少年は夢を見る 3
「で、結局オレはこのロープを近くの木に巻き付けてこればいいんだな?」
「うん。あともしものときのために、穴の近くにはいてもらっていいかな。…落ちないように気を付けた上で、だけど。」
挑発した表情のミツルに、本当にクソガキだな、と06は思う。
「誰が落ちるか。最悪落ちてもオマエと違ってオレは死なねぇよ。」
「そう?じゃあよろしく。」
満足したようにミツルは笑う。
06はミツルに渡されたロープを手に、地上に向かって高く飛んだ。勢いよく空に伸びていくロープをミツルはじっと見つめる。
「よっと…。おーい、見えるか!ミツル!」
大きく手を振り、上から呼びかける06にミツルは笑みを溢す。
「うん、見えてるよ。じゃあそのままロープをボクのほうに…」
「…おい、まだオレは木に巻き付けてないぞ。」
怪訝そうな顔をする06を見て、しまった、とミツルは呟く。
「…ごめん、間違えた。ロープ、木に巻き付けてもらっていいかな。」
顔を押さえながら、声を先程より小さくして言う。
「…本当に大丈夫か?」
そんなミツルの様子に06は心配そうにぼやいたが、どうやらミツルには聞こえなかったらしい、何の反応も返ってこなかった。
しばらくすると遠のいていった足音が再び近づいてきたため、ミツルは空を見上げる。
「…おかえり、06。」
穴から覗き込む06に、ミツルは声をかけた。
「ほらよ、ご所望のロープだ。」
06はそう言ってロープを穴に放り込む。
「うん、ありがとう。」
ミツルは投げられたロープを掴むと、しっかり力を籠める。軽くロープを下に引いて、木に繋がっているか確認する。
(疑ってるわけじゃないけど、耐久性に難のある木だったら困るし…ね。)
木自体に問題がないことを確認したミツルは、しがみつくように両手でロープを握った。ロープに全体重をかけるように上へ上へと進んでいく。時折ロープが揺れ、ミツルは苦悶の表情をする。
(…っ鬱陶しいなあ!)
徐々に美しい星空との距離が近づいていく。穴の近くにいる06がほんの少し目を見開いたような気がミツルはした。
地面に片手をかけ、乗るようにしてミツルは地上に辿り着いた。
「はぁっ…!はぁっ…、?なにその顔。」
ミツルが地上に着くやいなや地面に寝転ぶと、06は感心したような表情をする。
「…いや、本当に辿り着けるとは思ってなかったからな。驚いただけだ。」
「ということは…06は信じてなかったんだ?ボクのこと。」
少しショックだと言うようにミツルは表情を強張らせる。
「まあ…そうだな。今までオレが見てきた人間にオマエみたいな根性のヤツはいなかったしよ。」
頭を掻きながら06はミツルに言う。ミツルはそれを聞いて奴隷商達のことを思い出す。
(06が今まで会ってきた人間が、ああいう奴らばっかりなら納得だ。)
奴隷商達は皆、臆病者のくせに志だけはやけに立派だったしな…とミツルは遠い目をしながら溜息をつく。
「ボクは世間一般で考えたら、根性は人並みだと思うよ。」
素っ気なくミツルが返すと
「世間を知る機会がほとんど無いような環境下にいたヤツがよく言うな。」
じとりとした視線を06が寄越してきた。
「こんなこと言うのはあれだが、オマエみたいな根性を持ってるヤツはオマエが思っている以上に少ないんだぜ?」
世の中は奴隷みたいなヤツらで溢れてるからな、と06は笑う。
「…そうなんだ。奴隷じゃないのに奴隷みたいなことを…。変な世の中だね。」
どこか他人事のような口調のミツルに、06はおいおい、と眉をひそめる。
「オマエがこれから長い間お付き合いしていくことになる世界だぜ?もうちょっと関心を持てよ。」
咎めるように言う06に、噛みつくようにミツルは答える。
「そうは言っても、そもそもボクはこの世界に対して興味なんてないんだよ。そんなもののどこに関心を持てっていうのさ、キミは。」
そう言ってミツルは06を見る。
「…なんというか、オマエって本当にガキって感じがするぜ。なんか言ったらすぐ噛みついてくるしよ。」
「それはどうも。」
「褒めてねぇ、このガキ。」
その言葉にミツルは顔を少し顰めさせる。
(ボクからすればよっぽどキミの方が子供に見えるけど。)
心の中で悪態をつくミツルを06はじとりと睨む。
「余計なこと考えただろ、今。」
「…キミが気にするようなことは何も。」
そう言ってミツルが06に笑ってやると、いかにも「このクソガキ~!」と言いたそうな顔でミツルを見ていた。
数秒後、06はその顔を突然やめるとミツルに対して問う。
「…そういえば、オマエってこれから行く当てとかあるのか?」
自分に対しての態度が一瞬で変わったことにミツルは少し動揺しながらも答える。
「えっ?いや、特には…。」
ミツルの言葉に06は笑みを深める。
「それならオレのところに来いよ。オマエみたいなガキ一人だけなら、寝床と食事ぐらいは用意してやるぜ?」
ミツルを煽るような表情で06はミツルに手を差し伸べる。その顔に苛立ちを覚えるミツルだったが、06の提案自体は魅力的なものであったため、思考を巡らせる。そうしてミツルはこれからのこと、そして夢のことを考えた上で結論を出した。
「…それなら、お邪魔しようかな。」
ミツルはほんの少し期待を含んだような表情で06の手を取る。そんなミツルに06は少し目を見開いたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。