6、フリーデリケ・ラインへ
フリーデリケ・ラインに迫る前線司令部。大公国を守る鉄壁の城砦群。未完成とは言え、無敵をうたわれた帝国騎士団を何度も退けた。古い城砦をつなぎ合わせ急造で整備されたとはいえ、機能的で美しかった。
その司令部の天幕の中は、湿った革と、鉄錆の匂いが混じり合っていた。 運び込まれた地図の端が、泥で汚れている。コイヌール公爵は、運び込まれたばかりの新型投石機のリストに目を通した。数は以前の三倍。魔法で粉塵爆発を起こす、特製の弾丸の記述を指でなぞる。
「……これを、この間隔で並べろ」
低く、響かない声だった。公爵は、机の脇に置かれたデキャンタからゴブレットにワインを注いだ。氷は入っていない。ぬるい酒が喉を通るたび、奥のほうが小さく鳴った。
攻城兵器担当の者たちが、雪の混じった泥を掘り起こし、巨大な鉄製の杭を打ち込んでいく。金属同士がぶつかる高い音が、曇天の空に吸い込まれていった。大公国の城壁の向こう側では、まだ小さな鐘の音が聞こえていたが、それも次第に、帝国の輓馬が引く重い車輪の音にかき消された。
後方から、十万の軍勢がたてる足音が、地響きとなって伝わってくる。誰かが注文した酒の銘柄を言い合い、誰かが故郷の親への手紙を書き、誰かが寒さで指を切り落とす。そんな無数の個の体温が、シモーヌの敷いた戦術の図面の上で、冷たい数字へと置き換えられていった。
「閣下、東部からの騎士団、到着しました。それと、あの……南部の予備兵力ですが、装備が少し。夏物のままの連中もいまして」
副官フェデリコの報告は公爵の耳には届いていない。彼は、手袋を脱ぎ、自分の右手のひらで自分の頬を撫でた。少しだけ、皮膚が乾燥している。彼はその手を一度強く握り、再び手袋の中に押し込んだ。




