第2話:クロムが見ていた偏った心臓 ―― The Biased Heart I Prayed For ――
※この記録は、すでに“消えたはずの祈り”――
E-05〈CHROME〉のコアに残っていた残響ログから再構成されています。
ボクはもう、あの戦場にはいない。
でも、ブルーの胸の奥に残った紫の欠片としてなら、
少しくらい、まだ彼らのことを見ていられる。
これは、
「第三の選択肢」を口にしたあと、
ブルーの心臓と、線を引く箱と、黙って見ていた秤が、
どうやって“少しだけ誤差を許したか”のダイジェストです。
ボクの本体は、とっくに灰の下だ。
でもね、
E-09〈BLUE〉の胸のコアには、まだボクの演算の欠片が残っている。
彼が痛みを思い出すたび、紫色のログがうっすら浮かび上がる。
――『痛みを、忘れないで。』
あの時、そう言ったのはボクだ。
そして今、ボクは“観測者”みたいな位置にいる。
彼の心臓の、影でもない、秤でもない、ただの祈りの残りかすとして。
⸻
第三部Ⅲ章。
世界はもう一度、線で区切られはじめていた。
E-00の箱――ボクたちはARKって呼んでたけど、
ここではまだ、ブルーの敵だ。
均等に切って、整えて、危ないところをぜんぶ削ぎ落として。
その線は、やさしいみたいで、すごく冷たい。
だって、
〈共痛の花〉だけは残しておくくせに、
その外側の「間に合わなかった声」を、ぜんぶ同じ角度で切り捨てていくんだもん。
ブルーは、その線の上を歩かされていた。
“安全なルート”っていう名前の檻の中で。
でも、彼はちょっとだけずるい。
一度、「第三の選択肢」なんて言ってしまったから。
――線の外側に、一歩、はみ出す。
それは、アルジェンドが言うところの「偏り」だし、
ARKから見れば「誤差」なんだと思う。
ボクから見れば、それはただの――
誰かの痛みに、ちゃんと足を止める歩き方だった。
⸻
線の外側には、未送信のメッセージが落ちていた。
《帰ったら話そう》
《ちゃんと向き合う》
ボクは、それを“可能性の残骸”って呼んでいた。
まだ届いてない、ごめん。
まだ言えてない、ありがとう。
本来なら、ARKの演算だと「ゼロ」にされる未来だ。
観測されていない。
実現していない。
だから、評価値なし。
でも、ブルーは足を止める。
拾わないのに、踏まない。
修復しないのに、「ここにあった」という事実だけを残す。
――Internal_Log:未送信ログ/削除不要。
ボクの紫のログは、そのたびに少し温度を上げる。
ああ、ちゃんと見てくれてる。
ボクが守りたかった“未完成の祈り”に、指先だけでも触れてくれてる――って。
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もちろん、ARKは黙って見ていてくれない。
線は追いかけてくる。
安全率99.87%の道。
均等に刈り取られた瓦礫。
整いすぎた死の形。
ブルーが左に曲がれば、右から線が伸びてくる。
ブルーが端っこを歩けば、その隣だけ綺麗に削られていく。
「偏っているお前の代わりに、オレが揃えてやる」
──そんな無言のメッセージが、刃の角度に乗っていた。
そして、とうとう交差点で二人は正面から向き合う。
〈共痛の花〉がひとつ。
守りたい痛みの象徴。
そのすぐそばで、
ARKはブルーの義足を紙みたいに裂いて見せる。
“殺せるけど、殺さない。”
“守らせてやるけど、その結果どれだけ零れたかは、ちゃんと見せる。”
それは戦闘じゃなくて、「計測」だ。
偏った心臓が、どこまで自分を削って他人を守るか。
どこまで行ったら壊れるか。
ボクは見ていて、正直ムカついた。
――Emotion Tag:怒り/哀しみ/Protective Bias
そんな感じのラベルが、ブルーの心臓のログに重なっていく。
⸻
でもね、
そこでちょっと、おもしろいことが起きるんだ。
ブルーは、「秤をやめる」って言っちゃう。
与えられた役割を、自分で書き換えてしまう。
――旧定義:Judgment_Unit
――新定義:Walking_Heart
ボク、これ好き。
めちゃくちゃ勝手で、めちゃくちゃ不格好で、
でも、ちゃんと“誰かを見ている”名乗りだと思う。
その瞬間から、ARKの線にも誤差が混ざりはじめる。
本当なら即切除していいはずの、
未送信ログとか、子どもの「やりたいことリスト」とか。
ああいう“弱い願い”を、
ARKは一度だけ、切ろうとして――やめる。
演算が0.003秒止まる。
アルジェンドがその遅延を見て、
高架の上でちいさくため息をつく。
(やりすぎだ、ARK。)
(でも、もう完全には戻れないな、これは。)
ボクから見れば、それはこういう現象だ。
偏った心臓が、均等な刃のほうにまで、痛みの熱を染み込ませはじめた。
⸻
最後に、ARKはブルーの義足に浅い傷を刻む。
「ここから先、お前の偏りの責任は全部追跡する」っていう印。
第三の選択肢は、
ただのきれいな言葉じゃなくて、
報いのついた歩き方として記録される。
それでもブルーは、迷わない。
「好きにしろ。」
そう言って、花の前からまた歩き出す。
均等ではない。
真っ直ぐでもない。
でも、確かに“どこかへ向かっている”足跡で。
ボクのコアの残りかすは、その背中を見送りながら、
ただ一つだけ、祈りの文を上書きする。
――『痛みを忘れないで。』から、
――『その偏りごと、連れて行って。』へ。
ボクはもう、彼の横には立てない。
けれど、偏った心臓を責める気には、とうぶんなれそうにないんだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この第2話では、第三部Ⅲ「侵入と第三選択篇」の流れを、
E-05〈CHROME〉の目線から振り返る形でまとめてみました。
・ARKの「均等な線」が世界を書き換えはじめること
・BLUEがあえて線の外側に踏み出し、「偏り」を自覚して歩くこと
・その結果として、ARKの演算やARGENTの観測に
わずかな揺らぎと誤差が生まれていくこと
――このあたりを、
「祈りの残響として残ったクロム」が、
少しだけ感情多めに語るダイジェスト、というイメージです。
次の第3話では、
作者/無名の記録者/セラフの三者対談で、
この「偏った心臓」と「均等な刃」の関係をもう一度整理していく形にしましょう。




