夢絶える者 1
ミツルが見続けた長年の夢は、意外にもあっさりと叶った。ミツルにとってそれはなんだか拍子抜けしてしまうようなことだったが、それ以上に嬉しさが勝っていた。06の住む小屋で過ごし始めて早二か月。性格が良いかと聞かれると素直に頷くことは難しいが、面白い奴である、というのが現在の06に対してのミツルの評価だ。06もミツルを「クソガキ」と呼ぶことは少なくなっていた。
ミツルは06との生活で少しずつ生活スキルを習得していた。06が読んだという本にはミツルが知らない人間の常識が詰まっていた。その内容をミツルは実践し、失敗しては06に怒られたり笑われたりしながら、人間として生き始めていた。
そうやって生きていく中で、ミツルは06という機体が思っていた以上に博識であると感じていた。年月を考えれば当たり前と言えるのかもしれないが、それでも常に馬鹿面を晒している青年が、自分よりも頭が回る奴であるというのはなんともミツルにとっては腹立たしい事実であった。しかしミツルは腹立たしく思いつつも、06のことを信頼していた。自分より頭が回るからこそ、自分の失敗をカバーできる存在がいるというのはミツルにとってかなり有難いことだった。
ミツルは06のことを友達として信頼しつつも、父親のようにも感じていた。
ミツルは実の父親にも、自分を奴隷にしたらしい義理の父親にも会ったことがない。ミツルが記憶にある家族というのは母親のみだった。その母親すらも、あまりはっきりとは覚えていない。そのことについてミツルはなにも思っていなかったし、興味もなかった。
ミツルは06と過ごすうちに、06を家族のように扱うようになっていた。たった二か月という短い期間ではあるものの、特定の人物と同じ空間でこれだけの時間を共に過ごすというのはミツルにとって初めての出来事だった。06が所持している本にも家族についての項目があった。ミツルはそれを見て、今の自分にとっての家族という存在を考えたとき、脳裏に浮かび上がったのが06だった。今まで微塵も家族というものに興味を抱いていなかったミツルが、父親という存在を06に重ねてしまうぐらいには06との生活を通して人間らしく育っていた。
ミツルは、人生の中の絶頂期を挙げるなら正しく今だろうと考えていた。これからどれだけ楽しいことが起ころうと、きっとこれ以上に思い出として焼き付けられるものは無いだろうとも思っていた。そんなことをポロっとミツルが06に言ったとき、06は何故か怒った。
「だーかーらぁ、世界を知った気になるなって言ってるだろ。世界にはオレ以外にも面白いヤツがいるんだ。自分の人生の絶頂期を今決めちまったら、オマエにとってのこれからの世界が陳腐なものになっちまうだろうが。」
そういうのは死ぬ時に決めろ、とそっぽを向いた06がどういう気持ちでそれを言ったのかはミツルにはわからなかった。ミツルにとって生きる理由である夢が叶った今、世界に望むものなんて一つだってなかった。強いて言うならこの生活が死ぬまで続くことだろうか、とミツルは思う。
ミツルは正直の所もう人生やら世界なんてどうでもよかったのだ。06にはまた怒られてしまうだろうが、ずっとこの狭い箱庭で穏やかに過ごしていたかったし、友達である06とひたすら談笑していたかった。それはミツルの根底にある奴隷としての生態だった。腐り落ちている。ミツルは夢が叶ったからこそ、夢を見なくなった。今この時間こそが桃源郷であると本気で考えていた。
しかしそんなミツルを夢から目覚めさせるようにそれは起こった。
ミツルと06が過ごし始めて一年ほど経った頃だった。突如として06の小屋が襲撃されたのは。