少年は夢を見る 4
「まさかあそこから二日もかかるなんて…。」
ぐったりした様子でミツルは床に倒れる。
「なんだよ、こんなことで。体力には自信があるんじゃなかったのか?」
「それはあの時の話だよ!その後こんなに歩くことになるとは思わなかった…!」
「言い訳ばっかしやがって。結局のところ、オマエに体力がなかっただけだろ。」
そう言うと06はミツルの頬を引っ張る。
「いたたたた!ちょっと、やめてよ!」
「うるさい、恨むなら過去のオマエを恨め。」
すん、とした表情で06はミツルの頬を更に引っ張る。
「痛いって!!なんで更に引っ張るのさ!」
ジタバタとミツルは暴れる。
(おぉ、これは中々…。)
そんな傍らで06はミツルの頬の感触を楽しんでいた。伸びたり縮んだりするのもそうだが、なにより柔らかいそれに06は興味津々である。
(こんな材質のものが世界には存在してたのか…。一体これはなにで出来てるんだ?)
先程までずっと騒いでいたミツルは06を見ると、06の表情が次第に輝いていくのに気付き、顔を青くする。
(やっぱり人間ってのは面白い。)
06がミツルの頬を掴んでいる手に、更に力を籠め始めた辺りでミツルは06の手を引っぺがした。
「?なんだよ?」
「なんだよ、じゃない。歩いてたときも思ったけど、キミはボクより人間を知ってるみたいなことを言っておきながら、人の限界というものを知らなさすぎるよ!」
ミツルは勢いよく立ち上がると06にそう言い放った。ミツルのその言葉に06はきょとんとした顔で首を傾ける。
「そんなこと言われてもよ、そもそもオレ人間じゃねえしな。」
「…人間じゃない?」
ミツルが驚いたように聞き返すと、06は溜息をつく。
「呆れたヤツだぜ、本当。オレの名前ちゃんと聞いてなかったのか?」
少し不機嫌そうな06を脇目に、ミツルは06の、名前もとい自己紹介を思い出す。
『06,機体06だ。』
そこでミツルは、あっと声に出した。
「機体…。」
ミツルの間抜けな声に06はまた溜息をつく。
「オマエ、本当に名前に興味がないんだな…。」
頭を抱えた06にミツルは顔向けができない。そんな様子に06は
「…まあ、いい。」
と手をひらひら振った。
「機体っていうのは、ハカセっていう人間が作った戦闘兵器みたいなものだ。オレは一応その中でも一番最後に作られた機体。」
「戦闘兵器…。」
「ああ。少なくともあの時の天井の穴はオレが空けたものだってオマエは気付けたんだから、その言葉も納得できるんじゃないか?」
06にそう言われ、ミツルは心の中で頷く。
(天井だけじゃない、奴隷商の死体だってそうだ。あれだけの人数を一人で殺しておきながら06自体が傷付いている様子はない。むしろどうしてボクが気付かなかったのか不思議なくらいだ。)
06は戦闘兵器である、と言われて容易く吞み込めてしまうぐらいには06は異様であったはずなのに、とミツルは思考を巡らす。
「機体には大抵、戦闘機能が搭載されてるんだよ。オレの場合は足に重点的に。そのおかげでオレは速く走れるし、力も籠めやすい。」
「その…戦闘機能っていうのは、体の四肢に必ずあるものなの?」
「いや、そうでもない。頭脳に振り切ってるヤツもいるし、視覚みたいな感覚的な部分に搭載されてるヤツもいる。」
ミツルはその言葉に少し身じろぐ。
「ただ、あくまで『重点的に』搭載されてる部分であって、戦闘機能自体は体全体に存在してるぜ。それを使うかどうかは機体によって違うけどな。」
06は昔を思い出すように目を細める。
「ねぇ、機体って皆06みたいな性格してるの?」
「…どういう性格のことだ?」
「こう…なんというか、ボクが人間だからなのか子供だからなのかはわからないけど…構いたがるところ。皆そうなの?」
ミツルの言葉に、06はミツルを少し睨み、しばらくの間黙っていたが、やがて口を開き始めた。
「子供はどうなのかは知らねーが、人間に対して好意的なのはオレぐらいだな。」
正確に言うなら興味を持っている、だが。
06は続けて言うと、口元に笑みを浮かべた。
ミツルは想像を膨らませる。機体が人間に対して興味を持たないのは何故なのか、と。
「…オレ達、機体は自分の興味があるものにしか寄り付かねぇ。オマエが名前に興味を示さないように、他の機体共は人間に興味を抱かねぇんだよ。」
06は語気を強くする。ミツルには06が少し苛立っているように思えた。
「…なんでアイツらは人間に興味を持たないんだろうな?こんなに面白いものないっていうのによ。」
ブーブーと抗議するように06は腕を上下させる。そんな様子に、やっぱり06は見た目の割に子供だとミツルは再認識させられた。
「もしかしてだけど、さっきキミがボクの頬を執拗に触ってきたのも、その興味故にってことなの?」
ミツルが面倒そうに言うと、06はムッとした顔で反抗する。
「なんだよ、その顔は。なにがそんなに不満なんだ。」
「不満なわけじゃない、ただ凄く厄介に感じただけ。」
納得できない、と言いたげに口を開こうとする06にミツルは鋭い視線を飛ばす。
「要するに、キミはボクを人間の実験体として連れてきたんでしょ?」
確認しているような雰囲気を醸し出しつつも、その声色には一種の決めつけともとれるような強さとほんの少しの軽蔑が含まれていた。
「実験体…いやそこまでの苦労を強いるつもりはないけどな。実験体というよりは…なんだ、観察対象と言うべきか?」
慌てたように、一回り下の見た目をする少年に06は弁解する。そんな06をミツルは暫く見続けたが、やがて一つ溜息をつくと、ぼそりと呟いた。
「…まあ、拾われた身分でこんなこと抗議するのも図々しいか。」
その声がかなり小さいものであるとミツルは認識していたが、どうやら06には聞こえていたらしい、地面に打ち上げられた魚のごとく威勢の良い返事が返ってきた。
「てことは、オマエは出ていかないってことでいいんだよな!?」
なぜかわくわくした表情の06にミツルは困惑するが、その様子からミツルの呟きに心底安心しているのが読み取れたため、特になにも言及しないことにした。
「そもそもボクは出ていくとは一言も言ってないんだけど。」
「人間っていうのは大抵、自分が酷い扱いされそうになったら逃げようとするもんだろ?ほら、オマエんとこの奴隷商だって…」
「ボクとあんな臆病者達を一括りにするのはやめてもらいたいね。」
不愉快だ、とミツルは続けようとするが、ミツルの顔を見た06がプッと吹き出したので、口をそっと閉じた。
「…オマエ、これまでにないぐらいガキって感じの顔してるぜ。」
06は口を手で押さえながら、目をニヤニヤとさせる。そんな06を見てミツルは頭に血を上らせた。
「なに笑ってるんだよ!」
更に赤くなっていくミツルを見ながら06は
「人間って面白れー」
と煽るように笑いながら言い放った。