少年は夢を見る 5
ほどほどにほとぼりが冷め、ミツルの怒りも落ち着いてきた頃、ミツルの腹の音が鳴った。
「おお、『食欲』ってヤツか。機体からは一生聞くことがなさそうな音だぜ。」
「それ、からかって言ってるの?」
いかにも口笛を吹きながら言っていそうな06の台詞にミツルはじとりと視線を寄越す。しかし06は心外だと言いたげに返答した。
「いやいや、これは本当のことだぜ?なにしろ機体に食欲は存在しないからな。」
さも当たり前かのように言う06にミツルはまた溜息をついた。
(どうしてまた重要なことを後になって言うんだろう、コイツは。)
ミツルは無意識に頭を抱えようと手を掲げたが、あることに気付き、すんでのところで手の動きを止めた。
「…ていうことはここに食料はないってこと?」
口角を引き攣らせながら、わなわなとミツルは震える。06からすればミツルは摩訶不思議なポーズをする変人に見えた。
「連れてくる時に言っただろ?寝床と食事ぐらいは用意してやるって。だからある。」
自慢げな06に冷たい視線を向けるミツル。過ごした時間は少ないが、このような光景は幾度となくあった。ミツルはこの数日を振り返り、そんなことを考えた。
「…キミは人を不安にさせたり、イライラさせることだけは得意らしいね。この数日キミと過ごしてよくわかった。」
口元をピクピクとさせながら言うミツルに対して06は少し嬉しそうだった。それがなんだか薄気味悪くミツルには思えたが、今は黙って06の言葉を待った。
「オレは数日過ごしてオマエのことガキって印象しかねぇな。他に何か……そもそもオレが性格と名前以外でオマエについて知ってる情報、ほとんど無いな。」
もうちょっと自分のこと話せよ、と06はミツルの背中を叩く。
「それを言うならキミもじゃない?ほら、年齢とか。」
その言葉に06は顔をポカンとさせる。
「年齢…年齢かぁ…。オレ、何歳だっけ?」
「えぇ…機体ってそういう感じなの?」
計算とかできないんだ…と憐れみを込めるようにミツルは06に視線を送った。
「違う違う、昔のことすぎて覚えてないんだよ。むしろそっち方面は人間よりも断然優れてるぜ。」
ふん、と鼻から勢いよく空気を出す06をスルーし、ミツルは続ける。
「それなら製造年見たら大体わかるんじゃないの?機体ならそういうの体に刻まれてそうだけど。」
「あー…あるかもな。確認してみるか。」
06はそう言うと、服を脱ぎ、裸体をミツルに見せつけた。
「ん。」
腕を広げ、06は自身の顎をくいっと動かす。その動作からするに、ミツルに来いと言っているのだろうがミツルには自分が呼ばれる理由がわからなかった。
「え、なに?」
新手の変態を見るような表情のミツルに、06は「なんでだよ」と言いたげな視線をミツルに向ける。
「背中みたいなオレからは見えないところにないか確認しろってことだよ。ほら、さっさとしろ。」
それなら最初から背中を見せろ、とミツルは思ったが06にまた色々言われるのは面倒だったので、渋々体を動かした。
ミツルは06の背後に行き、目を凝らす。
(…それっぽいのはなさそうだな。それにしても06って機体を自称している割には見た目に関して言うと、ほぼ人間なんだよな。よくもまあこんな精巧に作れたもんだ。)
現代の技術でも出来そうにないことを今よりも過去の人間が成し遂げてるなんて到底信じられない、とミツルは06の背中を見ながら思う。きめ細やかなその肌は人間のものと相違なかった。
「どうだー?見つかったかー?」
そんなことをミツルが考えていると、06はちらりと首を動かしながらミツルの方を見る。
「いや、それらしいのは…あれ?」
06に対してミツルは答えようとするが、ふと06の首元に文字が彫られているのに気付いた。
「なんだ?なにか見つかったのか?」
「うん、首元に文字が…。」
そう言ってミツルは指を差す。その言葉を聞いた06は右手で首元を触り、文字を一つずつなぞっていく。
「…2…3…2…1…0…6…0…1…2321年6月1日ってところか?普通に考えるなら。」
「2321年ってことは今から約500年前か。…キミ、結構長生きしてるんだ。」
「まあ、機体はそんなもんだしな。」
06は服を着ると、ぐるりと回ってミツルを見る。
「じゃあ次はオマエの番だな、ミツル。」
待ってました、と言わんばかりの顔をする06にミツルは渇いた笑いをする。そんなタイミングでミツルの腹部が再度、空腹を知らせた。
「…とりあえず、食事にしない?」
腹を押さえ、恥ずかしげに俯くミツルに06は微笑んだ。