名前
「ふぅ勝った」
ため息つき自身の牢屋へ戻ったカリュゲドゥスは暗い天井を見上げた。
「オラ入れ。 敗北者が!!」
怒号が聞こえて廊下を覗いて見るとボロゥが自身と同じくボロボロ布を纏いながら衛兵に鉄製の手錠をかけられていてトボトボと歩きカリュゲドゥスの入っている牢屋の扉が開きボロゥが放り込まれた。
「くっ、お、俺は負けてねぇ負けてねぇんだ!! ごベェ」
「うるせぇんだよ。 剣奴風情が大人しくしろ!」
ボロゥが看守に掴み掛かろうとするが看守が持っていた木の棒でボロゥの顔面に打ち込まれボロゥは無様に吹き飛びながらボロゥは牢屋にぶち込まれた。
「大人しくしているんだなクズどもが」
衛兵がそう吐き捨てながら牢屋を去って行った。
「互いに運がないな。 戦士ボロゥ」
なんと声を掛けていいかカリュゲドゥスには分からず気安い口調でボロゥに声を掛けた。
「ああ? うるせなぁ黙れよクソが。 うん? お前っ。 俺を負かしやがったガキじゃねーか!」
ボロゥは声を掛けたのがカリュゲドゥスだと分かり驚きを隠せないようだった。
「なんで試合に負けたお前が我の牢屋に放り込まれた?」
カリュゲドゥスは腕を組んで首を傾げながらボロゥを見る。
「我? 戦士? お前何者だ? 本当にガキかよ気持ち悪りぃ」
ボロゥはカリュゲドゥスを殴ろうとしたが見た目が子供のくせして老獪な喋り方をするカリュゲドゥスが気持ち悪いのか、しかめっつらをしながら振り上げた拳を下ろしそのまま胡座かいて腕を組んでカリュゲドゥスを見下ろしていた。
「我と言うのはおかしいか? 前世は魔王だったのでどうしても我と言ってしまうのだ。 すまぬな」
ふと疑問から自身の一人称がおかしいのかどうかを客観的に知るべく目の前にいるボロゥに対してカリュゲドゥスは質問をしてみた。
「前世が魔王? ふざけんのかよお前」
子供が悪ふざけをしているとでも思ったのかボロゥの顔はどんどん不機嫌になていく仕方ないので自身の持っている情報をもう少し出してみることにした。
「いいかボロゥ。 我の名は奴隷番号六十二番ではない遠雷の魔王カリュゲドゥスなのだ。 勇者セルト一行に討ち滅ぼされし我が生まれ変わったのが今の我だ」
堂々とボロゥに宣言し、カリュゲドゥスはボロゥの顔を見たがその顔は笑いを堪えている顔であった。
「あははははは。 頭おかしいんじゃねーのかお前? 自分が遠雷の魔王カリュゲドゥス? 五百前に死んだ奴が今は剣奴のガキになっているってか? 頭おかしいぜお前ははははっ」
どうやらカリュゲドゥスを自称するのは五百年経った現代では頭のおかしいジョークのように現代の人間達は受け取るのだとカリュゲドゥスは理解した。
「これでは女神アルミアに会ったと話してもさらに頭がおかしいと言われそうだな」
「あっ? 何か言ったか? お前ははははははっ」
「いやなんでもない」
ポツリと呟いたカリュゲドゥスの独り言は笑っていてボロゥは聞いていなかったようだ。
「これでは今まで通り我と言うのはダメなような気がするな。 今は一人称を俺と言うようにしよう」
カリュゲドゥスはこれからも魔王時代の口調で喋れば人間達の認識では魔王を自称する頭のおかしい奴という認識が出来上がるというとこを理解して勇者セルトにあやかり俺という喋り方をし、勇者セルトがいいそうな言葉を考えて喋ってみる事にカリュゲドゥスは心に決めた。
「ああ悪かったな。 ボロゥあれは俺の考えた軽いジョークだよ。 ふざけてごめんな」
カリュゲドゥスが勇者セルトを真似て人に好かれそうな口調でボロゥに試しに話してみる。
「うお。 急に口調変わったな? お前本当に何者なんだよ。 まぁいいや丁度聞きたかったんだよ。
お前さっき遠雷の魔王カリュゲドゥスなんて自称してたがお前の名前なんなんだ?」
「名前? 俺のか?」
「ああそうだお前の名前を聞かせてくれや。 テメェに負けてむかついちゃいたが実際に話してみると気さくでいいガキじゃねーか」
「おお。 すごい」
どうやら勇者セルトの喋り方をするとさっきまで心荒れていた大男心を掴んで離さない上に相手の方から自身の名前を聞かれるという奇跡のような話術展開にカリュゲドゥスは感動を覚えていた。
「これが勇者の会話術!!」
「うん? 何感動してんだお前? 早く名前教えろよ 気になるじゃねーか」
勇者の会話術を感動している場合ではないとカリュゲドゥスは悟った。
「お、おう。 分かってる。分かってるよ!? 俺の名前、名前かぁ」
「うん? お前名前ないのか?」
「いやある。 あるぜ!? ちゃーんと母から貰った名前が!!」
実際に剣奴で魔王であるカリュゲドゥスに母親も名付け親などもいないが意地を張ってしまった事にカリュゲドゥスは後悔をした。
すると脳内にある記憶が蘇る。
『はぁ。 全く困った魔王ですよ貴方は、ですがこれだけは言っておきますよ。 良き人生を送ってくださいね? カリュゲドゥス・ロウツさん?』
それは魔王である自分を人へ生まれ変わるのを見送ってくれた慈愛の女神の声だった。
全く粋な事をしてくれると内心でカリュゲドゥスは笑う。
あの心優しい女神は魔王であった自分さえも人として生きるのならばいい人生へと導こうとするお人よし女神なのだ。
しかし人間になってもカリュゲドゥスを名乗れというのは彼女なりの意地悪なのかもしれないとカリュゲドゥスは思った。
「ふっ。 あいつめ」
「なんだよ急に黙って笑いやがって!! 早言えよ!!」
流石に焦ったくなって来たのかボロゥ立ち上がってカリュゲドゥスの肩を掴んで揺らす。
「まぁ待ってくれボロゥ。 今言ってやるから」
「おうなんだ!? お前の名前!!」
「カリュゲドゥス・ロウツだ。 気軽にカリューって呼んでくれよ」
見送ってくれた女神に恥じぬよう堂々と魔王カリュゲドゥス改めて、カリュゲドゥス・ロウツは人間としての名前をボロゥに名乗った。