黄昏の約束 2
夕方五時。
見慣れた夕焼けに
「綺麗だね」
とルナは言葉を発する。ミツルはそれに「そうだね」と返した。
その黄昏はこれまでとは違い、一段と赤みを帯びていた。そのはずなのにルナの目にはそれが普段と変わらない様子で映っている。
きっと今日がこんな日じゃなかったらこの景色を素直に美しいと思えたはずなのに。
そんなことを考えながら、ルナは逃げていたミツルの言葉に向き合う。本当は彼女も、いつかこんな日がくるとわかっていたのだ。
「ルナ」
ミツルの真剣な眼差しが、取繕った少女の輪郭を捉える。
「ボクさ」
口を塞いでもいいだろうか。ぼんやりとルナはそう思う。
ミツルの顔は見れなかった。見たら泣いてしまうとわかっていたから。今の彼を今までの彼と同じように見ることは、許されていないような気がしていた。
「来年の春、この街を出ようと思うんだ。」
ミツルのその言葉に、言いたいことを飲み込んで無理やりにでも笑う。わかっていたのに。いざこうして言葉にされてみると、ルナは何も言えなかった。
顔を見てしまった。彼の真剣な表情を、決意を固めた表情を目視してしまった。
ルナがなにを言ってもおそらく彼は聞いてくれない。そこでルナはようやく気が付いた。
ミツルがもう大人であることに。
「…そう」
「前にも話したと思うけど、いつまでもここでお世話になるわけにはいかないし」
「…」
「…それに、ボクの夢はここにいても叶えられないってわかったから。」
ルナにとってそれはとても残酷な言葉だった。ルナ一人ではどうにもできない途方もない理由だった。
ルナはミツルの夢を知らない。ミツルのなりたいものがわからない。なんとなく機械に関することなのだろうというのはわかるが、どうして奴隷だった彼がそこに執着しているのかまでは話されていなかった。
ルナにとって、ミツルの夢はわからない尽くしなのだ。
(ミツルくんにとってわたしってなんなんだろう)
お互いがお互いを尊重しすぎて、結局相手の深淵を知ることができていない。ミツルはそれでもルナを信じていたが、ルナはそれでは満足できていなかったのだ。
(欲張りだな、わたしって)
良い子でいるのはやめたはずなのに、彼の前では綺麗でありたいと思ってしまうのだ。
太陽がゆっくりと沈む。暗い表情をするルナの手をミツルは取る。
「だからさ、ルナ」
まさかここから自分に話を振られると思っていなかったルナは、困惑した表情を見せる。
「ボクと約束しよう」
「…約束?」
ミツルはルナの言葉に一度だけ頷く。真剣で、それでいて優しい顔でミツルは続ける。
「ボクがいつか一人前になって、夢を叶えたら、」
ルナはミツルの顔に穴をあけるかのごとく彼を見つめる。
日が沈む直前、光が二人を照らした。
「キミが歩けるような、そんな足を作るよ。」
ルナは息が止まったような気がしていた。そんなこと言われるなんて予想だにしていなかったのだ。
「なんで」
呆然とするルナに、ミツルは当たり前のように
「だって、ボクはまだキミに恩返しをできてないから」
そう言った。
恩返し。そんなことを彼はまだ考えていたのかと少女は思う。ルナにとってそれはずっと前から不要なものなのに。
「あ、でもルナが嫌なら他のことでも…」
「ううん、それでいい。それがいい。」
ルナはうつむく。彼女の胸はいま多幸感に満ち溢れていた。足を作るということは、いつかまたミツルに会えるということだ。
それならば。
「ミツルくん。」
「なに?」
「わたしからも約束していい?」
ミツルが一人前になったとき、ルナは本当の自分として彼に相対することになるだろう。
「いつかわたしが間違いを犯してしまったとき、」
「………」
「わたしのことを止めてほしいの。きっとそのときのわたしは自分自身の最良を選んだつもりだから力ずくで。」
これはルナの本心からの言葉だった。同時に次は“ルナ”としてではなく“ ”として会う約束でもあった。
「…わかった。そのときは全力で止めるよ。」
「うん、よろしくね」
ゆーびきりげんまん、とミツルの小指に自身の小指を絡ませるとルナは歌い出す。それはルナが教えてくれた約束の歌だった。
二人の約束が交わされる。夕日は完全に沈み、彼らを照らす存在はなかった。
ルナの歌声が止むと、二人は互いを見合い、少し黙ってから笑顔を浮かべる。こうして思いを確かめ合った二人は、その約束が果たされることを願いながら帰路に着いた。
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