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00  作者: 佐々木 青
1章 黄昏の約束

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29/31

幕間 どうか■■■を許さないで

 そこにあったのは死体だった。

 辺り一面、死体、死体、死体。吐き気はしなかった。自分にそういう機能は備わっていなかったためだろう。

「大丈夫だ、俺がなんとかするから」

 見知った男の声が自分を慰めていた。男の使命感に溢れたようなその言葉に、自分は反応を返せなかった。彼にかける言葉も、どうしてここにいるのかも、なにをするべきかも理解できていなかったのだ。

「■■は悪くない。悪いのは、なにも気付いてやれなかった俺だ。」

 この人はいつも自身のことを悪く言う、とぼんやり思う。なにも悪くないのに、自分だけ悪役になろうとする。

 そんなことを考えながらも、結局はそれを見過ごしている自分も大概だと自嘲した。

「ごめん、ごめんな。」

 男はこちらを見ることなく、ただ惨状だけを見渡している。その事実はこちらに状況の自覚を促しているように思えた。

(あしたからどうしよう)

 明日のことを、これからを考えている暇なんてあるのだろうか。自問自答を続ける自分に、男はようやく顔を向ける。

「いこう、■■」

 手を差し伸べる彼に、当たり前のように手を重ねる。これが一体いつぶりなのか、彼はきっと覚えてはいないだろう。

 久しぶりに見た彼の顔は少しだけ大人びているような気がした。昔、笑いかけてくれたあの時のあなたがいなくなってしまったことが、ちょっぴり悲しかった。

 あなたがあそこからいなくなってしまった日から。どこかのおとぎ話のお姫様みたいにあなたのことをずっと待っていた。自分はそんな風になれなくて、お姫様でもないことは理解していたけど、再会のときを待ち遠しく思っていたのは事実だ。


(また会えてよかった、兄さん)


 ■■■を抱きかかえる彼の胸に頭をあずけながら、まぶたを閉じる。今日のような悪夢を忘れて、■■■はまた夢を見るのだ。


(どうか、こんな不出来で、惨めで、わがままで、どうしようもない■■■を許して)


×××


 その日は彼女にとって特別な日だった。

 彼女にとって唯一の導きに変化が見られたのだから、その高揚は当たり前の権利だった。

 特別な彼女にとって、つまらないことは虚無だ。おおよそ六百年のそれはようやく終わりを迎える。退屈ではなかったが面白みには欠けていた。

 道化ですらない余興に、少々飽きていたところだったのだ。

「どこまで期待通りに応えてくれるんだ?」

 女は夜空に手を掲げる。

 月が浮かんでいた。女はそれに重なるように手を広げる。満月を覆い隠したのを見て、ゆっくりと握りつぶした。

「なぁ、主人公くん」

 その言葉がなにを指すのかを知る者はいない。しかし、それが彼女の特別なのだと察することはできる。それほど彼女の声色は耽美なものだった。

 月に興味を失った彼女は手を戻す。

(ああ、なんてつまらない!)

 月も、この世界も。

 作業をするのだ、言われた通りに。この世界で一番嫌いな男のために。

 そうして彼女のすべては始まった。



「06が消えた」

 金髪の少女の言葉に、女は瞬きひとつ。

「そうか」

「随分反応が薄いんだな、一番親しかったのはお前だったと思うが」

「…あー、まあアイツだし大丈夫だろ」

 女の言葉に少女は返答しなかった。そんなものか、と納得したのか、そもそもその質問自体に意味がなかったのか。どちらにせよ、少女はその必要がないと判断したのだろう。

 女は自身が作成した手書きのノートを見つめる。少女はそこに書かれているものが何なのか理解していない。どのみち、子どもの頭脳しか持たない少女には到底理解ができないものだ。

「なあ」

「なんだ」

「もし、たった一つを記憶できるとして。アンタはいままでの人生のなかで何を選ぶ?」

 少女にとって意味が汲み取りにくい質問だった。彼女はこれまでになにかを選択したことなどない。いつもなるように動いてるだけだ。

「嫌がらせか?」

「そんなつもりはなかったけど。そう聞こえたか?」

「…いや、いい。たった一つか…」

 考え込む少女に、女は「そんなものだよな」と苦笑する。

 たった一つを記憶するということは、それだけが頼みの綱になるということだ。最後の最後に残しておきたいものがたった一つになる。

 少女にはそれが多すぎるというただそれだけの話だった。

 女は熟考する少女に制止をかけるように、わざとノートを音を立てて閉じる。あまり長引かせるのも良くないと思ったからだ。

「…うるさいぞ」

「わざとだよ、時間かかりそうだったし。それに、アタシはアンタの思想に大して興味はないんだ」

 あくまで世間話であることを主張する女に、少女はため息をつく。彼女のこういうところはいつまで経っても変わらないな、と少女は思った。

(皆、そうなのだろうか。06も変わっていないのだろうか。)

 むしろあのタイプは変わっていないと危険だが、変わらない方が少女にとっては安心できる。少女の記憶はずっとあの時から止まっているのだから。

「さっきの話」

 女は先程自分で中断した話題を掘り返す。少女はそれに眉をひそめながらも続きを促す。

「もしたった一つしか記憶がないとしたら、それはアタシたちにとって光になるんだろうな。」

 光。それはどんな光だろう。暗闇を照らすランプのようなものなのか、はたまた扉の隙間から覗くようなものなのか。

「光、か」

 少女はもう一度質問への答えを導こうとする。もし、その記憶が光なら。少女にとっての光はあの人しかいない。

「それだけだ、アタシはこれが言いたかったんだよ」

 あーすっきりした!と言うように女は伸びをする。少女はそんな彼女の様子を見ながら

「お前も、いつかそんな光が見つかるといいな」

 とぼそりと呟いた。


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