銀色の記憶 2
「それじゃあ話を戻すけど。髪は結ぶってことでいいんだよね?」
話が脱線してしまったが、もともとはそういう話をしていた。ミツルの邪魔な横髪をどうするのか。
「うん。ただ、ボクこういうのは詳しくないから。結び方、教えてもらってもいいかな。」
「もちろん!と言っても、一つにまとめるぐらいだけど…」
ミツルはルナと視線を合わせるように椅子に座る。彼女は車椅子を動かして、鏡と髪止めを手に取るとミツルの近くに再びやってきた。
「じゃあ結んでいくから、ミツルくんはまっすぐ前を見ていてね」
言葉通りミツルは鏡を見る。
金色に少しだけ青みがかった瞳は一体誰似なのだろうか。家族の話をしたせいか、ミツルの頭の中はそんなことで頭がいっぱいだった。
「…あっ、」
ミツルはルナの声で鏡に映る自身の髪を見る。
横髪は一つにまとまっておらず、左にひょっこり結ばれた一房がある、作業効率なんて微塵も上がらなさそうな髪型。
鏡越しにルナが恥ずかしそうな顔で髪止めを取ろうとしている姿が見えていた。
「ごめんね、ミツルくん。失敗しちゃったからもう一回結び直すね」
「いや、待って」
ミツルはルナの手を止める。鏡を見ながら、ルナの言葉を思い出す。
少しだけ考えて、彼は口を開いた。
「ルナ、ボクこの髪型が良いな」
「えっ?で、でも、この髪型じゃ作業効率なんて…」
「さっき、キミが言っていたからさ。『形だけでもその記憶を残す』って。」
ルナは続けようとしていた言葉を引っ込める。
「ボクは、キミとのこのなんでもない日を覚えておきたいから。」
「…それって、わたしの失敗をずっと覚えておきたいってこと?」
不安げな表情で曲解する彼女に、ミツルは思わず吹き出す。
「な、なに。わたし、そんな変なこと言った?」
ルナはじっと、吹き出した後に肩を震わせ続ける彼を見つめる。
ようやく笑いが治まったミツルは再び口を開いた。
「違うよ、キミがボクのために髪を結ぼうとしてくれたその気持ちを忘れないでおきたいってだけ。」
「気持ちを…」
「それに、ずっと過去に引っ張られるのもよくないし、たまには更新していかないと。」
ミツルは結ばれた一房を触る。何の意味もないこれに、意味を与えてやる。そういうこともたまには良いと思ったのだ。
「それはそうと、作業するときはしっかり結びたいから、そっちも教えてほしいな」
「それは…うん。えっと、見ててね。」
ここがこうなって…とルナが教えてくれる手順をミツルは真剣に聞く。至って単純で簡単な結び方だ。綺麗に一つに結ばれた横髪と後ろ髪を見て、ミツルは「おおー」と声をあげた。
「ミツルくんもやってみて」
そう言って髪がほどかれると、髪止めをルナから受け取る。手首に通して、髪を手でまとめた後、四回ほど輪に通すとルナが結んだときと同じ髪型になった。
「そうそう!そういうこと!ミツルくんもできたね!」
「うん、ルナみたいに綺麗には結べないけどやり方はわかったよ。ありがとう。」
ミツルが感謝を述べると、ルナは嬉しそうに笑う。昔の冷たい彼女と比べると随分態度は柔らかくなっていた。
それはミツルの影響もあるのだろうが、彼女自身の変化を表していた。
ルナはこんな幸せがずっと続けばいいと思っていた。彼の言葉を聞いて、それに笑って。彼もわたしと一緒に笑っていられるような。
そんな日々になれば、きっと自分が自分でいられるような気がするのだ。
(ああ、そういうこと)
兄のことを思い出して納得する。あのひともそういう誰かに巡り会ったのだ。
「…ねえ、ルナ。」
彼女が妄想に耽っていると、いつの間にかミツルが真面目な顔でルナを見つめていた。
「なあに?」
正気に戻るようにルナはミツルに返答する。
「明日、あの広場で待ち合わせしない?キミに伝えたいことがあるんだ。」
「家じゃだめなの?」
「うん。大事なことだから、キミが綺麗だって教えてくれたあの場所で伝えたい。」
普段、真剣な表情がわかりづらい彼だが今回ははっきりと伝わった。
心臓が脈打つような、そんな感覚に陥る。誰かにここまで入れ込んだのは、ルナ自身初めての経験だった。
「…そっか、わかった。じゃあ明日の夕方五時なんてどうかな。」
彼女の声はほんの少しだけ震えていた。
ミツルはそれに気付かなかったようで、頷くと自身の部屋に戻っていく。その後ろ姿を見ながら、なんだか嫌な予感がする、とルナは他人事のように思っていた。
次回、11/2更新




