本の剣が刺さっていた。
随分と古い、何だか神話の時代の剣みたいな見た目だった。
刃は直刃で柄に丸い飾りがついている。
私が手を伸ばしてそれに触れようとした時、
「触ったらあかん!」
と安綱が叫んだ。
その剣幕に手が止まる。
「お前・・・とんでもないもん出してもたな・・・。」
「・・・そうなのか・・・また、国宝なのか?」
「国宝なんてもんや無い!これは布都御魂や。神器や、神器!触ったらあかん。そんなもんに触ったらどうなるか分かったもんじゃないで!」
布都御魂。
日本書紀に出てくる伝説の剣。
神武天皇が東征の時、荒ぶる神を祓った剣。
建御雷神が国を平定した剣。
それはまさに神器。
神の器。
神そのもの。
「・・・・でも、これじゃないと・・・私は勝てない!」
私は安綱を床に立てて、布都御魂に手を伸ばす。
「やめろぉおおおおおおおお!」
安綱は叫んでいるが、私は負けられない。
私は負けるわけには―――いかない。
なぜなら私は正義なのだから。
私は私の正義のために戦う!
見ると、夜月は歩みを止めて、おびえるような顔で布都御魂を見ていた。
「そんな・・・・こんな事って・・・・これじゃあんまりだ・・・。」
私は床に逆さまになって刺さっている布都御魂を引き抜く。持った手が熱い。焼けるようだった。
「これが、そんなに怖いのか?」
私は夜月を横目で見て訊ねる。
夜月はこの剣から目が離せないようだ。
引き抜いて分かったのだけれど、この剣、おそろしく重い。とてもじゃないが振り回す事は出来そうにない。
その時―――頭の中に声が響いた。
『我を天高く掲げよ。』
私は操られているかのように、ゆっくりと布都御魂を頭上に掲げた。
すると、もち手はより一層熱くなり、刃自体が物凄く眩しく輝きだした。全ての闇をかき消すように。
「こんな事・・・・そんな・・私は・・。」
夜月は何か言いたそうだったけれど、そんなことは全く関係なく、無慈悲にもあっさり消されてしまった。
圧倒的な光に、闇が消えてしまうように。
圧倒的な力に、悪が消えてしまうように。
「終わったな・・・はよ、そんなもん離せ・・・。物騒やぞ。」
「いや、まだ終わってないよ。まだ、もう一匹いる。」
「もう一匹って・・・お前、まさか・・・?」
「鬼の私が居たら、また奴ら見たいのが来るんだろ?」
「そら、そうやけどやなーお前ちょっと待てって!話を聞け!」
「それに、おおかたあいつらも私が具現化したんだろ?だから、あいつら範囲を決めてしか戦えなかったんじゃ?」
「・・・・わかっとったんか」
「風凪が交差点から出ない時に気付いた。そもそも、決闘場所を指定してくるって事はそういうことでしょ?」
「まあ・・・そういうことなんやけど・・・・ついにばれてもたな。」
「それなら・・・私自身がけじめをつけなくてはな」
「あほ!何、考えてんねん!やめろ!今度こそ、どうなるかわからへんぞ!絶対やめろ!」
「・・・・・・。」
私は布都御魂の刃を自分に向けて。
「やめろぉおおおおおおおお!」
自分の胸につき立てた。
刺さった箇所が熱い。
血が吹き出るのが分かる。
「イヅミ!しっかりせい!こら!お前・・・」
安綱が何か言っているけれど、もう耳には届かなかった。
私は正義なのだから、正義に殉じて死ぬのだ。
これで、鬼はもう居ない。
こうして―――
私の誰も知らない戦いも終わった。
体が、熱い。
9
そして―――
―――翌日。
私はメインホールのステージ上で血まみれで発見された。発見したのは朝一番で校舎内の見回りをしていた与謝野先生だったらしい。発見された時、先生は死んでると思ったらしい。血の海に浮かぶようにして、私は倒れていたのだから。駆け寄った時に、駄目もとで息を確認したら、かろうじて息をしていたから、私は救急車で近くの病院に緊急搬送された。しかし、搬送先の病院で、蘇生にあたった担当医師は首を傾げることになったのだった。
私には、目立った外傷が無かったのだった。
たった一つ、外傷と言えなくも無いものも体に刻まれていたけれど、私の体は医学的見地からは全くの健康体であった。
ただ、胸には鋭利な大型の刃物を突き刺した傷跡が、しっかりと刻み込まれていたけれど・・・。
あれから三日間、私は眠り続けていたらしい。
本当に仮死状態だったらしい。
そして、今日、私は三日ぶりに目覚めた。
起きてすぐ、真っ白な病室の壁が、ひどく眩しくて、自分が生きているのか死んでいるのかよく分からなかった。朦朧とした頭で、泣いている父と母や兄を『ああ・・・死ななかったんだな・・・。』とひどくさめた心持で見ていたのを覚えている。なんだか、全てが嘘みたいな、夢みたいな気がする。
しかし、胸の傷跡が『それは、違う』と訴えている。
傷を抱えて生きろと言う。
そう、あれは私が私の正義のために、たった一人で立ち向かった『誰も知らない』戦いだったのだ。
手を前にかざして『出ろ』と呟いても、もう何も現れない。
関西弁の伝説の刀は、私に傷跡といくつかの想いを残して消えてしまった。
私は正義で、私の敵はいつも悪だった。
でも、
敵の敵である私は、果たして正義だったのだろうか?
私は、本当に正義だったのだろうか?
正義と言うのは、本当に正義なのだろうか?
三匹の悲しき鬼達を倒した私は、本当に正義なのだろうか?
正義とは?
悪とは?
私は目が覚めてからずっとこんな事を考え続けている。
考えても答えは出ない。
ただ、これだけは言える。
胸を張って言える。
『私は、私を貫き通した。』
何が正しいか?それは他人が決めること。自分は、出来る限り大切なものを精一杯守るだけなんだ。
それは、誇り。
それは、信念。
それは、意地。
それは、思想。
それは、家族。
それは、故郷。
それは、日常。
それは―――
『コン、コン。』
病室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ。」
返事をすると、ゆっくりと扉が開いて、その向こうに今にも泣き出しそうなナカコの顔と、もうすでに号泣しているヤス達の顔が現れた。
「いーたぁぁぁん・・・。心配したよぉぉぉぉ・・・。」
「あねさぁぁぁん・・・心配しやしたぁぁぁぁぁぁ・・・。」
みんな泣き崩れるみたいにして、病室にわらわらと入ってくる。たちまち狭い病室は人でいっぱいになる。よく見ると、この前ぶっ飛ばした不良や、ナカコのクラスメイトのハルカ、ノゾミもいるし、私のクラスメイトも少なからず来ているようだ。
「みんな、ありがたいけどもっと迷惑とか考えようよ・・・。」
そうは言ったけれど、やっぱり嬉しくて自然と顔が綻んでいく。
私が正義かどうかなんてもう問題じゃない。私には守るべき、守りたいものがあるんだ。正義と言うものに責任を押し付けず、私はこの大切なものを精一杯守っていこうと思う。
それは―――友達。
私の戦いは終わって
私の『私の戦い』が始まる。
第三話 nobody knows おわり
皆さん、子供の頃を思い出してみてください。両手を天に掲げて心の中で必死に「地球のみんなおらに少しずつ元気をわけてくれ」と念じた事が誰しもあるはずです。もしくは、テレポートしようとして、自分にエアガンを撃ったり(エスパー魔美って・・・古!)したものです。このお話はそういった思いを、思いっきり叶えたお話です。人はいつからか、自分には出来ない、自分はヒーローじゃない、自分は特別じゃない、と気付く、もしくは自分に言い聞かせ、自分を騙してしまうもの。この話の主人公、武者小路イヅミはそういったことを諦めなかったので、いつまでもヒーローたりえたのだと思います。我ながら、だいぶ男前な女の子が書けたので嬉しく思います。そして願わくは、この話を読んでいただいたあなたにもそうであって頂きたく思います。
前話、第二話についてギャグパートが少ないとの感想がありました。そこで、今回はかなりふんだんに織り込んでみたのですがいかがでしょうか?相変わらずあまり笑えないものになってしまったのですが、分かる人には分かればいいという、やけっぱちな気持ちで書いているのでつまらなかったら素直にアイムソーリーです。イヅミのキャラは個人的に書いていて面白かったです。あと、鬼たちもそれぞれ特徴のあるキャラが書けて楽しかったです。変態の夜月がお気に入りです。なんだか、感想になってしまいました。すみません。
今回もいつもながら私の無理難題を素直に聞いてくださるイラストレーターの10choさんにはただただ頭が下がる思いです。ありがとうございます。最後に、ここまで読んでいただいた皆さんに感謝を込めて。
二〇一〇年 六月 壱原イチ




