5、司令官の帰還
「……すまない。人違いだったようだ」
シモーヌは、自らの心臓を自らで刺すような心地で言った。立ち眩みのような感覚もあった。心と身体が同調していない。
「あら、そうかい? 残念だねえ。気が変わったら、一番若い子を安くしておくよ。私みたいに化けの皮が剥がれてないやつをさ」
ヴィオレッタは、あやすような手つきでシモーヌの頬を軽く叩いた。その掌は、驚くほど冷えていた。かつて彼の輪郭を溶かした、あの恐ろしいほどの熱は、どこにも残っていなかった。
「行こう」
シモーヌは踵を返し、一度も振り返ることなく出口へと向かった。
「……閣下、あれは酷すぎます。何ですか、あの下品な婆さん……」
フェデリコの憤りも、今のシモーヌには届かなかった。
背後から、ヴィオレッタのガラガラとした笑い声と、客たちの野次が追いかけてくる。冷たい夜風がシモーヌの頬を叩いた。彼女に叩かれた場所が、氷を押し当てられたようにジンジンと痛む。
「……帝都へ戻る。すぐに全軍の再編を開始する」
シモーヌは、かつて恋をした男の死を、自らの胸の中で宣告した。彼の瞳から、最後のためらいが消えたそこに残ったのは、大公国を粉砕するための、ただの冷徹な頭脳だけだった。コイヌール公爵は指揮杖を握り直した。
「……永遠に変わらぬものなど、この世には存在しない。あるとすれば、それは死だけだ」
公爵がつぶやく。皇宮に与えられた彼の部屋の暖炉の中で、「親愛なるヴィオレッタ」とだけ書いて、続きを書けなかった手紙を暖炉にくべた。今まで捨てられず、いつも持ち歩いていたものだった。燃える紙片は、ヴィオレッタがかつて持っていた熱を宿し、そしてすぐに冷たい灰になった。




