少年は夢を見る 7
「やっぱりキミはなんでもないことで人を不安にさせるのが得意らしい。」
ミツルは06を睨む。しかしその視線には安堵の感情が含まれていた。
「だってそうだろ。オマエ、見た目の割に妙に達観したこと言いやがるもんだから、世間を知った気になった14ぐらいのおこちゃまだと思ってたんだよ…まさか10歳とは。」
本気で驚いたのだろう、06の声からは動揺が感じられた。
「達観…ね。そんな気はないんだけど。」
「少なくともオレからすればオマエは碌に世間を知らないクセにイキってるガキに見えたぜ。」
「…わざと悪意のある言い方してない?」
「気のせいだろ。」
口笛を吹き始める06にミツルは冷たい視線を送る。
「…ていうかよ、そんなガキのうちから世界を知った気になるのは、はっきり言って勿体ないぜ?なんかないのかよ、夢とか。」
せっかく奴隷卒業したんだから、と06はミツルに詰め寄る。やけに真剣な眼差しの06にミツルは地下牢で見ていた‘‘夢’’を思い出す。
「…まあ、あるにはあるよ。」
06から視線を逸らし、ミツルは床を見る。
「おお!言ってみろよ、もしかしたら叶えられるかもしれないぞ!」
06は声を明るくし、嬉しそうに言う。なんだか期待が重いな、と思いつつも短く息を吸ってミツルは答えた。
「…友達と話すこと。」
その言葉の一音一音が空気を振動させたとき、ミツルの心臓はけたたましい音を鳴らす。たった一つの願いであり、生きる理由。ミツルにとってそれを誰かに言う事は非常に勇気のいる行為だった。
「…他には?」
ミツルが目を瞑り覚悟を決めた時、06がミツルに返したのは意外にもそんな言葉だった。
「え、いや特にないけど…。」
「そうか。」
06は一言そう言うと、なにかを考える素振りをして数秒ほど黙った。
「その友達っていうのは、年齢とかは指定してるのか?」
「別に…。そもそも友達になってくれる人もいなかったし…。」
少しずつ俯きがちになっていくミツルを見て、06は思考する。
「…じゃあ、オレが友達第一号ってことでどうだ。」
06はミツルに手を差し伸べ、微笑む。その言葉にミツルは目を見開く。
「なんだよ、不満か?」
「そういう訳じゃ…。むしろ散々ボクのことガキガキ言ってたのにいいの?そんな奴と友達になって。」
困惑した表情のミツルに、当たり前だろ、と06は返す。
「どんだけ憎たらしいヤツでもな、一緒にいて楽しいって感じたら友達になればいいんだよ。」
ミツルは顔を上げる。そこにはミツルの返答を朗らかな笑顔で待つ06の姿があった。
「オマエはどうなんだよ。オレとこの数日過ごしてどうだった?」
そう言って06は楽しそうにミツルに問う。
ミツルは数日間の記憶を掘り起こす。そうするとミツルの脳には、大量の音と景色が流れて込んできた。どれもしっかりと焼き付けられている。ミツルは自分の記憶ながらに、少し驚いていた。夢以外のことで、こうして思い出すことができたのは初めての経験だったからだ。そしてそれは、記憶がこうして06という機体への興味や悦楽を示しているのに他ならなかった。
(…うざいし、うるさいし、妙に慣れ慣れしくて面倒だったけど…なんだかんだ楽しかった。)
ミツルには友達がわからない。そもそも友達がいたことがないからだ。だからこそミツルは友達という存在に憧れ、夢を見た。
今ここにミツルの友達になりたいと言っている男がいる。それがミツルにはどうしようもなく嬉しかった。この男が友達になったなら、この世界はきっともっと輝いて見えるようになるだろう、とミツルは思った。
「…これからよろしく、06。」
ミツルは06の手をしっかりと握る。06はミツルの言葉に満足そうに頷くと、ミツルの手を強く握り返した。
そうして気付いた時には夜が更けていた。