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少女奇譚  作者: 壱原イチ
1/8

流星群(上)

縦書きの方が読みやすいと思います。

 第一話  流星群

 

 

 1

 

 

 私、宮沢ハルカは普通の毎日に退屈していた。

 普通の毎日―――日常。

 日常とは、常なる日と書く。

 それは、何も変わらない日々。

 それは、かわり映えのしない景色。

 それは、平穏と呼ばれる。

 それは、倦怠と呼ばれる。

 それは、退屈と呼ばれる。

 ある人はそれを幸せだといい

 また、ある人はそれを不幸せだという。

 一人一人、違うけれど同じもの。

 それが―――日常。

 そんな―――日常。

 そんな日常に、私はほとほと飽き飽きして辟易(へきえき)してイライラし、しかしながら同時にそんな日常を諦め、受け入れ、受け流しながら暮らしていたのだった。

 退屈は人を殺す―――

 なんてかっこいい事を言うつもりはないけれど、実際に私は死んだも同然だったと思う。

 本当はこうじゃない。

 本当の私はもっと違う。

 こういった漠然とした不満を感じていたのだけれど、それをただただ押し殺していた。

 いつかはこんな私のところにも宇宙人、未来人、超能力者が現れて怪しげな団を結成し楽しい学園生活を送る。―――なんてこと本気であるわけないと思っていた。非日常なんてものは漫画やアニメの中にしかありえない、そう思っていた。

 そう騙していた。

 ほんとは期待してるのにね。

 そんな事ありえないって思うことで平和に過ごせるなら、それも良いかななんてね。

 愛すべき普通な私。

 愛すべき普通な毎日。

 私はそんな日常をただ退屈に、平和に送っていたのだった。

 

 さて―――

 非常に退屈なモノローグもこれぐらいにして、実はそろそろ現実に戻らなくてはいけないのだ。一人でずっとこうやって、悶々としてもいられないし、それに―――

 

「ご乗車、誠にありがとうございます。次は、東雲(しののめ)女子高等学校前、お降りの方はボタンを押して、お知らせください。」

 そう、私は今、バスに乗っている。なぜかというと、今年の春に入学した、私立東雲女子高等学校に登校しているから。だから、いつまでもくだらないモノローグを、物語の主人公みたいに語っている訳にもいかない。次の停留所で降りなくちゃ。

 私立東雲女子高等学校―――

 今年で創立百二十周年、東雲町にある結構由緒正しい女子高だ。生徒数も多く、一学年十三クラスもある。優等生しか入れない特進クラスが一組、二組から十二組までは普通科、十三組は総合コースといって、芸能やスポーツに力を入れたクラスになっている。ちなみに普通の私は、やっぱり普通科の五組。坂の上に建っている私たちの学び舎は、正門をくぐってすぐに最近出来た新校舎、その裏に蔦が絡まる旧校舎という配置になっている。この旧校舎が私たち一年生の教室なのだけれど(ちなみに一組と十三組は新校舎。贔屓だ!)旧と言うだけあって、かなり趣があると言うか、平たく言うとボロいのだ。今は五月だと言うのになんだか寒いし、階段も廊下も教室の床も全部板張りだし、開かずの間があるって噂だし。といった場所が、私が今、一日の大半を過ごしているところ。

 

 正門までの、妙に急な坂道を登っていたら、前をギターケースが歩いていた。後ろから見ると、ほんとにギターケースに、手と足が生えているみたいで可笑しかった。

「おはよー、中原さん。」

 ギターケースが振り返ると、小さな女の子がくっ付いていた。短めのボブカットの下に、顔からはみ出しそうなぐらい、大きなつり目がこっちをにらんでいる。彼女は、クラスメイトの中原ナカコ。冗談みたいな名前だけれど、本名らしい。よくは知らないけれど、バンドをやってるらしくて、たまにギターを持ってくる。

「・・・・・・・。」

 なぜ、彼女の説明があんなに「らしい」だらけなのかというと、彼女とは、ほとんど口をきいた覚えがない。というか、私以外ともそんなに話しているのを、見たこともない。だから彼女は、この時も振り返って私を見たら無言のまますぐに前を向いてしまった。

「ギター、重そうだね。大丈夫?」

「背負ってるから大丈夫・・・。」

 前を向いたまま、事務的に彼女は答えた。

「歩いてきてるみたいだけど、家、近いの?」

「・・・近い・・・・・。」

 前を向いたまま、事務的に彼女は答えた。

「バンド、やってるんだよね?すごいね。やっぱ楽しい?」

「・・・まあまあ・・・・・。」

 前を向いたまま、事務的に・・・ってもう限界!何よ、人が一生懸命、話題を作って話しかけてるのに!お前は何だ?長門か?ヒューマノイドインターフェイスか?もっと返して来いよ!省エネか?エコか?それともエゴか?などと、内なるハルカちゃんは、怒り狂っていたのだけれど、そんなことは一ミリも表情には出さずに、私は笑顔で続けた。

「じゃあ、先、行くね。また教室で。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・無視かい!・・・まあいいわ。片手を挙げて彼女に挨拶をして、私は坂を少し早歩きで上っていった。一つは彼女から離れるために、もう一つは、少し前を歩く、別のクラスメイトをみつけたから。二人のクラスメイト(ヨーコちゃん、キョーコちゃん)と一緒に正門をくぐり、たわいもない話をしながら、教室に向かった。いわゆる普通の毎日、日常ってやつ。変わらない景色、見慣れた表情の友達たち。ふと、まわりの人間も含め全てが、下手な演劇のカキワリみたいに、生気のない背景にみえる。私にそう見えるってことは、きっとみんなから見た私もそうなのだと思う。私にとってのどんな大事件も、はたから見たらただの景色なのだろう。悲しいけれど、これが現実なのよね。

 

 かわり映えのしない景色に溶け込むように努力してたらいつの間にか昼休みになっていた。

「ねえ、宮沢さんは今日、お弁当?」

 定番のたずね方だ。彼女キョーコちゃんの言いたいことを訳すると、『購買にいきたいんだけど、一人で行くと、友達がいないみたいに思われるからついてきてほしい。』ってところだろうか。

「ううん。私、今日は購買でパンでも買おうかと思ってるよ。」

「ほんとに?私も、ちょうど購買に行こうと思ってたのよ。」

 瞳を輝かせて、彼女はちょっと大げさによろこんだ。

「じゃあ、一緒に行こうか?」

 微笑みながら私は、彼女を購買へ誘った。女子というのはこうやってお互いに、持ちつ持たれつ、利用しあって、友達関係を築くものだ。彼女が求める私を上手く演じる事が出来た私は、少しだけの寂しさを抱えて教室を出て渡り廊下に向かった。

 

 私たちの教室がある旧校舎と、購買がある新校舎は、二階の渡り廊下でつながっている。窓の外には、片側は山が迫っていて、反対側にはグラウンドとその向こうの町並みが広がっている。山を見てもしかたないから、自然とグラウンド側を見てしまう。この時に、もし山側を見ていたなら、もしかしたら私の人生は、違うものになっていたかもしれない。これまで通り普通の毎日を過ごしていて、『非日常』なんかとは一生、関係無かったかもしれない。まあ、全ては後の祭り、後悔先に立たずってやつ?。このときの私には、この後何が起こるか、分からなかったのだから、私を責める訳にはいかない。

 

 何気なくグラウンドを眺めていた私は、そこにいるはずが無いもの、居てはいけないものをみつけてしまった。あまりにも驚いた私は、動けなくなって、『それ』から眼が離せなくなった。グラウンドの真ん中に、何か白く光るものがいる。

「・・・あれって・・・まさか・・う、馬・・・?。」

 私の目線の先、グラウンドの真ん中に、真っ白く光る馬が一頭いた。馬がいるところだけ次元が違うみたいに、もしくは夢の中みたいに見えた。ふいに馬と目が合った気がして、目を逸らしてしまった。なんで?あんなものが学校にいるの?動物園から逃げ出したのかな?えーっと、こういうときって、どこに知らせればいいんだっけ?やっぱ警察?いや、保健所かも?っていうか、まず先生か?一瞬のうちに、色んな考えが頭の中をめぐった。その結果私は、勇気を出してもう一度、確認することに決めた。おそるおそるグラウンドに目を向けてみたが、そこにはもう、どこにも馬の姿は無かった。

「あれっ?・・逃げたかな?。」

 あれだけ大きなものだ、犬が入ってきただけでも大騒ぎなのに、ちょっと静か過ぎる。私の見間違いだったのかなー?でも、あんなに存在感のある見間違いなんてあるかなー?しっかり、そこに居たと思うんだけど・・・。

「宮沢さん、どうしたの?何かあった?」

 キョーコちゃんに話しかけられて、私はハッとした。どうやら私は、グラウンドを向いたまま、結構長い間、固まっていたらしい。

「大丈夫?」

「・・うん、大丈夫なんだけど・・・。ねえ?変なこと訊くけど、今、グラウンドに何かいなかった?」

「えっ?・・別に何も居なかったと思うけど・・・?」

「そうよね・・・・。」

 居る訳ない、光る馬なんて。こんなこと訊いたら、変な子だと思われてしまう。

「どうしたの?何か居たの?」

「ううん、なんでもない。見間違いみたい。それより、早く行かないと、パン売り切れちゃう。」

 私とキョーコちゃんは購買へと急いだ。

「・・いるわけないよ。」

 私の中の、確信を打ち消すためにも、私は小声で、自分に言い聞かせた。しかし、それに反比例するように、ある思いが私の中で、どんどん大きくなっていった。

『あの馬は必ずいた。しかも、たぶん私に逢いに来た。』

 理性は否定の声をあげているけれど、それをかき消すぐらい大きな声で、本能が訴えていた。このときの私は、まだ何も知らなかったから、本能を信じることは出来なかったけれど、あとで私は自分の本能の正しさを知ることになるのだった。それも、痛いほど。実はこの時点で、もうすでに所謂『非日常』に、私は足を踏み入れてしまっていたのだけれど、まったく気づいていなかった。このときの私は、クラスメイトのキョーコちゃんと一緒に渡り廊下を急ぎ足で進んでいるだけだった。好物のコロッケパンが、売り切れていないことを祈りながら。

 

 

 2

 

 

 私の祈りもむなしく、この日の昼食はツナサンドになってしまった。昼休みも終わり、午後の授業も終わり、今はホームルームの時間なのだけれど、未だに馬の話題はどこからも聞こえてこなかった。ということは、やっぱり私の見間違いだったのね。私の中の理性が、勝どきの声をあげた。もし、仮に、万が一、あの時馬がいたとしてもきっと、もう逃げてしまっていることだろう。帰ったらニュースでもみてみよう。なにはともあれ、今日も平和な一日だった。教壇の上では、担任の与謝野先生が、終わりのお話をしているところだ。

「・・・っというわけで、今日はこれにておしまい!みんな寄り道しないで、ちゃっちゃと帰るように。変な大人に声かけられても、ついていかないようにね。もし、先生、寄り道してるの見つけたら・・・月に代わって・・・お仕置きよ!」

 そういって、与謝野アキラ(女)二十九歳(独身、彼氏なし)一年五組のギリギリ先生がウインクしながら、例のポーズを力一杯決めた。色々とギリギリなのに・・・どこにそんな元気が有るんだか・・・。

「先生、古いし、キツすぎー。まじ無いわー。」

 誰かのツッコミに、クラスがドッと沸く。所謂、大爆笑ってやつ?

「いやいや~。そんなに喜ばれたら、先生も、やりがいがあるよ~。」

「だれも喜んでないって~!」

 クラスがまた沸く。この先生、生徒には結構モテるんだよね。男にはモテないみたいだけど・・・。

「ねぇ、宮沢さん、私たちこれからカラオケに行くんだけど、一緒にいかない?」

 ヨーコちゃんが前の席から、上半身をひねって誘ってきた。

「う~ん・・・。行ってもいいんだけど・・・今日はやめとく。ごめんね、ありがとう。」

 私の席は窓際、一番後ろという最高の立地なので、こんな内緒話も堂々とできるのだ。

「そっかー。じゃあ、また今度ね。この後、何かあるの?」

「ううん、なんとなく気分じゃなくてね。こんどは私から誘うよ。」

 別に先生からのお仕置きが恐い訳ではないんだけど、この日の私は陽気にどこかに出かける気にはならなかった。後になってみれば、もしかしたらこの時すでに、私は何かを感じ取っていたのかもしれない。そして、出来ればこのときの私には是非とも、ヨーコちゃんからのお誘いを断らないで欲しかった。

「じゃあ、また明日。バイバイ。」

 明日も何も変わらない一日になることを、信じて疑わない私がそこには居た。普通に平凡な毎日が続くと思っていた・・・。

 

 放課後、夕方、帰り道。

 先生の言いつけを、図らずも守った私は、バスを降りて、オレンジ色の住宅街を一人歩いていた。私の家は、いわゆる閑静な住宅街にある。父親が張り切って、私が小学校に上がるときに、建てたのだった。もちろんローンで。けっして大きくはないが、そのおかげで私にはちゃんと、一人部屋が与えられているので、実は感謝している。あと、屋根の色が水色で、、家の造りも派手じゃなく、こじんまりとしているところも気に入っている。次の角を曲がると、私の家の玄関と、お気に入りの水色の屋根が見えるはずだった。しかし、角を曲がった私にはまったく、玄関も屋根も見えなかった。

 それはそうだ。

 目の前に非常に大きな、障害物があったのだから。

 ゆっくり視線を上に向けると、

 そこには―――

 文字通り見上げるほど大きな白い馬がいた。

 いやいや~(笑)いくらなんでも、これは無しなんじゃない?この日本の、しかもいわゆる閑静な住宅街に、馬って・・・。さすがの私も騙されませんよ。それにしてもよく出来た着ぐるみよね。学校で見たのもそうなのかしら。・・・あら?、見れば見るほど本物っぽいというか・・・というか、これって・・・やっぱり・・・。

 怪しんで顔を近づけて見ていたら、その白馬は突然目の前で(いなな)いた。馬の唾液で私の顔はびしょびしょに。

「ぼ&¥ぴょ⊿ηБЖ☆Λф※んむ〒∋♯?!!」

 ほ、ホンモノだあああぁぁぁあぁあぁぁあぁあぁぁああぁあ!

 なんで?

 こんなところに?

 というか本日二回目だし!

 と、とにかく逃げないと。

 私は、今までの人生で一番見事な、回れ右を決めた。

「お、お馬さんは、や、や、やさしいもんね・・・。そ、そう、草食動物だし、なにもしないよ、よ、よね。」

 口に出して言う事で、自分を落ち着かせようとするんだけど、全然上手くいかない。余計に鼓動が早くなって、めちゃくちゃ不自然な動きになってしまった。なんせ手と足、同じほうを動かしてしまうという、面白投稿ビデオでしか見たことも無いような、歩き方になってしまっていたのだ。怪しすぎる・・・。その時―――

 

「おい、娘よ。」

 突然、威厳たっぷりに呼びとめられて、思わず体がビクッと震えた。突然だったから、思わずびっくりしてしまったけれど、正に、地獄に仏、渡りに船とはこのこと、助かった~と思って、声がした方を振り返って見たら、そこにはさっきと変わらず『馬』しかいなかった。やっぱり、よく出来た着ぐるみなのかな?じっくり見ていると、馬の口が動いて、

「おい、娘よ。我が見えておるのか?」

 とその口から聞こえてきた。

「あのー・・・どっきりですか・・・?それか、何かの撮影ですか・・・?」

 まぬけにも、馬に話しかける女子高生がそこにいた。というか、私だった。

「娘よ、答えよ。我が見えておるのか?」

 まさかね・・・。そんなわけないよね・・・。

「答えよ。」

 ・・・まぎれもない・・これは、

「う、う、馬が・・馬が、しゃべったああああああ!」

 認めたくないけれど、どうやら私は壊れてしまったみたい・・・。人間っていうものは、受け止めきれない現実に直面したとき、どんな顔になるのか、私はこの時に始めて知った。

「なんだ、その顔は。泣くか、笑うかどっちかにしたらどうだ。それで、見えておるのか?答えよ。」

 さようなら、普通の私。こんにちは壊れた私。・・・ってそんなにすぐ順応できるか!

「その反応から推察するに、見えているのだろう。我が見えるということは貴様は特別な存在ということだ。喜べ。」

「さっきからなによ!馬のくせに偉そうに!ちょっと黙っててよ!」

 あっ、話しかけちゃった。

 宮沢ハルカ、十五歳、ついに馬に話しかけてしまいました。もう、後戻りできない世界に踏み込んでしまいました。

「馬ではない。我は聖獣ユニコーン。均衡を保つものだ。」

「・・・性獣?禁交?」

「そんな、官能小説のようなことを思いつくとは、いささか品性に欠ける娘のようだな。」

「馬に言われたくないわ!」

 馬に、馬鹿にされるとは・・・私ってば、ほんとに落ちたものね・・・。

「だから、馬ではない。我は聖獣ユニコーン。均衡を・・・。」

「わぁかっってるわよ!角がついてるもんね!」

 もう、やけくそだ!。どうせなら、最後まで付き合ってやる!死なばもろとも!女は度胸!

「で?そのユニコーンが、こんな夕暮れの住宅街で、うら若き乙女に一体なんの御用で?」

 突然現れたこの馬に何故か強がって、思いっきり皮肉をこめて私は言った。馬に強がってる時点で、終わってるんだけどね。

 あっ・・ユニコーンだった・・・。

「我は、均衡を保つもの。世界の均衡を保つために、我はここに現れたのだ。」

 ??????イミワカラン

「あのぅ・・・いろいろ聞きたいことが、あるんだけどさ。まず最初に、さっきから何度も言ってる『均衡』って一体、何のこと?」

「貴様たち、人間は知らぬだろうが、貴様たちの居るこの世界は、一人一人の願いが具現化して出来ておる。それぞれの願いが、お互いにせめぎあって、均衡をとって成り立っておるのだ。その均衡が崩れると、世界はそこからほころび、滅んでしまう。したがって、我はその均衡を保っているのだ。」

「なるほどねぇ・・・。つまりは、この世界じたいを、人間が形作っていると。・・・でも、戦争とか犯罪とか、良くないことも起こるのはなんで?それが、均衡が崩れてるってことなの?」

「それは良くないことを、願っている者も居るというだけの事で、均衡が崩れていることとは違う。均衡が崩れるとは、願いの力が一人、もしくは数人に集中して、いわゆる地盤沈下や火山の噴火のように、願いの力で世界が歪む。それを、均衡を保つことで防ぐのが、我の使命なのだ。」

 願いの力が、世界を形作っているって聞くと、一見、すごく良い事みたいに聞こえるけど、実際は微妙・・・。なんか、複雑・・・。

「ていうことは、この辺りの均衡が崩れてるってことなの?」

「ただの下品な娘ではないようだな。なかなか察しがいい。その通り、均衡が崩れておるから我が現れたのだ。」

 馬に褒められてもね・・・。

「それで、それが、なんで私の前に現れた理由になるのよ。今のじゃ答えになってないし。」

「均衡が崩れるのは、崩すものがおるからだ。貴様は自分では気付いておらんようだが、かなり大きな願いの力を持っておる。それ故、貴様を中心に、この辺りの均衡が崩れておるのだ。」

 知らないうちに、私ってば、世界を滅ぼしそうになっていた。思ったよりずっと大変なことになってるみたい・・・。

「私、世界を滅ぼしたりしたくないんだけど!あんた、均衡を保つ者なんでしょ?何とかしなさいよ!」

「簡単なことだ。力の偏りを無くせばよい。つまりは貴様という存在を無くせばよいのだ。」

「へぇー・・・って、えぇーーーーっ!」

「心配せずとも、我が討滅してやる。安心しろ。」

 人の生き死にを、随分簡単に言ってくれる・・・。馬に殺されるって事は蹴り殺されるか、噛み殺されるか、踏み殺されるか、だよね・・・どれも最低・・・。

「そんなの嫌よ!まだ死にたくないし!ねぇ、何とかならないの?ていうか、何とかしてよ!」

 挙句の果てに、馬に命乞いする私。ほんと、終わってるわ・・・。でも、命には代えられない。と、私に言い訳する私。

「早まるな、まだ、貴様を討滅すると決まったわけではない。要は力の偏りを無くせばよいのだ。」

 馬のくせに・・・!

「そんな、やり方があるなら早く教えなさいよ!もったいぶってないでさ!」

 この頃になると、私はもうすでに、この、馬がしゃべるという非常事態に慣れてしまっていた。人間、慣れっていうのは怖いものだ。

「ただ、その方法は少しややこしいと言うか、出来れば貴様を討滅するほうが早いのだがな。」

「なんでぃ!まだるっこしいわね。さっさとその方法とやらを教えやがれぃ!」

 あまりの怒りに、思わず江戸っ子化してしまった・・・。お恥ずかしい・・・。

「その方法とは、貴様の持つ願いの力を、使ってしまうことだ。分かりやすく言うならば、さしずめ、貴様の願いを叶えるということだ。」

 えっ?・・・今なんと・・・?

「えっ?・・・今、なんと・・・おっしゃいましたか・・・?」

 今度は、思わず敬語になってしまった・・。お恥ずかしい・・・。

「貴様の願いを叶えると言うことだ。」

「ホントにっっ!マジでっ!・・・うそ?・・・そんな・・・なんで?・・・マジで良いの?えっ?なんでも?何でもよね?何個でもいいの?わぁ~なににしようかな~。」

 えぇーーっと・・・何というか・・・その・・・本当にお恥ずかしいです・・・。

 喜びのあまり、思わず馬を無視する私に、ユニコーンが言った。

「・・・そんなに喜んで居られないと思うが。貴様の願いは確かに叶うが、どんな風に叶うかはわからないのだ。それでも、嬉しいか?」

 うかれて、両手を挙げてグルグル回っていた私は、回転を止めて、ただのバンザイ、つまりはかなり間抜けな格好で振り向いた。

「・・・何、それ・・・。どういうこと・・・・?」

「願いの力というものはそもそも、それぞれの人間が持つ根源の願いの力のこと。つまり、この場合叶うのは貴様の根源の願いということになる。往々にして人間というのは、自分自身というものを理解していない。したがって、大体は自分が思っている願いとは違うことが叶うことになる。」

「えぇーーっ。じゃあ億万長者は?おなかいっぱいのスイーツは?イケメンしかいない男子校に、訳あって編入とかは?」

「貴様の根源の願いが、『それ』なら叶うが、多分違うだろう。」

「じゃあ、一体どんな願いが叶うのよ?危ないのとかは嫌よ。大丈夫・・・よね?」

「それは、我にも分からない。自分を危険に晒すものも、世界を変えてしまうものも在り得る。」

「・・・そんな・・・私、何も悪いことしてないのに・・・。」

「過去に、貴様のように願いの力を具現化したもの、これを『具現者』と呼ぶのだが、その者たちの中には、救世主や世紀の虐殺者になった者や、世界の王、民族解放の父、大怪盗、世界を裏で牛耳る者、など様々に根源の願いを具現化している。もっとも、これは稀で、ほとんどは取るに足らない願いを、具現化するのだが。」

「断ったら・・・?」

「もちろん、貴様を討滅するだけだ。」

「はあ?そんなの、断れないじゃない!・・・わかったわよ。やるわよ。やるしか・・・やるしかないでしょ!」

 腹立ちまぎれに叫んでやった。

 そうだ、やるしかない。まだまだ、やりたいことも有るし、こんなことで、死ぬわけにはいかないんだから!

「・・・そうか、わかった。では、貴様の願いの力を具現化する。近いうちに貴様の身の回りで、何か変化があるはずだ。せいぜい貴様に都合が良い、叶えやすい願いならば良いな。」

 そういうと、ユニコーンの体が、キラキラと細かい粒子になって、夕暮れのオレンジ色の空に、ゆっくり溶けていった。空に残ったユニコーンの残骸、キラキラした粒子を、私はただ、見つめていた。

 それは、あまりに唐突で、衝撃的な事だから、全部を受け止めきれるわけがない。とにかく、かろうじて理解出来たことは、

『命が惜しかったら、世界を守るため、自分の願いを叶えろ。例えそれが、自分が望んで無くても。』

 という禅問答みたいな無理難題を、謎のユニコーンに押し付けられたってことだ。

「・・・私だって、命は惜しいもの。何だって・・・どんな願いでも叶えてやるわよ!見てなさいよ!」

 ユニコーンが消えた辺りに向かって、拳を振り上げて、思いっきり叫んでやった。出来ることなら、今日の昼休み、校庭にいるユニコーンを見る前、いや、せめてこの曲がり角を曲がる前に戻りたい・・・。でも、あの感じだったら、遅かれ早かれ、いずれはこういう事になっていたんだろうな、と思う。なら、せめて私の根源の願いが、そんなに大それてなくて、ささやかな、でも幸福な願いでありますように。そう願って、もう沈もうとしている、ビルの間の夕日に向かって手を合わせた。そんなこと願われても、夕日もいい迷惑よね。

「あら、ハルカ、あんたそんなところで、何やってるのよ?」

 ベッタベタな台詞に振り返ると、買い物袋を持った母がいた。

「いや、なんていうか・・・。まぁ、ちょっとね。夕日がきれいだー!なんてね。」

 ベッタベタに、誤魔化す私だった。

 今までの非日常な出来事のせいで、見慣れた母の姿まで、まるで偽物のようにみえる。何、へんなこと言ってるのよ、から続く母親の小言も、私に向けて言われてるんじゃなくて、他の誰かに言っているように聞こえる。どこか、他人事というか・・・。ボーっとしたまま、母と並んで家に帰る。一歩進むごとに、現実に引き戻されているような感覚に陥る。暖かいような・・・生ぬるいような・・・そんな空気に包まれていく内に、母の言葉がやっと耳に入ってきた。

「・・・それがねぇ、あんまり安いもんだから、いっぱい買いすぎちゃった。悪いけど当分は、お豆腐ばかりの晩御飯になるかも。いいわよね、ダイエットにもなるし。」

 なんとも、危機感が無い会話に私は笑い出してしまった。

「あら、そんなに嬉しい?あんた、そんなにお豆腐好きだったっけ?」

「ううん、豆腐三昧は正直やめてほしいけど、なんだか気が抜けちゃって・・・。」

 早くも、課せられた使命の事を忘れそうになっている私がいた。人間、過度のストレスに対して防衛本能が働く。つまり、このときの私みたいに目の前の問題を、見なかったことにして、忘れようとしてしまうのは仕方が無いことなのだ。一刻も早く普通の女子高生、宮沢ハルカに戻りたい私は、母に献立の不服を、声高に訴えながら、もう目の前に迫っている玄関を目指した。

 この、突然始まった非日常も―――

 私に課せられた世界の重さも―――

 あのドアを開けたら、全部無かったことに出来そうな気がしていたのだった。

 

 もちろん、そんなことは全然無かったけれど。

 

 

 3

 

 

『200X年、

 世界は核の炎に包まれた!』

 なんて事は全然無くて、次の日も至って平和に訪れた。どうやら、私の願いっていうのは、世界を滅ぼすようなものでは無いみたいで、半分ホッとして、半分ガッカリした。いざ、そうなってみたら、面白いことが起こらないか、期待している自分がいて、少し驚く。なんだか子供の頃に戻ったみたい。

 結局、昨日は、母親お手製による大量のお豆腐三昧(湯豆腐、冷奴、豆腐ハンバーグ、白和え、お豆腐のお味噌汁、など)をいやいやたいらげて、これじゃ全くダイエットになってない、ということに愕然としながら、お風呂に入り、ほどほどに夜更かしをして、ベッドにもぐりこんだ。簡単に言うと、昨日はすっかり忘れて、いつも通り過ごしたということ。で、今朝になって、思い出して急に怖くなったり、ワクワクしたりしているのだ。

 とりあえず、体はなんとも無いみたい。グレゴール・ザムザみたいに起きたら、黒くて、大きな虫にもなっていないし、左手が、サイコガンになってもいない。

 五体大満足だ。

 じゃあ、と大富豪の夢を抱いて、両親の待つダイニングへ向かう。期待を胸に、ドアを開けると、

「おぉ、ハルカ。今日は、早いな。」

 そこにいたのは、ビル・ゲイツでもウォーレン・バフェットでもなく、いつも通りの父、それに、コーヒーを淹れている母だった。

「あら、ほんと。珍しいわね。早く起きたんなら、ちゃっちゃと朝ごはん食べちゃいなさい。」

 なんだか、ほんとに落胆、いや、大落胆、大大落胆だ。普通ってこんなにもつまらない物だったっけ?本当に何か起こるのかしら?

「何、ため息なんかついてるのよ。ため息一つで、幸せが一つ逃げるって言うわよ。若いうちから、幸せを逃がしてたら、大人になったらもう、どうするのよ。」

 お母さん・・・あなたのそういった台詞が、私の幸せを奪うんです。

 とりあえず、朝食の食卓に着く。ニュースや新聞にもこれといって、重大な事件も報道されてないみたいで、ホッとする・・・いや、ガッカリかも。結局、そんなこんな、なんだかんだで、いつも通りの時間に家を出ることになった。いつも、少し早起きしても、何故か最終的にはいつも通りの時間になってしまうのは何故だろう?。

 

 いつもの時間のバスに乗って、いつも通り学校へ。学校の前の坂で、キョーコちゃん、ヨーコちゃんに出会うのも、いつも通り。私はこの時、昨日の出来事は全部私の妄想で、何も変わらない日々がこれからも続いていくと思い始めていた。

 私の不安を打ち消して。

 私の期待を裏切って。

 普通の毎日が、当たり前に続くと思っていた。

 しかし、その考えは教室に入ると、脆くも崩れ去った。

 

 教室のドアを開けて、窓側、一番後ろの私の席を見ると、いつもの光景の中にちょっとした違いを見つけた。いつもの私の席に、見たこと無い子が、当然といった感じで座っていたのだった。周りのみんなも、あまり気にしてないみたいだったけど、明らかにおかしい。私にはなぜか、そこだけ周りから浮いて見えていた。

「あの・・・そこ、私の席なんだけど・・・。ていうか、このクラスじゃないよね・・・?もしかして・・・転校生とか・・・?」

 ちょっと警戒して気を使いながら話しかけるのは、今までの人生で身に付いた私の癖だ。

 振り返った顔を見て、私は思わず目を離せなくなってしまった。こちらを向いた彼女の顔は、透き通りそうなぐらい白い肌、さらさらで朝の日差しの中、キラキラ輝く長い髪、それに一番、印象的だったのはものすごく澄んでいて、意志が強そうな眼、それらが、絶妙の配置で化学反応を起こしてスパークしてるみたいだった。つまりは、今までに見たことも無いような美少女、いや、大美少女、大大大美少女だった。

「何を言っているの、宮沢さん。あなたの席は、私の一つ前の席じゃない。もう、しっかりしなさいよね。」

 そう言ってこの、謎の美少女は微笑んだ。肩から胸に長い黒髪がさらさらと落ちる。

 ん?んん?

 あれ?今、自然に名前を呼ばれたような・・・。

「えっ・・・?でも、一番後ろは私の席のはずなんだけど・・・。」

「もう、あなたの席は前から五番目でしょ。」

 確かに、私の席は五番目だけど・・・って席が増えてる?窓際は、五席のはずなのに六席に増えてる?その六番目の席に、彼女は座っていたのだった。一体、この子は何者なの?怪しすぎる・・・。何だか妙に親しげだし・・・。

「宮沢さんったら、また、私を楽しませようとして、そんな冗談を言っているのね。あなたと居ると、全く飽きないわ。」

 そう言うと彼女は、より一層、綺麗に微笑んだ。その瞬間、彼女にだけ世界の光が集まって、スポットライトで照らされたように見えた。その笑顔を見た私は、心から『凄い』と思った。多分、彼女の微笑みは名画とか、絶景と同じようなものだろう。綺麗とか可愛いとかじゃなく、ただ『凄い』とだけ思った。それほど、彼女の微笑みは魅力的だったのだ。拝みたいぐらい。

「どうしたの、宮沢さん?恥ずかしいんだけど・・・」

 彼女に声をかけられて、ハッと我に返ると、私は彼女に跪いて拝んでいた。

「いや・・・その・・・なんていうか、面白いかなーと思って。何でもないから、気にしないでよ。」

「ウフフ・・・。ほんとに変な宮沢さんね。」

「まあね。面白かったでしょ?」

 彼女が何者かはさておき、ここはとりあえず、話を合わせておく事にしよう。媚びるような笑いを浮かべて、誤魔化した。ホームルームも始まることだし、と席に着くと

「・・・うそつき。」

 と後ろから押し殺して、それでも目いっぱい冷酷さをこめた声が聞こえてきた。私は耳を疑ったが、驚いて振り返った。

「嘘つきは、あなたの方・・・・。」

 こう言いかけて私は、思わず黙ってしまった。そこにあった彼女の顔は、さっきの笑顔からは想像もできないような冷たい、見下したような目つきで私を睨んでいた。その迫力に、どうしても言い返せなかったのだった。そのまま、何も言わずに、前を向く私。まったく、情けない。『ナンナノヨ!コノコハ!』あまりの動揺と怒りにカタカナになってしまった。ホームルームが始まって、もう一度、後ろの彼女を盗み見てみると、頬杖を付いて外を眺めていた。私の視線に気付いてか、ふと、目が合ってしまった。てっきり、睨み返されると思ったのだけれど、微笑みがえされてしまった。・・・怖い・・・この子、底が知れないわ・・・。

 

 その後の何回かの休み時間と、授業を通してだんだん彼女のことが分かってきた。まず、名前は夏目ノゾミ。成績優秀、品行方正の所謂、絵に描いたような優等生。先日の中間テストでは全教科満点で、学年トップを取ったらしい。性格は温厚、親切、周りのみんなからも人気があり、本当か分からないけれど、ファンクラブまであるらしい。事実、彼女はずっとニコニコとして、人当たりもいいように見える。それだけに、さっきの態度もますます分からなくなった。どうやら、クラスメイトは全員、彼女のことを前から知っているみたいだし。

 まあ、結局分かったことは、彼女が何でも出来る『スーパースター』ということだけで、肝心の彼女の正体についてはまったくわからなかった。この謎の美少女は何故、私の前に現れたのか?何故、昨日まで居なかったのに、クラスにこんなに溶け込んでいるのか?答えに、全く思い当たる節が無いわけでもない。というか、ギンギンに思い当たる節がある。有りまくりだ。

 

 昼休みになった。

 昼食もそこそこに、私は彼女に話しかけた。

「夏目さん、実は、折り入ってお話したいことがあるのだけれど、ちょっといいかしら?」

 実は、朝以来、お互いに避けあっているみたいだったのだ。私が話しかけたとき、彼女は、あの変わり者の中原ナカコにギターを触らせてもらっていた。この上、楽器まで弾けるなんて、どこまで完璧なの?あんたは、完璧(パーフェクト)超人か!

「私も、ちょうど宮沢さんと、お話がしたいと思っていたのよ。」

 そういうと、彼女は中原ナカコにギターを返し、二、三言ギターを褒めた。中原さんも何か嬉しそうだ。笑った中原さんをあまり見たことがないので、ちょっと驚いてしまった。

「ついて来てくださる?こっちよ。」

 彼女は、顎でしゃくる様に、私に合図をして、さっさと教室を出て行ってしまった。その、挑発的な物言いと態度に、ムッとしながらも、私はついていった。こっちを振り向きもしないで、彼女は渡り廊下を渡り、階段を上り、グングン進んでいった。彼女についていったら、普段は生徒の立ち入りを禁止されている、屋上にたどり着いた。鍵がかかっているはずのドアを、難なく開けて彼女は屋上に出て行った。しかたがないので、私もついて出て行くと、そこにはあの白いユニコーンがいた。

「やっぱり、あんたの仕業だったのね。」

「厳密に言うと違うが、確かに我の力で、この娘は具現化した。」

 ということは、この謎の美少女は、私の願いの力が作り出したのね。

「私の願いが、美少女の具現化だったなんて、自分を疑うわ・・・。」

「この娘、つまり夏目ノゾミが、貴様の願いの力が具現化したものなのだから、通常ならこれで世界の均衡は、元通りになるはずなのだが、そうはなっていないのだ。貴様の願いというのは少々ややこしいようだ。」

「ん?んん?・・・一体どういうこと・・・?」

「貴様の願いはまだ、叶ってない、これだけでは、不十分ということだろう。貴様はまだ、何も得ていないしな。」

「ふーん・・・。で、私に何をしろと?」

「それは、我にも分からぬ。貴様自身が知っておるはずなのだが。分からぬのなら、この娘とふれ合うことできっと、気付くのではないか。」

 ここで、今までずっと黙って、様子を見ていた夏目ノゾミがやっと口を開いた。

「そういう訳だから、よろしく、宮沢ハルカ。どうやら、私はあなたの願いの力で生まれたみたいだから、私が願いを叶えてあげるわよ。何でも言ってみなさい。あっ、でも、不老不死とか、世界を手に入れたいとか、この後やって来るサイヤ人を倒してほしいとかは無しよ。」

 自分で、何でもって言ったくせに・・・(シェン)(ロン)じゃあるまいし。

「それはそうと、宮沢ハルカ、あなた自分の根源の願いも分からないの?一体、どう生きていれば、自分の願いに気付かずにいられるのかしら?とても理解に苦しむわ。宮沢ハルカ、説明してくださる?」

「そんなの、分かるわけないでしょ!それと、さっきから気になってるんだけど、なんでいちいちフルネームで呼ぶのよ!鬱陶しいわね!」

「そうね確かに面倒だわ。じゃあ、私が名前をつけてあげるわ。そうね・・・ロージャ・・・とかどうかしら?」

「なに?その名前?どういう意味なの?」

「あなた、こんなこともわからないの?本当に浅学無知なんだから。いいわ、教えてあげる。ロージャっていうのは、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフのことよ。ロシアの文豪、ドストエフスキーの傑作、『罪と罰』の主人公で、殺人の罪に・・・。」

「ってもういいわ!ていうか全然、私と関係ないじゃない!」

「何よ、いい名前だと思ったのに、気に入らなかった?それじゃあ・・・ゴットゥーザ様。」

「なんじゃそりゃ!もっとかわいいのにしてよ!」

「かわいいと思うけどな・・・いろんな意味で。じゃあ、アホ毛。」

「マホッ!Ω(オメガ)かわい・・・くないわ!全部、脈略がないのよ。普通、ニックネームって名前をもじったり、略したりしてつけるものでしょ!」

 納得といった感じで、手を打ち鳴らして彼女はうなずいて言った。

「確かに、あなたの言うとおりだわ。そうね・・・おみやさん、とかどう?」

「渋いドラマを出してきたわね・・・。他!」

「ルカ!」

「福音書でも書きそうね・・・次!」

「アル!」

「私は、鎧の弟か!何も練成出来んわ!次!」

「もう、わがままね!今までの中から選びなさいよ。私、もう、あきちゃったのよ。」

「・・・なんて無責任な。それなら、普通にハルでいいわよ。」

「つまらない名前ね。でも、まあいいわ。めんどくさいしあなたのことはハルと呼ぶことにします。」

「なんか、あんたと話してると、イライラするわ。教室と人格変わりすぎだし、高飛車で性格悪くない?」

「私は、あなたの願いだからね。あなたの願いは、性格悪いんじゃないのかしら?」

 そう言って、彼女は嬉しそうに、ニヤッと笑った。自分の願いと名乗る美少女に、苛められる私って一体・・・。

「まあ、そういう訳だから、がんばってねー。」

 お気楽そうにそう言うと、彼女はまた、振り返りもせずに、後ろ手に手を振って、校舎に入っていった。結局、終始、彼女のペースで、何も言いたいことが言えなかった。せめて、ユニコーンぐらいには、何か言ってやりたくて、そちらを向くともう、ユニコーンは消えかかっていた。

「仲良くできそうだな。貴様の願い、しっかり叶えよ。」

 威厳たっぷりにそういうと、ユニコーンは空にまた、溶けていった。

 また、何もいえなかった。

「何なのよー!もうー!」

 腹立ちまぎれに叫ぶと同時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。遅刻ギリギリに教室に滑り込むと、私の後ろの席で、夏目ノゾミは、涼しい顔でこちらを向いて微笑んでいた。

 

 

 4

 

 

 午後の授業は、五時間目が体育で、六時間目が英語だった。もちろん、完璧少女の夏目ノゾミにしてみれば、朝飯前ならぬ、昼飯後、どちらも文字通り完璧だった。体育では、走り高跳びの高校記録を塗り替え(非公式)英語では、担当教諭よりも良い発音で、英文を文字通りすらすら読んで、クラスのみんなから拍手を受けていた。私はというと、昼休み以降、妙に馴れ馴れしい彼女に、気味が悪いやら、怪しすぎるやらでちょっと引き気味なのだった。一体、何を企んでいるのやら・・・。

 

 いつも通りの、与謝野先生によるハイテンションホームルームも終わり、私は帰路についた。登校の道のりを、反対に下校する。昼間の大事件のわりに、特に変わったことも無く家路をたどって、バスを降りたところで、後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。

「ちょっとーお待ちになってー。ねえ、待ってよー。・・・待てって言ってるでしょ!ねえー待ちなさいよーベホイミちゃん!」

「誰が、新感覚癒し系魔法少女だ!」

 実は、バスに乗っているときから気付いていたし、一緒に降りてきたから、早足で撒こうとおもってたのに・・・。思わず、振り向きざまに、突っ込んでしまった・・・。私のツッコミに対する使命感が憎い・・・。

「あなた、今、気付いていて、わざと聞こえないふりをしたでしょ。ハルのくせに、生意気よ!」

「どこの、ガキ大将よ・・・。で、一体、何の御用かしら?お嬢様?」

 めいっぱい、皮肉をこめて彼女にお辞儀をしてやった。

「私、今日、この世界に来たばっかりで、いろいろと見てみたいのよ。だから、あなた、私を案内なさい」

「却下」

『取り付く島も無い』の見本のように、私は返した。

「何よ!そんなことが許されるとでも、思っているわけ!私の言うことは、聞いておいたほうが」

「却下」

「まだ、しゃべってるでしょ!最後まで聞きなさいよ!まったく!・・・もう一回、言うわよ。私を、案内なさい」

「だから、却下って言ってるでしょ!大体、何で、私があんたの世話を見なくちゃいけないのよ」

「あなた・・・そんな事を言って・・・後悔するわよ。私の言うことを聞かないと、あなたの身に、大変なことがおこるわよ!」

「一体、何が起こるっていうのよ」

 すると、彼女はその場に仰向けに寝転び、駄々をこねる子供のように、手足をジタバタさせだした。

「どこかに連れてってよぉーー。ねぇー。いーやーだーー。一緒に遊ぼうよぉーー。ねぇーー。」

 駄々をこねる子供だった。

「・・・あんたねー、そんなことしても別に、私は困らないわよ。好きなだけ、そうしてればい・い・・・。いえ、あの、何と言うか・・・この子とは関係ないというか。あぁ!指を刺さないで!違うんです!違うんです!私も、今日、始めて会ったばかりで、よく分からないというか。いえ、救急車もパトカーも要りませんから!ああ!視線が、視線が刺さるよー。ほら、ノゾミちゃん立とうねぇー。言い子だからねぇー」

 気が付くと、だんだんと、遠巻きに人垣が出来始めていた。露骨に嫌な顔をする中年女性もいて、私は、恥ずかしいやら、腹立たしいやらで、とにかく彼女を立たせようと、腕をつかんで上に引っ張った。

「イタタタタタ・・・。引っ張らないでよ!どう?案内する気になった?」

「何でよ!何で私が!」

「ねぇーー。遊んでよぉーーー」

 これは・・・恐喝だ。

 ノゾミはというと、手足をジタバタさせながらも、いたずらっ子のような、嬉しそうな目で私を見ていた。

「分かった!分かった!もう、分かったわよ!分かったから、もう止めてよ!お願いだから!」

「じゃあ、どこかに連れてってくれる?」

 仰向けのまま、手足を止めて彼女は訊いた。その顔は少女のように輝いていた。

「・・・負けたわ。しょうがないから、付き合ってあげるわよ。どこに行きたいのよ?」

 この言葉を待っていたように、彼女は飛び起きるように、立ち上がった。そして、周りを取り巻いていた人たちを追い払いだした。

「ほら!散った、散った。見世物じゃないのよ!忌々しい俗物めっ!何で、こんなに集まっているのよ!」

 彼女の、罵詈雑言に見物人も、さっさと解散していった。自分のせいで集めたくせに・・・。

「もっと早く言いなさいよ。このバカ犬!グズ犬!おかげで、服が汚れてしまったじゃない」

 自分で汚したくせに・・・理不尽だ・・・。

「で?あんたは、どこに行きたいの?」

 あんな、苔が生えるぐらい古典的な手法に屈するのは、本当に屈辱だけれど、それと同時に、効果についても、文字通り痛いほど知った私は、不本意ながら彼女の言うことを聞くことにした。

「私、カラオケというものに行ってみたい!私たちぐらいの女子はみんな行ってるんでしょ?」

 目を輝かせて、彼女は言った。私は、もっと変な要望をされるかと思っていたので、正直、肩透かしというか、ホッとした。

「みんなっていうか、まあ、大体の子は一度は行った事があるでしょうね」

 かく言う私も、嗜む程度には、行ったこともある。

「みんなが行くって事はきっと、とても楽しいところに違いないわ。ハルは行った事があるの?どこにあるのかしら?歌を歌うって聞いたから、何かのホールみたいなところなのかしら?」

「まあ、ちょっと違うけど、大体そんなものかな」

 私は、実は、カラオケというものが、そこまで楽しいとは思わない。そもそも、歌はちょっと苦手だし、レパートリーもあまり無いので、自分から行こうと思ったことは無い。誰かに誘われれば、それなりに付き合う程度だ。だから、この時、ノゾミが膨らみきった期待を、カラオケに対して持っていることを、ほとんど理解できなかった。

「そうと決まれば、善は急げよ。さあ!思う存分、案内なさい!どこに行けばカラオケはあるの?」

「そうね・・・とりあえず、駅前に行けばあるんじゃない?」

「なるほど、それじゃ駅前まで連れてって。出発よ!」

 私たちはこの辺りの一番の繁華街、東東雲(ひがししののめ)駅前を目指して、さっき降りたバス停からまたバスに乗った。停留所、およそ五個を過ぎて、バスは終点の駅前に着いた。バスを降りるとき、先にお金を払って、ステップを降りかけていた私に、

「ねえ、私の乗車賃も払ってよ。」

 と、ノゾミが言い出した。

「なんで、あんたのバス代まで、私が払わなきゃならないのよ。」

「え?だって私、お金持ってないもの。払えるわけないじゃない。」

 こんなことを、突然、平然と言ってのけるこの子の神経を疑うわ。

「ユニコーンからは、毎日の交通費と食事代しかもらってないもの。だから、払っといて。」

 それが、人に物を頼む態度か。仕方ないからノゾミの分も支払った。お金も持たずによく、あんなことが言えるものだ。

「そういうことは、もっと先に言うもので、こんなギリギリに言うものじゃないわよ。」

 つい、母親のような小言を言ってしまう。

「言ったじゃないの、連れてってって。」

 その言葉にはそんな意味もこめられていたのね・・・。

「大丈夫、ちゃんと感謝してるわよ。あなたが居てくれて良かったと思っているし、私は今、あなたにお礼を言ってもいいとさえ思っているわ。いえ、とてもお礼を言いたい気持ちなのよ。喜びなさい。ところで、カラオケはどこなの?」

 ・・・ってお礼は言わないのかよ!

「それはそうと、あんた、お金はどうするのよ?私、そんなにもってないわよ。」

「そんなことを言うと、また、困ることになるわよ。」

 そういうと、彼女はまた寝転ぼうとしだした。

「分かった、分かったから、もうそれは止めて。お金はどうにかするから、それだけは止めてちょうだい。お願いだから。」

「分かればいいのよ。それじゃお願いね。」

 いたずらっぽく微笑みながら、彼女は言った。私は、今月の残りのお小遣い全部を生贄に、『わがままお嬢様のお守り』を、攻撃表示で召喚した。

「・・・あんたみたいに、自由でいられたら楽しそうね。まぁ私には無理だろうけどね。」

 私は、精一杯強がって、こんな皮肉を言うのが関の山だった。

「何を言っているのよ。別に、難しいことでも、特別なことでもないわよ。あなたも、ただ、思い通りにすればいいのよ。」

 ・・・それが、難しいっていうのよ。

「さあ、私をカラオケに連れて行きなさい!」

 

 それから、私たちは彼女のご要望通り、カラオケに行った。私は、一時間でいいって言ったのに、彼女の強い主張(恐喝付)に負けて三時間(ドリンクバー付)になった。で、部屋に入ってから気が付いたのだけれど、ノゾミは今日、初めてこの世界に来たから、歌というものを一曲も知らなかった。それはそうだ、考えるまでも無い。それで仕方なく、やむを得ずこの三時間は、私の始めてのワンマンライブになったのだった。一人のビッグショーと言ったところか。しかし、悲しいかな、私には三時間も、もたせる力量も、豊富なレパートリーなんて無く、最後には童謡まで歌うことになってしまったのだった。何が悲しくて、二人っきりのカラオケで、童謡を歌わないといけないというのだ・・・。これはもう拷問に近い・・・。

「あー楽しかったー。さて、次は・・・。」

 ・・・楽しかったって、私しか歌ってないじゃない。

「まだ、どこか行くつもり?もう、あまりお金も無いんだけど・・・。」

「何よ、けちけちしないでよ。そうね、お腹もすいたし、ハンバーガーというものが食べてみたいわ。あっ!その前にプリクラってのも撮ってみたいっ!」

 ノゾミは本当に楽しそうだった。まあ、そんな彼女を見るのも悪くは無いかな・・・。

 近くの、プリクラ館でプリクラを撮って、きっと世界で一番有名な、Mから始まるハンバーガーショップに行った。二人、おそろいのセットを頼み、窓際の席に向かう。

「何?この店には、給仕はいないの?大体、なんで自分で食事を運ばないといけないのよ。もしかして、あなた、私を騙しているんじゃないでしょうね?」

 かなり不満そうにノゾミが言った。彼女の常識では、食事は給仕が運ぶものらしい。どこのお嬢様よ。

「こういうものなのよ。文句言わないで、自分の分は自分で運ぶ!」

 窓際の席に着くと、またノゾミが、いかがわしそうな顔で、不満を漏らしだした。

「あらっ?ナイフもフォークも付いてないわ。付け忘れかしら?」

「違うわよ。こうやって食べるの。」

 そう言って私は、わざとらしいぐらい大きな口をあけて、ハンバーガーにかぶりついて見せた。

「そんな、はしたない!本当にそんな食べ方なの?騙されないわよ。」

「本当だって。周りを見てみなさいよ。」

 私にそう言われたノゾミは、周りを見渡して、若干疑いながらも、ハンバーガーにおずおずとかぶりついた。

「・・・あらっ!おいしい!本当に(モグ)おいしい(モグ)わよ(パクッ)ハル!」

「でしょー?迷ったときはとりあえず、テリヤキにしとけば間違いないんだって。」

 本当においしそうに食べるノゾミを見ていたら、なんだか嬉しくなってきた。あっという間にテリヤキバーガーバリューセットをたいらげたノゾミは、もう一個食べたそうだったけど、そこは先立つものがないから諦めてもらった。

「あー、おいしかったー。今日は、本当に楽しいわ。もう、地球に生まれてよかったーって感じ。」

「織田裕二か、あんたは。ていうか、今日、生まれたばっかりじゃない。」

「そんな、細かいことはいいじゃないの。さて、次はどこに連れて行ってくれるの?」

「えっ?まだ、どっか行く気なの?もうお金が無いって言ってるじゃない。」

「何よ、貧乏人ね。」

 あんたが、それを言うか。

「まあ、いいわ。今日は、これぐらいにしときましょう。」

 そう言うと、彼女は周りを見ずに、勢いよく立ち上がった。

「あっ!あぶない!」

 私の忠告も間に合わず、立ち上がった彼女の肩が、下から突き上げるように、男性の肘に当たった。

「痛ってー。おい、いきなり何すんだよ!」

 彼女がぶつかった男性は、金髪、ロン毛でジャージ、キ*ィちゃんのサンダルという出で立ちの、いかにもっていう感じのヤンキーだった。こういうときに、一番、ぶつかったらいけない人種だ。

「あら、ごめんなさい。私としたことが。お怪我はありませんでしたか?」

 そうだった。ノゾミは私以外には、こういうお嬢様キャラだった。忘れてた。

「マジ、痛てぇし。お前、どうしてくれるんだよ。」

 あれ?これは、もしかして絡まれているのかな?私はとりあえず、善良そうな笑顔を作っておくことにした。

「お言葉ですが、そこまで、強くは当たっていないでしょう。私もきちんと謝りましたし、この場合は、そこまで言われる筋合いは無いかと思いますが。」

 何、言っちゃてるの!そんなこと言ったら向こうさん、もっと逆上して、

「お前、何言ってんだ?マジ意味わかんねぇんだけど。」

 ほら、こうなるでしょ。

「あなた、外国の方でしたのね。それなら、仕方ありませんね。あなたの国の言葉でお話しして差し上げますから、どちらの国からいらっしゃったか教えてくださる?」

 天然?それともわざと喧嘩売っているの?とりあえず、私は、善良そうな笑顔をキープ中。

「お前、女のくせに、マジでシャレになんねーぞ。きれいな顔だからって、調子に乗ってんじゃねーよ。」

「調子になんか乗っていませんよ。綺麗な顔というのは否定しませんが。あと、女のくせにというのはおかしくありません?私には、意味が分かりかねますわ。」

 ・・・困ったことになった。彼女はこういった事態は初めてだから(そりゃそうだ、今日、生まれたばかりだもん。)対処の仕方も知らないのだろう・・・にしても酷い。相手はもう、掴みかからん勢いだし、ノゾミは全く引く気もないみたいだし。そして、さらに悪いことに、

「おーい、高宮―。どうしたんだよ。」

 店の入り口のほうから、このヤンキーの友達と思われる、男と女の二人組が近づいてきた。男の方は、デブでボーズにライン、女の方は痛めつけるだけ痛めた髪になぜかスッピンで眉毛がない、そして、二人ともお揃いのジャージと*ティちゃんのスリッパという出で立ち。立派なヤンキーである。このキテ*スリッパというのは、ヤンキー以外に買う人はいるのだろうか?

「なにー?高宮君、ナンパー?へえー、かわいいじゃん。マジうけるー。」

「ちげぇーよ。この、東雲の女、二人にいんねんつけられててよー。どうしてやろうかと思ってたとこなんよー。」

 いやいや・・・いんねんつけてるの、そっちだし・・・。あら?今、確か二人って言わなかったっけ・・・?

「おねえちゃん達さー、こいつ、あんまり怒らせない方がいいと思うぜ。さっさと謝っときなって。それか、このあと付き合ってくれるってんなら、俺が、話つけてやるぜ。」

 デブザイルがニヤニヤしながら言ってきた。

「いや、私はこの子とは関係が無いって言うか・・・。」

「私たちは、あなた達のような人には、絶対に謝りません!」

 私の裏切りの言葉をさえぎる様に、ノゾミが一際大きく、そして力強く言い切った。その姿は、とてもカッコ良く、女の私から見ても惚れ惚れするほどたのもしかった。・・・ってこの子も今、私たちって言わなかったっけ?

「へえー、おねえさん達、言うねー。自分たちの立場わかってる?まあ、ここじゃナンだから、ちょっと場所変えようか?」

 さっきのノゾミの大声に、周りもだんだん気付きだした。それで、不良たちもあせりだしたのだろう。

「いやです。」

 きっぱりとノゾミは断った。

「いいから、ついて来いよ!」

 そう言って、ロン毛はノゾミの腕を掴もうとした。すると、ノゾミはその手をかわすように、体を一回転させて、そのままの勢いでロン毛の側頭部目掛けて後ろ回し蹴りを放った。まるで、格闘ゲームみたいにきれいな回し蹴りを食らったロン毛は、壁まで吹っ飛んでそのまま気絶し、白目までむいてしまった。私はあまりの出来事に言葉をなくしていた。ロン毛は多分、記憶を無くしているだろうけど。

「おい、お、お前、な、何やってんだよ?こいつ、白目むいてんじゃねえか。ど、どうしてくれんだよ。」

「どうするも何も、そっちから手を出してきたじゃない。その方が目を覚ましたら、伝えていただけます?今度からは、相手を良く見て喧嘩をうるようにって。」

 ロン毛に駆け寄り、顔面蒼白で強がるデブザイルに、ノゾミの決め台詞が炸裂した。女の方はもう逃げ出していた。その時、デブザイルは突然、立ち上がってロン毛を置き去りにして、出口の方へ逃げていってしまった。さすがに、それは薄情だろうと思ったのだけれど、彼がそうしたのには理由があった。

「君たち、何をやっているんだ!」

 振り返ると警官が二人、こっちにやってくるところだった。店が見かねて通報してくれたんだろう。警察っていうのは、いつも来るのが遅い。もう少し早く来てくれていれば、彼もこんなことにはならなかっただろう。しかも、この状況は非常にまずい。白目をむくヤンキーと、それを見下ろす女子高生、どうみてもこの女子高生が何らかの参考人だというのは、火を見るよりも明らかだった。さすがに、KOしたのも彼女だとは思わないだろうけど。厄介なことになったと思っていると、ノゾミが小声で聞いてきた。

「ねえ、あなたって足は速いほう?」

「まあ、普通だと思うけど・・・。何で?」

 私の答えを聞くと、彼女は二、三回、屈伸運動をした。見ると、もう目の前まで、警官の一人が近づいてきていた。

「君たち、少し、話を聞かせてもらってもいいかな?」

 優しそうな警官だった。年齢は三十代中頃かな?

「・・・ハル、逃げるわよ。」

「えっ?」

 私の返事と同時に、彼女は店の出口に向かって走り出した。私は驚いたのだけれど、とりあえず、訳も分からず彼女を追いかけた。

「ちょっと、待ちなさい。本当にただ、話を聞くだけなんだから。」

 背後から警官の呼び止める声が聞こえたが、彼女は全く止まる気配が無い。

「ごめんなさーーーーい。」

 代表して私が、警官に謝っておいた。

 

 ちゃんと、説明すればきっと分かってくれるはずだと思うのだけれど。なぜ、逃げるかは分からないが、彼女の勢いに負けて、店を飛び出し夜の街を二人でひたすら走った。人波をかきわけて、グングン進む彼女を、私は必死に追いかけた。繁華街を抜けて、少しずつ人の数も減ってきた。足が速い彼女について行くのは、この普通の私にしてみれば、それは苦行とも言える位の辛さだった。気がつくと、家の近くまで走っていたのだった。

「・・・フフ・・フフフ・・・ハハハ・・・アハハハハハ・・・。」

 あまりの疲労に、なんだか楽しくなってきた。これが、ランナーズハイか!(註 違います)

「あなた・・フフ・・なに・・笑っているのよ・・フフフフ・・・アハハハハハハ。」

 彼女も弾けるように笑い出した。

「アハハハハハハハハハハハハ。」

「アハハハハハハハハハハハハ。」

 そこには、大笑いしながら走る、二人の女子高生がいた。周りから見ればさぞ、異様な光景として見えていたことだろう。それにしても、なんだろうこの気持ち。今までに感じたことの無い感覚だった。

 さすがの完璧少女ノゾミも、スタミナ切れはあるみたいで、徐々に歩き出した。息を整えながら二人、並んで歩く。二人とも無言なんだけど、そこには何か連帯感のようなものが、目覚め始めていたように思う。しかしその時、急に彼女が立ち止まった。予想外の行動に私は前につんのめって止まる。さっきの連帯感はどこへ行った?

「ちょっ、何で、急に止まるのよ?」

「何でって、私の家に着いたのよ」

「家って言ったって、この辺って・・・」

 そう、この辺は近所でも大きな家ばかりある、お金持ちが住む場所だったのだ。

「ノゾミ、あんたってお金持ちの家の子だったのね。なるほど、それで納得したわ。だから、あんたってお嬢様キャラなのね。いや・・・ちょっと待って・・・。あんたって、私の願いの力が具現化したのよね。それが、なんで私よりいい生活してるのよ。おかしいわ。やっぱり納得できない!」

「何、言っているのよ。やっぱりあなたには飽きないわ。違うわよ、家はこっち」

 そう言って彼女が指さした方を見ると、そこには鬱そうとした森があるだけだった。・・・いや、よく見ると鳥居みたいなものが見える。どうやら、そこには廃神社があるみたいだった。それにしても酷い。鳥居風の建造物があるからかろうじて神社と分かるぐらいで、よく見なければただの藪にしか見えない。

「あんた、こんなとこに住んでんの?」

「別に、どうって事もないわよ。入り口はこんなだけど、中は意外に広いし。それに、ユニコーンが言うには、この神社には誰も寄り付かないから、勝手に住んでも問題は無いだろうってこと。」

 いや、そういう問題じゃなくて。

「あんた、大丈夫なの?」

「平気よ。なんてこと無いわ。ああ、もちろんいずれは改善してくれるようにユニコーンに頼んでいるわよ」

 そうか、だから、さっき逃げたのか。警官には必ず訊かれるもんね。現住所と保護者。

「そんなに心配してくれなくても大丈夫よ。まあ、あなたが私の身を心配して、食事ものどを通らず、夜も眠れないというならそれは同情するけれど。ただ、そこまで、思われるとさすがに重過ぎるわね。」

 ・・・少しでも、彼女の身の上を案じた私を叱ってやりたい。

「それにしても、今日は本当に楽しかったわ。また、遊びましょうね。それじゃ、また明日」

 私の返事も聞かないで、彼女は藪のような元神社、というより元神社の藪へと消えていった。私は、そんな彼女の後姿を見送ってから、家へと歩き出した。彼女の住む神社は、私の家から歩いて十分、走れば二、三分といった所だろうか。今まで、あんなところに神社があったことなんか知らなかった。今日は、彼女に振り回されて、本当にクタクタだ。しかし、帰っていく私は、何かこうムズムズというか、フカフカというか、なんともおさまりの悪い気持ちを抱えていた。

「また、明日・・・か・・・」

 口に出すと、なんとなく恥ずかしくて、にやけてきた。明日・・・何だか楽しみなような、怖いような・・・。

 

 つづく

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