女神と邂逅する
「うん?」
目が覚めてみると辺り真っ白な世界に魔王カリュゲドゥスは立っていた。
「ここはどこだ? 我は死んだのか?」
百年以上を生きる魔王カリュゲドゥスといえど目の前に広がる景色の正体が分からず首を傾げた。
すると声が聞こえた。
「やっと来ましたか。遠雷の魔王カリュゲドゥス」
背後を振り返ってみると、白い髪に琥珀の瞳を持つ麗しい女性が立っていた。
「ふむ。 白き髪に真実を映す琥珀の瞳 ……女神アルミアか魔法使いリーリフの望みを叶えに来たのか?」
目の前の女性の正体を看破し、カリュゲドゥスは腕を組み鋭い眼光を細めた。
「……なんで暗殺されて死んだのにそんな堂々としているのですか」
「暗殺?」
そんな堂々とした態度に呆れたアルミアはため息をついて指を振るってティータイムセットを呼び出して椅子に座り紅茶を飲み始めた。
「まぁ話は美味しいティータイムでもしながらお話しましょう。 貴方も椅子に座ってください美味しい紅茶ですよ?」
ティーカップを持ちながらアルミアはウィンクをしてカリュゲドゥスをティータイムに誘って来たのでカリュゲドゥスは言われるまま白い椅子に座り目の前に座るアルミアルを見つめた。
「ふむでは好意に甘えよう。 気になる話をしていたしな」
「さて魔王カリュゲドゥス勇者に倒された気分はどうですか?」
腕を組み前屈みに魔王を見つめる女神の顔は蠱惑的ながらもどこか恋人との会話を楽しむ乙女の顔をしていた。
「そんなに自分が惚れた勇者が我を倒した事が嬉しいか?」
「ええ。 聖女に神託を託し、そして勇者が貴方を倒すと決意をして討伐した事はわたしにとってはなによりもの幸せです」
腰に手を当ててアルミアルは胸を張りふふんと鼻を鳴らした。
どうやらそれだけカリュゲドゥスが倒された事を大いに喜んでいるらしい。
「だが解せぬな。 何故我を、お前の神域に呼び出した?」
惚気話を延々と聞かれるのも胸が甘くなるのでカリュゲドゥスは早々と疑問をアルミアに問いた。
「あっ、そうでしたね。 コホン。 遠雷の魔王カリュゲドゥス貴方のやった所業は決して許されぬ事ですだからこそ女神アルミアの名において貴方に罰を与えます」
赤面しながらも咳をひとつして、アルミアは息を整えて真面目な表情で魔王の顔を見据えた。
「して、その罰とはなんだアルミアよ」
カリュゲドゥスは目の前に出された茶を飲みティーカップに映る自身の顔を見ながらアルミアの次の言葉を待った。
「貴方には人間となって生まれ変わり人を助けるために生きるのです」
「なんだその程度の事か。 我はリーリフが言ったように永遠と我の魂を責め立てるのかと思ったぞ」
「そんな事ってなんですか。 そんな事とは!?」
カリュゲドゥスの言葉が癪に触ったのか女神アルミアルは激昂してテーブルを叩いて立ち上がりカリュゲドゥスの胸ぐらを掴んで泣き叫んだ。
「貴方は人々の日常と平穏を今まで奪ってきたのですよ! 貴方には罪悪感というものはないのですか!?」
「……すまない謝罪をしよう女神アルミアよ慈悲深き女神よ。 我がすまなかった、我は魔法使いリーリフの約束故我はずっと生まれ変わる事はないと思っていた。 だからからこそお前の口から人に生まれ変われという発言が出てくるとは思わずに驚いているのだ。心から謝罪する。 心からだすまない」
冷や汗を流し、苦痛に喘ぎながらもカリュゲドゥスはテーブル女神アルミアルに心からの謝罪を述べた。
カリュゲドゥスは不死身の肉体を失い原初の魂が女神アルミアルの神域に仮初の体を作り上げている。
女神アルミアルの許しによって仮初の肉体を得ているカリュゲドゥスは神域の主たるアルミアから攻撃を受ければ魂に想像絶する痛みが走るのだ。
「ふぅ。 わたしもすみません思わず我を失い貴方に暴力を働いた事を謝罪をします。 誇り高き魔王よ」
肩で息をし、目を瞑り心を落ち着かせながらアルミアも謝罪を述べた。
「いや、構わぬ。 我は既に勇者セルトに敗れた身そして魔法使いリーリフの望みは地獄の苦痛を我に与えられる事。 ならばこのような痛み暴力にも罰にもならぬわ。 女神アルミアよ」
胸を押さえ、苦痛に顔を歪ませながらも堂々とカリュゲドゥスはアルミアの謝罪を受け取った。
「本当に高潔な武人の様な人ですね。 貴方は。 そんな貴方の最後が身内の暗殺によって奪われるなんて不憫でなりません」
「暗殺? 不憫? 意味が分からぬが、別に構わぬ 我は既に勇者セルトによって満足いく戦いが出来たのだ。 それが魔王としての我の最後よ」
第三者からの受けた屈辱を記憶の彼方へ葬り去り、カリュゲドゥスは屈辱よりも勇者セルトと戦った誇りを自身の感情として選んだ。
確かに第三者の介入でカリュゲドゥスは死んだ。
だがそれを認めてしまえば勇者セルトの奮闘に対して泥を塗るのはカリュゲドゥスだ。
だからこそカリュゲドゥスが不憫と思われる事なんて何もないのだ。
ティーカップの中に残るお茶を全て飲み干しながらアルミアに対して堂々とカリュゲドゥスは己の魔王としての人生に何も後悔はないのだと宣言する。
「しかしまぁ生まれ変わってさっきまで戦っていた勇者達の顔を忘れる事だけは辛いな」
「分かりましたカリュゲドゥス。 聖女マリースの祈りに免じて貴方の魔王として生きたその記憶だけは奪わないであげましょう。 その代わりわたしは貴方になんの祝福は与えはしませんそれで良いですか?」
ポツリとそんな事を言ってカリュゲドゥスが俯くとそんなカリュゲドゥスを見て何か思ったのかアルミアルは毅然とした態度でカリュゲドゥスに言葉を告げる。
「感謝をする慈愛の女神アルミアよ。 この魔王カリュゲドゥス一生の幸運である。 心より感謝を申し上げる」
カリュゲドゥスは椅子から立ち上がりアルミアの前で頭を垂れて感謝を表した。
「はぁ。 マリースに感謝して下さいね? 貴方を倒した後すぐにわたしに交信してきて貴方をどうか赦してくれと頼んできたんですから」
どうやら自身が選んだ聖女に頼み込まれその慈愛と赦しによってカリュゲドゥスの望みは叶えられたようだ。
「そうかそれは聖女マリースに感謝をしなければならないな。ありがとう恩に着ると伝えてくれ」
「はい分かりました。 貴方の言葉をしっかりとマリースに伝えておきますね? はぁ 全く困った魔王ですよ貴方は、ですがこれだけは言っておきますよ。 良き人生を送ってくださいね? ーーさん?」
「分かった。 では罰を受けよう女神アルミアよ」
ウィンクをしながら言うアルミアの最後の言葉はカリュゲドゥスには全く聞こえなかったがおそらく生まれ変わった時の自身の名前なのだろうとなんとなく察し、カリュゲドゥスは椅子から立ち上がってもう一度アルミアに頭を下げた。
「さらばだ。 慈悲深き女神よ」
「ええ。 よき人生を」
カリュゲドゥスは白い世界を歩き始めた。
自身の魂がどんな人間になるのかも分からぬままに彷徨い歩き続けた。