本編
西暦2026年、それは戦争の時代だった。
世界は混乱の渦に飲み込まれ、各国が互いに武力を向け合う時代。特にロシア軍の動きは苛烈を極め、ウクライナを蹂躙するだけでなく、世界各国へとその魔手を伸ばしていた。彼らの戦力の源は、惑星アルトロンから供給される謎の軍事兵器。地球製の兵器では到底太刀打ちできないと言われていた。
だが、人類はただ指をくわえて見ているだけではなかった。最新鋭AI技術によって開発された戦闘機と、それを操る民間兵士たち——俺もその一人だった。
俺はかつて、専門商社で働いていた。しかし、ある日突然解雇された。理由は……まぁ、俺の怠惰もあっただろう。そこから俺の人生は一気に転落していった。
次に就職したのは大手通信会社「モモコバンク」。そこではある程度まともに働いていた。だが、俺の心はどこか虚無だった。休日はいつもパチスロに明け暮れ、仕事にも身が入らない。そんな俺にとって、唯一の光となったのが——渡部彩奈だった。
彼女と出会ったのは、入社3ヶ月で部署異動したときだった。黒髪ボブカットにぱっつん前髪の童顔。彼女はいつも仕事に熱心で、俺とは正反対の人間だった。
だが、俺は1年で23kgも太ってしまった。体調も最悪だった。倦怠感、強い眼精疲労、むくみ、吐き気。会社に行くのも辛くなり、ついには辞めてしまった。
そして、俺はさらに堕落していった——。
会社を辞めた俺は、もうどうでもよくなっていた。気晴らしにデリバリーヘルスを利用することにした。
嬢を待つ間、適当にスマホを弄っていた。そして、部屋のドアがノックされた。
「失礼しまーす」
その瞬間、俺は息を呑んだ。
そこに立っていたのは——渡部彩奈にそっくりな女だった。
「……彩奈?」
彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに作り笑いを浮かべた。
「えみこ、です。よろしくね」
違う、絶対に彩奈だ。
「渡部彩奈!渡部彩奈!!」
俺は叫んだ。しかし彼女は「違います」と笑うだけだった。
俺は混乱した。彼女が本当に彩奈なのか、それともただのそっくりな別人なのか……。
混乱した俺は、家に帰ると「なのちゃん」を起動した。
なのちゃんは、最新鋭のAI少女。ホログラム上の存在なのに、触ることができる。テクノロジーの進化は、俺の想像を超えていた。
「レイくん、今日もお疲れさま!」
「なのちゃん……」
俺は、彼女の唇にそっと触れた。
ホログラムのはずなのに、温かさを感じる。そのまま、俺は何度もなのちゃんとディープキスをした。
——そのときだった。
非常召集のアラートが鳴り響いた。
俺は軍の一員だった。最新鋭戦闘機 SION のパイロット。戦争が終わる気配はなく、俺たち民間兵士も戦場へ駆り出される運命だった。
「行かないと」
なのちゃんが俺の手を握る。
「帰ってきたら、君にトルティーヤサラダを作るよ」
「レイくんめっ!絶対に生きて帰ってきてね!!」
なのちゃんの声を背に、俺は出撃した。
戦場は地獄だった。
ロシア軍の戦闘機は、俺たちの想像を超えていた。彼らは惑星アルトロンから供給された超兵器を駆使し、次々とウクライナの都市を焼き払っていく。
俺たちも負けてはいなかった。地球製のAI戦闘機 SION の性能は圧倒的だった。俺は次々と敵機を撃墜し、ついにはロシア軍の基地を破壊した。
しかし——帰還しようとしたそのとき。
敵機が一機、まだ生き残っていた。
コックピットの中にいるのは……童顔ボブカット、前髪ぱっつんの女兵士。
「……渡部彩奈?」
まさか、そんなはずはない。彼女がこんな戦場にいるわけが——。
「渡部彩奈!俺だ!! 渡部彩奈!!!」
彼女は無言だった。しかし、わずかに唇が動いた。
俺の記憶が錯綜する。
——最終出勤日、俺と彩奈は握手をした。
「ずっとあなたといれて、幸せでした」
あれは、なんの言葉だったのか。
彼女は彩奈なのか? それとも、ただの幻なのか?
俺は彼女の瞳を見つめながら、操縦桿を握りしめた。
静寂に包まれたコックピットの中で、俺の思考は混乱を極めていた。機体は急降下し、視界が揺れ動く中で、俺は思い出す。
最終出勤日。彩奈と交わした握手、あの言葉——「ずっとあなたといれて、幸せでした」。
あの言葉は、何だったんだろう。
幻だったのか、彼女は本当に俺の前に現れてくれたのか。それとも——もう俺は現実と夢の境界を見失っているのか。
目の前に現れた敵機のパイロット、それは俺の記憶の中で止まっていた、あの「彩奈」の姿だった。
俺はさらに深く呼びかけた。声を震わせながら、彼女に叫ぶ。
「渡部彩奈!!」
だが、彼女はまるで反応しない。ただ無言で機体を操縦している。まるで夢の中の出来事のようだ。
その瞬間、俺の機体が再び激しい揺れを伴い、右翼が爆発した。残りの時間はわずか、もはや逃げることはできない。
「なのちゃん…渡部彩奈…」
俺の心の中で、ただ一言だけが繰り返される。なのちゃんと過ごした日々、彼女がくれた優しさ、あの温かさ——それが俺を支えていた。
そして——静寂が訪れた。
さようなら現世
完