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00  作者: 佐々木 青
2章 顔、荷物、お前は誰だ

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軍服と白衣

 男のことを気にしないように、本に意識を向けようとするも上手くいかない。

 現在は動かぬ親友と雰囲気だけだが似ているのだ。どうにも落ち着きがたい。そんな少年の様子とは裏腹に、男は能天気な様子で窓の外を見つめている。

 それがなんだかミツルには腹立たしく感じられ、読書の邪魔をされた仕返しと言わんばかりに彼に声をかけた。

「キミはどうしてこの列車に?」

 少年の質問が意外だったのか、男はミツルを見てしばらく黙る。

「驚いた、オマエってそういうの気になるタイプ?」

「気になるというか、さっきの仕返しみたいなものだよ」

「ガキだなあ。オマエ、いま何歳?」

 その言葉に、かつての会話を思い出す。少年をクソガキだと称し、年齢を訊いてきた機体が頭に浮かび、ミツルは必死にそれを振り払った。

「たぶん今年で十六。それがなに」

「なにというか。ガキっぽい発言のわりに年齢はそれなりだな、オマエ。」

「馬鹿にしてるの、キミ」

 声色からニヤニヤしているのが丸わかりだったために、ミツルは男を今度ははっきりと睨んだ。

「いやいや、ちょっとからかっただけだって。にしても、十六で軍人かよ。エッセには偵察にでも行くのか?」

「?軍人?なんの話?」

 唐突な話題の転換にミツルは戸惑う。それがミツルにとっては縁のそこまでないものだったから困惑は普段よりも大きかった。

「服だよ、服。今どき旧式の軍服を着てるやつなんて滅多に見かけないが、それを着てるってことは軍人だろ?」

「これ、軍服なの?」

「…うん?」

 今度は男が困惑する番だった。男にとって、その軍服は旧式のものだ。なので少年が軍人の親から譲られたものだと適当に解釈していた。

 ミツルにとって、この服はルナの兄のものである。ここにあるのは使わなくなったものだから自由に使ってくれ、と数年前に言われてから、言葉通り自由に使っていた。

 この数年、これが軍服であることを誰にも指摘されなかったし、ルナにもエッセに行くのにそれらの服を拝借していいと許しを得ていたので、自身で購入した服以外はすべてルナの兄のものであった。

「…オマエ、どこから来たんだよ」

「カルスードだけど」

「…あー」

 その名前を聞いて、男はいかにも微妙そうな声を出す。残念とまではいわないが、ミュンヘン共和国の人間にとってカルスードとは特に規制が緩い区域であった。

「…それなら、まあ、仕方ないな」

 男は引き下がるような動作を見せるが、数秒唸り声を出すと、制止の言葉をかけた。

「やっぱ駄目だ。軍人じゃないなら、なおのことカモフラージュするべきだぜ」

 実際、それは少年にとっても確かであった。軍人と間違えて召集されては困るし、事態の対処を求められても困る。

 ミツル少年は機械にこそ詳しいが、戦いについてはてんで無知だった。

「それは、そうだね」

「なんか他の服とか持ってきてないか?着替えられるなら、そっちに着替えたほうがいい」

「あるにはあるけど…」

 ミツルはちらりとスーツケースを見る。目の前の男が何者かわからない以上、スーツケースをここで開けるのは避けたかった。

「…いや、ゲルエに着いてから着替えるよ。着替える場所もないし」

「トイレで着替えたらいいだろ。なんだよ、そんな見られたくないものでもあるのか?」

「まあそんなところだね。少なくとも軽率にキミに見せられるようなものは、この本ぐらいだ。」

「そんな怪しまなくても…いや、顔隠してるようなやつを信じろってほうが無理あるか」

 呟くような声に、少年は内心うんうんと頷きながらも口にはするつもりがなかった。

「でも、オレに見せられないようなものをゲルエの手荷物検査で切り抜けられるのか?」

「うぐ」

 痛いところを突かれてしまった。実際、そうなのだ。とんでもない阿呆でもなければそれぐらい気付く。少なくとも軍人の素振りのない彼に見せられないようなものなど、手荷物検査で切り抜けられるわけがない。

「…オマエ、だいぶ爪あまくね」

「うぐ」

 もはやミツルはこれから起こるトラブルをその場のノリで切り抜けようとしていた。というかミツルにとって、ゲルエもエッセも未知の土地であり、勝手がわからないのであまりにも動きづらいのだ。

「…仕方ねぇなあ」

 男は自身に荷物を漁り出すと、ある服を取り出す。

「なにそれ」

「白衣だよ、エッセ行きの軍人は大概がルーゲル地方に行くもんだ。ルーゲルでは兵器以外にも、薬品の類も扱ってるんだ。もちろん、そこらの軍人が扱えないようなものも含めてな。」

 それを聞き、男が言いたいことを大体理解した。

「なんで協力してくれるの」

「そりゃあ、オマエがオレと同じ立場のやつだからだよ。軍人を欺く側っていう。」

「キミ、そっち系なの?」

「そうじゃなきゃ顔なんて隠さねぇよ。その白衣だってオレの手段の一つなんだし」

 ミツルは渡された白衣を見つめる。恐らく自分の分野では使うことのないものだが、それには彼の優しさが詰まっていた。

「…ありがとう」

「いやいや、お安い御用だ。ミツルクン。」

 その言葉に若干の引っ掛かりを覚えたが、ミツルにそれを確かめる余裕はなかった。今は白衣という名の希望を崇めていたかったからだ。

「…そういえば、まだキミがこの列車に乗った理由を聞いてない」

「そういや、からかうのに夢中で言ってなかったな。オレさ______」

 ほんの短い期間で、少年と男は友のようになり、これからの予定を語り合った。

 ミツルはカルスードのことを語り、男はこれまでの旅路のことを語った。男はカルスードは噂に聞く街である、程度の情報しか知らず、ミツルの話を熱心に聴いていた。彼は未知に心を動かされるらしい、とその会話で少年は知った。

 男はゲルエまでは行かないので、去り際にミツルにこう言った。

「オレ、ロマン・ヒューストンっていうんだ。いつかカルスードにも行くからさ、そのときは案内してくれよ」

 その言葉にミツルは頷くと、男は満足したように下車する。彼の背中を見送りながら、少年はそれまでの会話を思い出し、違和感にようやく目を向けた。

「ボク、彼に名前教えたっけ」

 その疑問に気付いたとき、少年の頭の中で「ミツルクン」という、男の呼び声だけが木霊していた。

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