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少女奇譚  作者: 壱原イチ
5/8

nobody knows(上)

縦書きの方が読みやすいです。

                      1

 

 

 私、武者小路イヅミはいつも対峙していた。

 この世のあらゆる悪、不条理、裏切り、邪なもの、貶めるもの、辱めるものに対して、常に戦ってきた。これらは例外なく私に対して敵対し、かつ害意をむき出しにし、敵意をあらわにしてきた。

 私の敵はいつも悪で、

 悪の敵はいつも私だ。

 だから私は、自分は正義なのだと思う。

 それは―――

 紛れもない事実で

 疑いようのない事柄で

 ただひたすらそう信じきっていた。

 私が負けることはすなわち正義が負けること。

 正義が負けるなんて事があってはならない。

 つまりは、私は絶対に負けられなかった。

 

「あねさん!大変だ!」

 私が、幼馴染の中原ナカコと一緒に学校から帰っていると、子分のヤスが岡っ引きみたいに叫びながら走ってきた。正直、またかと思う。

「・・・一体どうしたんだよ。そんなに血相を変えて・・・。」

 私がため息をつきながらそう訊くと

「それが・・・ヤスが捕まりました!・・・だから、あいつにはよく言って聞かせていたのに・・・。」

 と、悔しそうにヤスは言った。

「・・・・で、どの『ヤス』が捕まったんだ・・・?」

 お気づきかと思うが、今、ヤスがヤスのピンチを知らせてきた。そうなのだ。私には何人か子分と言えるような男がいるのだけれど、面倒なのでみんな『ヤス』っていう名前で呼ぶ事にしているのだ。この、ヤス達はみんな元々は私の敵だった。つまり、悪だったのだけれど、私に倒される事によって、正義に目覚めて私の子分に志願したのだった。最初は名前を一人一人、覚えていっていたのだけれど、途中からあまりにも増えすぎたから全員『ヤス』と呼ぶ事にしたのだ。したがって、私の子分は全員ヤス。

「その・・・またっていうか・・・やっぱりっていうか・・・十六号です・・・。」

「また、あいつか・・・。」

 このヤス十六号は、十六号つながりのつもりか、オレンジのモヒカンなのだけれど、全く役に立たない。どうせなら、人造人間のほうが良かった。とろいからすぐに敵に捕まるし、元々は優しい奴だから本当は力も強いのにそれも出さないし、私と戦った時も、もっと悪い奴に利用されていたような奴なのだ。ろくでなしブルースで言うなら、石松と言ったところか。

「あねさん、やばいですよ。何か色んな学校のやばい奴らがつるんで、今度こそあねさんを潰すって言ってるらしいですよー。それで、十六号の奴、人質だって事で捕まっちまって、で、俺があねさんを連れて行かないと、あいつやばいことになっちまうんですよー。何とかしてくださいよー。お願いしますよー。」

「・・・・お前は、私を行かせたいのか、行かせたくないのかどっちだ・・・。」

 ヤスは頬を赤らめて、照れながら言った。

「そんな、あねさんをイカせるだなんておこがまし」

「ほぁたぁぁぁぁぁっっっ!」

「いぃぃぃぃ!」

 あたしの鉄拳がヤスに炸裂した。

『おこがましい』の最後の『い』を叫びながら吹っ飛んでいったのはヤス十七号。ろくでなしブルースで例えるとヒロト・・・いや、小兵二の方か。

「お前の血は、何色だ!」

 決め台詞とともに決めポーズをとる私に向かって

「ありがとうございますっっ!!」

 左頬を真っ赤に腫らして、それなのに何故か幸せそうに十七号は最敬礼をした。

 どうやら私の正義の活動、近隣の学校の不良達や、暴走族、カラーギャング達を潰して回った事で、ヤス十六号が人質に取られたらしい。それで、私を呼び出してみんなで潰そうということなんだろう。

 なんだかよくある展開。

「・・・・面白いじゃないか・・・望むところだ。」

 私は思わずほくそ笑んでしまう。やっぱり、悪はそうでなくっちゃ。

「ヤス!私をそいつらの所に連れてけ!」

「へい!あねさん!」

 フフフフ・・・奴らめ、私の恐ろしさをその体と心に刻み付けてやる・・・って何か忘れているような・・・・・?

「・・・・・あっ。」

 気付いて振り返るとそこには、下からジト目で睨むナカコがいた。

「いや・・・その・・・これは、なんて言うか・・・違うんだよ・・・誤解なの、そう!誤解だ!誤解!・・・・。」

「・・・・何だか、いーたんの方が悪者みたいだよ。」

「え?・・・な、何がかな・・・?」

 実は正義の活動については、ナカコに秘密にしていたのだった。知られると多分、反対されると思って。

「とぼけなくてもいいよ。大体、あたし薄々気付いていたし。」

「そ、そうなんだ・・・。」

「噂になってるよ。綺麗な女子高生がこの辺りの不良たちを、ボコボコにしてまわってるって。まあ、多分あたしぐらいしか気付いてないと思うけれど、程ほどにしとかないと、すぐみんなにバレて大変な事になると思うよ。ほら、おじさんとかに知れたらまずいでしょ?」

「それは・・・確かに・・・。」

 父にばれたらきっと私がボコボコにされるだろう。私の家は、江戸時代から続く武家の家系なのだけれど、幕末に所謂、人斬りで成り上がったらしいのだ。だから、私の家には、秘伝の剣術が伝わっていて私もそれを習得しているのだけれど、ご先祖様の遺言で『決して私闘で剣を振るってはならない』とされているので、今、私がやっている事がもし父にバレたらと思うと、肝が冷える。

「まあ、あたしはいーたんを全力で応援するけど、怪我だけはしないでね。あと、おじさんにばれないように。」

「ナカコ・・・・。」

 ナカコは最近、随分と明るくなった。というかよくしゃべるようになった。家出も止めたみたいだし、何かあったのか母親とも和解したみたい。良かったと思う反面、少しだけ寂しい気もする。それでも、良かったのだろう。

「じゃあ、あたし、バンドの練習があるから行くね。」

 そう言って、ナカコは三叉路を右に曲がっていった。

「ナカコ――――。」

 ナカコの背中に呼びかける。

「何―――?」

 振り返って、ナカコが訊いてきた。

「ナカコ―――。良かったな―――。頑張れよ―――!」

「うん!いーたんも気をつけてね!」

 ナカコは私も見た事がないようないい笑顔で応えて、手を振って駆けていった。その笑顔に私はドキッとしてナカコの姿が見えなくなるまで、見送るようにその背中を見つめていた。

 本当に、変わってしまったんだな・・・。

 安心したというか、何と言うか・・・・。

 巣立つ雛を見るような気持ちなのかな・・・?

「何というか・・・」

「ん?」

 十七号が切りそろえた長髪を払いつつ、遠い目でナカコを見ながら言った。

「かわいらしい子ですね・・・。」

「うん・・・。」

「小さいし・・・。」

「うん・・・。」

「笑顔も素敵だし・・・。」

「うん・・・。」

「ほんと、俺もあんな子を一度でいいからイカした」

「ほぁたぁぁぁぁぁっっ!」

「いぃぃぃぃぃぃぃっっ!」

 私の鉄拳がまた、十七号の頬に炸裂した。

「てめえに、今日を生きる資格はねぇ!」

 二、三メートル吹っ飛んで、ゴミ箱に突っ込んでやっと止まった十七号は、それでも健気に気を付けをして、

「ありがとうございましたっ!」

 と、私に最敬礼をするのだった。

 

 空は、さっきまでとはうって変わって、六月末にふさわしく、今にも泣き出しそうな様子だ。私は一度、家に帰って装備を整える事にした。足元をローファーから、文字通り勝負靴のエア・ジョーダンⅥ(桜木モデル)に、履き替え、洞爺湖と名づけた木刀を持って、ポニーテイルを結いなおして私は、私を待ち受けている悪の元へ急いだ。

 そんな週刊少年ジャンプな装備に身を固めた私は『友情』『努力』『勝利』を胸に、港の近くの倉庫街へ向かった。その、倉庫街にある少し開けた場所、大雑把に言うと空き地なのだけれど、そこに、私の目指す悪がいるのだった。

 

「お前か?『東雲女子の(ヴァル)乙女(キリー)』ていうのは。」

 鈴蘭高校と愛徳高校と帝拳高校の不良を全部集めたぐらいの数の不良たちを従えてその男は立っていた。

「随分、派手にあばれているらしいじゃねぇか。」

 腕を組んで、仁王立ちで男は言う。

 私は、その男に向かってつかつかと歩きだす。

「話には聞いていたけど、思ってたよりもベッピンじゃねぇか。」

 仁王立ちのまま男は続ける。

 私は男に近づきながら木刀を構える。

「俺の名前はな・・・おい・・ちょっと待て・・・まだ話が・・・何、な、何する気なん・・・ちょやめ、やめて」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 私は木刀を振り上げ、一気に間を詰めて男の眉間めがけて振り下ろす。

「待って、待ってくれ!まだ、名前も言ってなアベッ!」

 眉間に私の一撃を受けた男は変な悲鳴を上げて、吹っ飛んでいった。

「てめぇ!何すんだよ!」

「まだ話してただろうがよ!」

「卑怯だぞ!てめぇ!」

 後ろに控えていた不良軍団が声を荒げて私を罵る。

「うっるせぇぇえっっ!」

 私の気迫に不良たちは黙ってしまう。

 木刀の切っ先を不良たちに向けて私は言う。

「私は、お前たちを倒しに来たんだ!お前たちの名前なんかに興味はない!私の前に立つものは斬られる覚悟があると見なす!覚悟があるやつは進み出でよ!覚悟のないやつは即刻この場を去れ!見逃してやる!」

 私は、木刀を構えなおす。

「さあ・・・来いっ!」

 私の挑発に男たちはより一層いきり立って、全員一斉に押し寄せてきた。それはまるで、津波のように。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 私は、津波の一番前にいた男を木刀で横になぎ倒し、

 その後ろの男を返す刀で上に切り上げ、

 後ろに吹っ飛んだ男を踏み台にして頭上によじ登り、

 押し寄せる男たちの頭を踏んで最後尾まで駆け抜ける。

 そうして私は、津波の後方から、一人ずつ木刀でぶっ飛ばしていった。

 男たちは、そんな私の戦法に全く対処が出来なくて、陣形もバラバラの散り散りに私に向かってきたので、私はさほど苦労もせずに一人一人相手をする事が出来た。そのおかげで戦闘自体にはそれほど困らなかった。しかし、数が数だけにさすがにきつかった。途中までは数えていたのだけれど、(撃墜数みたいに)五十を越えた辺りから面倒なので、それもやめてしまった。単調に斬っては捨て、斬っては捨て・・・。いつまでも続くかと思っていたこの戦いもいずれ終わる。そのうち、おかしな感覚に襲われてきた。

 目の前のこいつらは何故向かってくる?

 私は、何故こいつらを斬っている?

 そんな事を考えているうちに、斬る相手がいなくなった・・・。

 つまりは、戦いが終わった・・・。

 さすがにバテた・・・。

 十六号は私が戦っている間に十七号が助けていた。

 私は空を見上げる。すると、ポツリ、ポツリ、と、雨が空から落ちてきた。なんだろう、この気持ち。

「・・・・これは、虚しいのか?」

 思わず口をついた自分の言葉に私は驚いた。

 そんなことは―――ない。

 でも・・・

 私は、何をしているのだろう・・・・。

 何がしたかったのだろう・・・。

 戦いを始める前に感じていた期待、満足感は無かった。ただ、仕事をこなしただけの様な疲労感だけがあった。

 私の正義とはこんなものなのか?

 私の敵はこんな程度なのか?

 そんな私を追い打つみたいに雨はどんどんはげしくなっていって、土砂降りになっていた。私が倒した男たちは、動ける奴はみんな逃げて、動けない奴はその場に倒れたまま気を失っていたり、唸っていたりした。その様は、まるで戦場に私一人が立ちすくんでいるようだった。戦場から戦士をヴァルハラに迎えに来たヴァルキリーみたいに。

 死屍累々。

 

 どんどん酷くなる雨に立ち向かうように私は空を睨んでいたのだけれど、一向に弱まらない雨に諦めて顔を正面に戻す。すると、倒れている男たちの間に一つだけ立ち上がっている影が見えた。その姿に私は、一瞬、自分の目を疑った。さすがに、もう臨戦態勢は解いていたのだけれど、だとしても反応が少し遅れてしまった。戦場なら致命傷だ。しかしそれもやむをえないと言えるのではないだろうか?何故なら、私はその影を敵かどうかの判断をすぐには下せなかったのだ。

 前を向いた私の目に飛び込んできたのは、屍のような男たちの間にこちらを向いて立つ白い馬だったのだ。

 そりゃ、反応できないよな・・・。

 馬はジッと私を見つめている。

 私もジッと馬を見つめている。

 良く見ると、馬じゃなくてユニコーンだという事が分かる。

 ユニコーンと私はそのまま永遠のような一瞬を見つめあった。

 それだけで私は分かった。

 これは、何かの『始まり』なのだと。

 

 

                       2

 

 

 思い返してみると、

 私はモノゴコロがつく頃にはすでに、『正義』に目覚めていたと思う。

 その頃の私は、いたって普通の女児だったのだけれど、少し周りと違ったのは、みんながままごとやお絵かきで遊んでいる時に、私は男の子たちと一緒になって正義の味方ごっこをしていたことだ。まあ少しお転婆な子ならそんな事十分ありえるとは思うけれど、私は少し特殊だったように思う。私は、その頃必ず悪役をやらされていたのだった。女だし、弱かったから。私はその状況が悔しくてたまらなかった。なぜなら、私は正義の味方が大好きだったから。だから、自分に強くなる事を課した。私はただただ、努力した。

 強く。

 誰よりも強く。

 何よりも強く。

 とにかく強く。

 ひたすら、強さだけを追い求めていたら、私は正義の味方ごっこでは、満足出来なくなっていた。もちろん強くなった私は、自分の力でヒーロー役を射止めたのだけれど、私が強すぎるので誰も悪役をやってくれなくなってしまった。簡単に勝ってしまって、全くつまらない正義の味方ごっこになってしまったのだった。歳をとるごとに、一緒に遊んでいた男の子たちも次第に遊ばなくなり、正義の味方は私だけになってしまった。仕方がないので、私は実際の悪と戦うようになった。幼馴染のナカコだけを引き連れて、小学校の頃の私は横柄な上級生やいじめっ子なんかを向こうに回して、日々かわいらしい正義の活動を地道に繰り返していた。それは中学生になっても、高校生になっても変わらなかった。敵がより強く、より悪くなった以外は。あと、ナカコにもいつからか隠すようになった。この点も変わった点かな。結局私は、ずっと正義の味方、ヒーローになりたかったのだろう。本気で。

 

 そしていつか、

 いつかこんな日が来ることを

 私は願っていた。

 私は信じていた。

 だから、ユニコーンが私の前に現れた時に、私は驚くよりもやっと来たか、といった思いのほうが大きかった。いつか、異世界(みたいな所)から、私を本物の正義の味方、ヒーローにしてくれる存在がやってくると思っていた。

 

「娘よ答えよ。貴様に、我が見えるか?」

 ユニコーンが話し出す。

「見える!見えるよ!バッチリ見える!」

 私は、思わずテンションが上がってしまった。

「・・・・元気のいい娘だな。我はユニコーン。均衡を・・」

「いやいや、みなまで言わずとも分かっている。私に会いに来たんだろ?ルナ的なアレで、ケルベロス的なアレで、紅世の王的なアレでしょ?で、これからどうすればいいんだ?クローカードを集めたらいいのか?それともセーラー服美少女戦士になって妖魔と戦うのか?それか、あれだな?フレイムヘイズになって紅世の徒を討滅すればいいのか?とにかく、この世界を救えばいいんだろ?」

「・・・・今度の娘はよくしゃべるな。言っている事は良く理解できなかったが、世界を救うといえばその通りだろう。」

「そうでしょ!そうだよねっ!こうなることは分かっていたんだよ!やっぱ、そうなるよね!それで、私は一体これからどうすればいいの?かな?かな?」

 待ちに待ったこの時に、私は雨でずぶ濡れなのも忘れて、今から考えると酷くハイテンションでユニコーンに訊ねた。まあ、そうなるのも理解できるってもんだ。

「貴様の願いの力を均す。それには、貴様の存在を・・」

「私は、まだるっこしいのは苦手なんだよ。何か力を与えてくれるんなら、いいから早くやってくれ。」

「・・・・そうか、話が早いな。それでは、貴様の願いの力を使って根源の願いを具現化する。」

「よしっ!やってくれ。」

 私は、介錯を待つ侍よろしく、観念したみたいに腕を束ねて仁王立ちになる。すると、私の目の前、正確に言うと目の高さ五十センチ前方に光の粒が集まりだした。その光の粒はみるみる長い棒状に集まりだし、だんだん形作られていく・・・。

 これは―――――。

「・・・・これって、日本刀・・・?」

 私の目の前五十センチに現れたのは、立派な拵えの大太刀だった。深紅の鞘に収まった大振りのその刀は私の目の前に浮かんで、そして、

 ――――落ちた。

 ドシャン!ガチャン!

 ――――と派手な音をたてて、落ちた。

 万有引力の法則にしたがって、目の前に浮かんでいた刀は地面に落ちたのだった。

「痛ってぇぇーーー!」

 刀が落ちるのと同時にそんな声が聞こえた。

「・・・・・・・?」

 ・・・・・・・誰?

「おんどれっ!ちゃんと受けとめんかい!おかげで下に落ちてもたやないか!どないしてくれんねん!」

 私は、どこからか汚い関西弁(と思われる)で罵られる。

「どっち向いとんねん!こっちや!こっち!」

 私はきょろきょろと周りを伺っているのだけれど、どこから声がするか分からない。というか、分かっているのだけれど、信じられないと言う方が正しいかもしれない。声のするほうを探ると、どうしても目の前の地面に落ちている刀から声がするような気がする。私は意を決してしゃがみ込み、刀に話しかけた。

「・・・・もしかして、お前が話しているのか・・・?」

「やっと気付いたか。そや、さっきから俺が話しかけとんのに、ずっと無視しくさって。もう少しでキレるとこやったぞ。刀だけにな!」

「・・・・二十点。」

「点数、低!きびしいなー。」

「・・・・ところで、お前は一体、何?しゃべる日本刀ってのは寡聞にして聞いた事がないのだけれど・・・・。」

「俺か?俺は安綱や。童子切安綱、正確に言うなら『太刀 銘 安綱 名物童子切安綱』泣く子も黙る天下五剣のうちの一振りや。一応、国宝やぞ。知らんか?」

「いや・・・まあ・・知ってるけど・・・。」

 剣を志すものなら一度ぐらいは聞いた事があるはずだ。それほどに有名な刀だった。まあ、名前の由来になった逸話の方も有名だから、剣を志してなくても知っている人も多いとは思うが・・・。この刀があの有名な酒呑童子を斬った刀か・・・。

「で、その国の宝がなんでここにあるの?国立博物館とかにあるんじゃないの?」

「ああ・・・あれは贋物っていうか写しってやつやね。俺が正真正銘の本物ってわけや。何でここにおるかって訊かれたら・・・まあ、よう分からんけど、大方、誰かの願いの力で具現化されたってとこやろ。近くには誰もおらんし、多分、ジブンが俺を具現化したんちゃう?」

 なるほど。アレか。

 逆刃刀のアレ。

 斬魂刀のアレ。

 贄殿(にえとのの)遮那(しゃな)のアレ。

 鉄砕牙・・・はちょっと違うか。

 とにかく、ヒーローがヒーローたりえるアイテム、伝説の武器ってやつね。それを私も手に入れたって訳か・・・。

「・・・フフフ・・やった。これで私は正義の味方だ・・・。」

 私は思わずガッツポーズをとった。

「・・・姉ちゃん、なにやっとんねん。そんなことしとらんと、早よ俺をひろってくれよ。」

「あ、あぁ・・悪い・・。」

 そう言って私は、その刀『安綱』を拾い上げる。

「まあ、よろしくな、姉ちゃん。」

「よろしく。それと、私には武者小路イヅミっていう名前がある。」

「ああ、そうか。じゃあ、改めてよろしくなイヅミ。」

「ああ、よろしく安綱。」

 

「その様子なら上手くやれそうだな。」

 ユニコーンが私に向かって言った。

「どういうことだ?」

「貴様の根源の願いが何かはまだ分からないが、どうやらその刀が何らかの鍵になっているようだ。その刀と行動を共にしてみろ。」

「何だかよくわからないが、まあ、この刀はありがたく頂戴しとくよ。」

 今さら取り上げられても困る。

「では、貴様の願い、しかと叶えよ。」

 そう言うとユニコーンはキラキラと光の粒子になって空に消えていった。あいつ、何だったんだ・・・?

 さて・・・と・・・・。

「いくつか質問があるんだが、良いだろうか?」

 安綱に話しかけてみる。

「おう、何でも訊いてくれ。」

「お前、何でしゃべれるんだ?」

「俺はこれでも、千二百歳を超えとるからな。そんだけ生きればしゃべれるようにぐらいなるわ。」

「その割には子供みたいな声だな・・・。なんで、関西弁なんだ?」

「京都出身で関西あたりにずっとおったからな。」

「それで、お前で私は一体、何と戦えばいいんだ?」

「難しいとこやけど、簡単に言うなら・・・鬼・・・かな?俺は元々退魔の剣やからな。多分、そのうちお前の前に敵が現れると思うで。それと、戦ったらええんちゃう?」

 なるほどね・・・。大体、事態は理解出来た。と思う。

 まあ、とりあえず帰るか。と思った私は一つ問題に気付いた。

「・・・なあ、安綱。」

「なんや?」

「お前ってやっぱり真剣だよな?」

「アホか。当たり前やんけ!真剣とちゃうかったら、敵を斬れへんやろ!どないすんねん!」

「それは困った。お前が真剣だとしたら、私は捕まってしまう。」

 銃刀法違反。真剣の所持には許可証が必要。

「ああ、それやったら心配せんでええ。消えろって念じたら俺は消えるし、出て来いって念じたら出てくるで。それで、大丈夫やろ。」

「そんな、便利な事が出来るのか?」

「俺はお前の願いの力が具現化した物やからな。願えば基本的にはその通りになるはずやで。やってみい。」

 私は安綱の鞘を握り締めて心の中で「消えろ」と念じた。すると、安綱はユニコーンが消えたように光の粒子になって、キラキラと溶けるように消えていった。

「ほななー。」

 間の抜けた挨拶で安綱は全く消えてしまった。

 

 こうして、

 私の『誰も知らない戦い』が始まった。

 気付いたら雨は上がっていた。

 

 

                       3

 

 

 私はピッチャーマウンドの上で待っている。

 突然こんな事を言われても、全くついて来れないと思うが、まあ、これには一応、理由があるのだ。

 

 ユニコーンに出会って、安綱を手に入れた私は、ヤスたちと別れて家に帰る事にした。不思議な事にヤスたちはユニコーンも安綱も全く見ていないのだと言う。彼らが言うには

「ユニコーン?あねさんはずっと空を見て、一人でぶつぶつ言ってましたよ。俺たちはまた、あねさんがおかしくなっちまったのかと思って、隠れて様子を見てたんですよ。しっかりしてくださいよ。」

「・・・そうか。私は大丈夫だ。」

「ホントですか・・・。まあ、あねさんが大丈夫って言うんならいいんすけど・・・じゃあ、まあ、俺たちはこれで。」

「ああ・・・。もう、捕まるなよ。」

 十六号と十七号は深々と私に頭を下げて、それぞれの日常に帰っていった。もちろん私も。

 ヤスたちも見てないって言っていたし、安綱は消えてしまっていたし、私は今さらながら信じられなくなっていた。結局、あの色々は私の願望が見せた妄想の幻想が生んだ想像だったのではないかと、そう思い始めていた。それほどまでにその後の日常っぷりといったら無かった。

 私は―――

 普通に夕飯を済まし

 普通に入浴を済まし

 普通に勉強を済まし

 普通に床に就こうとしていた。

 ここまで普通だと私はもうガッカリを通り越してガガガッカリしていた。せっかく、夢が叶って正義の味方になれたと思ったのに・・・。

 もう寝ようと思い、電気を消そうとしたその時、目の前を何かがすごい速さで通った。

「・・・・・!」

 目で追うことは出来なかったけれど、その何かが通り過ぎた先を確認した私は思わず首を傾げた。そこには柱に刺さった矢があった。・・・いや、よく見ると矢に手紙が刺さっている。

「・・・てことは・・・矢文・・・?」

 なんて古風な・・・雅な事をする。私はその趣向に思わず笑みをこぼし―――たりするか!

 なんだこれは?

 一体、誰が?

 ていうか、危ないだろ!

 と言った感じに突っ込みも沢山有るけれど、私はとりあえずその矢文を開いてみる。そこには達筆な字でこう書かれていた。

「   果たし状

 今晩、丑の刻、河原の野球場にて待つ。

 逃げずに来たれよ。

 必ずな。               」

 果たし状って・・・。いつの時代だよ・・・。

 ていうか、こんなものを送りつけてくる人間に心当たりが無い。

 まあ・・・全く無いわけじゃないけど・・・。

 正確には、人間には心当たりが無い。

 私は、右手を前に突き出して、心の中で『出て来い』って唱える。すると、すぐに光が集まって形作られる。

「わあ・・・ほんとに出た・・・。」

 右手の中に現れた日本刀に、正直驚いてしまった。

「なに、驚いてんねん。」

「いや・・・夢かと思ってたから、まさか本当に出てくるとは思わなかったっていうか・・・。」

「何、ゆうとんねん。そんなことあるわけ無いやろ?まあ、ええわ。で、何か用があるんやろ。」

「ああ、そうだった。こんな手紙が来たんだけど・・・。わかる?」

「ほう。どれどれ・・・。」

 私は、安綱の目・・・なんてあるようには見えないけれど・・・とにかく目がどこに有るか分からないので、柄の部分を手紙に近づけて、見せるようにする。

「おっ!これは!」

「なに?分かるのか?」

「来た、来た、来た、来た、来た!来たでー!分かるも何もこれはお前、敵さんからのお誘いやないか。」

「そうなのか。」

「そうや、そうや!結構、早かったな。」

「そうなのか。」

「・・・なんかいまいちノリ悪くないか?」

「なんていうか・・・すぐには信じられないというか・・・。だって、あまりにも話が出来過ぎてるっていうか・・・。」

 これが、私の願いが叶った結果なら出来すぎた話だ。

「まあ、難しい事考えるよりも、今は、とりあえず戦わな。敵がおるっていうのは、それだけでも十分戦う理由になるやろ?」

「まあ・・・そうだ!そうだな!な!戦うしかないしな!」

 出来すぎの感は否めないが、来るものは迎えなくては。

「そうと決まれば、早速、出発や・・・・ってお前何やってんねん?」

「いや、何って、着替えだけど・・・?」

「それは分かるけど、何でまた制服やねん?どこ行く気や?」

「これは、私の勝負服なのだ。」

「それやったら、ジャージとか道着とかのほうがええんとちゃう?動きやすいやろし・・・?」

「安綱よ。お前、何も分かってないな。制服こそが女子にとっての一番の勝負服なのだよ。女子にとっての制服というものは、言わば()闘士(イント)にとっての()(ロス)と同じ。まして、夏服となったらそれはもう黄金(ゴールド)()(ロス)に匹敵するのだ。聖闘士にとってこれはもはや常識!」

「・・・・いや、お前、聖闘士やないし。」

「これで、私の小宇宙(コスモ)も爆発的に燃焼されるのだよ!」

「・・・・いや、小宇宙とか意味分からんし。」

「さあ、出発だ!」

「・・・・まあ、ええわ。ほな、行こか。」

 私は玄関から出て行くと家族にバレると思ったので(安綱も持っているし)二階の私の部屋の窓から屋根伝いに外へ出た。まあ、いつも忍び出ているルートなのだけれど。二軒となりまでそのまま屋根伝いに移動して、そこからは塀の上を歩く。曲がり角まで来てやっと私は地面に降り立った。そして、私は夜の街を、刀を片手に敵の待つ河原へ駆け出したのだった。

 

 私は結局、二時前にはすでに果たし状にあった決闘場、河原のグラウンドに到着していた。夜中のグラウンドと言う場所は、本当に真っ暗で、だだっ広くてかなり不気味だった。

(確かにここなら誰にも見られることは無いよな。)

 敵にそんな気遣いがあったかどうかは定かではないけれど、この場所を指定してくれたのは、私としては助かった。この戦いを他人に見せるわけにはいかない。

 

 到着して結構経ったと思うのだけれど、まだ、敵の姿は現れなかった。私はやる事もないので最初はグラウンドをグルグルと所在無さげに回ったり、結んだ髪を一度解いてまた、いつものポニーテイルに結いなおしたり、無駄にダッシュを何本か走ってみたり、まあ、とにかく暇を潰して待ってはいたのだけれど、それにも飽きたから、ピッチャーマウンドの上に座り込んで待つ事にした。

「なあ、安綱。」

「なんや?」

「丑の刻って、二時ぐらいだよな?」

「そうや。」

「でも、もう大分過ぎてるんじゃないか?」

「まあ、今と違って丑の刻って言っても二時ジャストの事だけをさすわけじゃないからなー。」

「へぇーそうなんだ。」

「まあ、昔はもっと物事が大雑把で、大らかやったってことやな。」

「ふーん。」

 ・・・待たされるヒーローって・・・ダサ・・・。

「あのさ、安綱。」

「なんや?」

「今から会う敵のことって知ってんの?」

「まあ・・・知ってるっていうか・・・何ていうかな・・・。」

「何だよ・・・もったいぶってないで・・・・。」

 安綱が変に言いよどんだのを、おかしく思った私はもう少し踏み込んで訊いてみようとした。しかし結果としてそれは出来なかった。

 

 気がつくと辺り一面、霧、というか細かい雨、というか靄のようなものに包まれていた。暗闇も手伝って少し先でさえ見えないような状況。五里霧中を正に体験しているようだ。

「なにこれ?周りが全く見えない。どうしよう?安綱。」

「落ち着け、イヅミ!敵さん来よったな。イヅミ!俺を抜け!」

「えっ?何で?」

「ええから、はよ抜けって!」

 何か釈然としなかったけれど私は安綱のいうことを聞いて鞘から安綱を抜いた。するとどうだろう、たちまち視界が明るくなったのだった。

「あれ・・・?なんで・・・・?良く見えるんだけど・・・?」

「そらそうやろ。俺を抜く事でお前に特別な力が宿るねん。これから戦う奴にはそれぐらい無いと、とてもやないけど歯が立たん。」

「なんか、お前を軽く感じるし、体もいつもより軽いぞ!」

 ヒーローっぽくなってきた!

 その時―――

 ガシャ―――

 ガシャ―――

 ガシャ―――

 と、重々しく鉄と鉄が重なり合い、擦れ合うような音が聞こえてきた。

 音は霧の向こうからこちらに近づいてくる。

 ガシャ―――

 ガシャ―――

 ガシャ―――

 と、音を立てて霧の中から現れたのは、どこかの合戦場からそのままやってきたような、血の匂いを漂わせた鎧武者だった。

 黒光りしているその甲冑は夜露に濡れて、妖艶な妖しささえ醸し出している。

「これが・・・・敵・・・?」

 私は構えずにはいられなかった。心臓が早鐘のように鼓動する。

(やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい・・・。)

 全身の感覚器が声をそろえてCAUTIONと叫んでいた。

 しかし、私は逃げるわけにはいかない。

 なぜなら、私は正義だからだ。

 逃げるわけには―――いかない!

「お・・・お前は・・・何者だ!」

 私は刀を構えたまま、勇気を振り絞ってこちらへ歩いてくる鎧武者に叫んだ。

「・・・・・・・・。」

 鎧武者は無言のまま歩みを止め、そのまま私を品定めするように上から下へと眺めた。それだけですごい威圧感だ。近くで見ると見上げるほど大きい事が分かった。

「儂は・・・・」

 鎧武者は、地獄の底から響いてくるような低い声で言った。

 

「儂は、霧雨。貴様を屠るものぞ。」

 

 

                        4

 

 

 ヒリヒリするような空気―――。

 ジリジリと焼かれるような緊張感―――。

 ただ、正面に立っているだけで、逃げ出したくなる。

 それほどに異様な気に飲まれてしまいそうだ。

 霧の中から現れた鎧武者―――霧雨に、立ち向かおうとしている私の心の中はこんな感じだった。

「・・・・・・。」

 霧雨は無言のまま構えもしない。それでもこの雰囲気だ。今まで相手していた奴らが、本気で可愛く思える。あいつらから比べたらこの敵はビグザム級、バラモス級、キングギドラ級だった。もちろんあいつらは、ジム級であり、スライム級であり、キングコング級であった。・・・いや、キングコングは結構強くなかったっけ・・・?。ってこんな事考えてる場合じゃないし!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」

 私は恐怖を心から追い出すように、霧雨に向かって声の限り吼えた。

「・・・・何を吼えている・・・?」

 霧雨は理解できないと言う風だ。

「ハハッ何でもない!さあ、始めるか!」

 私は安綱を構えなおす。

「来いっ!」

「・・・少し話でもしようではないか?」

「はぁ?なんで??」

 霧雨の意外な提案・・・お誘いに私は思いっきり怪訝な顔で返事を返した。

「お前と、何を話すことがある?」

「まあ・・・そう言うな。久々に言葉を発するのだ。このまま無言で戦い始めるのも、少し味気ないものであろう?」

「・・・そういうものか・・・?」

「そういうものだ。話をするのは五百年振りであるからな。そういう心持ちになるというのもやむを得ないであろう?」

「まあ・・・少しなら・・・。」

 私は安綱を構えたまま、その申し出を承諾する事にした。

「そうであるな・・・まずは、貴様の名前は?」

「武者小路イヅミ。」

「歳は?」

「十六。」

「家族はおるか?」

「父、母に兄が一人。」

「剣の流派は?」

天哭(てんこく)一心(いっしん)流。」

「ほう・・・人斬りの剣だな。しかもその得物は童子切安綱と見受けられるが・・・?」

「そうだ。」

「ふむ・・・やはりそうか・・・。娘よ、敵として不足なし。」

 そう言うと霧雨は満足そうに頷いた。

 

「・・・・イヅミ。」

 さっきから黙っていた安綱が小声で話しかけてきた。

「何だ?」

「あんまり、こいつと話すな。」

「・・・何で?」

「何でもええから。あんまり話すとこいつに呑まれてまうぞ。」

 確かに、この状況ってあんまり良くない気がする。霧雨と話すことに慣れてしまって、最初に持っていた緊張感や戦慄が薄れている。このまま戦うと明らかに油断して、私はきっと負けてしまう。そんな気がする。

「・・・分かった。・・・ありがと。」

「ん?・・・ああ、ええよ。」

 安綱は何故か、私が言った感謝の言葉が意外だったようだ。

「ほお・・・油断しかけていたようだが、また、持ち直したようだな。そこに付け入ろうと思っていたのだがな。まあ良い。十全、十全。」

 霧雨は、そう言うと片手を天へ掲げる。するとたちまち、光の粒が集まってきた。・・・安綱と同じだ・・・。

「では、最後に一つだけ訊こう。貴様は何故、儂の敵なのだ?」

 光が集まって、形作られる。それは、霧雨の身の丈ほどある、大きな塊になりつつある。

「・・・簡単な事だ。」

 私は叫びながら―――

「私が正義で、お前が悪なだけだっ!」

 霧雨との間を一気に詰める。

「いい答えだ。」

 塊になっていた光の粒が、霧雨の頭上で変化する。刃の幅が広く、柄も太く、その姿はまるでとてつもなく大きな―――包丁。

 霧雨は、頭上に現れたその巨大な包丁を握ると、そのまま振りかぶり、間を詰める私に向かって、力の限り振り下ろした。

 私は刀を振り上げ、急停止して包丁を受け止める体勢をとる。急停止したために、土がえぐれて(くるぶし)辺りまで埋まってしまう。幸い、私の迎撃姿勢は間に合って、今、正に敵の一撃を受け止めようとした、

 その時―――。

「あかん!避けろ!」

 安綱が叫んだ。

 私は、とっさに体を翻して横っ飛びに飛んだ。いや、正確には翻して横に吹っ飛ばされた。

「!?」

 横に吹っ飛ばされた勢いで、そのまま三メートルほど転がって、距離を取り立ち上がる。

「今のはなんだ?」

 見ると、私が居た辺り、霧雨の足元は何かが爆発でもしたかのように、大穴が開いて周囲に土くれが散らばっていた。

「これが儂の得物『大包丁』の力。圧倒的な力で触れたものをことごとく滅する。避けたのは賢明であったな。受けていれば、貴様の体はとても無事ではなかったであろう。」

「・・・痛っ。」

 見ると左足の外側がかなりの範囲、擦りむいて血が滲んでいた。避けた時に少しかすってしまったのか?かすっただけでこれかと思うと、正直逃げ出したくなる。

「・・・逃げたくなったであろう?」

 そんな私の心の内を知ってか知らずか、霧雨はそんなことを言ってきた。

「今なら、見逃してやるぞ。どうだ?」

「・・・フフ・・・誰が・・・。」

 正義は逃げるわけには―――いかない!

「・・・誰が逃げるか!さあ、今度はこっちからだ!」

「面白い・・・。」

 私は、約三メートルの距離を一気に縮める。思いっきり上に飛び上がって、刀を振り上げる。そのまま全体重をかけた一撃を霧雨の頭上に降り下ろした。私の力は今、安綱のおかげで飛躍的に上がっているから、この一撃が決まれば・・・。

「―――甘い。」

 気がつくと目の前に例の大包丁があって、私の渾身の一撃は受け止められてしまった。私はまた、横っ飛びに吹っ飛ばされた。かなりのスピードで打ち込んだはずなのに・・・。さっきの攻撃を見ても霧雨の剣速は速くは無い・・・。それなら、私のこの強化されたスピードならいけると思ったのに・・・。

 なんで・・・?

「甘いな。天哭一心流といえば、剣の速さのみに特化した流派。元々は人斬りの剣であるからな。目にもとまらぬ太刀筋で敵、もしくは標的を斬る剣。今の一撃もなかなかな速さであった。」

「じゃあ、なんで受け止められた?」

 私は、体勢を整え、剣を構えて訊いた。

「速さでは貴様が上であろう。しかし、儂にはこの大包丁がある。この広い刃の幅を使えばあれ位の太刀など、簡単に受け止められるわ。攻撃は力、防御も力。速さだけの貴様の太刀ではこの大包丁を斬る事は出来ん。それはつまり、儂を斬る事も出来ん。貴様の敗北を意味しておるのだ。」

 私の一撃が振り下ろされるその時に、霧雨は最小の動きで、つまり、刀―――いや、包丁を横に倒し、刃ではなく横の面で受け止めたというのだ。通常、剣は刃で受ける。それはそうしなければ、剣自体を折られてしまうからだ。しかし、この大包丁はその巨大さゆえの頑丈さで、そんな滅茶苦茶な戦い方が出来るというのだ。

「さあ、どうする?降参するか?」

「―――全く、よくしゃべるやつだな。」

 私は、構えを八双に構えなおす。

「言ったはずだ。逃げないと・・・な!」

 そう言って私はもう一度切り込む。今度は下から切り上げる。

「―――何度やっても無駄だ。」

 私の一撃はまた、受け止められてしまう。

 霧雨はそのまま包丁を振り上げ―――頭上で刃をこちらに向け―――振り下ろす。

「くっ――。」

 私は、今度こそ完璧に避けた。次に来る手が、粗方読めていたから避ける事を最初から決めていたのだ。霧雨はまた、

 振り上げて―――

 ―――振り下ろす。

 物凄い爆発音とともに土煙が上がる。

 しかし、今度も私はちゃんと避けられた。

 霧雨は

 振り上げて―――

 ―――振り下ろす。

 私はそれを避ける。

 ・・・・そうか、避けられるんだ。

 こいつ、私の速さについて来れていない・・・!

 私は、その後何度かそれを繰り返して確認し、一度距離を取った。

「どうした?避けてばかりでは、いつまでたっても勝てぬぞ。」

「そや、イヅミ。お前避けてばっかりでどないすんねん!取りあえずうっていかな!」

 霧雨が追ってこないのを見て私はある策をひらめいた。

「安綱。」

「なんや?」

「思いついたことがあるんだけど。」

「なんや?言うてみぃ?」

 そこで、私はその策を安綱に教えた。

「―――っていうのなんだけど。」

「あほか!お前!それは自殺行為ってやつや!」

「でも、そうでもしないと私の剣はあいつには届かない。」

「・・・まあ、そうやけど・・・でも・・・。」

「―――やるしかないよ!」

「・・・しゃあないか・・・。」

「勝負は一度きり!」

「よっしゃ!やったろか!」

 私は、安綱を霧雨へ向け構える。

「・・・相談は終わったのか?」

 霧雨は、大包丁を頭上高く構える。

「ああ。今度はこっちの番だ!」

「ふん・・・これで終わりにしてやる。」

 私は地面を蹴った。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」

 叫びながら一直線に走る。

 そして、刀を上段へと振り上げ―――

「何度やっても無駄な事・・・。」

 霧雨のそんな台詞を無視して。

 私は、渾身の力で―――振り下ろす。

「馬鹿が・・・返り討ちにしてくれる・・・。」

 私の剣に合わせるように霧雨も大包丁を振り下ろす。

 私の剣と、霧雨の包丁がぶつかり合うその、ほんの少し前

 その刹那――。

「―――消えろ―――。」

 私は心の中で唱える。

 果たして、ぶつかり合う寸前、私の剣は霧雨の包丁の前から消えた。

「――――?」

 霧雨の動揺が分かる。

 そして、そのすぐ後

「―――出ろ!」

 今度は口に出して叫んでいた。

 すると、そこには―――大包丁と霧雨の体の間に―――消えたはずの私の剣、童子切安綱が現れた。

「そんな・・・馬鹿な・・・?」

 私は、胴を抜くように力の限り刀を振りぬいた。

 その後、爆発が足元で起こって私は再度吹っ飛ばされる。

 

「―――やったか?」

 私は倒された体を起こして霧雨の方を確認する。

 吹っ飛ばされた時に痛めたのか、左半身が痛い。が、それよりも勝負の行方だ。

 土煙が晴れて、少しずつ見えてきた。そこに―――

 そこに、霧雨は立っていた。

(くそっ!失敗か・・・。)

 私がそう思い諦めようかと思ったその時、

「・・・天晴れだ。娘よ・・・。」

 振り返って霧雨が話し出した。見るとその肩から脇腹にかけて、くっきりと刀傷が有り、そこから光の粒子が零れ落ちていた。

「・・・どうやら儂の負けのようだ。最後、貴様は一体何をしたのだ?刀がすり抜けたように見えたが・・・。」

「あれは、ぶつかる寸前に刀を消したんだよ。私の刀は、私の願いの力が具現化したものだからな。消す事も出す事もできる。そこで、受けられる寸前に刀自体を消して、大包丁の内側で具現化させれば、私の剣も届くって思ったんだ。」

「なるほどな・・・しかし何故そんなことを思いついた・・・?」

 霧雨はキラキラと砂像が風に崩れるように消えていっている。

「こんな手は一度しか使えないからな。お前は常に待ちの一手で、自分から動いては来なかった。それは私に常に自分の正面を向けて居たかったからじゃないのか?つまり、正面からの攻撃は必ず受けきる自信があるってことだろ。その自信を突いたってこと。私が正面から切り込むとお前は必ずその大包丁で受けに来るはず。そこを、上手くやればいけるって思ったんだよ。」

「・・・正に一本取られたな・・・。」

「ギリギリだったけどな・・・。」

 そんなことを言っている間にもみるみる霧雨は崩れていっていた。

「まあ、良い。最後にそんな天晴れな手で負かされると言うのも、これもまた一興。十全なり。」

 そんな言葉を残して霧雨は消えていった。まるで、霧が晴れていくかのように・・・。

 

「・・・・終わった・・・。」

 私は起こしていた体を横たえる。気が抜けたとたん左半身が物凄く、異常に痛いことに気付いた。仰向けの状態から、顔だけを起こして見てみると、足がありえない方向に曲がっていた。おまけに腕にいたってはまるで何かに焼かれたみたいに、消し炭状態になっていた。

「あーーーあ。どーしよ。」

 これじゃ、戦ったのバレバレだから、お父様に怒られるだろうな。ボロボロになってしまって、きっとナカコやお母様は悲しむだろうな。兄貴はきっと褒めてくれるだろうけど・・・。

 そんなことを考えている間に、・・・眠くなってきた・・・。

 いや・・・こんなとこで・・・寝ては・・・・。

 でも・・・目が開けられない・・・。

 あれ・・・?

 これって・・・・?

 死ぬんじゃ・・・・?

 死にたくないけど・・・・・。

 駄目だ・・・・。

 もう・・・・。

 何も・・・・。

 考え・・・・。

 られない・・・・。

 もう・・・。

 寝よう・・・・。

 ・・・・・・・・・・・。

 

                                    つづく

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