8、砕け散る青い残像
大公国軍は、この束の間の静けさを利用して防御線を補強しようと試みたが、彼らの人員と物資は限界に達していた。
前線からの報告を聞いた大公国の総司令官フリーデリケ公女は、戦線の向こう側に並ぶ帝国の攻城兵器群を想像し、死の鐘の音を聴いていた。彼女は帝国軍勤務時代にコイヌール公爵と一緒の戦役に参加したことがあった。友軍として心強かったが、敵となれば一筋縄ではいかないことを熟知していた。大公国の兵士たちは愛する者たちを守るために何ができるだろうか。
コイヌール公爵による帝国軍の再編と増強は皇帝の強力な後援を受けていた。それは差し迫った破滅を大公国に告げている。戦争は第二段階へと移行しようとしていた。
三四〇年二月。 一人の老女の祈りを置き去りにしたまま、コイヌール公爵は右手を振り下ろした。鋼の帝国軍が、大公国の防衛線に向かって、音を立てて進撃を開始した。
「壊せ」
短い合図。 一斉に投石機の綱が解かれ、重い腕が空を跳ねた。 放たれた弾丸は、城壁にぶつかると同時に、爆発する。石が砕け、土が舞い上がる。美しい浮彫が施されていたはずの胸壁が、粉々になって崩れ落ちていった。
「次を準備しろ」
公爵は、土埃の混じった冷たく乾いた臭いを吸い込んだ。視界がわずかに滲む。頬に伝うものがあったが、彼はそれを拭わなかった。舞い上がった粉が目に入っただけだと自分に言い聞かせた。
次弾が命中し、城砦の主塔がゆっくりと傾ぎ、自重に耐えかねて崩落する。壮麗な歴史も、込められた祈りも、積み上げられた騎士道も、すべてが塵に帰っていく。
公爵は、美しい城壁が壊されていくのに嗜虐的な喜びを感じていた。永遠に美しいものなどないのだと世界に知らしめたかった。
公爵の副官のフェデリコは、崩壊する城壁を眺める公爵の横顔を見詰めている。
「閣下は、まるで自分の大切な何かを一緒に粉砕しているような顔をされている」
フェデリコは、そう戦慄した。
城壁の破片が雪の上に飛び散り、泥と混ざって黒ずんでいく。城壁が崩落する轟音は、かつて酒器の中で氷が立てた小さな音に似ていた。彼は無意識に自分の指先をさすった。そこにはもう、ヴィオレッタがくれた熱はなかった。
城壁を壊す音だけが、ヴィオレッタの下卑た笑い声をかき消してくれた。




