流星群(下)
縦書きの方が読みやすいと思います。
5
あれから数日後。
二人で夜の街を爆走してからというもの、私とノゾミは急激に仲良くなった・・・様に見えるらしい。実際のところは、彼女が一方的に、親しげにしていて、私は結局振り回されているだけなのだけれど。その夏目ノゾミはというと、後ろの席で今日も嬉しそうに、私を困らせることを考えているのだった。
「ねえ、ハル、ねえってば、昨日ユニコーンがね・・・ねえ、ちょっと聞いてる?」
自由人のノゾミは、今が数学の授業中だろうが、軍事統制下の戒厳令が布かれていようが関係ないらしい。教師にバレないように少しだけ振り向くと、嬉しそうに、小狡賢そうに、微笑んでいた。また、何か思いついたのだろう。
「昨日ね、ユニコーンがずっと、おかしい、おかしいって言ってるのよ。私が具現化してだいぶ経つし、あなたの願いが叶っているなら、願いの力の偏りも元に戻っているはずなのに、全然戻っていないみたいなのよ。ねえ、あなた本当に自分の根源の願いに、思い当たる節はないの?」
この子ったら、こんなきわどい話もこんなタイミングで話しちゃうなんて、もう、困ったちゃんなんだから、ウフッ・・・って冗談じゃない!こんな話が周りに知れたらどうするのよ!
「授業中は話しかけないでよ!しかも、そんな話を。あんたは楽だろうけど、私は、バレないように振り向くのも大変なのよ!」
小さい子供に言って聞かせるように、こそこそ声で私はノゾミに抗議した。
「やっぱり、あなたの根源の願いって私だったんじゃないの?だって、あなたってあくびが出るほど普通でつまらないじゃない?その点、私は全部があなたより優れているし、私のようになりたいって願うのも至極当然だと思うわ。早く、認めて楽になりなさいよ。」
私の抗議など、最初から相手にしていないみたい。少なくとも性格だけはあんたより良いわ。
「あのねー私はそりゃあ普通かもしれませんが、間違ってもあんたになんかなりたいなんて思っていません!」
「本当に、素直じゃないわね。早く根源の願いを叶えないと、ユニコーンに討滅されてしまうわよ。」
「・・・って、えぇーーーーー!。」
しまった!思わず立ち上がって、大声を出してしまった・・・。その声にクラス中の視線が私に集まる。怒りに頬を引きつらせながら、先生が私に言った。
「宮沢、この問題の解答が自分に当たらなかったのが、そんなに不服だったのか。じゃあ、お前が解いてみろ。」
「いや・・・あの・・・すみません、わかりません。」
「わからないのに答えたがるなんて、小学生みたいなやつだな。もういい、座りなさい。」
周りから、クスクスと笑い声が聞こえる。私は恥ずかしくて顔だけじゃなくて、体中が真っ赤になるかと思った。座りながら後ろをのぞき見ると、ノゾミはまるで自分は何も関係が無いような顔で、みんなと同じようにクスクスと笑っていた。ていうか、あんたのせいだよ!
ノゾミの猫のかぶり方は文字通り完璧だった。私と話しているときは、例の最凶、最悪のわがままっぷりを惜しげもなく披露しているのだけれど、私以外の前ではその辺りを巧みに隠して、品行方正、才色兼備のお嬢様キャラを完璧に演じきっていた。したがって、日を追うごとに彼女の人気は高まっていき、その近くにいる私は、さしづめノゾミの付属品、オマケ、もしくは大変心外なんだけど子分のようにまわりに思われているようだ。だからこの時も周りは、まさかノゾミのせいで私が変な行動を起こしたなんて思ってもいないだろう。
「ウフフ・・・冗談よ。ユニコーンも当分はあなたを討滅する気は無いみたいだから安心なさい。」
心から嬉しそうな、したり顔をして、彼女は言った。
「・・・本当にあんた、いい性格してるわ・・・。」
ため息混じりに私が言うと、彼女はまた嬉しそうに微笑んだ。この時、私は決めた。『絶対に訴えてやる!そして絶対に勝つ!だから今は我慢だ。』と言い聞かせて、私は思考を授業に戻した。
と、まあ私たちの日常は大体こんな感じに過ぎていった。世界の歪みも感じないし、これといって大きな事件も起こらず平和に毎日は過ぎていた。変わったことといえば、ノゾミのおかげで私はあまり退屈しなくなった。認めたくないのだけれど、実は彼女といるのが楽しくなってきていた。私にしか本性を見せないって言うのも、なかなか懐かない猫が私にだけは懐いているみたいで嬉しいし。ともかく、彼女が現れたことで私の日常は以前に比べて、だいぶ刺激的になった。そういった意味では、本当に私の願いは彼女の具現化だったのかもしれない。しかしそれだと均衡が崩れたままというのは、説明がつかない。考えてもどうせ分からないし、まあそのうち何とかなるだろう。と、このときの私はのんきに考えていたのだった。近づいてくる波乱の足音にも気付かずに。
「宮沢さん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
昼休みになるとすぐ、私と二人で文化祭委員をやっている子が話しかけてきた。
「え?何かな?」
「今日さーどうしてもはずせない用事が出来ちゃって、悪いんだけど放課後の委員会、出てくれない?」
「でも、この前も私が出たんじゃ・・・。」
「今度は、私が絶対出るからさ、お願い。」
「・・・ううん、大丈夫。私、どうせ暇だし・・・出とくよ。」
「本当!ありがとー。じゃあお願いね。」
そういうと、彼女は踵を返して行ってしまった。
・・・そうなのだ。ここ最近の私は、こういった面倒ごとを頼まれることが多くなった。今回の文化祭委員もそうだし、日々の細々したことも良く頼まれる。以前はあまり目立つ方でも無かったから、頼まれることも少なかったのだけれど、最近は『ある理由』から目立つようになってしまって、こういった事態になってしまったのだろう。まあ元々、頼まれたら断れないタイプなのだけれど、さすがに多くて正直困っている。困っていても、断れないのだけれど・・・。
「あなた、またやっかいごとを引き受けて。もしかして、最近流行っているっていう、苛められて喜ぶタイプなんじゃない?ああ、だから私を具現化したのね。」
ある理由つまりノゾミが話しかけてきた。
「そんなわけ無いでしょ!それは何と言うか・・・断りきれないのよ!」
「何で断りきれないのよ。断ればいいじゃない。」
「そんなこと出来るわけ無いでしょ。困ってるみたいだし、断って嫌われたら嫌だし・・・分かるでしょ?」
「まっっったく、分からないわ。」
そう言うと、彼女は立ち上がり、座っている私をいつもの高慢な態度で見下ろした。
「嫌われることを怖れるというのなら、誰からも好かれることはないわ。」
肩にかかった髪を左手で払いながら彼女は、強く断定した。そりゃあ、あんたは嫌われることを怖れてはいないわよね。ただ、あんたの本性を知ったら、誰にも好かれないだろうけど。
「あんたに言われたくはないわ。とにかく、これでいいのよ!今までもこうしてきたし・・・。」
・・・そうだ。これでいいのだ。かの有名なパパさんもこう言っているし・・・。
「ふぅーん。まあいいけど。」
何か言いたそうだけれど、彼女はそのまま、教室の出口に向かって歩き出した。
「あれ?どっか行くの?」
「何よ、昼休みに昼食を取ってはいけないと言うの?」
ああ、昼休みだったっけ。ごたごたしてて忘れてた。
「あなたも一緒に来る?」
微笑みながら彼女は尋ねてきた。本当、こうやって見たら、ただの大美少女なのに。しゃべるとなぁ・・・。
「購買でしょ?先に行ってて。私、ちょっとトイレに行ってから行くから。」
「あら、そう。」
そう言うと彼女は、あっさりと先に行ってしまった。普通、女子はこういう場合トイレについて行くものなのだけれど、彼女にそんな女子だけに通じる常識が通じるはずも無い。仕方がないので、私は一人寂しくトイレに行くのだった。
一人寂しく用を足し(いや、用を足すのは大体一人だし)個室から出ようと思っていると、数人がトイレに入ってくる音が聞こえてきた。出て行っても良かったのだけれど、何とは無く息を潜めて、図らずも個室の中に隠れるような形になってしまった。声が聞こえてくる。
「いやー、マジ、助かったわー。」
この声は、一緒に文化祭委員をやっている子だ。
「あの子さーなんでも引き受けてくれるじゃん、助かるわー。別に用なんてないんだけどさー面倒くさいしー委員会とかさ。」
あの子って・・・私・・・だよね・・・?
「何かさー『私っていい人でしょ』ってオーラ出しすぎなのよね。見てて腹立つわー。マジ死んでって感じ。」
数人の下卑た笑い声がトイレに響く。
怖い・・・。
単純に恐怖と孤独で目の前が暗くなる。体の震えが止まらない。今まで、感じたことの無い感情に戸惑う・・・。
さっきとは違う子が話し出した。
「最近さーあの子、夏目さんと仲良くなったからって、調子に乗ってるのよねー。だから、あたし達が教えてあげないとね。自分の立場ってやつを。」
「まあ、あの子バカだから、多分何やったって気付かないって。また面倒事を押し付けられても、どうせ『大丈夫だよー』ってニコニコして引き受けるって。利用されてるって、分からないんじゃない?なんたってバカなんだもん。」
私を大分、馬鹿にしたようなものまねが面白かったのか、みんな、大笑い。
「それにしても、夏目さんも物好きよね。何であんな地味な子と仲良くしてるのかしら?」
「やっぱ、あれじゃない?同情ってやつ?夏目さんも優しいよねー。あたしだったら無理だわ。」
大声で笑ってしゃべりながら、彼女たちはトイレを出て行った。
・・・気持ちが悪い。
体の震えが全く止まらない。腹が立っているのに、何も出来なかった悔しさ、初めて突きつけられた、自分に対する明確な悪意に感じた恐怖に、言葉に出来ない感情が溢れて、私は、吐き気をおぼえて便座に手をついてうずくまる。吐こうとするんだけど、昼食を取ってないせいか、何も出なかった。人間をこんなに恐ろしいと思ったことも無かった。抑えきれずに涙がこぼれる。一度、涙が流れてしまったら、小さい綻びからダムが決壊するみたいに、涙がなかなか止まらない。私は、トイレの個室で一人、声を殺してうずくまって泣いた。
世界中で自分の味方は誰もいない。
この個室だけが、私がいても許される唯一の場所。
そんな錯覚に陥る。私はこんなことにならないように、いままでずっと目立たないように、地味に生きてきたのに・・・。つまり、良くても悪くても、他より優れていても劣っていても攻撃対象になってしまう。文字通りやり玉だ。私はこんなときにまで声を殺して泣いて、周りばかり気にする私が憎い。とにかく、息を整えて教室に戻らないと・・・。それにしても何で私が・・・。
このまま消えてしまいたい・・・。
教室に戻ると、夏目ノゾミは自分の席で、買ってきたであろうクロワッサンサンドを、お行儀良く食べていた。
「遅かったわね。もう先に食べているわよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
何とは無く気まずい・・・。
「どうしたのよ、何も買ってきてないじゃないの!」
「・・・なんとなく食欲が無くて・・・。」
「えぇっ?つまらないあなたの人生から、唯一の楽しみである食事を取ったら、あなたはこれから一体何を楽しみに生きていけばいいのよ。そんなの、耐えられっこ無いわよ。」
私の人生って何?いつもなら、突っ込んでいるところなのだけれど、とてもそんな気分になれない。
「・・・ごめん、ちょっと気分が悪いから・・・・。」
そう言うと、私は机に突っ伏した。
「ねえ、ハル、あなた本当におかしいわよ?ちょっと大丈夫なの?いつもならすぐ大丈夫っていうじゃない?ねえ、どうかしたの?」
・・・こんなときだけ、優しくするなんて卑怯だ。いつもみたいに高慢ちきな態度なら問題ないのだけれど、優しくされると逆にキツイ。また、涙がこみ上げてきた・・・。
「・・・大丈夫・・だから・・・ちょっとほっといて・・・。」
「でも・・・。」
何か言いたそうだったけれど、彼女はそれ以上何も言わないでいてくれた。そんな彼女の優しい新たな一面に私は本当に驚いた。驚いたけれどそんな彼女の態度に、こらえ切れなくてまた涙が出てきてしまう。机に突っ伏しているから、周りからは分からないと思うけれど、出来るだけ声を出さないよう細心の注意を払って泣いた。
その時だった。
「よしよし・・・。よしよし・・・。」
彼女は、優しく、壊れそうなものに触れるように、私の頭を撫でだしたのだった。ノゾミに頭を撫でられながら、私は声を殺して泣いた。彼女に撫でられていると、撫でられている場所から暖かくなっていくみたいで、心が落ち着いていった。
胸を吹き荒れていた嵐が過ぎ去るように。
荒れ狂う海が、凪ぐように。
心に、平穏が戻っていく。
誰かといてこんなに嬉しくて、心強いことは初めてだった。
その後、結局、彼女は私の気が済み、泣き止んで顔を上げるまで、頭を優しく撫で続けてくれたのだった。私は、泣いている間ずっと、彼女の手だけが唯一の救いの御手のように感じていた。この手が私に触れている間だけ、生きていけるような気がした・・・。
6
人間、いざという時は意外なほど脆く、それでいて強いものだ。私はあんなことがあっても、結局まじめに委員会に出席して、何事も無かったように帰宅し、いつも通り過ごしたのだった。周りから見たらいつもと全く変わらないように見えたはずだ。自分でも驚くぐらい普通を装えたことに、私はなんとなく安堵した。こうやっていつも通りに過ごしていれば、昨日のこともきっと嘘になる。そうやっていれば、またいつも通り誰も傷つかない、もちろん私も傷つかない、そんな日常が続いていくと思っていた。こういうのを良く言えば『立ち直った』悪く言えば『忘れた』というのだろうか。とにかく私は意外なほどあっけなく、自分の中で『消化』できた。そこには、きっと彼女、夏目ノゾミの存在の影響も少なからずあっただろう。彼女が昼休み中、私の頭を撫でていてくれたおかげで、大分助かったと思う。でも、本をただせば彼女の存在の影響で、昨日はあんなことが起こったのだし。本来いる筈も無い彼女の存在が、私だけではなく周りにも色々と影響を与えているのだろうか?なんだか、本当に彼女に振り回されているみたい。彼女のおかげで、上がったり下がったり、ジェットコースターみたいに大忙しだ。彼女に感謝すべきなのか、それとも非難するべきなのか、自分でも考えがまとまらない。そんなこんな色々思い悩んでいる間に、なんだかんだで翌日の放課後になった(ちょっと乱暴だけど)
「ねえ、ハル。久しぶりにカラオケに行かない?」
ホームルームが終わると同時に、後ろからノゾミが誘ってきた。今日一日、彼女は何も訊いてこなかった。わざと訊かないでいてくれたのだろうか?
「あんた、カラオケって言ったって一曲も歌えないじゃない。雨だって降っているし。」
今日は朝からずっと雨だった。こんな雨の日にカラオケ?
「フフフフフ・・・私を昨日までの私だと思って侮るな。実は、ユニコーンに頼んでラジオという物を手に入れたのよ。それで、何曲か覚えてきたわ。だから一緒にカラオケに行くわよね?」
そこまで、カラオケが好きだったとは・・・。
「へぇー。で、一体どんな曲を歌うつもりなの?」
「そうねー、ベートーベンの交響曲第九番『歓喜の歌』でしょ。」
「どうやって歌うか、楽しみだわ!」
「あと、フランク・シナトラの『マイウェイ』でしょ。」
「・・・あんたに、ぴったりね。」
「あとは、『撲殺天使ドクロちゃん』とかかしら?」
「もっとピッタリ!」
一体どんなセンスだとこんな選曲になるんだろう。
「今日はちゃんと、ユニコーンにお金ももらって来たんだから、行きましょうよー。」
「うぅーん・・・正直あんまり行きたい気分じゃないのよねー・・・。どうしよっかなー。」
「・・・人が下手に出て誘ってあげていたら図に乗って・・・。もういいわ!もう限界!あなたに断るという選択肢が、用意されているとでも思っているわけ?分かったならさっさと行くわよ!」
限界、早!やっぱりこう来たか。
「はいはい・・・分かりました・・・。行きます。行かせていただきます。行けばいいんでしょ。」
「そうこなくちゃね。決まっていたことなのだから、最初からそう言えばよかったのよ。さあ、それじゃ行くわよ、すぐよ、今すぐ!」
何をそんなに急いでいるのか、このお嬢様は私の手を取り、グイグイ引っ張って歩き出した。
「いや、ちょっと待ってよ、私、まだ帰る準備が・・・。」
そう言って彼女の手を振りほどいたときに、私の席の前に一人の女子が立った。・・・嫌な予感がする。
「宮沢さん、悪いんだけどさー今日も委員会お願いできない?」
見ると昨日の女子がまた私に言ってきた。予感は的中だ。むこうでは、この子の友達だと思われる子達も、ニヤニヤしながらこっちを見てるし。
「あの・・・急に言われても困るって言うか・・・私にも予定があるって言うか・・・。」
「えっ?何て?聞こえないんだけどー?」
大げさに耳に手を当てて聞き返される。それを見て、向こうの女子たちが笑い声をあげるのだった。馬鹿にしている・・・。
でも・・・どうしよう・・・。断ったら、生意気とか言われて苛められるんだろうし、かといって素直に言うことを聞きたくもないし・・・。今までは、こういったことは全部『コトナカレ』でやり過ごしてきたのよね。そうよ、今までどおりしていれば、私が我慢すれば、何事も無かったように平和な毎日が繰り返されるはず。
「ねえ、宮沢さん。黙ってないでさー。どうするのよ?」
「・・・大丈夫、委員会は私が・・・出とくから・・・。今度は・・・お願いね・・・。」
これでいい。私が我慢すればいいだけの事・・・。お安い御用だ・・・。
「あっそー。まじでー、ありがとねー。じゃあ、よっろしくー。」
そう言って立ち去ろうとした彼女に、思わぬ方向から声がかかった。
「待ちなさい。ハルは私とカラオケに行く予定があるから、その委員会とやらにはあなたが出てくださらない?」
ノゾミはそう言うと、私の手を引いて教室を出て行こうとした。
「はぁ?夏目さんには関係ないじゃん。宮沢さんがいいって言ってんだから、あんたが出てくるとこじゃないわよ。」
彼女はノゾミに凄んで見せたが、その彼女をみんなの前では決して見せないあの冷徹、高慢、自信満々の顔で睨み返し、胸を張ってノゾミは言った。
「関係は大ありよ。私のほうが先に声を掛けたのだから、後から来たあなたがそれをどうこう言うことは筋違いというものよ。さあ、ハル行くわよ。せっかく覚えてきたのだから。」
ノゾミは一段と強く私の手を引っ張ったから、私はよろよろと教室のドアの方へよろけた。ていうか、私の気持ちは?
「何よ、宮沢さん!あんた、夏目さんの言いなりじゃない!そりゃあ夏目さんと仲良くしてたらいろいろ都合がいいものねー。自分で言えないことは、代わりに言ってもらえるしね。でも、それって子分とか腰ぎんちゃくってやつじゃない?そんなのでいいの?」
悔し紛れだろうか、彼女が私たちに向けて、皮肉たっぷりにそう言った。・・・私は・・・私はそんなつもりじゃない。気がつくとノゾミの手を振り払っていた。
「・・・ノゾミごめん・・・。カラオケはまた今度誘って。」
ノゾミの顔がまともに見れない。
「あなた・・・それ、どういうことよ。」
私は振り返り、出来るだけ愛想よく言った。
「大丈夫、委員会には私が出とくから、あなたは帰って。」
「ふん、最初からそう言えばいいのよ。じゃあお願いね。」
そう言うと彼女は、私とノゾミの間を通って、逃げるように教室から出て行った。
「あなた、それでいいの?」
ノゾミが責めるような目つきで私を睨む。
「いいわよ。良いに決まってるじゃない。人の役に立ってるし、これで丸く収まるなら大歓迎よ。」
「でも、あなた本当にそれでいいの?」
今度は、心配そうに私の顔をノゾミは見つめてきた。
「これで・・・これでいいのよ。私はあんたみたいに、強くはないのよ。これでいいの!私はこれで満足なの!私なんか・・・私なんかは!」
悔しさを振り払うように、私は大声で自分に言い聞かせた。握り締めた手の中の爪が食い込んで痛い。悔しいけれど、私はこんなやりかたしか知らない・・・。
今までも。
そしてこれからも。
変わらずに。
顔を上げると、ノゾミは私の真正面に、文字通り仁王立ちになっていた。その、立ち姿に呆気にとられていると、「パンッ!」乾いた音がして、私の左頬に衝撃が走った。
「・・・・えっ?。」
ノゾミは私を睨みつけていた。その顔は怒りに震えて、殺気さえ感じるほどだった。もともと綺麗な彼女の顔が、その怒りによってさらに美しさが増して思わず見蕩れてしまう。・・・あれ、頬が痛い。今になって痛みが出てきた。
「えっ?・・私、今・・・ぶたれた・・・?」
頬の衝撃ではなく、叩かれた事の衝撃で頭が真っ白になる。クラスのみんなも音に気付いて水を打ったように静まり返る。
窓を叩く雨の音だけが教室に響いている。
「見損なったわよ、ハル。あなた自分のこと何だと思っているのよ。」
腕を組んで、尊大に彼女は私を叱り付けた。
「それは・・・その・・・。」
「あなたは、この私が選んだ友達なのよ。それを、あんな訳の分からない女の言うことを聞いて、私との約束を反故にするなんて、一体、何様のつもりなのよ!」
「何様のつもりって・・・こうしないと嫌われちゃうし・・・。」
「嫌われちゃうって、あの女に嫌われたらあなたに何か損でもあるの?」
「損とか得とかじゃなくって、誰かに嫌われるのって嫌なのよ。とにかく嫌われたくないの!だから・・・だから私はみんなの期待に応えられるように、がんばってるんじゃない。それを何よ・・・。私はノゾミと違ってそんなに強くないのよ。あんたと違って、私はずっとこの世界で生きてきたんだから、分かってるの。こうやっていけば周りともうまくやっていけるの!」
その時、また私の左頬に衝撃が走った。
「嫌われることを怖れるなら、誰からも好かれることはないわ。それに、あなたのことを本当に思っている人は、あなたが無理をしてまで期待に応えることを喜ばないわ。だから、そんなことは言わないで。」
ひどく寂しそうに、私を哀れむように、ノゾミは言った。
彼女が言うことは正しい。正しいと思うけれどそれはあくまで、理想論だ。理想だけで人は生きていけない。人と人というのは、もっと難しい。
「そんなこと言ったって、私にはどうすることも出来ないわよ。」
「そんな事ないわよ。あなたは、自分でどうにかする事を諦めているだけなのよ。」
「何も、諦めてないわよ。」
「いいえ、あなたは諦めているわ。自分のことも、周りの人のこともね。自分を含め全てのことを諦め、全てのことから逃げているのよ。そうすれば、自分が傷つくこともないし、周りの人を傷つけることもない。そうなんでしょ?」
「あんたになんか・・・あんたなんかに何が分かるっていうのよ!」
その時、私は思わず自分でも驚くような行動に出た。右手を大きく振りかぶり、思いっきりノゾミの頬をめがけて振り下ろしたのだ。「バシッ」と大きな音を立てて、私の平手は命中した。
「・・・あなた・・自分が何をしたか分かっているの!」
私に掴みかかろうとしたノゾミを、キョーコちゃんが羽交い絞めにして止めた。騒ぎに気付いたクラスメイト達が止めに来たのだ。
「何よ!あんたが先に手を出したんじゃない。それも二度も!」
ヨーコちゃんに止められながら私は叫んだ。泣きたくないのに涙が勝手に出てくる。
「あんたなんか、ただの自分勝手なお嬢様じゃない!私の願いを叶えるって言って何もしないし。それなのに、いつもいつも私の邪魔ばかりして!もうどっかに行ってよ!消えてちょうだい。お願いだから、もうほっといてよ。」
初めて人を叩いた興奮でもう止まらない。もう、どうとでもなれだ。周りに人が居ようが関係ない。
「そう・・・分かったわ・・・あなたの気持ち・・・。」
何かをかみ締めるような表情でそう言うと、ノゾミはキョーコちゃんの腕からすり抜けて、スタスタと教室の出口へと向かった。周りで見物してた子達が、海が割れるように左右に分かれて、その真ん中をノゾミは悠然と歩いていった。騒ぎを聞きつけて、駆けつけた教師までもが彼女をよける。きっと、彼女の気迫に負けたのだろう。彼女は今、この地球上でもっとも触れてはならない、決して侵してはならない聖域のような存在なのだ。彼女の顔はきっと、まともに見ることを躊躇ってしまうような、高貴な中に殺気を宿した美しい、さしずめ抜き身の真剣のような顔つきなのだろう。そのまま彼女は一度も振り向くこともなく教室を出て行ってしまった。
雨は激しさを増して、ほとんど嵐のようになっていた。まるで、私の心の中をあらわすみたいに。
残された私はというと、ボロボロに泣き出してしまった。何かとても大事なものを失くしてしまったような、大切にしていた宝物を自分の不注意で壊してしまったような、そんな気分だった。
7
ノゾミが出て行った教室は、窓の外とは逆に、台風が過ぎた後みたいに、静けさの中に喧騒と興奮を隠したような空気に包まれていた。みんな何も起こらない毎日に退屈していたのだろう、ざわざわと色んなところで噂している。しかし、まさか自分が噂の中心になる日が来るとは・・・。何だか不思議な感覚だ。自分にだけスポットライトが、あたっているみたい。恥ずかしいような、誇らしいような・・・。
その後、私は駆けつけた教師に連れられて、『生徒指導室』というものに、初めて連れて行かれた。中は何だか事務室みたいで拍子抜けした。あの、不良達までもが怖れる部屋というのは一体どんな所だろうかと興味があったのに・・・。教師に説明を求められて、「些細なことで喧嘩しただけだ。たいした事ない。」といった内容の話を、私は色んな語り口で何度も話すことになった。何度も、何度も繰り返し聞かれて、私の根気も、語り口のバリエーションも尽きる頃にやっと解放された。教室に戻ると、キョーコちゃんヨーコちゃんと意外なことに中原ナカコが、まだ残っていてくれた。キョーコちゃんと、ヨーコちゃんが口々に「大丈夫?」と訊いてくれている横で、何故か、じっと中原ナカコは私を見つめている。これが、彼女の心配の仕方なのだろうか?みんなを心配させてはいけない。
「大丈夫だよ。ちょっとやらかしちゃった。」
私が、おどけてみせると、みんなもつられて笑った。そして、私たちは何事もなかったかのように下校したのだった。
家に帰ると、母親から学校で起きたことへの説明を求められた。どうやら、連絡があったらしい。また、何度も説明しなくてはいけないのかとうんざりしたのだけれど、意外なほどあっさりと母は引いてくれた。多分、今までの私の素行の良さのおかげだろう。その後、夕食を食べ(メニューは麻婆豆腐に豆腐サラダ、豆腐ステーキ、冷奴、また安かったのだろう。)お風呂に入り、テレビを見て、自分の部屋に寝に上がる。まあ、型にはめたような『いつも通り』だ。
自分の部屋にあがって寝ようとした頃には、もう時刻は十二時を回っていた。布団に包まって寝ようとするのだけれど、なかなか寝付けない。寝付けないのでCDを聴いたり、ラジオを聴いたり、本を読んだり、挙句の果てには勉強して見たり、なにをやっても、ちっとも寝付けなかった。その理由は明確だ。さっきから私は一つの感情に囚われている。その感情は、一度は澱のように心の底に沈んでしまっていたのだけれど、一人になったとたん、また舞い上がり私の心を染めてしまった。私はこの時、とてもとても大きな喪失感に囚われていたのだった。自分の中の大切な何か、それが何かは分からないけれど、それを永遠に失ってしまった感じ。ノゾミが教室を出て行ったときに感じた、あの気持ちだ。ノゾミに叩かれた左頬が熱く疼く。このままではいつまで経っても眠れない・・・。そう思った私は、気分転換に窓を開けようと、カーテンを開けた。すると、目の前のお隣さんの屋根の上に、白く光るユニコーンがいた。
「わぁっ!びっくりした!」
窓を開けて、私はユニコーンにたずねた。
「どうしたのよ?こんな時間に。何か、久しぶりだし。」
「貴様に少し、伝えておいた方がいいことがあってな。」
「何?まさか、今さら討滅するってんじゃないでしょうね?」
私は、少し身構える。
「そうではない。ノゾミの事だ。」
「ああ・・・ノゾミの事ね・・・。」
私は、構えを解く。
「昨日、突然、ラジオが欲しいとノゾミが言い出してな。与えてやったのだが、それは貴様も知っているな。」
「うん、知ってるわよ。」
「ノゾミはあまり物を欲しがる娘では無いのだが、どうしてもすぐラジオが欲しいといって、全く引かぬから訳を尋ねてみると、貴様とカラオケとやらに行くにあたって、何曲か歌を覚えたいと言うのだ。」
「あの子、そんなにカラオケに行きたかったんだ。」
そんなにとは・・・少し意外というか、呆れるかも。
「我もそう思い尋ねてみたのだ。なぜ、そうまでしてカラオケに行きたいのかと。すると、ノゾミは自分のためではない、貴様のためにカラオケに行きたいと言うのだ。昨日、貴様が元気が無かったから、元気付けてやりたいとノゾミは言うのだ。」
「そんな・・・私、何も知らなかったから・・・。」
「それで、今日になって訊いてみると、貴様と喧嘩したといって、ずっとふさぎ込んでいる。だから、こんな夜中に貴様を訪ねて来たのだ。たしかに、ノゾミは貴様の願いの力によって具現化したので儚い。しかし、あの子はちゃんと人格を持っているし、感情もある。そこは、わかってやってほしい。」
「そうなんだ・・・。あの子のこと、確かにただのわがままお嬢様だと思っていたわ。・・・そうね、明日にでも謝るわ。教えてくれてありがとうね。」
ノゾミの意外な優しさに嬉しくなって顔が綻んでしまう。もしかしたら、ノゾミとはいい関係が築けるかもしれない。初めての『親友』というやつになれるかもしれない。
「その事なのだが・・・。ノゾミから、貴様には言うなと言われたので、最初に言うべきことをまだ伝えていない。しかし、やはり貴様には言うべきであろう。あの子は貴様の願いの力が具現化した存在なのだから、貴様の願いの力が拡散したら、つまりは貴様の願いが叶った時に消えてしまうのだ。」
・・・・・・・・?
「今・・・何と?・・・消えて、しまう・・・?」
いきなりの事に、パニックになりそうだ。人が、消える?居なくなる、どこかに行ってしまう、では無く消える。存在そのものが消えるって事?
「ノゾミは貴様と短い期間だけでも、対等の友になりたかったのであろう。このことが貴様に知れると、同情で付き合われると思っておったようだ。」
「そんな・・・私、どうしたら・・・?」
「あの子との時間は有限だ。厳密に言えば、全ての事柄が永遠ではないが、あの子については、より短いということだ。せいぜい、仲良くしてやってくれ。というのも、願いの力で人間が具現化するのは稀でな。少し、ノゾミに入れ込んでいるのだ。」
この時少し、ユニコーンが笑った、ように見えた。
「あの子のこと、よろしく頼む。」
そういうと、ユニコーンはまた、夜空にキラキラと溶けていった。
ユニコーンが、人のことをこんなに心配するだなんて、かなり意外だった。しかし、このユニコーンのお節介のおかげで私は、大事なことを知ることが出来た。
ノゾミが消えてしまう。
文字通り、存在ごと消える。
私は、一体どうしたらいいのだろう?
私は、一体どうしたいのだろう?
確かに予感はあったし、理屈は分かる。理由も理解できる。でも納得はできない。そんなの・・・・。
あの子は・・・ノゾミは今、どうしているのだろう?一人で消えていく孤独と恐怖とに、必死で耐えているのだろうか?朽ち果てかけたあの神社で震えているのかもしれない。そう思うと、私はいてもたってもいられなかった。
私は真っ暗な家の中を、手探りで玄関まで行き、両親を起こさないように注意をして、出来るだけ音を立てずに外へ出た。外に出ると私は、夜の街を駆け出した。服装は、着替えていないので百パーセント部屋着のTシャツに短パン、足元は履きつぶしたスニーカーといった出で立ちだ。この格好だと五月の夜はまだ寒い。しかし、そんなことは全く気にならないぐらい私は必死に走った。昼間の雨はすっかり上がっていた。水たまりを何個も飛び越えて私はひたすら走った。一秒でも早く彼女に、ノゾミに会いたかったのだ。会って何を言うか、何をしたいのか、全く決めていなかったけれど、とにかく会いたかった。会わなくてはいけないと思った。
考えがまとまらないうちに、ノゾミがねぐらにしている廃神社に着いてしまった。改めて見てみると、かなり不気味な雰囲気に、入るのを躊躇ってしまった。勇気を振り絞って、それでもおずおずと逃げ腰で藪へと入っていく。すると、中は意外にすぐ開けて、暗いけれど夜目にも大体の建物の場所や、雰囲気が分かった。
「ノゾミ・・・いるんでしょ・・・?」
声を掛けながら中へと進むと、一際大きな影の前、きっと昔は立派な本殿であったであろうその廃墟の前に、ノゾミは立っていた。
「来るんじゃないかと思っていたわ。」
こちらを向いて微笑みながら、彼女は言った。
「その・・・なんていうか・・・・・・カラオケいけなくてごめん。」
私のバカ!こんなこと言いに来たんじゃないのに!
「フフフ・・・何を言い出すかと思ったら・・・。あら?あなた泣いてるの?何で泣いてるのよ?」
気がつくと私は泣いていた。涙を必死に隠して私は強がった。
「な、何でもないわよ。私は、あんたが寂しい思いをしているんじゃないかと思って、こうやって夜中に家を忍び出て、わざわざ来てあげたのよ。すこしは、喜びなさいよ。」
「ハルがそんな優しさを持ち合わせていたなんて、全く知らなかったわ。まあ、その優しさに免じてカラオケのことは許してあげるわ。だから、次は必ず行くわよ。私の十八番を聞かせてあげるわ。」
「それはそれは・・・。ところで、あんたの十八番って?」
「ニルヴァーナの『スメルズ・ライク・ティーンズ・スピリット』よ。自信あるんだから。」
「相変わらずの選曲で。それはとっても楽しみだわ。」
「話は、それでおしまい?」
くるりとそっぽを向いて彼女は、空を見上げた。
「何よ、その言い方!私はあんたが心配で・・・。」
「まあ、いいから。ちょっと、空を見てみなさいよ。」
空を見上げたまま、ノゾミはこっちも見ずに言った。
「何で空なんか・・・。」
ノゾミの横に並んで空を見上げた私は、思わず息を呑んだ。目の前には、手を伸ばせば届きそうなぐらい、一面の星空が広がっていたのだった。昼間、雨が降ったせいで空気が澄んでいるのだろう。私が今まで見たどんな星空より綺麗だった。
「・・・すごい・・・。」
思わず声が漏れてしまう。
「あなたらしい、貧困な表現ね。でも、まだよ。良く見ていなさい。」
何よ、と言い返そうとしたとき、一筋の光が星空に走った。えっ?今のは何?と思ったときには、光の筋が二本、三本と、どんどん増えて行き、あっという間に星空の中を無数の光の筋が走り回りだした。圧倒的な量の流れ星に、私はただただ眺めるだけで、声も出せなかった。とてもこの世のものとは思えないほどの美しさだった。
「すごいでしょ?何とか座流星群なんだそうよ。どう?きれいでしょ?っていっても私の物ではないんだけれどね。これを、出来ればハルと見たいなと思っていたら、叶っちゃった。あなたじゃなくて、私の願いのほうが先に叶っちゃった。」
そう言ってノゾミは照れ笑いで誤魔化した。その笑顔を見て私は自分が言いたいこと、言うべきことが分かった気がした。まだはっきりとは掴めてないけれど、今が言う時だと思って、私は少しずつ話し出した。
「・・・あのさ・・・私・・・今までずっと自分が引けば、自分が我慢さえしていれば、全部上手くいく、平穏に過ぎていくと思っていた。普通とか平凡とか嫌だと思っていても、そういう気持ちも押し殺していけば、上手くやっていけると思っていた。」
空を見上げたまま、私は話し続けた。
「でも・・・何ていうか、心のどこかでは何か違うって思っていたんだと思う。本当にこれでいいのかなって。・・・だけど、私はそうするしか知らなかったのよね。違うって思っていても、自分を騙して自分を隠すやり方しか出来なかった。でも・・・でもね、ノゾミ。あんたと出会って、何となくだけど、分かったことがあるのよ、私。ぶつかったり、笑いあったり、お互いに傷つけあって、そして、お互いに相手を想いあって、謝って、仲直りしたりして、そうしないと自分の本当の気持ちも、相手の本当の気持ちも全然分からないってことが。それが、少しだけだけど、分かったような気がする。」
ノゾミは、何も言わずただ、空を見上げて私の話を聞いていた。
「だから、私、これから変われる気がするのよ。具体的にはまだ、何も分からないけれど、これからはきっと、もっと、自分のままでいられる、自分をもっと大切に出来ると思うのよ。それで、もっと、もっと友達のことを大切に出来ると思う。今までみたいに自分を押し殺すんじゃなくて、ぶつかったり、喧嘩したりするだろうけれど、本当の気持ちで・・・。あんたには、それを見ていて欲しいのよ。だから・・・だから、ノゾミ、仲直りしよう!」
そう言ってノゾミの方を向き直ると、彼女もこちらを向いていた。
「多少、クサすぎるけれど、あなたにしては上出来ね。」
ノゾミが微笑みながらそう言ったとたんに、彼女の体が光りだした。光ながら、ユニコーンと同じようにキラキラと夜空に溶けていく。
「えっ?・・・な、何で?」
「あなたは本当に鈍いわね。ユニコーンからどうせ聞いたんでしょ?あなたの願いが叶ったって事よ。」
「だって・・・私、何も得ていないっていうか・・・。」
涙がこみ上げてくる・・・。
「フフフ・・・気付いてないの?あなたの根源の願いって『自分の本当の心』だったのよ。きっと、それを取り戻したいっていう願いだったのね。ずっと、自分を押し殺してきたから、すっかり忘れてしまっていたみたいだけれど、ようやく思い出したみたいね。自分とどうやって向き合うか、他人とどう接するか、それが、あなたの欲しかったもので、今、あなたが得たものよ。」
彼女が、そうやって、説明しているあいだにも、どんどん体は溶けていき、色は薄くなっていった。
「そんな・・・でも・・・せっかく、仲良くなれたのに。カラオケに・・・だって・・行ってないし。」
涙で、グチャグチャで、しゃくりあげている私の頭を、ノゾミは優しく撫でだした。
「確かに、結構練習したのに、あなたに歌を聞かせられないのは、残念だわ。でも、それは、しょうがないこと。いつか、こんな日が来ることは分かっていたことだし。」
「私、何も知らなかったのよ。知ってたら、もっと・・・。」
涙でこれ以上は言葉にならなかった。こんなことを今さら言ってもしょうがないかもしれないが、知っていたらもっとノゾミに優しくしていたのに・・・。もっと、一緒にいたのに・・・。
「大丈夫よ、あなたならきっと、もっとすてきな友達が出来るわ。顔も私ほどじゃないけれど、結構かわいいから、恋人も出来るかもしれないわよ。」
「そんなの、どっちでもいいから消えないでよ!お願いだから・・・。私の願いはあなたにいて欲しいって事なの・・・。だから・・・お願いだから・・・。」
泣き喚いてぐずる子供みたいに、彼女に懇願する。そうしたら、彼女は少し困ったような顔をしてこう言った。
「私は、消えてなくなるって訳じゃないのよ。確かに見えなくはなるけれど、元々はあなたの願いの力が具現化した存在なのだから、この世界のいたるところに、私は存在しているのよ。だから、何も寂しがることも、悲しむことも無いわ。」
子供に、言って聞かせるように彼女は私を見つめていった。
「・・・でも・・・でも・・・。」
「心配しなくても、私はいつも見ているわよ。見てて欲しいんでしょ?」
聖母のように微笑んで彼女は言った。私はこらえきれずに、彼女の胸に飛び込んで声をあげて泣いた。
「よしよし・・・よしよし・・・。」
私の体を優しく抱いて、彼女は優しく頭を撫で続けてくれた。彼女が光の粒になって、満天の星空、無数の流星の中に消えてしまうまでずっと。私の頭を撫でる彼女の手はとても暖かく、優しかった。
8
それから。
私、宮沢ハルカは退屈な日々を楽しんでいた。
夏目ノゾミが光の粒になって、私の前から消えてしまってもう、一週間が経つ。あの日、消えてしまった彼女が残した光の粒を、最後の一個が消えるまで見送り、家に帰った。幸運なことに私が抜け出したことは両親も気付かなかったみたいで、次の日もごく普通に接してきた。普通の毎日、何も変わらない日常。ただ、私の心だけが少しだけ変わっていた。具体的にどう変わったか、説明を求められたら少し困ってしまうが。私の心が少し変わるだけで、周りは変わらなくとも、今までとは全然違う毎日が始まったみたいだった。で、私はいつまでもこんな、物語の主人公気取りのモノローグをしゃべってもいられない。なぜなら―――。
「ご乗車、誠にありがとうございます。次は、東雲女子高等学校前。お降りの方はボタンを押して、お知らせください。」
そう、私は登校のバスの車内だったのだ。
『ピンポーン』
すぐに、停車を知らせる音が鳴った。それはそうだ、私がボタンを押したんだもの。最近の私は以前に比べて、少し積極的になった。自分のことは自分で決める。
バスを降りるとすぐ、坂の始めあたりに、見慣れたギターケースが歩いていた。
「おっはよー、ナカコ。」
「・・・おはよー。」
「相変わらず、無表情ねー。何とかならないの?」
「・・・普通。」
「普通じゃないって!」
「・・・普通。」
「まあ、それが、あんたの可愛いところなんだろうけどね。」
「・・・うるさい。」
そういうとナカコは真っ赤になった。口元が少し緩んでいるところをみると、どうやら嬉しかったみたい。あれ以来、この子ともだいぶ仲良くなった。今では、お互いに下の名前で呼ぶ間柄だ。ってどんな間柄だよ!恋人か!なんて、自分に突っ込みを入れていると後ろから「ハルちゃーん。ナカコちゃーん。」なんて呼びかけられた。振り返ると、キョーコちゃんが笑顔で手を振っている。私とナカコは、手を振って彼女に応えた。
教室について、自分の席に着くとすぐ、近づいてくる影があった。
「宮沢さーん、悪いんだけどさー今日も委員会代わりに出といてくれない?」
また、この女か。相変わらず、向こうでこの女の連れらしき二、三人がこっちを見て笑っている。文化祭がいよいよ近くなったから、委員会も最近多いんだよね。
「別に、いいけど。で、いくら払ってくれるの?」
「はぁ?」
「いいけど、タダって訳じゃないよね?」
「なに言ってんの?あんた。」
「タダってんなら、無理ね。ごめんなさい。」
「あんた、ふざけんじゃないわよ!」
凄んでみせるその女の襟元を掴んで、こちらに引き寄せる。
「ふざけてんのは、どっちよ?この間の二回分もきっちり払ってもらうからね。なんなら、怖いお兄さんとお家に集金に伺いましょうか?」
耳元で囁いてやると、その女はみるみる顔が青ざめていった。
「ばっかじゃないの!そ、そんなの・・・。も、もういいわよ!」
その女は青い顔で、明らかにやられ役の台詞を吐いて、自分の仲間の下へ逃げていった。少し離れた席で、ナカコが肩を揺らしてクスクス笑っている。私は、ナカコに向かって勝利のピースサインを送った。
こんな感じで、少しだけれど私の毎日は違うものになっていっていた。
始業のチャイムが鳴って、みんな自分の席に着く。
後ろを振り向くと、ノゾミが座っていた席がそのままになっていた。あの後、誰に話しても一人としてノゾミのことを覚えている人はいなかった。みんな、誰かいた気がするけど、はっきり思い出せないみたい。私は後ろを向くと少し切なくなる。この世界で、私しかあの、わがままお嬢様のことを覚えてないかと思うと、なんだかノゾミがかわいそうで、私だけは絶対に忘れないと、その後ろの席の机と椅子に誓うのだった。なんだか、ノゾミのお墓みたい・・・。
「どっかぁーーーん!」
自分で爆発音を叫びながら、与謝野先生が文字通り教室に飛び込んできた。普通ならみんな驚くところなのだろうけれど、毎日繰り返されているから、誰一人として、特に反応しなかった。
「もう、さみしいなー。何かこう、『先生どうしたんですか!』とか、『むっ?何か事件か!』っていう反応はないわけ?・・・まあ、いいわ。ホームルーム始めるよー。はい!号令!」
いつも通りハイテンションのギリギリ先生に、起立して、気をつけして、礼をして、着席する。
「みんな喜べー。なんと、今日は事件が起こったのだ!」
「事件が起こったら誰も喜ばないよー。」
すかさず、誰かのツッコミが先生に入る。
「ハハハッ、確かにそうね。訂正します、事件は会議室でも、現場でも起こってません。ただ、嬉しいお知らせがあるのは本当。今日から、みんなと一緒に、このクラスでお勉強する、新しいお友達が出来ます。さあ、入ってきて。」
まるで、幼稚園児に対するみたいな先生の紹介で、ドアが開いた。こんな時期に珍しいなと思って、入ってくる女の子を見て私は目が釘付けになった。
「では、紹介します。彼女は・・・。」
先生の紹介を聞くまでも無い。教卓の横に立った彼女は、透き通りそうなぐらい白い肌に、朝の光の中キラキラ輝く長くて綺麗な髪、そしてとても澄んでいて意志の強そうな瞳を持った大大大美少女だったのだ。そのとき、彼女は私のほうを少し見て、悪戯っぽく舌を出して微笑んだ。このとき、私は確信した。きっと彼女は、私の後ろの席になって、所かまわず私のことを振り回す、とても迷惑で、そして大好きで大切な『私の友達』になるだろう、と。
第一話 流星群 おわり
前略、心優しい読者様。
こんな、有名作家みたいにあとがきとか、生意気だとお思いでしょうがどうしても一言、書かして頂きたく今一度、筆を取りました。
今回のこのお話は、自分の中にずっと暖めてきた考えが元になってできています。したがってこの中に出てくるキャラクターは全部、言い換えれば私です。私の、私による、私のためのお話がこのお話です。つまりは、非常に個人的な内容かつ、自己満足もかなり入っています。しかも、このお話は私の所謂『処女作』で、始めてがゆえの見苦しさ、読みにくさ、稚拙さがあったかと思います。自分で言うのもなんですが、世紀の駄文だと自負しております。
しかしながら、このお話、読まれた方は少なからず私のことを知ったことと思います。なにせ、登場人物は全部、私なのだから。裸を見せたぐらいではなく、頭を割って中身を見せたようなものですから。かなりお近づきになったでしょう。さらに、このお話、初めてだからこその勢いという物もあると自分では思っておりますがいかがでしょうか?出来ればこのお話を読まれた方が私を笑って、何かを得て頂けたら、これ以上嬉しいことはありません。ハルカのように。
最後になりましたが、書くきっかけをくださった10choさん、そして、何よりここまで読んでくださった皆様に大大大感謝をこめて終わりとさせていただきます。
二〇一〇年 二月 壱原イチ




